平次はベッドの上で(うずくま)っていた。

 明かりも無く暗いその場所で、ひざを抱えて。



 濡れた服は着替えたが、それは足元に転がったままだった。























 ――――――――――・・・・何したんやっけ、俺・・・・・































 激しいシャワーの音。

 壁一枚隔ててもそれは、ハッキリと平次の耳に届く。





 ゆっくり、自分の両手を眺めた。







































 ・・・・そうや。工藤を・・・・・・・





























 よみがえる映像。

 未だ残る熱い感触。





 耳には――――――・・・・・・あの掠れた吐息混じりの甘い声が響いている。



























 ・・・・・・俺は、工藤を・・・・・



































 自分が信じられなかった。

 全身濡れるのも構わず、湯の中に入って行った自分が信じられなかった。









 何より・・・・・
躊躇(ためら)わず新一のものに触れた自分が信じられなかった。

































 自慰行為は健全な青少年ならば誰にでも経験ある事だとは言え。

 他人が行うのでは、意味が違う。







 それは自慰では無く―――――――――・・・・・































「・・・・・・『犯した』・・・事になるんやろか・・・・・・・」





























 相手は、男で。



 ・・・・・・ちょっとした悪戯心が、沸いただけで。











 でも。





























『・・・工藤・・・・』

『――――――・・・・信じ・・・・・らんね・・・・・・・・・』

『・・・・・・俺・・』

『出てけ・・・・・・』

『・・・・・・』

『――――――――・・・・出てけって言ってんだ! 俺の前から消えろ!!』



















  新一は『止めろ』『離せ』と何度も言っていた。

  抵抗していた。











  ・・・・・それを無視して、自分は押し進めていたのだ。































「どないしよ・・・・」











 平次は今になって、とんでもない事をしでかしたのに気づいた。

 同時に困惑していた。





 異性相手と違い、同性はその有り様がどんな状態で、どんな感じなのかが解ってしまう。

 だから、自分の経験でどんな風に触ればどんな反応を示すのか解る。











 だが、新一の反応は予想以上で。

 ある程度連動して自分も興奮するだろうとは思っていたのだが・・・・・





















 ・・・・・綺麗な顔が羞恥に歪むのを、もっと見たいと思った。




 面白いぐらいに反応する身体を、もっと攻めたいと思った。























 新一自身でさえ聴いたことが無いであろう声を――――――――・・・・・もっと・・・・・







































 ・・・・・・・・・・・・挿入()れたら、もっと狂うんやろか?































 背筋がゾクリとした。

 嫌がりながらも快感に震える姿を思い出し、とてつもなく自分を掻き立てた。













 いつもいつも推理では一歩先を行く東の名探偵。

 冷静沈着で的確な口述の、工藤新一。





 でもあの時の新一は自分のされるがままで――――――――・・・・・





























 ・・・・・・・目の前で見せる哀願の表情を、もっと続かせたいと思ってしまった。





































 男やで?











 ・・・・・・・あいつは、俺と同じ男や。





































 せやのに、何で――――――――――・・・・・・・・





































 平次はまだ気付いてなかった。





 その感情が、何を意味するのか。

 その征服欲が何を示すのか。







 ただ男としての生理的欲求だけだったら―――――――・・・・・・口唇を合わせはしない事に、まだこの時は気付いていなかった。




明日に続く[02]











