熱が届く範囲



「大丈夫か、足」

「悪いな。前やったとこ、クセになっちまってて」

「歩けるん?」

「・・・・・・どうかな」















 ゴールデンウイーク中盤。

 今日は、あいにくの空模様。



 昼過ぎから降り始めた雨は、夕方近くになっても止む気配はなかった。













 17時過ぎ。

 図書館へ出向いていた、工藤新一と服部平次。



 彼らは窓に打ち付ける雨に視線を送りながら、息を付いた。













 1時間ほど前。

 棚の一番上にある本を取りたくて、新一は踏み台に足をかけた。



 けれども老朽化が進んでいたらしく、それは砕け、以前子供の姿だった頃に痛めた左足から落ちてしまった。













 ・・・・・・・図書館の係の人は、もちろん平謝り。

 けれどもその時は痛みもなく、平気だったから『大丈夫です』と言ってその場を終えた。









 しかし。

























 1時間ほど過ぎると痛みが出てきてしまい、歩くのもやっとになってしまった。























「そろそろ閉館やしな・・・・・ちょお待っとけ。タクシー、呼んでくるし」

「駄目だ」

「・・・・ダメって何やねん」

「係の人がさっきから見てる。俺がずっと座ってて動かないから、もしかしたらって思ってるんだ」

「なら、頼んで車で送ってもらえばえーやんか」

「余計な心配はしてもらいたくない。だから、廊下出るまで歩く」

「は?」

「行くぞ」

















 そう言うや否や、新一は立ち上がる。

 反射的に痛みを堪える表情をするが、構わずに一直線に出口へ進んだ。



 









 ・・・・・・・そうして外への扉を開けた所で止まる。



















「おえ平気か?」

「・・・・何とか」

「アホやな。やせ我慢も程ほどにしいや」

「お前に心配してもらえればそれでいい。他人の余計な気遣いは、要らない」

「!」















 平次は言葉が出ない。

 さらりとキツイ事をいっているが、これは平次にとっては殺し文句だ。













 ・・・・・・・当の新一は、そんなつもりは全くないのだろうが。



















「どうした」

「へ? あ、いや」

「さっさとタクシー捕まえて来い。俺は、ここで座ってるから」

「・・・・・何なら俺がおんぶしたるけど?」

「馬鹿か。俺はもう『コナン』じゃねえっつの」

「工藤くらいなら余裕で背負(しょ)って歩けるで」













 にやけるのを必死に隠そうと、平次はわざとそんな事を言ってみる。

 しかし無言で睨まれ、平次は逃げるように大通りへと出て行った。






























ひとくぎり































「おー 腫れとるな。湿布貼っとこか」

「テレビの下の、引き出し」

「ほいほい」













 タクシーを拾い、家に着いた頃には雨は殆ど上がっていた。

 リビングのソファまで何とかたどり着くと、新一は大きく息を付く。



 そうして靴下を脱いだ。











 ・・・・・・くるぶしの辺りがぷっくりとふくらんでいたから、平次は言葉を出す。

























「包帯で固めといた方がええな」

「・・・・・平気だろ、これくらい」

「あん時もそー言うて、球蹴りしくさって余計ひどくなっとったクセに」

「変なこと覚えてんじゃねえ」













 平次が言っているのは、新一がまだ『コナン』だった頃の話だ。



 横浜にあるミラクルランドで起こった事件。

 その捜査中に、足を負傷した。





 それが今でも古傷となって残っていて。

 冬になると少し痛んだり、こうして同じ所を捻ったりしてしまう。



















「ま。この連休中は俺がおるし、安心せえ」

「別にお前がいなくても平気だ」

「ほー? オカシイな~ 確かさっき、俺には心配されたい言うてたのに」

「それとこれとは別だろう」















 無意識なのか計画的なのか。

 新一は、包帯を巻き終わって立ち上がった平次に上目遣いをする。



 相変わらず凶器な目だ。

















「解っとる。必要以上に、甘やかしたりせえへんて」

「どうだかな・・・・・お前、俺にベタ惚れだし」

「お互い様やろ」

「何でそうなる」

「せやかて―――――――・・・・・こーやって、キスしてくんの待っとるし?」



















 くいと右手で顎を掴む。

 そして細い首筋に指を這わせ、少し開く口唇を塞いだ。

















 でも、すぐに離す。





















「・・・・・そう見えたか」

「おう」

「まだまだ修行不足だな、俺」

「別にええんちゃう? 素直に欲しがってくれるんは、嬉しいで」

「駄目だ。慣れたら、困る」

「困る?」



















 頬にかかる腕に新一は触れる。

 ゆっくりと外すと、ソファを下りた。



 そして。

 





















「・・・・・・・・・お前の熱は冷ますのが大変なんだ」

「ん?」

「何でもねえ。珈琲、飲むだろ」

























 そう音に出さず呟くと、キッチンへ向かった。
































ひとくぎり































 ・・・・・・・慣れたら駄目だ。





 あいつの、熱が届く範囲に慣れたら――――――――――・・・・・





























 けど気付かないうちに口走ってる。

 つい、本音を。



















 ・・・・・・制御してるつもりなのに。

























「手伝おか?」

「いいっての」

「せやけど、珈琲こぼされても困るし・・・・・・足下見えとる?」

「え、うわ!」

「工藤!?」

















 両手にカップ。

 そろそろと、左足を引きずりながら歩いてきていたが・・・・・



 ソファの下の絨毯に引っかかかり、新一はバランスを崩した。



















「熱ちちち、うわち!!」

「は、服部!? 悪い、かかったか?」

「・・・・・俺ん事はエエからそれ、早よテーブルに置いてくれや。この体制はキツイ」

















 奇跡としか言い様のない光景だった。

 あわや2人とも珈琲まみれになる所を、平次がしっかりとその身体を抱きしめていた。



 右足だけで立っている新一。

 そろりと左足を置くと、ゆっくり座りカップを下ろした。















「助かった。ごめん」

「ホンマ気が抜けへんで。そーゆう事は、素直に俺に頼めや」

「・・・・・・けど普段は俺ひとりなんだから、俺がやらなきゃ」

「あん?」

「何でもねえ。ほら、珈琲」

















 マグカップをひとつ渡し、新一はぺったりと座ったまま窓を見た。



















 もう暗い。

 電気、付けなきゃな――――――――・・・・・そう考えた時。











 平次が、横から手を伸ばしカップを奪った。



























「何だ」

「別に冷まさんでもええやろ」

「は?」

「こないな珈琲より――――――――――・・・・・・遙かに熱い熱、与えとるのに」

「・・・・っ」

















 その直後。

 言葉通りの熱が、新一の背中に与えられた。



 背後からの抱擁。

 新一は、思わず身体を震わす。





















 ――――――――――・・・・・・・聞こえてたのか。



























「工藤?」

「・・・・・・だからお前は甘いんだ。それが、駄目なんだ」

「何でや」

「俺は『工藤新一』だからだ」



























 ・・・・・・そうして新一はゆっくりと後ろを向く。





























 薄暗い中でもハッキリと解る端正な顔立ち。





















 服部平次。

 その口唇に、触れる・・・・・・















 













「・・・・・・・そうか。『工藤』やからか」

「ああ」





























 呟く声。

 耳元に、届く吐息。



























 ――――――――――・・・・・・・・想いは人それぞれ、か。































 そうして新一は、目を閉じた。












































Fin