君がいたから[02]










 ・・・・・・・熱い。























 身体が、腕が、指先が熱い―――――――――・・・・・・・



























 ここは何処だ?













 俺を、呼ぶのは誰だ・・・・・・・・・・?



























 ・・・・・・・・柔らかい響きがするこの声は・・・・・・誰の、声だ・・・・・・・

































「・・・・・・」

「工藤?」

「―――――――――・・・・服部・・・・あれ、俺・・・・・どーした?」

「このアホ! 自分そんな身体なんやったら、もっと気い付けなアカンやろ!!」

「じゃあ俺・・・・・」









 真夜中をとうに過ぎ、新一はベッドで目を覚ました。 

 右手の指先に包帯が巻かれているのを確かめ、深く息を付く。











 ・・・・・そうしてようやく、さっきまでの事を思い出した。























「そっか。マジだったんだ灰原の話――――――――・・・・・・」





























 『灰原』とはさっきの宮野志保の事だ。

 阿笠と同じく『コナン』だった頃に呼び慣れていたから、新一はずっとその名で呼んでいた。



 天井を見つめ、自分の状態を思い知る。

 その『事実』に驚きを隠せないといった様子に、平次は目を細めた。













「あのねーちゃんが居らんかったら、お前助からんかったんやな」

「馬鹿だよなあ・・・・・・・・薬渡されてたんだから、さっさと飲めば良かったんだ」













 自嘲気味の微笑。

 哀しいその表情が、たまらなく平次の胸を焦がす。









「堪忍やで工藤―――――――――・・・・・動かんお前抱えとる時、もう目え覚まさへんかもしれんて焦ったんやぞ? そんな風に微笑(わら)うのはなしや」

「え・・・・?」

「もっと自分の身体大事にせえ。二度と俺の前で、気い失うな」

「・・・・・服部」













 過去に何度も新一が危険な目に遭う夢を見てきた。

 だから、平次は嫌だった。















 ・・・・・自分は助けられなくて、いつも目を覚ましていたから。

 















 だから今日も追いかけた。

 嫌な予感が、自分をそうさせた。









 そんな予感―――――――――・・・・・・・当たって欲しく、なかったのに。



















 追わずにいたら、あのまま新一は無茶をして切りつけられ、もっと深い傷を負ったかもしれない。

 そして誰もいない暗い茂みの中で、普通だったら何てこと無い傷の出血で・・・・・・・そのまま目を覚ますことなく・・・・・・・・

















「悪かったよ・・・・・無茶した。ごめん」

「何で俺を呼ばへんかった? 引き止めるとでも思たんか?」

「ああ。止めただろ」

「当たり前や!」











 その男が犯人だという確信はあった。

 あとは、明るくなってからゆっくり証拠を探せば良いだけで。



 新一は平次に向く。

 そうして、ゆっくり口唇を動かした。













「・・・・・俺はもう『コナン』じゃない」

「へ?」

「元に戻ったんだから、お前を頼るわけに行かなかった」

「工藤」

「16の時からひとりで暮らしてきた。自分ひとりで答えを導きだせるようじゃなきゃ、親父は日本に居ることを許してくれなかったんだ」

「日本に・・・・て」











 新一は少し咳き込む。

 まだ感覚のない右手の指に、目を細めて。



















「ああ・・・・・本当は俺も高校に上がると同時に、ロスに行くはずだったんだ」



























 だけど行かなかった。





 ひとりで暮らしてみたかった。

 蘭と、離れたくなかった。















 何より―――――――――・・・・自分で、問題を解決する力を身に付けたかったから。























「後悔しとるんか」

「え?」

「そのままロスに行っとったら――――――――・・・・・妙な薬飲まされて小っさくなる事もなかったやろ」

「!」













 小さく低く、平次は呟く。

 それに新一は目を見開いた。



 確かに、そんな事を思ったりもした。

 けれども。













 ・・・・・そんなのは、本当に最初のうちだけ。





 だから、新一は微笑った。















「何がオカシイんや」

「だってそうだろ。そういう事になってなきゃ、お前は俺を捜しに東京に行ってないぞ」

「・・・・あ」

「俺がロスに行ってたら、工藤新一と服部平次は出会ってなかった可能性が高いって事だ。ま、探偵同士、いずれ会うことにはなるかもしれないけど・・・・俺は海の向こうだから、面識あるとかないとか、そういう感じ?」



