「畜生・・・・・っ・・・何で、取れねーんだよ・・・・っ・・・・・」











 シャワーの下。

 新一は熱いお湯をずっと浴びていた。









 何度も何度も、口を拭う。

 自身も洗う。







 でも一向に、身体からあの感触が消えてくれないのだ―――――――――・・・・・・・

























 ・・・・・這い回る舌の感覚が残ってる。



 まだ、あいつの手が俺のものを掴んでいる気がする。

























 消えない。

 離れない。





 濡れた前髪の間から見えたあいつの目が、脳裏に焼き付いて消えない。































 ・・・・・知らない。







 あんなあいつは、知らない・・・・・・・・



















 信じられない。









 ろくな抵抗も出来ず、されるがままに―――――――――――・・・・・・・結局あいつの手で果てた自分が信じられない。

































 ・・・・悔しい・・・・・






 その何もかもが、悔しい・・・・・・・



























 あの最中で初めて―――――――・・・・・・・俺は、あいつを恐いと思ってしまった。



































「畜生・・・・・・・っ・・・・・ちくしょうちくしょう・・・・・・!」















 それは屈辱でしかなかった。


 同い年の、それも今まで幾多の事件を共に解決してきた仲間に、男に・・・・・・・















 ・・・・・秘部を(いじ)られイかされたのだ。





























 具合が悪かったとは言え―――――――・・・・されるがまま、平次にあんな姿を見られた事実は消えない。































 いくら擦っても落ちない感触に諦め、お湯を止める。

 バスタオルで身体を覆いドアの前で止まった。

























 ・・・・・・ここを出たら、服部が居る。



 外に出て行くにしても――――――――・・・・・ここを出て、着替えを取りに行かなくちゃならない・・・・・































 あんな事があったばかりで全裸のまま出て行く勇気は無かった。

 でも、いつまでもこんな所に居る訳に行かないのも解ってる。





 ・・・その時ツキンと頭に痛みが走った。

























「――――――――・・・っ・・・つー・・・やっべー・・・・・」



















 忘れかけてた鈍い痛み。

 このままじゃ間違いなく発熱する。









 そう思った時、扉の向こうで『誰や?』という声が聞こえた。
































ひとくぎり



























「・・・誰や?」

『あ、あたし。蘭です』









 平次がドアをノックする音に問い掛けると、すぐ声が返ってきた。



 毛利蘭。

 新一の具合が悪いと言っておいたから、心配で様子を見に来たのだろう。



 平次は扉を開ける。













「新一、どう・・・・?」

「大丈夫や。帰って来たらもう眠っとった」

「・・・・そう」









 ホッとした顔。

 平次はちらりと部屋の中に視線を移すと、表に出てドアを閉めた。



 きょとんとする蘭に言葉を続ける。













「ちょっと聞きたい事あんねんけど・・・・・ええか?」

「何?」

「ちょお、こっち」









 平次は蘭の腕を掴み、廊下をずっと奥に行った所にある自販機のある空間に連れて行く。

 入った所で蘭に向いた。









「・・・・新一のことでしょ」

「へっ?」

「そっか。聞いたんだ昨日のこと」









 すると聞こうとする前に相手から言われ、平次は素っ頓狂な声を出した。

 図星なのがバレバレで蘭はくすくす笑い出す。









「ほんっと服部くんて解りやすいね」

「く、工藤ホンマへこんでたで? 一体どないしたん?」











 焦りつつ本題に進む平次。

 蘭が、ふと窓の方に視線を移した。






 ・・・・月が覗いている。













「――――――――・・・・何も言ってくれないから。新一、いなかった時のこと、何も」

「・・・・って・・・」

「事件の事とか、どこでどんなことしてきたのかとか・・・・・・・・・・・聞いても、何も。あたしって何なのかなーって・・・・・・・・思っちゃって」

「・・・・・・」

「新一のこと解らなくなっちゃって――――――――・・・・・」



















 ・・・・無理も無い。









 好きな男が、突然いなくなり。

 連絡はたまにあれど、滅多に姿も見せず。











 でも、戻って来た。

 これからは、何もかも元通りになる筈だった。





 今まで通りの生活で、今まで通りに仲良く今度は、今度こそ二人は―――――――――・・・・















「・・・・あいつは、ねーちゃんの事ホンマに大事に思っとるで」

「そうかなあ・・・・」

「信じてやってくれへんか?」

「服部君てさ――――――・・・・・あんまり新一と話したこと無かったはずなのに、あたしより新一のこと解ってるんだね」

「へ・・・」

「もしかして事件に飛び回ってる新一と会ってたりしてた?」













 平次は蘭の言葉に動揺した。



 そう言えば、あの頃の新一は殆どが子供の姿で―――――――・・・・元の姿に戻ってからは、そんなに一緒に行動をしていなかった。

 蘭が不思議に思うのも当然だろう。





 平次が言葉に詰まっていると、ポケットから小さな財布を取り出した蘭は目の前の自販機で冷珈琲(アイスコーヒー)を買った。

 それを、差し出す。











「はい。新一、これ好きなの」

「・・・・・え」

「優しいね服部君。あたし、どうして服部君好きにならなかったんだろ」

「・・・・」

「和葉ちゃん大事にしてあげなきゃ駄目だよ? 泣かせたら、あたしが許さないからね」











 そう言いながら微笑う蘭。

 長い髪をふわりと揺らせ、ホットパンツから綺麗な足をのぞかせている、毛利蘭。













 ・・・・・気が強くて。

 それに比例するほど、腕っ節も強くて。





 でも、内面は普通の女の子同様とても脆くて・・・・・

















 だからこそ、新一は大切にしてきた。



 傷つけたくないから、隠してきた。

 秘密を作ってきた。























 ――――――――――――・・・・・想い合うが故に2人の心は擦れ違ってしまったのだ。





























 蘭は『じゃあね』と手を振ると、和葉との部屋に帰っていった。

 平次は何となくそのまま窓の外を眺める。



 手のひらには、冷たい缶珈琲・・・・























 ・・・・・蘭の気持ちは痛いほど解った。

 でも何も言うことは出来ない。





 自分が工藤の立場だったら、どうしてただろうか?















