満月の夜

「どこ向かっとんねん」
「高台の、あの場所」
「・・・こん寒いのに、わざわざ物好きやな」
「だってあれ見ろ。今日は、満月だ」




















 2月13日月曜日。
 まだまだ寒さの厳しい、闇の中。

 新一は平次を助手席に乗せ、街灯の少ない上り坂を走っていた。











 眼前には大きな月。
 まだ水平線に近く在るそれは、本当に大きい。

 月を見るなら、あの場所以外に考えられないのだ。






















「満月やったんか。どーりででかい思たわ」
「雲もねえし、絶好の夜だな」
「・・・嬉しそうやな。なんでそないに月に興奮すんねん?」
「そりゃー『魔力』があるからな。『ルナティック』って言葉があるくらいだし」





















 ハンドルを操りながら新一は薄く微笑う。
 顔は前を見ていたが、わずかに映る窓ガラスの視線は平次を見ていた。

 ・・・常軌を逸してるってか。
 ま、世間一般から見たら俺らもそー見えるんやろなあ。











 平次は思い出す。
 この怖いくらいのドライビングテクニックを披露する彼に、恋愛感情を自覚した時の事を。











 あの日も月が綺麗だった。
 ただ、夜ではなく―――――・・・青く晴れた夕暮れ前の空だった。




















ひとくぎり




















 ほとんど車が通らない坂を上りきると、なだらかな道が開ける。
 新一はいつもの駐車場へ停めた。




















「相変わらず恐ろしい運転しおって・・・・・・来週の試合前にケガでもしたら、どーしてくれんねん」
「情けねえなあ。だったら誘いに乗らなきゃ良かったじゃねえか」
「工藤がガッコまで車で乗り付けて俺を拉致同然に連れ去ったんやないか。考える余地、あるかい」
「しょーがねえだろ。急に時間が出来たんだ」




















 そう。
 2人は今日、逢う約束をしていた訳ではなかった。











 大学に入ってから色々と忙しく、東京に出ては来ているものの新一と違う大学へ通っている平次。
 互いに何かしら連絡を取り合ってはいたが逢うのは正月の休み以来。





















 ・・・実に4週間ぶりだった。





























「はー。人の都合おかまいなしなんは、健在かい」
「不満か」
「迷惑やけど不満はない。ちゅうか嬉しくてしゃーないわ。誘拐するくらい、俺に逢いたい思てくれてたって事やもんな」
「!」




















 新一の表情が揺らいだ。
 ポーカーフェイスを装ってはいるが、体温が上がったのが平次には解る。




















 










 ―――――――――――――・・・けど、そーゆーカオも温度も計算なんやろな。




























 工藤新一は自分の何もかもを武器にする男だ。
 どれほど他人の目を惹きつけるかを知っているし、どうすれば思うように動かせるかも知っている。

 それは容姿のせいもあるが、天性のカンと類い希な頭の良さである事も平次は解っていた。
 
 




















「せやけど気にくわん」
「・・・何がだ」
「なんじゃその髪? しばらく逢わんうちに色気づいたもんや」
「は? どんな色にしようが俺の勝手だろうが」
「そらそーや。せやけどオモロないんや。ボケ」
「お前の都合なんて知るかっつーの」





















 はたから見れば単なる痴話ゲンカ。
 でもこれも、解ってて2人は楽しんでいる。

 だからそう言った後に新一が車の外に出た時、追いかけて平次は買っておいた暖かい缶珈琲を新一に差し出した。




















「ほれ」
「・・・ちょっと気分変えたかったんだ。似合ってなくは、ねえと思うんだけど」
「似合うとるから腹立つ。せやからキスさせろ」
「は?」




















 めちゃくちゃな理由で平次は目の前の口唇を塞ぐ。
 驚いた瞳の中の月が見えなくなるのを合図に、自身の目も閉じた。

 










 ・・・それはすぐに離される。



















「久々やから緊張するわ」
「情けねえな」
「うっさいわ。工藤かてそうやったろ」
「俺はただ寒いからちょっとな」
「ったく。ホンマ素直やないな」





















 僅かに身体が震えたのは互いに感じていた。
 
 気温の低さのせいもあるけど。
 何より、逢ってから待ち望んだ接触だったのだ。












 そうして再び2人は口唇を重ねる。




























 ・・・・・・今度はゆっくり、渇いたそれを潤すように。
















Fin