 だけど出逢えた。

 『コナン』になったからこそ、服部が東京まで捜しに来たから。



 そして気付いてくれた。























 ・・・・・・『コナン』が、『工藤新一』だと。

 











 







「そーゆう事になるんか」

「なるだろ」

「・・・・工藤」

「俺は日本に残ることを選んだ。その結果、いろんな人とも関われたし、経験も出来た―――――――――――・・・・・身体のことは、しょうがない。それより」



















 言葉を区切り、新一は平次に向き直す。

 そして。























「――――――――――・・・・・・こうしてお前と会えたんだ。後悔するかっての」





























 そう、しっかりと口に出し微笑った。






























ひとくぎり

































 次の日、回復した新一と共に平次は行動した。

 結局事件は程なく解決し、その日の夕方に一行は沖縄を離れ。



 また、それそれが個々の生活に戻って行った。













 そして夏が終わり、秋が来て。

 冬が過ぎて春を迎え・・・・・・・・









 この5月。

 新一はゴールデンウイークを利用し、大阪へ行く計画を立てていた。























 本来ならば両親の居るロスへ自分は向かう。

 それは、決められていた『約束』。













 ・・・・・・・・解ってる。

















 別に、服部とは会おうと思えばいつでも会える。

 東京と大阪なんて、ほんの数時間だ。



 なのに。













 どうもあの夏以来、タイミングが合わずすれ違いばかり。

 事件でたまに顔を合わせることはあっても、ゆっくり話をする時間はなかった。



 そこに平次が連絡をしてきたのだ。

 『ゴールデンウイークの間、大阪へ来ないか』と。

















 ・・・・・・・・メールの文字を見た時の感情を、どう説明したらいいのか解らない。

















 あの夏以来、こみ上げるこの想いを。

 どう、解釈したらいいのか・・・・・・・・























 ・・・・・解らないから、確かめたかった。





























 でも。

 結局父親の言葉には逆らえず、今日から2週間程ロンドンの別荘で過ごすことになった。











 『そーか。ま、俺らは日本にいるんやし、また時間作ろうや。それより滅多に会われへん分、そっちはめいっぱい親孝行してこいや』



 断りの電話を入れた時の平次は、当然の反応で。

 確かに立場が逆だったら、同じ事を言っただろうなと新一は思った。



 外は暑いくらいの快晴。

 新一は10時を過ぎたのを確認すると、スーツケースを押しながら玄関を出る。











 そして眩しい日差しの中、阿笠博士の車で駅に送ってもらうべくインターホンを押した。






























ひとくぎり





























 成田空港。

 毎日多くの人間が行き交う、出会いと別れの場所。

















「・・・・・まだ案内は出てないな」









 新一は電光掲示板で自分の乗る便を確かめると、自販機で缶珈琲を買って椅子に座った。

 目の前を流れる人波をただ、視界にいれたままそれを飲む。



 ロンドンまで約12時間。

 向こうはここより日付が遅いから、着くのは16時過ぎだ。



















「工藤!!」











 その時、自分を呼ぶ声が聞こえた。

 新一は立ち上がり、辺りを見回す。























 ・・・・・まさか。





 でも、今の声は―――――――――――・・・・・・・・





























 聞き間違いでは無かった。

 目の前に走ってきたのは、服部平次だったのだ。













「――――――――・・・・どうしてお前がいるんだ」

「驚いたやろ?」

「だから理由を聞いてんだよ!」











 訳がわからない。



 どうして平次がここに居るんだろう。

 しかも、スーツケースを持って・・・・・・・・













「一週間くらい前やったかな。俺んとこに、お前のオトンから電話あってな」

「え?」

「『いつも息子が世話になってるお礼に、別荘に招待したい』て。俺も『ホンマですか? じゃーお言葉に甘えます』て言うたら、『チケットはそちらに送り済みですからお待ちしてます』て・・・・冗談かと思うたけど、次の日、マジで届いてん」