 そばに居るのに打ち明ける事も出来ず――――――・・・思うように守ることも出来ず、子供の姿であることに苛立ちしか覚えられず。



























 それでやっと元に戻って。

 そばに、いられるようになったのに。











 ・・・・想う相手は拒絶を示したのだ。































 そんな新一に、自分はさっき何をした・・・・・?





































「最低や――――――――・・・・俺、ホンマ最低や・・・・・・・・・」












 後悔先に立たずとはこの事だ。

 今更何をどうしても、謝っても済むことではないのだ。













 ・・・・平次は、新一の男としてのプライドを粉々に砕いてしまったのだから。


































ひとくぎり



























 蘭が、来た。

 ・・・・服部が出て、そのまま二人はどこかに行ってしまった。















 新一はバスルームの扉越しに蘭の声を聞いた。

 自分を心配して来てくれたんだと知り、嬉しかった。



 でも平次は、自分は『もう眠った』と言って蘭と一緒に外に出て行ったのだ。

















 ・・・蘭にまだ会いたくなかったのは事実だし。

 こんな姿を見せられる訳もないし。





 何となく・・・・・服部は自分がこの扉の前で立ち尽くしてるのを解ってて、着替えをしにベッドまで行けるようにしてくれたんだと思った。



























 あんなに、酷い事をされたのに。





 ・・・・新一は何となくそう思った。

































 扉が閉まる音を確認して、バスルームの扉を開ける。





 薄暗い。

 どうしてか、部屋の明かりも付けずにいたらしかった。











 とにかく着替えだ。

 新一はぺたぺたと裸のままベッドへ行き、鞄から寝間着を取り出し着る。



 そうしてホッと息を付いて寝っころがった時、また頭痛がしてきた。





























 ―――――――――――・・・どうしよう。


























 このままでは、あいつが帰ってくる。















 会いたくない。



 あんな姿を見られて、今まで通り普通に話せる訳が無い。

































 ・・・もう、服部と一緒に居られない。



 事件も謎解きも、電話も何もかも全部・・・二度と一緒になんて・・・・・・・・







































「――――――――――――・・・・・ロスに行っちまおうかな」



















 新一はぽつりと言葉を漏らした。

 熱い息を吐きながら、ぼんやりと天井を見上げて。



 そうすればもう事件で会う事もないだろう・・・・・・

 別にあっちでも、色々勉強は出来る。










 ――――――――父さんも母さんも、そうしろって前から言ってたしな・・・・・・・



















 布団に新一は潜り込んだ。

 電気も消して、目を閉じる。



 このまま朝まで眠ろう。













 朝になったら、ひとりで先に電車で帰ればいい―――――――――・・・・・





































 やがて新一は眠りについた。



 昼間の疲れと身体の疲労が、たやすく新一を眠りに導いた。















 そして数分後。

 カードキーを持っていた平次が戻って来たが、新一は気付かずに眠り続けていた。
































ひとくぎり

































 午前4時過ぎ。

 新一はどうしてか、そんな時間に目が覚めた。



 ゆっくり寝返りをうつ。















 ・・・・・・・・隣のベッドには背を向け眠っている影。































「―――――――――・・・・・」



















 音を立てないように着替え荷物をまとめた新一。

 備え付けの机から紙とペンを探し、短く何かを書くとテーブルの上に置こうとした。



 その時、別の紙があることに気が付いた。









 ・・・そこには。























 昨日はホンマに悪かった

 もう、工藤の前に現れたりせえへん



 これ、蘭ちゃんからの差し入れや

 気いつけて帰りや






















 そう書かれたメモが、ひとつの缶珈琲と共に置かれてあった。

































 ・・・・・・・新一は暫く立ちすくむ。

































 平次は解っていたのだ。

 きっと、新一は誰にも告げずに先に帰るだろうと。





 自分の目が覚める、その前に――――――――――・・・・・





























 ・・・・・・・・服部・・・・





















 視線を向けるが、やっぱり影は眠ったまま動かず。

 とにかくメモと珈琲を掴むと、新一はそのまま入り口の扉に向かい外へ出て行った。

































 再び静寂が訪れる室内。

 綺麗に整えられたベッドに、昇り始めた太陽の光が注ぎ込んでいる。



 その時ゆっくりと影が寝返りをうった。

















 ・・・・影は、その光に目を細めた。




































ひとくぎり



































 新一は海岸を歩いていた。

 海の向こうから顔を出し始める太陽を、見たいと思った。









 まだ上空に闇を残しつつ水平線から光が漏れる様は――――――――・・・・怖いくらいに感動的だった。





























 ふと見ると、防波堤に誰かの影があった。





 昨日、平次と一緒に居たその場所。

 何故かどきりとして歩いていくと・・・・・髪の長い女の子だった。





























 ―――――――――――・・・・蘭・・・・・・?



