工藤の日[02]


「今日は何の日か知ってるか?」












 新一からそんなメールが来たのが、日も暮れ始めた夕方の頃。
 紀伊国屋でバイク雑誌を眺めていた平次は、暫くそれを見つめるが・・・何も思い当たらず、首を傾げた。









 今日て・・・9月、10日やろ? 別に祝日でも何でも無いし・・・
 








 まさか『全国下水促進デー』を指してる訳でもあるまい。
 だとすると、他に何が?





 一応色々考えてみる。
 しかし、そのあと別の友人から来た電話で話しているうちに―――・・・平次は、すっかりメールの事を忘れてしまった。















ひとくぎり


















 その友人ら数人達と居酒屋で飲み、気が付いて時計を見ると23時を過ぎた所だった。
 明日も朝練があるからと1人先に切り上げた平次は、電車に乗り込むと携帯を取り出し、届いているメールを見ようとそれを開いた。

 ・・・ふと、液晶画面の右下にある、アイコンに目が止まる。











「ケーキマーク・・・」









 其処に表示されていたのはロウソクが3本灯っているケーキのアイコン。
 そして、それは多分、あるひとつの事柄でしか使われない筈の―――――・・・









「ああああああ!!」









 平次は大声を出す。
 





「し、しもたー!! そ、そーやった今日・・・・・・ああああいいい、今、何時や何時!??」






 23時14分。
 間に合う。まだ、どーにか間に合う!




 突然大声を出して慌てふためく挙動不審な平次。
 それは静かな電車の中でかなり目立ったが、本人にとってはそれどころでは無い。

 今乗ってるのは内回りや。間に合う、大丈夫。
 そう言い聞かせているうちに目的の駅に着き誰よりも早く降りると、平次は神技的なフェイントで人波を掻き分け改札口へと走って行った。












ひとくぎり














「あと30分で今日は終りだ・・・」






 その頃、新一は自室で机に向っていた。
 ノートPCの後ろにある時計に目をやり、何度目かの息を付く。







 ・・・ホントに忘れてんのか?












 タイピングしていた手を止める。
 PCの電源を落とし、掛けていた眼鏡を外してベッドに転がった。



 そうしてまた枕元の時計に目をやる―――・・・










「・・・12時過ぎたらぜってー許さねえ」









 9月10日。火曜日。
 今日じゃなきゃ意味がない、それは・・・・・・







 大体、言ったのはお前だぞ?







 今年の5月4日は、俺が日本に居なかったから。
 だから、9月の10日を無理やり『工藤の日』にして・・・その日は一緒に過ごそうなって言ったのは服部、お前だったんだぞ・・・・・・?











 待っていた。
 新一は今日、講義も入れなかったし誰の約束も入れなかった。
 






 朝からずっとこの家に居た。









 ・・・でも来るのは煩わしい勧誘ばかりで。
 その度に嬉々としてインターホンのカメラ液晶を覗き込んでいる自分がバカみたいだった。




 これは誰だ?
 数ヶ月も前にアイツが言った事を真に受けて、律儀に当日待ってる俺は、誰だ?






 あれから一度も今日の日が話題に出る事は無かった。
 9月に入っても、昨日逢った時でさえ、服部は何も言ってこなかった。今日はあいつも休みの筈なのに、何も。






 ・・・・・・夕方になって気弱になって、ついメールしちまうとは。
 そんなの、『工藤新一』じゃねえっつーの・・・・・・









「・・・あと13分」







 チクタクと時を刻むそれを見つめながら新一は段々眠くなってくる。
 そして瞼が落ちようとしていたその時、けたたましいインターホンの音が聞こえてきた。












ひとくぎり














「工藤! 工藤!? 居るやろ? 居るよな??」









 10回以上押した後、平次は息を切らして扉に寄りかかった。
 携帯の時刻を見ると23:53分。ギリギリセーフで、まだ9月10日だ。



 暫くすると鍵の音がして扉が開いた。










「・・・・・・」
「あ、く、工藤・・・その、」











 現れた新一。
 無言のまま睨む鋭い眼差しが、平次を焦らせる。










「スマン!!」
「・・・忘れてたのか」
「――――・・・ホンマに、悪かった」
「メールしても気付かなかったんだな」
「・・・・・・言い訳はせえへん。最低やな俺」







 平次は新一から目を逸らした。
 とても、直視出来なかった。





 予定に、ちゃんと入れてたのに。携帯のスケジュール機能に、ちゃんと誕生日マークしてたのに。
 ・・・どうして自分は忘れてしまったんだろう?





 そうして俯いたまま平次は、新一に手元の小さな箱を差し出す。






「何・・・?」
「店閉まる前で、ちっさいのしか残ってへんかった・・・けど、確か工藤、好きや言うてたから」
「・・・これ」










 それはケーキの箱。
 『ロンシャン』と書かれてるそれは、駅前にある新一の贔屓にしてるケーキ屋のものだった。




 開けると、其処にはたったひとつの『モンブラン』。











「忘れててスマンかった」
「・・・もういいよ」






 その言葉に、平次は顔を上げる。







「工藤・・・」
「ま。俺だっていつもお前の事考えてる訳でもねーし。そりゃ、忘れる事もあるよな」
「・・・・・・」
「忘れてても、思い出してくれればそれで良いからさ。俺のこと、好きだって事さえ忘れなきゃそれで」
「っ・・・」
「コレ、ありがとな。服部」












 そうして新一は綺麗に微笑う。
 次に、複雑な表情を浮かべたままの平次の口唇を掠め盗り・・・・・・また、少し寂しそうに微笑った。
 












ひとくぎり














 ・・・本当は片時も忘れて欲しくないけど。
 思い出が増える度に、何かを忘れていくのが『人間』。
 









 なあ服部。












 ―――――・・・・・・この想いも、いつかは忘れちまうのかな?






























Fin