君に届け[04]

「工藤~ やっぱ俺、こっちで寝るわ」
「・・・え?」
「何かごっつ冷えこんで来とるしな~。確かに俺、そっちやとキツイ思うねん」
「―――――・・・・・だから言っただろ」




















 突然、平次が布団を抱えて部屋に入って来た。
 新一は最初顔が見えないから驚いた。そして次に、その言葉の内容に。

 ベッド脇に座りこんでいた身体。
 目の前に、どさっと布団が降ろされる。




















「ちゃんと冬用やんか。間違えるなんてオカシイで」
「ほ、ほんとだ」
「ほい。枕くれへん?」
「・・・・ああ」




















 新一は平次を見ていた。
 ちゃっちゃと客用布団を整えていく様子が、まるでテレビの画面を見ているように思えた。




















 
 ・・・・服部・・・何してんだ・・・・?
 何で布団なんか持ってきて、敷いてんだよ?

 解んねえ・・・・もう、お前の考えてる事が全然解んねえよ・・・・・・っ・・・・











 平次がその視線に気付いた。
 それはいつも新一が向けてくるものと、明らかに違っていた。




















「工藤・・・?」




















 上目遣い。それは見慣れてる。
 しかし表情はまるで『親とはぐれた時の子供』の様だったのだ。











 ・・・・な、何でそんな目ぇしとんのや?
 そんな・・・目ぇで俺を見んな・・・・・・我慢、出来へんくなるやろが――――――・・・・っ












 2人は向き合っていた。
 新一がベッドを背にし座り込んだ状態で、平次が枕を抱えたまま立ち膝で。




















 ・・・少し開かれた口唇から視線が離せなかった。





















「本気でそこで寝る気か・・・・?」
「・・・・そうや」











 静かに響く音。
 平次は眉根を寄せ、また言葉を返す。











 すると―――・・・新一が視線を落としてこう言った。





















 
「・・・好きにしろ」





















 目の前に在るのは細い肩。
 寒いのに、その瞬間だけは震えもない身体。

 ―――――・・・・そしてゆっくり立ち上がり背を向けると、新一は軋む音と共にベッドに乗り布団に潜ってしまった。
























ひとくぎり

























 寒い夜だった。

 そう言えば、昨日は東京に今年初めての雪が降ったんだっけ・・・・
 新一はカーテンの隙間から零れてくる僅かな月の光を見て思う。




















 ――――・・・何してんだ俺・・・・・




















 眠れない。
 当たり前だ、こんな状態で寝れる訳がない。

 自覚して、覚悟して、根性決めてこの部屋で平次を待っていたのに・・・・・どうしてか入って来た瞬間から、あの男は新一を避け始めたのだ。




















 ―――――・・・・・やっぱ手を振り払っちまったからか? あれで、あいつ・・・・





















 布団の中で身体を丸くするのは、寒さからでは無かった。
 不安。戸惑い。後悔・・・・これまでの自分の行動を思い返して新一は固く目を閉じた。

 その時ふと、思い出す。











 ―――・・・そうだ、風呂・・・・・




















 そう。風呂の後片付けをしてないのに気付いたのだ。
 窓を開けて風を通し、足のマットは干し、洗面器は伏せておかないと湿気が篭る。

 いつもは自分しか入らないから上がったらやっていたのだが、今日は客人が居たのだ。











 新一はそっと起き上がりベッドを下りる。
 ゆっくり音を立てないように上着を羽織ると、静かに扉を開け部屋を出て行った。




















ひとくぎり




















 寝返りをうつ影。
 平次が、視線をベッドから扉へ移す。




















 ・・・工藤?




















 やっぱり眠れずにいた平次が、無くなった新一の気配に目を細めた。
 空気が急激に冷えた気がして身体を縮ませる。











 ―――・・・・目を閉じても浮かぶのは新一の表情ばかり。




















 この手が、感触を求めてる。
 あの頬に・・・・髪に腕に口唇に触れたくて堪らなくて震えているのだ。











 こんな自分は初めてで――――・・何だか笑ってしまった。





























『俺さ、信用できる人間以外この部屋には入れねーんだ』




















 そんな新一の部屋は余計なものなど見当たらなく。
 生活感がまるで無い殺風景な空間は、数年前から本当に変わらない。











 ベッドと、机。その上にデスクトップのパソコンがあって、持ち運び用にノートタイプのが一台あるだけ。
 ・・・本棚がまるで見当たらないのが不思議だと思ったが、それらは階下の父親の書斎に全てあるのだと言っていた。




















