君に届け[03]

 何とか身体が落ち着いた平次が扉を開けた。
 途端に冷えた空気が流れ込む。











「今夜は寒そうやな~」













 でも、気温は低くても平次の体内温度は最高に熱かった。
 何故なら『新一の隣に寝る』という一大イベントが待っているからだ。











 ・・・・許可が出たっちゅー事は、可能性があるっちゅー事やしな・・・・・











 『惚れてる』と告げた後も、新一は決して平次に嫌悪感を向けなかった。
 普通ならばこれっきりな関係になってもおかしくない筈なのだ。

 それは優しさなのかもしれない。残酷とも取れるかもしれない。
 でも、新一が『平次が隣に在ること』を許したのには違いなかった。
 



















 そして、今回の『隣に寝る』事を許した新一の真意は一体――――・・・・・?




















 ・・・ホンマに自惚れてもええんやろか?
 せやかて、さっきから工藤は俺に期待させる態度ばっかや・・・・・





























 そう。
 あの途端に赤くなった顔も、貼ってあった写真も。











 極めつけはほんの数分前。
 ・・・・一糸纏わぬ姿で新一の前に現れた時の、彼の表情だ。











 俺ん裸なんて、『コナン』だった頃にいくらでも見てた筈やろ・・・・大体、恥ずかしかったのはこっちの方やん・・・・せやけど・・・・




















「あああ~~!! 駄目や駄目や!!」




















 平次は頭を振る。
 これはきっと、自分が新一を想うが為の妄想だ。欲望だ。願望なのだ。そうだったらいいな~ という気持ちが生み出した、勝手な新一像。











 大体、あの『工藤新一』が――――・・・俺に惚れる訳が無い。同じ『男』で、か弱くも綺麗でもない『男』に心を揺らす訳が無いのだ。




















「・・・これ工藤のなんかなあ・・・」




















 シルクの蒼。滑らかな肌触りが、身体を包む。新一が用意してくれた寝間着。
 少しくすぐったい良い香りのするそれに・・・・・僅かに胸が苦しくなった。



















ひとくぎり




















「・・・・お、遅かったな」
「湯冷めしてもうたから、入り直したんや」




















 やっとの事で声を出す。
 ・・・ふと濡れる鎖骨に視線が行き、新一はさっきまでの妄想が頭を駆け巡りまた心臓を跳ねらせた。




















「―――・・・珈琲、もう一杯飲むか?」
「そんな飲んどったら寝られへんやん。もう1時廻っとるし」




















 そう語る口唇が微かに濡れている。
 髪の毛から水滴がぽつりぽつり落ちる度に、頬や唇や首筋等を滑ってゆくのだ。











 ・・・・ほんの数時間前までは全然平気だったのに。
 目の前の男の一挙一動が、自分の心を騒がして止まなくて――――・・・・目眩がしそうだった。











 この手に、触れたい。


 ・・・・・触れられたい。




















 この身体に――――・・・・・





















「工藤?」




















 止まったまま動かない新一。
 顔色も少し青い気がしたから、平次は心配そうに手を伸ばした。




















「お前、具合でもわるい・・・・」
「触るな!」
「!?」




















 瞬時に跳ね返される手。そしていきなりの叫び声に平次は驚く。
 そしてさらに驚いたのが・・・・・




















「く・・・どう・・・」
「あ、いや、そうじゃなくて・・・・そ、そうだよな、寝る前にあんまり飲んだら・・・・ね、眠れなくなるよな? ・・・っていうか・・・」
「・・・・」
「な・・なに見てんだよ!」




















 ソファの上で膝を抱え。
 蛍光灯の下・・・・見間違えなんかじゃ無く、はっきりと網膜に焼きついたその姿。











 抱えきれなくなった想いに戸惑い――――・・・・その先をどう対応したらいいか解らず、『演技』も出来なくなってしまった『素』の工藤新一の姿が其処にあった。




















ひとくぎり

























 目の前に居るのは、確かに工藤新一。


 東の名探偵と謳われ――――・・・・数々の事件を解決してきた日本の救世主。
 そんな輝かしい実績を持つ彼なのに。




















 ・・・・どうしてか、自分の感情の答えを導き出せない。




















「工藤・・・・?」
「お、お前髪乾かしてから来いよな――――・・・・先に部屋戻ってるから」




















 新一は目を逸らしたままソファを降りた。
 極力声は普通に出すよう努めて背中を向ける。
 
 そして、そのままリビングを出ていった。



















ひとくぎり




















 もうイヤだ・・・
 服部は変な顔してこっち見てるし・・・自分で何言ってんだか解んねえし・・・・っ・・・・











 何でこんな苦しいんだ?
 どうして俺はあんな所で丸くなってたんだ?




















