君に届け[01]

週末。久しぶりに平次が東京に来た。




















「元気そーじゃん」
「・・・東京駅まで迎えに来てくれる言うてたやん」
「悪いな。高木さんと夕飯の約束してたんだ」




















 米花駅。その改札前。

 にっこりと全然悪びれもせず微笑うのは新一。
 それがまた格別な微笑で、「ああ工藤や」と平次は実感する。




















「じゃあもうメシ食ったんか。何食うたんや?」
「ラーメン。それがすげえ美味くてさ」
「仲良くて結構なことやな・・・」




















 信号が青になって平次はさっさと歩き出した。




















「わざわざココまで迎えに来てやったのに不満なのかよ」
「どうせ此処までだって高木はんに送ってもらったんやろ」
「そうだよ?」
「・・・」
「服部――――・・・言いたい事があるなら、はっきり言えよ」




















 角を曲がるたびに段々と少なくなる人影。
 街灯と街灯の距離が遠い所では、足元さえ危ない。











 ・・・その暗闇の中で新一が睨む。




















「べっつにー 何もあらへん」
「ホントかよ」
「―――・・・俺まだ食うてへんから、そこのコンビニ寄るで?」





















 平次は何か言いかけたが、結局それを飲み込んで違う言葉を出した。
 相変わらずのその態度に新一は歩く足を止める。

 気付かずにコンビニへ入っていく平次。
 新一はその背中が硝子の向こうに行ったのを確認すると、目を細めて息を付いた。



















ひとくぎり




















 暗い夜道。とぼとぼ歩く新一。長くなってきた前髪が、風に揺れる。
 後ろを振り向いてもまだ平次は来ない。











 ・・・・・・あいつ、ホントに俺の事好きなのか・・・?





















 コナンだった頃。新一の姿に戻った2度目の時。確か高校2年の学園祭。
 事件が起こって平次と共に解決した時に新一が倒れ、目が覚めた時にまだその姿のままだったのが嬉しくて平次を家に泊めた日があった。

 新一はとにかく元に戻れたのが嬉しくて仕方なく、服部といつまでも上機嫌で喋っていて。
 でも次の日が月曜日だったから2時頃眠りにつき、服部は朝一番の新幹線で帰るべく5時頃工藤邸を出ようと玄関で靴を履いていたその時。











『昨日気ぃ付いたんやけど―――・・・俺、お前に惚れてるみたいや』
『は?』
『ほんじゃ、またな』
 










 満面の笑みを浮かべ平次はそのまま去った。
 新一は驚いて声も出なく、暫くそこで立ち尽くす。











 ・・・それからまた新一がコナンに戻り、再び子供の生活を余儀なくされて。
 でも相変わらず起こる事件で次に会った時、平次は何て事ない態度で『よお、ボウズ元気か?』と話し掛けて来たのだ。




















 あれは冗談か?
 俺は、服部にからかわれてたのか?
 それとも・・・子供の俺に用は無いって事か・・・?











 やがて新一の身体に戻るまで、平次はコナンと2人きりの時でもあの時の事を持ち出す事は無かった。
 何も無かったように。何も言わなかったように平次は振舞っていた。

 大学生になってお互い地元で今まで通り生活していても、平次はよく新一の所へ遊びに来た。
 相変わらずの人懐っこい笑顔で、相変わらずの関西弁で・・・相変わらずあの言葉は無かったかの様に。











 ・・・高木さんって聞いて判りやすいぐらい顔色変えてたくらいだから、まあ本当に俺に惚れてんだろうけど。
 でもそれなら何でなにもしてこねえんだろ・・・好きってそーゆう事じゃねえのか?