 違う、あれは・・・・・

































「・・・・・・・・和葉ちゃん?」

「え?」



















 呼ばれて、振り返る影。

 ・・・それは服部平次の幼馴染である、遠山和葉という女の子だった。

















「工藤くん!? 何、なんやのこんな朝はようから、どうしたん?」

「――――――・・・・それはこっちも聞きたいかも」

「あれ・・・・鞄持っとんの? もしかして帰るん?」

「そうなんだ。夜遅く電話あって、警部に呼ばれちゃってさ」

「へー・・・・・・大変やね」













 髪を下ろしているから一瞬解らなかった。

 新一は、動揺しながらも近づく。



 とりあえず、隣に座った。











「和葉ちゃんは?」

「アタシ、こーゆートコ来るといっつも朝早う目え覚めてしもて・・・・・平次にはコドモやな言われるんやけど」

「じゃあいっつもこんな綺麗な景色見てんだ」

「うん。見てると、アタシの悩みなんてちっちゃい思えて元気出てくんねん」

「・・・・・・」















 夕焼けに似ているそれは、でも段々と明るさを増して。

 やがて、絵葉書でしか見たことが無い風景が現れる・・・・・・・















「・・・・工藤君」

「ん?」

「蘭ちゃん、ちゃんと捕まえてとって」

「え・・・」

「好きなら不安にさせんといて。そうやないと平次・・・・・・・平次は誰にでも優しいねんから・・・・・」

「・・・・・和葉ちゃん」















 髪が風になびいていた。

 そんな彼女はいつもより数段色っぽく新一の目に映った。

















 ・・・・・恋する彼女は、酷く綺麗で。



 そんな和葉に想われている平次と、蘭の事を疑ったりもしたっけ・・・・・・















「うん、ごめん」

「べ、別に蘭ちゃんのこと疑ってる訳やないんやけど」

「お互い様だよ。俺も思ってたし・・・・・・蘭と服部、もしかしたらって」

「・・・ホンマに?」

「俺が東京に居ない間、出かける度に一緒に事件に出くわしてたみたいだし・・・・って、疑っちまうとキリがねーけどさ」













 苦笑する新一。

 和葉もつられて、笑い出す。











「アタシら、アホみたいやん」

「まったくね」

「そーいえば・・・・・・工藤君のことも疑ってたなあアタシ。ほら、平次がしょっちゅう東京行くやん? せやから『工藤』て聞いて絶対、東京で作ったカノジョやて思ってた」

「そ、そうなんだ」

「せやから―――――・・・・・ホンマ良かった。工藤君がオトコで」

「・・・・・」











 急に和葉は目を伏せた。

 そして、段々と朝を主張する太陽に向かって続きの言葉を出す。



















「工藤君がオンナやったら・・・アタシ、敵わへんもん。諦めるしかないもん」





























 でもそれは小さく。

 とても、新一の耳にまでは届かなく。











・・・・その時風が波を大きく跳ねらせ、二人はそのまま暫く海を見つめていた。





































 新一は、ゆっくり立ち上がる。











「じゃ・・・・俺そろそろ行くから」

「ごめんね引き止めてもうて」

「みんなに宜しく。また、服部と東京に遊びに来てよ」

「うん。工藤君も、蘭ちゃんと大阪来てや?」

「―――――――・・・・あのさ」









 去ろうと背を向けた時、新一がまた振り向いた。

 きょとんと和葉が目線を上げる。



 そうしてにっこりと微笑い告げた。

















「たまには髪の毛、おろしなよ。せっかく綺麗な髪なんだし、可愛いんだからさ」

「えっ?」

「それともポニーテールってあいつの趣味?」











 突然の言葉に、和葉は真っ赤になり固まった。

 そんな様子に尚も微笑うと、新一は手をひらひらさせながら再び背を向け歩き出す。































 まばらに、人影が見える。



 ・・・・・自分達の他にもこの空を見に来ている人がいるのだろうか。





















 砂浜に打ち寄せる波。

 今自分が歩いた跡を、すぐに消してゆく波・・・・・





































 温い風が吹く。





 今日も、暑い日になりそうだなと思いながら――――――――・・・・新一は駅へと歩を進めた。