君に届け[05]

 階段を降り、リビングの横を通り抜け奥への廊下を歩く。
 突き当たりの扉。其処が、工藤邸の書斎だ。











 ・・・平次はノブに手を掛け、深呼吸する。











 ここに来るまで、何処にも新一の気配は無かった。
 この時間起き出して行く可能性のある場所と言うのはトイレかキッチンくらいだと思うのだが、居る様子は無かった。











 あの時は開いていたこの扉・・・・
 騒ぎ出した心臓を押さえながら、静かにノックしてみる。




















「・・・・・」




















 返事は無い。
 とすると、次にとる方法はコレだ。




















 ――――・・おっじゃまっしまーす・・・・




















 ゆっくりと扉を開け中を覗く。
 ひんやりとした空気が瞬間平次を包み、身体を震わせた。











 すると・・・





















「・・・・・・・居った」




















 奥の、窓際。月の光が丁度差し込む場所。
 其処に・・・丸くなって眠っている新一を見つけた。



















ひとくぎり




















 近づく。
 音を立てないように、そっと。












 ―――・・・ほ、ホンマに居ると思わんかった・・・・どないしよ・・・・




















 平次は逸る鼓動を抑えながら困っていた。


 この場所にいたら、そうしたら自分は今度こそと思っていたのに・・・・・実際にそういう場面になると、どうしてこんなに躊躇するのだろう?











 ・・・口唇が、薄く開いている。



 長い睫が深い影を落とし、青白く浮かび上がる肌に程よいコントラストを与えている。




















「こんなトコで寝とったら風邪ひくで・・・・?」




















 ぽつりと小さな声で平次は呟く。
 起こせばいいのにそれが出来ずにいるのは――――・・・もう少しこの状態を見ていたいからだ。











 ・・・狂おしい感情を自分に植え付けた当の本人を。




















 だが、その時は長くは続かなかった。




















「・・・・っくしょい!」
「!」



















「あ―――・・・やべ、寝ちまった・・・・え・・・・?」




















 新一が目を覚ましたのだ。
 驚いた平次が動く事も出来ずにいた方へ向き、ぼやけた眼差しの先にある黒い影に気付く。











 ・・・それが平次だと判明するのは直ぐだった。




















「は、はっとり!??」
「何こんなトコで寝とんねん・・・・凍死してまうぞ」
「・・・・・お前の方が寒そうに見えるけど」
「鍛え方がちゃうわ。それに俺は結構体温高いから平気やし」




















