・・・・・・・真っ暗な闇の中。









 新一は、カチコチと響く時計の音に目を覚ました。


















明日に続く[05]














 ・・・・・・・・俺・・・・































 気が付いたら家だった。

 リビングのソファの上で、天井を見ていた。















 腕時計を見たら、夜中の1時を過ぎていて。

 新一はどこからか感じる冷気に身を竦ませた。





















「タクシー乗って・・・・・それから・・・・」









 高木の家で飲んだ日本酒が、そんなに強いとは思ってなかったが。

 車に乗り込んだら急激に眠気が襲ってきて、少し目を閉じた記憶がある。



 しばらくすると聞こえてきたブレーキ音に、何だろうと目を凝らして・・・・・・・・・























 その後、俺が見たのは―――――――――――――――・・・・・



























「・・・・・・・・」











 そうだ。

 服部平次と、毛利蘭。



 その二人が横断歩道の脇で・・・・・・・・





























 ――――――――――・・・・・・・・きっと夢を見たんだ。





























 あんなメールが来たから。

 蘭と、あれから気まずいままだから。



 だから。

























 あんな、幻覚みたいなモノを見た――――――――――・・・・・・・

































 新一は目を伏せた。









 今日はもう考えたくなかった。

 頭痛がしてきたし、息も熱い気がした。



 