「・・・・・・」











 新一は言葉が出ない。

 平次は、呆気にとられているその顔に微笑った。









「ほんま太っ腹やな」

「・・・・そ、それでちゃっかり来るのか?」

「何や。迷惑か」

「そんな事は言ってねえだろ!」













 迷惑な訳がない。

 ・・・しかし。













「当日までナイショにしといて、驚かせてろて言うてたから、そうしたんや」

「つうか『友達』としか言ってねえのに、何で服部って解ったんだ・・・・・」

「ん? 何か言うたか」

「いや。とにかく荷物、預けて来ようぜ」











 どちらにしても嬉しい事には変わりはない。

 素直に、サプライズを仕掛けてくれた両親に感謝しよう。



















 ―――――――――――・・・・・きっとゆっくり考えられる。



















 この感情がどんな『名』を持つのか。

 そして。

























 ・・・・それを知った先、俺は――――――――――――――・・・・・・・・























「そろそろやな」

「・・・・お前、ロンドン行ったことあるか」

「ない。せやからごっつ楽しみやねん」

「なら俺が案内してやるよ。何たってホームズの街だからな」

「おー。宜しく頼むで」









 その時、搭乗手続きのアナウンスが流れる。 

 二人は指定の場所へ移動した後、エスカレーターへと向かって行った。
































ひとくぎり





























「ねえ優作。服部君ってどんな子かしらね」

「『約束』を破ってまで一緒にいたいと思ってるんだ。よっぽど大事なんだろうな」

「そうよね・・・・・新ちゃん、今まで推理に夢中で友達の話なんて聞かなかったもの。楽しみね」







 その頃。

 ロンドン郊外にある工藤別邸では、新一とその友人の到着を今か今かと待っている両親がいた。







「それにしても強引だったんじゃないの? 服部君、迷惑がってなかった?」

「いや。彼の父親とも話したんだが、どうやらその子も新一がこちらへ来る事になったと聞いたとき、とても残念がっていたそうでね。この話を持ちかけた事を、えらく感謝されてしまったよ」

「じゃあ良かったわ。あ、そろそろ迎えに行きましょ」









 時間はまもなく16時。



 ヒースロー空港。

 もうすぐ、正月以来となる息子と、その友人が降り立つ。















 外は雨。



 霧の街ロンドンにふさわしいその景色は、まるで日本の名探偵達が来るのを待ち焦がれている様に思えた。



















「あん時の傷、まだ残っとるんやな」

「え? ああ・・・・多分、ずっとこのままだろうな」

「薬は持ち歩いとんのか?」

「大丈夫だって」

「身体ん事、親は知っとんのか」









 着陸のためのシートベルトを締めながら、平次はいくつも問う。

 窓際の新一は、ただ首を振った。









「・・・おえ」

「服部、言うなよ」

「せやけど」

「余計な心配かけたくねえんだ。それに、知られたら日本には居させてもらえない。それだけは、嫌だ」













 射る視線。



 反論を許さない眼差しに、平次は深く息を付いた。















「・・・・しゃーないな。ま、海外に行かれんのは俺も嫌やし」

「ん?」

「いや。それならもう無茶はせんことやな」

「解ってる」













 解ってる。

 そう言いながら、この綺麗な名探偵は今まで何度も危ない橋を渡ってきた。

















 ・・・・・出来るだけそばで見ていてやりたい。



 あの夏以来、平次はそんな思いが強くなっていた。

 でも。



















 どうしてそう思うのか。





 彼の身体の状態を、知ってしまったからだけなのか。





























 ―――――――――――・・・・他の友人には抱いたことのないこの感情に、平次は最近戸惑っていた。

























 窓から見えるのは古い街並み。

 新一が焦がれて止まないホームズの記憶が宿る街・・・・・・・



























 ・・・・・・二人はそれぞれの想いを抱きながら、雨の降る地へと足を踏み入れた。







































Fin