「そうや、確かあん時書斎に―――・・・・」




















 平次はまた思い出す。
 あの新一への想いを自覚した日。告白する前の晩だ。

 風呂に入った後、見つからない新一を捜していた時に書斎の扉が開いていて・・・其処の、窓際の奥の隅に小さくなって眠っているのを見つけたのだ。
 










 あの姿を見た時の衝撃。
 ・・・あれからだ。平次が新一をただの友達として見れなくなってしまったのは。




















「今あんなん見たらヤバイやろな・・・」











 諦めようとしてるのに、思考は言う事を聞いてくれずに暴走する。
 もう心臓がショートしそうに・・・・




















 ・・・やっぱ好きや。




















 平次は枕を握り締め目を固く閉じる。




















 ・・・・・こんなん嫌や・・・・やっぱ、何もせんで諦められへん・・・・・・・・





















 さっき階下へ降りて行った新一。何処へ何しに行ったのかは解らないが、もし・・・・もしも、新一があの時と同じ様に、同じ場所に居たら・・・・
 叶わぬ想いなら、2度と逢えない方が良いのだ。逢わない方が良い。だから、こうなったらもう嫌われた方が・・・・

 平次はゆっくり起き上がる。
 そうして何も羽織らず、薄い寝間着のまま裸足のまま・・・・静かに部屋を出て階段を降りて行った。






















ひとくぎり

























「はー。思い出して良かった」




















 風呂場を片付けた新一は、何だか目が冴えてしまった。
 ・・・時計を見たら2時を廻っている。




















「このまま此処で寝ようかな・・・」




















 2階へ上がる階段。それを見つめながら、新一はぽつりと呟く。
 今でもまだこんなに胸が騒がしいのに――――・・・あいつの気配の中で、あいつの吐息を聞いてたら・・・とてもじゃないが寝ていられない。

 その時、新一は少しの冷たい空気を感じて身体を震わせた。
 



















 ・・・・・・書斎の窓でも開いてんのかな?











 この廊下の奥にある『書斎』。

 それは、父親である工藤優作がこの家で仕事をしていた部屋。



 そういえば日中、空気の入れ替えの為に開けたのを思い出す。











 新一はぺたぺたと足早にその場所へ入っていった。



















ひとくぎり





















「やっぱり・・・」




















 わずかに開いていた場所から、冷たい風が吹き込んでいる。
 息を付いて閉めると、電気を点けなくとも案外明るい部屋に少し昔を思い出して微笑った。











 そういや・・・よく、此処で本読んでるうちに寝ちゃったっけ。




















 他のどの部屋よりも大きな窓。

 其処から月明かりが良く差し込むこの場所は、新一が小さい頃とても好きな場所だった。



 出窓になっているから、小さな新一は良く座っていたのだ。











 ・・・さすがに、今じゃ座れないけど。




















「懐かしいなあ・・・」




















 ここから見た風景が脳裏に甦る。父さんが難しい顔をしてワープロを打ってるのを見てるのが、結構好きだった。











 小さい頃は大きく見えた書斎。
 170を越えた身長からの景色は、もうあの頃とは違うけれど・・・











 ・・・この紙の積み重なった独特の『匂い』は変わらなくて新一は安心する。




















 旅行の度に事件に遭遇し、家に帰る度にすぐソファに崩れる毎日で。
 そんな疲れた身体が一番安らげるのが此処だった。











 窓も、ドアも皆鍵を掛けて。携帯も電源を切って、家の電話も留守電にして。ありったけの食料を書斎に運び、枕とタオルケットを持ち込んで日差しの中で一日を過ごす。
 決してひとりで過ごす事は嫌いでは無かったし、むしろ好きだったからあの頃はそれで良かった。











 ・・・でも、コナンから新一に戻ってから―――――・・・なんだか何故か淋しかった。




















「あれから、あんまりココに居たくなくなったんだよな」

 新一は出窓の下に座り込む。
 正面の扉をじっと見つめ少し目を伏せた。











 ――――・・・ココにいたら、やっぱり眠くなってきちまった・・・





















 月明かりと寒さが心地よい。
 そのままずるりと身体を横にすると、新一は窓に顔を向け目を閉じた。