君に望むこと



「なあ服部、今日さ、ひとりメンツ足んねえんだよ」

「・・・・・興味ない言うとるやろ」

「んな怖いカオすんなよ~ 俺だって困ってんのよ。けど、矢神の奴が急にダメになっちゃって」

「俺かて用事あるわ。それに明日試合やし、アカンアカン」

「解った正直に言う。お前目当てのオンナノコ、多くてさ・・・・つい、『来るから』って言っちまったんだ」

「アホか」

















 講義終了、5分前。

 服部平次は学友である広瀬一貴(ヒロセカズキ)から、コンパの誘いを受けていた。



 授業の間だけかけている薄い眼鏡。

 それを通すと、平次の人懐っこい目も冷たく感じてしまう。



















 ・・・・・・・・・・だから、つい一貴は怯んだ。





















「わ、わかったって、怖えから睨むな」

「お前の弟連れてったらええやんか。他の学部やけど、ええんちゃう?」

「俺と同じカオあったってしょーがねえだろ。ジャンル違いのイケメンが欲しいんだよ――――――――・・・・・あ、そうだ工藤に頼んでみよっかな」

「あいつはダメや」

「・・・・・そうか、退院したばっかだっけ」



















 その時、ちょうど授業終了の合図。

 平次はちゃっちゃとノートを片づけると、眼鏡を外してポケットへ入れる。



 そして一貴の声を背中に図書館へと急いだ。
































ひとくぎり





























「工藤、待たせた」

「おう服部――――――――・・・・・・何そんな急いでんだ。講義終わったばっかだし、待ってねえよ」













 図書館に飛び込んだ平次。

 そのまま奥へ急ぐと、窓際の一番奥で本を開いていた新一が顔を上げる。



 前に平次が座った。















「具合、どや」

「大丈夫だって。授業は座って聞いてんだから」

「・・・・そうやけど」

「何かあったら電話するって言ってるだろ」

「・・・・・・」















 日差しが入り込んでいた。

 夏至を過ぎたばかりのこの季節は、19時近くまで外は明るい。









 ・・・・・・・新一が眩しそうに目を細めた。















「お前のせいじゃない。だからもう構うな」

「・・・・俺をかばって怪我した」

「タイミング読めなかったのは俺だし」

「ええからカバン寄こせ」















 平次は静かな口調で手を出す。

 息を付くと、新一は素直にショルダーを渡した。

















 ・・・・・そして立ち上がる。

 そばに立てかけてあった松葉杖に手を伸ばすと、出口へ向かった。
































ひとくぎり





























 新一は先月、犯人を追ってる最中に崩れた木材の下敷きになった。





 ――――――――・・・・・一緒にいた平次を、かばっての事だった。























 幸い命に別状はなく。
 ただ左足に、ひびが入ったくらいで。


 一週間前に病院も退院し、なんとか大学へ通う事が出来る様になった。











 ・・・・・しかし平次は。











 新一が意識を失ったその時から、笑顔を見せなくなってしまった。

























「もうすぐ夏だな。まだ、こんなに明るい」

「・・・・工藤、明日なんやけど」

「知ってる。試合、頑張れよ」

「それで、やな」

















 視線は前に向けたまま。

 平次はハンドルを握りながら、言葉を止めた。





 ・・・・・・・約一分。

 新一は小さく息を付いて、微笑う。



















「何時からだっけ」

「え?」

「見に行くから迎えに来いよ。帰りも、ちゃんと家までな」

「・・・・・工藤」

「ここ一ヶ月、俺を家まで送ってから戻って稽古してたんだろ―――――――・・・・・・ホントにすごいよ、お前は」

















 窓から流れる景色。

 それに向けていた視線を、新一は平次に移す。



 信号待ち。

 驚いた顔をして彼は新一を見た。



















「興味・・・・あるんか」

「剣道は別に? けどお前は出るんだろ」

「そうやけど」

「勝てよ」

「・・・・工藤」

「俺の面倒みてたから負けたなんて、そんな言い訳じみた試合しやがったら・・・・・・・許さねえからな」























 平次はあの日から、本当によく新一の面倒を見ていた。



 毎日の稽古もあったのに。

 面会時間ギリギリに、必ず見舞いに来ていた。















 そして一週間前、退院。

 そのときの送迎はもちろん、大学への行き帰りも平次の車。







 ・・・・・・・更に新一を家まで送り届けてから、彼は再び大学へ戻り夜遅くまで稽古をしていたのだ。



























 平次は今住んでいる新宿のマンションに来る事を提案した。

 でも、新一はそれを拒否した。





 松葉杖を使えば歩けるし。

 右足は平気なのだから、家の中くらいはどうにでもなる。

















 ・・・・・・・平次の気持ちも解らなくもないが。



 それは、彼のためにも良くないと新一は思っていた。



























「解った」

「それから、優勝したらひとつ言うこと聞け」

「・・・・何やそれ。『負けたら』やないんか」

「つべこべ言うな。オラ、信号青だぞ」















 今のこの年代に。

 剣道で服部平次に適う相手がいない事くらい、新一は知っている。

 

 だから必ず叶うはず。

















「プレッシャーやなあ」

「そうか?」

「工藤が見てたら、集中でけへん」

「今さら何言ってる」

「・・・へ」















 平次がバックミラー越しに視線を移した。

 そこに映る、新一に。















「俺が見に行った試合で、お前が負けた事はない」

「!?」

「大学に入ってから、お前の試合逃した事ねえぞ。知らなかったろ」

「ほ・・・ホンマか?」

「嘘付いてどうする」

「あ、いや」

















 平次は明らかに動揺していた。

 それもそうだろう。


















 ――――――――――・・・・・・・・彼は新一の事をとても好きなのだ。




























 眩しそうに、自分を見る視線に気付いたのはいつだったろう?



















 目を向けると途端に逸らす仕草。


 それがいつしか―――――――――――――――・・・・・・・・・自分の中に不思議な感情を生んだ。























 ・・・・・・・面白い、感情だ。



























「つうことで。ま、稽古がんばれ」

「お・・・・おう」

「あ。コンビニ寄ってくれ。今日は、冷たい麺とか食いたい気分」

「買わんでも作ってから行くで? まだ家に、ストックあったやろ」

「試合終わったらまた作ってもらうよ」



















 駅近くのコンビニに着いた頃には既に暗闇。

 新一は小銭入れを持たせると、平次を行かせる。















 ・・・・・・その背中に軽く息をついた。































「優勝したら――――――――――――・・・・・・・笑った顔、見せてくれるよな」





























 ・・・・・・自分が傷を負った日から、見ることが出来なくなった。



 見られなくなって、初めて気付いた。



























 自分はこんなにも、彼の笑った顔が好きだったことに――――――――・・・・・・・

























「工藤、これでええ?」

「おー これこれ。サンキュ」

「サラダも買うてきた。野菜もちゃんと食わなあかんで」

「はいはい」















 そうして車は走り出す。

 新一を家まで送り届け、また大学へと彼は戻る。

























 もう少し。

 明日になれば、きっと、変わる。

























 ――――――――――――・・・・・・・・・俺が変えてみせる。

































「服部。明日、楽しみにしてるからな」































 そう。



 楽しみだ。





























 ・・・・・・だから新一は、とびきりの笑顔で彼に手を振った。












































Fin