 嫌だった。



 蘭が服部といる場面なんて、見たくなかった。

























 ――――――――――・・・・・もしかして自分がいない間に二人は・・・・・



































「だから俺にあんな・・・・」









 そんな筈ないと頭では思っていても感情が止まらなかった。

 この身体に受けた感触は未だに自分を苦しめている。





















「ちくしょう・・・・っ・・・」















 真夜中に二人は何をしていたのだろうか。

 どこへ行って、帰ってきたのだろうか。







 考えれば考えるほどに頭痛は酷くなってゆく――――――――――・・・・























 ・・・・・・・・このまま眠ったらヤバい。



 そう感じたが、二階まで上がる気力も無く新一はそのままソファで意識を手放してしまった。






























ひとくぎり































「おわ、寒む」









 次の日。

 どこからか流れ込んできた冷気で、平次は目を覚ました。



 枕元の携帯を見る。

 5時50分だ。











「いつの間に眠っとったんやろ・・・・・・」











 大あくび。

 いつも朝稽古をしているから、自然とこの時間には目が覚める。



 カーテンを開けると未だ闇が濃かった。











 この時期の日の出は7時頃だ。

 平次は着替えを済ませると、日課の走り込みをする為に部屋を出た。





















 ・・・・・・・・雪でも降りそうなくらいに息が白い。























 今日は会えるだろうか。



















 凍てつく程に空気は冷たい。



 冬だからと言えばそれまでだけど。

 平次には、今日これからの行く先を表しているかの様に思えてならなかった。















「・・・・・朝日や」











 ビルの間から光が差してきた。

 今日もまた、朝が来た。



 あの夏の日が昨日の事の様に思い出されるのに、季節は容赦なく過ぎている。























 ・・・・・・許してもらおうとは思ってない。





 ただ、謝りたい。























 ――――――――――・・・・・・・そしてこの感情を確かめたい。























 自分は本当に彼を好きなのか。



 それとも、ただ罪悪感からの『情』なのか。





















「工藤・・・・・」





















 呟くだけで胸が苦しくて。

 想うだけで身体が熱くて。



















 こんな感情。



 まさか、自分が持つとは思ってもいなかった。

























 眩しい光が道を照らし始めた。

 ほんのりとした暖かさが、自分を包んだ。















「・・・・・よっしゃ」









 過ぎた事を悔いても時は戻らない。

 ただ、彼の気の済むようにしたい。























 それには一度会わなければ。





 ・・・・・・・どんなに、罵られようとも。





















 そのまま平次は暫く走り、ホテルへ戻る。

 チェックアウトぎりぎりにその場所を出ると、手荷物は駅のコインロッカーへ預け目の前のスターバックスへと向かった。




























ひとくぎり

































「あっちゃー・・・・やっぱ熱出たか」











 頭がガンガンする。

 頭痛と吐き気で、目が覚めた新一。



 手元の体温計を見て息をつく。













「まだ7時かよ。上行って寝よ・・・・・」







 何も食べてないから薬も飲めない。

 とにかく暖かくしてもう少し眠ろうと、階段を上がった。







 そして。

 部屋の扉を開けて、げんなりする。















「そうだった・・・・掃除しなきゃダメだったんだっけ」











 何ヶ月も家を空けていたのを今更ながら思い出す。

 ホコリっぽいにおいに肩を落とすと、窓を開けた。











 ・・・・・・・・本当に冷たい空気が流れ込んでくる。



















 ゆっくりとベッドカバーを取る。

 枕を持ち上げ、窓の外で少し叩いた。

















「今は我慢すっか・・・・・とにかく寝よ」











 静かに布団に潜り込む。

 未だ止まない頭痛に顔をしかめると、新一は直ぐに眠りに落ちて行った。


































ひとくぎり































『なあ、あんたクドウシンイチ?』

『・・・・?』

『戻れたんだ。良かったね』

『誰だ・・・・・お前』











 ロスでひとりの青年に出会った。

 ・・・・気味の悪いほどに自分に似ていたから、新一は怪訝な顔をする。



 日本語でタメ口なのも気に入らなかったけど。

 初対面の筈なのに、見覚えがあると感じたから更に嫌な気分だった。















『俺? 俺は黒羽快斗。小さかったあんたを知ってる』

『っ・・・・?』

『色々話、聞かせて欲しいな。時間ある? 名探偵』

『――――――――・・・・何のことか解らない。それにもう日本に帰るんだ、悪いけど』

『あ、そうなんだ。奇遇だね』

『え?』

『じゃ、日本で』















 その青年は、ひらひらと手を振りながら去ってゆく。



 明らかに何かありそうな笑顔。

 新一は、近くのベンチに倒れる様に座る。





















 ・・・・・・・・・立って、いられなかった。





























 クロバ?







 誰だ?