 一緒の部屋に泊まっても平次は決して新一に触れようとはしなかった。それどころか、「そんな素振り」さえ見せなかった。
 目が合ってもいつもの様に笑うだけで、それは本当に「単なる友達」に対するものにしか思えない。

 けど、確かに平次は新一を見ていた。苦しいくらいの想いが雰囲気から読めた。




















「ったく・・・・・俺の返事も聞かねえで言い逃げかよ。俺とどうにかなりたいんじゃねえのかよ・・・」




















 演技力は新一の方が数段上だと言うことを、平次は忘れている。
 だからきっと、まだ暫くは気付かないまま。











 ・・・新一の持つ平次へのこの感情に。
 あまりにもタイミングを逃してしまって、今更新一は自分から言う事が出来ないでいるのだ。



















ひとくぎり





















 家のそばの公園の前の自販機で、新一は立ち止まり缶珈琲を買う。
 ベンチに腰掛けて飲んでいると平次が走ってきた。




















「工藤! 何やも~ 先いくならそう言うてくれな焦るやろ~」
「だから此処で待っててやったんじゃねえか。ほら」
「へ?」
「俺の飲みかけだけど。まだ入ってるしまだ暖かいぜ」
「・・・おおきに」




















 微笑いならが、新一は缶を平次に差し出した。
 表面上は普通の平次だが、触れた手は少し震えていた。











 果たして、それは夜の肌寒さからか・・・それとも。




















 さて今夜。
 ・・・少しは2人の関係が進展するだろうか?




















 この想いは、届くのだろうか?
























ひとくぎり




















「珈琲でいいよな」











 23時。
 風呂から上がった新一が、お盆にカップ2個乗せて来た。













「おおきに」
「・・・何見てんの」
「ん?」
「て、てめえ何勝手に物色してんだ!?」




















 ベッド脇にあぐらをかいて座っていた平次。
 その手には、1冊のアルバムが開かれている。

 新一は慌てて手のものを置くと、それをぶん取った。




















「別に変な写真ないやん。隠すもんでも・・・」
「うるせえ!嫌なものは嫌なんだ!」
「――――・・・せやったら手に取れるトコ置いとくなや」
「自分の部屋の何処に置こうが俺の勝手だっつの!」




















 新一は真っ赤だった。
 何故なら最後の方に、とんでもない写真が貼ってあったからだ。











 それは学園祭の時。
 まだ『コナン』だった新一が、灰原哀という少女が作った試作品の解毒剤を飲んで一時的に本来の『工藤新一』の姿に戻った時の事で。

 その場所で起こった事件を解決し。
 でも直ぐ後に倒れてしまい、その場に居た平次がその身体を保健室へと運ぼうとした瞬間を、級友の女子がカメラで撮っていたのだ。











『ねえねえ、この写真の工藤くん達ちょっとアヤシイ感じしない?どっちがナイトか解んないわよね~』
『はあ?』
『ホントだ。妬けちゃうなあ』
『蘭まで何言ってんだよ・・・』