 『俺』は、『工藤新一』は――――・・・・・いつだって冷静で、人を振り回す事はあっても振り回される事は無かった筈で・・・・・











 ・・・そうだよ。
 『好き』という感情さえ上手く操る筈だったのに・・・・・・っ・・・・




















 
 ・・・・・・いざ視界にアイツが入ると思考回路がストップしちまうとはどういう事だ?




















 新一は悔しかった。
 今まで、感情をコントロール出来ないなんて事は無かったからだ。











 それに幼なじみの毛利蘭に抱いていた『感情』はもっと穏やかだった筈・・・・





















「・・・・どーしてあの日俺に逢いに来たんだよ服部」




















 思い出す数年前の出来事。
 メディアに突然出なくなった新一の真実を知るために、わざわざ大阪から上京してきた西の服部平次。











 あれが全ての始まりだった。
 




























「お前に出逢わなければ良かった・・・・」





























 そうすれば、こんな苦しい感情を持て余さずに済んだ。
 女々しい自分を知らずに済んだ。











 ・・・可愛い幼馴染と普通に楽しい生活を送れた――――・・・・・・

 でも。
 そうしたら、一生友達としても知り合う事すら無かった事も事実。












 新一は暗い部屋で窓をじっとみていた。
 月明かりが差し込むベッドには、枕が2つ並んでいる。











 ・・・・温もりを知っても辛いけど、でも知らずにこの想いを抱えている方がもっと辛いのかもしれない・・・・
 



















 頭を振る。
 また思考が振り出しに戻っている。

 いつまで経っても決断出来ない自分が本当に腹立たしくて・・・深く息を付いた。



















ひとくぎり




















 その時、扉の向こう側。
 少しだけ開いていた隙間から聞こえてきた新一の言葉に・・・・青ざめ立ち尽くす平次が居た。






















ひとくぎり

























『お前に出逢わなければ良かった・・・』




















 平次がドアノブに手を掛けた時だった。
 少しの隙間から聞こえてきた声に、顔から血の気の引いていく様が解った。

 ・・・・好意を持ってくれとると思とったんは、やっぱ自惚れでしかないんか?
 『友達』で『仲間』やから、今まで何も言わんと一緒に居ってくれとったんか?




















 俺は・・・・・あの日からお前を苦しめてただけやったんか・・・?




















 あの泣きそうな表情も。
 らしくない言動も。











 きっと、どうやったら俺を傷つけずに済むだろうかと考えての・・・・・




















 出していた手を平次は引っ込める。
 奥へと歩を進め、隣の客室の扉を開けた。











 ・・・一緒の布団に入るわけにはいかない。あんな言葉を聞いた後で、図々しく隣に寝られるわけがない。


 だから、やっぱり俺は別の布団に――――――・・・・・・そう考え、目の前に畳んである敷布団一式を抱えた。




















「ん?」




















 平次は疑問を抱く。
 何故ならそれは・・・・・




















「これ、ちゃんと冬用やんか・・・・・・」




















 さっき確か新一は『夏用しかない』と言っていたはず。
 だから、『しょうがなく』平次が隣に来ることを許したのではなかったのだろうか・・・・











 ・・・・ホンマは手を跳ね除ける程嫌やったのに・・・・俺ん為に我慢して言ったっちゅーんか・・・・・・?





















「最低やな俺」




















 平次は自嘲気味に微笑う。
 










 解っていた筈だ。『工藤新一』とはどういう人間なのかを。
 ――――・・・一見冷たく見られがちだが、本当は誰よりも人との繋がりに敏感だと言うことを。




















 『真実』を明らかにするという事は必ずしも良い結果をもたらすとは限らなく、加えてその『真実』が被害者から感謝されるとも限らない。
 しかしそれを導き出す事が『探偵』としての性なのだ。











 ・・・・・そして元々有名人同士の子供として生まれた新一は、心の表情を悟られない術を自然と身に付けている。




















 『俺さ、信用できる人間以外この部屋には入れねーんだ』




















 そう言って微笑ったのはあの日の新一。
 学園祭の日、灰原哀という少女の作った薬の試作品で数日間だけ『工藤新一』本来の姿に戻った日の新一・・・・











 ・・・・あの言葉が、本当に何より嬉しかった。


 だから―――――・・・もう、充分だ。




















 平次は抱えた布団を「よいっしょ」と持ち直す。
 そうして足で扉を開けると、それを新一の部屋に運びこんだ。