 聞いたこと、ない。

















 でもあの瞳を知っている。

 自分と良く似た声で、調子の良い口調はどこかで聞いた覚えがある・・・・・・

























『まさか・・・・・』

















 新一は思い出す。



 この耐え難い気分と、立っていられない症状が出るという事は――――――――――・・・・・・

 彼も『信頼していた人間のひとり』という事。























 ・・・・・・考えられるのは、あいつだけ。



































『怪盗キッド・・・・・?』






































ひとくぎり





























「・・・・・あ。頭痛とれた」







 昼近くになって新一は目を覚ました。

 起き上がるともう痛みは取れていたから、ホッと息を付く。





 しかし相変わらず寒い。

 布団をかぶったままクローゼットまで歩くと、鮮やかな赤色のジャージを取り出し着替えた。



 これから本格的に掃除をしなければならない。

 ただその前に腹ごしらえ・・・・・・・そう思い、キッチンへ向かった。



















「って。あるわきゃねーだろ」









 冷蔵庫を覗き自分にツッコミを入れる。

 何ヶ月も家を空けるんだから、中のものは全部なくして行ったのだ。



 もちろん、コンセントも抜いて。

















「・・・・・コンビニ行ってこよ」









 まずは弁当と水。

 食べてから、今晩の分も含め、ある程度の食材を買いに行くとしよう。



 新一は小さく息を付く。

 そうしてまずは、洗面所へ向かった。


































ひとくぎり





























 適度に混んでいる店内。

 平次は窓際に席を取ると、鞄を置いてレジへ向かった。





 スコーンとマフィン。

 更に『本日の珈琲』を頼む。



 そして飲み物を受け取るスペースへ移動する時だった。





















 ――――――――――・・・・・突然、目の前に現れた男に心臓が止まりそうになる。































「く・・・・・工藤・・・・っ・・・・!?」

「はあ?」

「え、あ、いや・・・・ちゃう・・・な」

「違うよ。ま、良く言われるけど。アタマの色、違うだろ」











 平次が『工藤』と呼んでしまったその人は、本当に新一に良く似ていた。



 言われ慣れてるのだろう。

 さして驚かず、ただ嫌そうな表情で平次を睨んでいる。





 改めて見れば、目の前の彼は綺麗なライトブラウンの髪の色だ。



 しかし・・・・・

























 意志の強そうな目。

 薄い、口唇。



 そして身体のライン。



















 奇跡的だと思えるそれらのパーツを、他に持つ人間がいるとは――――――――――・・・



















「すまん。ホンマに似とるから」

「・・・・別にいいけど」

「スターバックス・ラテのショートサイズ、キャラメルマキアートのショートサイズ、ホットでお待ちのお客様。お待たせしましたー」

「あ。ハイ」







 なぜか舐めるように上から下まで見られ、平次は肩をすくめる。

 そのあと頼んでいたドリンクを渡されたから、彼はふたつを両手に持つとそのまま背を向けた。



 そして同い年くらいの女の子がいる席へ座る。









 彼女だろうか。

 そんな事を思いながらも、やっぱり視線は彼を追ってしまい・・・・・・



 ホンマにそっくりやなと感心している間に自分の飲み物も出て来たから、受け取り席へ戻った。

















 ・・・・・10分くらい過ぎた頃。



















 人々が行き交う様を、窓からぼんやりと眺めていた平次。

 残っていた珈琲を飲み干し、そろそろ行くかと席を立つ。



 ・・・・と、その時。

 突然隣から声がして驚いた。

















「なあ。あんた、服部平次だよね?」

「!?」













 名前を呼ばれたから驚いたのではなく。

 気配にまるで気付けなかったから、寒気にも似た感覚が襲う。










 コイツ、さっきの――――――――・・・・・・・・・・

























 声の主は、さっき新一と間違えた『彼』。



 にやにやしながら肘を付いての上目遣い。

 本当に工藤新一が目の前にいる様に感じ、瞬きを繰り返した。













「・・・・・初対面のヤツに呼び捨てにされる覚えも、アンタ呼ばわりされる覚えもないんやけど」

「さっき会ってんだし。初めてじゃないだろ」

「ジブン、誰や」

「俺は黒羽快斗。へえ・・・・・テレビで観るよりカッコイイじゃん。ちょうど良かった、その『工藤新一』について聞きたい事があってさ」

「工藤やと・・・・?」













 どうしてこんな状況になっているのだろう。

 平次はちらりとさっきまでいた方へ目を向けるが、女の子の姿が見えない。



 そう思っているのが解ったのか、彼は『ああ』と同じ方へ向いた。













「彼女なら先に出たよ。元々ここで別行動の予定だったし」

「最初から俺に用、あったんやな」

「さすがに鋭いね」

「何や」

「・・・・・あんた、アイツに何した?」

「!?」

















 冷たい眼差しだった。

 そして彼から発せられた言葉に、平次は動揺を隠せない。









 ・・・・・・明らかに『何かした』事実を認める表情をしてしまう。





































 コイツ、な、何なんや・・・・・?

























 平次は目の前の彼を『怖い』と感じた。

 それは、新一に初めて会った時にも受けた時と同じ印象。

















「な・・・・何、て・・・・」

「様子がおかしかった。いつもの鋭さもまるでなし。あんなの、俺の知ってる『工藤新一』じゃない」

「は?」

「そばに寄っても暫く気付きもしなかった。話し掛けたら、途端に怯えだした――――――・・・・・他のヤツじゃ解んねえくらい微妙な変化だけどな」

「お前・・・・」

「あれじゃそのうち命落とすぜ。冗談じゃねえ、お前だろ? あいつ、あんな風にしたの」

「っ・・・・・!」



















 平次は背筋が凍る。

 彼の目に、殺気を感じたからだ。























「・・・・・・お前、何した・・・・?」





















 警察の人間でもないのに。

 それよりも、遙かに冷めた厳しい目で彼は再び問う。











 ―――――――――・・・・相手を捕らえて逃さないその眼差しから、視線を外せない。





























 平次は、息を飲み込んだ。





















「そんなん・・・・お前に関係ないやろ」

「まあいいさ。本人に直接聞けばいい事だ」

「何やと?」

「ひとつ言っておく。あいつに何かあったら、俺はお前を許さない」

「!」





















 彼がそう言った途端、店の照明が全て消えた。

 突然の事に数人いた客も店員も驚きの声を上げる。



 すると平次の耳元に聞こえてきた声。

 その囁く言葉の冷たさに背筋が凍り付いた次の瞬間、明かりが戻ってきた。













 ・・・・・・綺麗に、黒羽快斗が微笑っている。























「じゃあな。西の探偵さん」

「・・・っ・・な・・・・」

























 ・・・・・・・立ち上がる彼。


 そう言うと、ひらひら手を振り去って行った。


































ひとくぎり



































 平次は呆然としていた。

 彼の去った先を、しばらく見つめていた。























 あれは誰や?


 一体、何を知っとるんや・・・・?





