 重い衣裳を着ていた新一。
 女の蘭に運べるはずもなく、だからこそ平次が抱えて運んだ。











 あとで散々その時の事は聞かされていたが、まさか写真にまで撮られていたとは・・・











『はい。あげる♪』
『・・・要らねえって』
『大丈夫よ。あたしがちゃんと新一のアルバムに貼っとくから!』




















 ――――・・・気が付いたら、ホントに貼ってたしな・・・まったく。




















「工藤?」
「・・・あ、ああ悪い、珈琲これな」
「なあ。俺その写真欲しいんやけど」
「は?」




















 目の前に座った新一に、平次がぼそりと呟く。




















「そ、その写真って?」
「最後ん方に貼ってあったやん。俺が写っとるやつ」
「・・・そ、そんなのあったっけ」




















 視線を合わせず珈琲をひと口。
 その間も、アルバムは抱いたまま離さない。




















 ・・・ど・・・どーしよう。

 どうやって誤魔化したらいいんだ――――――――――・・・・・




















 だって、これは一枚しかないし・・・あげちまったら、残らない・・・




















 新一は真面目に困っていた。
 何故なら―――・・・あれは、自分の気持ちに初めて気付いたきっかけの・・・




















「駄目か?」
「・・・当たり前だ。あんなのやれるか」
「なら、しゃあないな~」




















 苦笑する平次。
 新一の内を既に察しているのかいないのか、未だに読めないその心情。




















 仕方なく・・・こっちも微笑うしかなかった。



















ひとくぎり




















 そうして真夜中に差し掛かる。
 何となく他愛も無い会話を続け、そろそろ寝ようかと新一が客用の布団を取りに立とうとした、その時。




















「俺、工藤の隣に寝たい」




















 ・・・平次のひと言が部屋に響いた。





















ひとくぎり

























『俺、工藤の隣に寝たい』










 新一は耳を疑う。
 何か今、物凄い事をこいつは言わなかったか・・・?




















「・・・は?」
「ええやろ? 俺、体温高いからぬくいで」
「この狭いベッドにどうやったら2人並べるんだ? 常識で物事言え」




















 新一はさして表情も変えず平次に言う。
 その発声は見事で、その内の心臓がどんなに忙しなく動いているかなんて全く解らない。




















「そんなに狭く見えへんけどなあ・・・あん時は一緒に枕並べて話したやんか」
「・・・高校生の時と今を比べんな。お前も俺も、あの頃とは違うだろうが―――――・・・ったく、会う度にでかくなりやがって」




















 最後の方の言葉は、平次には聞こえない。
 
 最初に会った時は同じくらいの背丈だったのに、新一が『コナン』の姿にされてる間に平次はどんどん大人の身体つきになっていて。
 ようやく完全に元の『工藤新一』に戻れて、平次と会った時―――・・・何時の間にか自分が見上げる体勢になってしまっていた事に、少なからず新一はショックを受けたのだ。











 そうして、それから差は一向に縮まらない。

 新一はくるりと背を向け、そのまま部屋を出る。
 扉が閉まるのを確認すると――――・・・平次は息を付いた。
 



















ひとくぎり




















 隣の客間。クローゼットにある客用布団と降ろし、新一はその上に顔を埋める。
 ・・・そして大きく深呼吸した。
 



















「何なんだよ俺・・・どうにかなりたいんじゃ無かったのか? なんて自分から思っといて・・・いざ、服部がそういう台詞吐いてきたら、俺が逃げ腰かよ」




















 顔が熱い。多分、かなり真っ赤だろう。
 気温は寒いはずなのに―――・・・身体中から火が噴き出てる気がする。

 特に心臓が、全力疾走状態だ。




















「畜生―――――――・・・・何でこの俺がこんなにうろたえなきゃなんねーんだよ」




















 あの写真のお陰で平次に対する気持ちに気付いてから、新一は何度もこういう日を体験してきた。
 『こういう日』というのは、『平次が東京に来た時に新一の家に泊まる』という日だ。

 でも、『隣に寝たい』と言う平次は初めてだった。











 ・・・あの顔が近くに来たら、俺は冷静を保てる自信が無い。
 あいつの体温なんてそばで感じたら・・・











 ―――――・・・逢う度に同じ顔は、同じでは無くなり。
 出会った頃の少年の顔つきは、段々と大人の雰囲気を醸し出し。




















 ・・・実を言うと、新一は平次に逢うのがもう怖くなってきていた。




















 どうして服部は俺が好きなんだろう・・・
 男の俺の、どこが好きなんだろう?











 ・・・そうして俺も・・・何で服部をこんなに・・・・・・



















 新一は思い出した。
 そう言えば――――・・・遊びに来いと誘ったのは自分。

 それはつまり、こういう事態を少なからず期待していた筈。





















「・・・俺が言えば進むんだ」




















 新一は顔を上げる。
 そしてまたひとつ深呼吸をすると、その布団を元に戻し、枕だけ持って自室へ戻った。





























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