 まさか新一が自分の身に起こった事を人に話すとも思えない。

 それに、あの日から昨日までずっと海外に居たのだ。

































 普通の人間とは思えない。







 気配を消して自分に近づいた事や。

 明らかに挑発する言動と眼差し――――――――――・・・・・































「そういや、あの気いはどっかで・・・・・・・」



















 会った事などないはずなのに。

 覚えがあるのは気のせいなのか。




 新一に似ているから、そう思っただけなのか――――――――――・・・・・・




















『ひとつ言っておく。あいつに何かあったら、俺はお前を許さない』















「・・・・・・・・」















 囁かれた言葉が耳から離れない。

 何が目的なのか解らないが、あの細腕で自分に何が出来ると言うのだ。





 ・・・・しかしあの目は本気としか思えなく。

 更に、やはり新一は精神的に参っている事を知らされ。













 平次は、今更ながら自分のした事の重大さを後悔し目を伏せた。


































ひとくぎり





























「・・・・蘭」

「新一、おかえり」







 その頃、新一はコンビニで立ち竦んでいた。



 何という偶然か。

 毛利蘭に、会ってしまったのだ。











「元気・・・そうだな」

「うん。あたしは元気よ・・・・でも」

「ん?」

「痩せたね、新一」











 どこかへ行ってきた帰りなのか。

 大きな紙袋を抱え、手に弁当を持っていた。





 そうして蘭の羽織っていた赤のコート。

 新一に、昨日の記憶が甦よみがえる・・・・・・













「悪い。ろくに連絡しなくて」

「・・・ううん。あたしの方こそ」

「みんな元気かな。帰ったばっかりで、まだ高木さんしか会ってないんだ」

「え、うん。元気元気。そう言えば服部君も心配してたよ? あの旅行、途中で新一帰っちゃうから・・・・・あたしのせいだよね」

「―――――――・・・・違うって。言っただろ? 本当に急用が入ったんだ」

















 蘭が気にするのも無理はなかった。



 あの旅行の日。

 エレベーターでの出来事の後、新一は急に帰ってしまったから。













 ・・・・・・・それが関係ないとも言えないけれど。

















「服部か・・・・・そう言えば、元気かな」

「昨日会ったよ? 駅前のホテルに泊まってるって聞いたけど・・・・」

「え?」

「友だちと飲み会してて遅くなっちゃって・・・・・偶然駅で会って、家まで送ってもらったの。なんか、お母さんに頼まれた用事があって来てるんだって」

「・・・そうなんだ」















 平気なふりして話を振ってみたが。

 『服部』という名を改めて口にしてみて、隠しようのない動揺が自分でも解った。

















 ・・・・・聞けばいいじゃねえか。









 服部と会って、どうしてあの場面になるのか。

 横断歩道の脇で一体何をしていたのか。



















 どうして俺はそれを聞く事が出来ないんだろう・・・・・



























「新一?」

「あ、悪い・・・・ボーっとしてた」

「大丈夫? 顔色、悪いみたい」

「昨日帰ってきたばっかりだからな。疲れが出てるだけだ」

「なら良いけど・・・・」

「蘭。明日、時間あるか?」

「え?」











 飲料水を選びながら、新一が問う。

 少し沈黙が流れた。













「―――――――・・・・・話したい事あるんだ。家に、来てくれないか」

「・・・・・」

「時間はいつでも構わない。待ってるから」

「・・・うん。解った」











 それだけ言うと、新一は蘭から離れた。

 奥へ歩いて弁当のコーナーへ行くと、何にしようかと棚を覗き込む。













 ・・・・・・蘭の視線が背中にあるのが解った。



























 ――――――――――・・・・もう、戻れない。





















 服部の事は関係なく。

 自分があの日、蘭を振り切って去ったあの時から。





 『江戸川コナン』として日々を過ごしていた時間は、間違いなく俺たちの関係を崩していったから。























 『守りたい』という想いが。

 『知らせない』という行動へと繋がり、そして・・・・・・

















 ・・・・・・いつしか修復不可能な『溝』となってしまった。



































 ――――――――――・・・・・まだ事件は終わってない。

 お前を危険な目に遭わせる事は、出来ない。

























 好きだ。



 これからも変わらずに、ずっと。

























 幼い頃からそばにいて。

 ずっと一緒に、過ごしてきて。



















 ・・・・・・・誰よりも何よりも大切な存在。



 だからこそ。





















 ――――――――――・・・・・・俺はお前に、ハッキリ言わなきゃならない。



































 ・・・・・・・新一は見てしまった。











 ロスにいる時に。

 もう生きてはいない筈の彼らを、見かけてしまった。





















 まだ終わってはいなかった。

 自分を小さくさせたあの組織は、まだどこかで機会を狙い潜んでいる。





























 ・・・・・蘭・・・・・・・

























 弁当と飲み物。

 会計を済ませた新一が外に出ると、さっきまで覗いていた太陽が厚い雲にすっかり覆われていた。













「雨でも降んのかな・・・・・」







 蘭の姿は既に無かった。

 緊張の糸がゆるんだのか、新一は目眩に似た感覚を受ける。



 頭痛が戻ってきていた。

















「・・・・ああもう」











 そう思った途端にくしゃみが出て、身体をすくめる。

 新一は弁当を抱え、来た道を戻って行った。






























続く