 一生懸命、平次は普通に声を出す。
 
 悟られないように。
 もう、無理な気遣いをさせないように――――・・・新一に対してもう何の思いも無いフリをする。




















「・・・あっそ」
「せやから、早う上行って寝るで」
「・・・・・」




















 でも、新一は立とうともせず座り込んだまま。
 平次は息を付いて再びその名を呼ぶ。











 やっぱり、恋しくて堪らないその名を呼ぶ―――――・・・・




















「工藤?」
「――――・・・寒い」
「せーやーかーら・・・・・」
「・・・・暖めろよ」
「へ?」
「体温、高いんだろ?」












 ・・・・目の前で自分を睨む新一はとても綺麗で寒そうで。
 だから。




















 平次はその口唇が語る言葉を理解するのに暫く掛かってしまった・・・・・



















ひとくぎり

























『暖めろよ。体温、高いんだろ?』




















 新一は震えていた。
 ・・・・自分の口唇から、白い息が漏れてるのが解る。











 新一は、攻めに出た。




















 このまま逃げていたら、ずっとこのまま2人は平行線だ。
 俺がつまらない意地を張ってる限り――――・・・こいつはこれ以上距離を縮めようとはしないだろう。

 だって、俺はこいつの手を跳ねのけた。
 だからあれから服部は俺を避ける態度を取り始めたんだ。




















 ・・・もういやだ。




















 服部のあの青ざめた顔も、部屋に戻ってやっぱり別の布団で寝ると言い出した時も・・・・・
 どれもこれも俺の心を掻き乱し息が止まりそうに苦しかった。

 今夜を逃したら、また東京と大阪に離れる。
 今度はいつ逢えるのか解らない。











 ・・・・今度逢う時には、もう俺なんか好きじゃないかもしれない。




















 俺もこいつが好きなのに?
 どう考えてもこれは両想いで・・・・こんな至近距離で、誰が見てるわけでもなくて・・・・・・




















 ・・・・・・手を伸ばせば暖かい頬に触れられるのに・・・・?
 どう考えたって・・・・俺が素直になれば良いだけなんだよな――――・・・




















 だから新一は攻めに出たのだ。

 俺が変わらなければ、一歩も進まない。
 そんな事に今更やっと・・・気付いたのだった。



















ひとくぎり




















「く、工藤・・・寝惚けとらんと、早よ立ち?」
「・・・俺は正気だ」




















 衝撃の言葉。でも平次は何とか回避する返事を出す。
 すると新一は少し困った様に目を伏せ、平次も明らかに苦しそうな表情を見せた。
 










 ・・・・それがまたお互いの胸を焦がす。




















 新一はゆっくり右手を伸ばした。
 寝間着の裾に触れ、瞬間平次はびくんと反応する。

 すると耐え切れなくなったのか――――・・・突然、目の前の細い両肩を掴んで来た。




















「!」
「そんなに・・・・・そんなに俺煽って楽しいんか!?」
「・・・・違う」
「何がちゃうんや!?? せっかく人が諦めよ思とんのに、決心鈍らすような事すんなや!!」
「服部―――・・・・違う・・・・・俺・・・」
「!?」





















 ・・・・・書斎の空気が、止まった。
 それは空間の刻さえも。











 平次は自分に何が起こっているのか暫く解らなかった。
 それは視界が突然闇に塞がれたからだ。




















 ・・・でも。




















「く・・・・どう・・・・?」
「・・・俺を諦めるなんて言うんじゃねえよ・・・・俺だって・・・・・俺だってお前が・・・・・・・」





















 やがて見えてきた瞳と、確かに感触の残る口唇の暖かさ。
 そして消えそうな声と震えている身体を両手から感じて――――・・・・・




















 ・・・平次は今の出来事が『新一からのキス』だったと理解した。






















ひとくぎり























 ・・・目の前にいるのは誰だろう?
 この、見たこともない表情で・・・・・・・・その瞳の中に自分を映しているのは、本当に『工藤新一』なのだろうか?











 平次は『事実』は理解出来たが、未だ状況が把握出来ない。




















「―――・・・え・・・と、その・・・」




















 困った顔をして平次は新一を見る。
 でもそれは、突然舞い込んできた幸運な状況に脳がまだ追いついていないだけなのだが・・・新一にはそれが『本当に困ってる』風に見えてしまったのだ。

 ・・・だから自分が凄くバカな行動をしたように思え、恥ずかしくなり目を逸らす。




















「わ、悪い―――・・・今の、忘れてくれ」




















 掴んだ肩がまだ震えていた。
 呟いた声は、音にならずに空気の振動で平次に伝わる。











 ・・・もの凄くプライドの高い新一が。いつも冷静に状況を予測し行動に移す新一が。
 先が全く読めない状況に置かれてるだなんて、本当は凄く信じられない事なのだろう。











 この次に何を言われるか―――・・・不安で堪らないのだ。




















 これは、目の前のこの身体を、抱きしめても良いという事か?
 そうして今度は自分から、この口唇に触れても良いという事だろうか?

 総合するとつまり――――・・・工藤は・・・・・・




















「・・・何で忘れなアカンの?」
「・・・・・・」
「俺・・・お前はずっと俺ん為に友達してくれとると思とった。お前は優しいから、俺が告白した後も何も聞かんかった事にして・・・友達続けてくれとると思とった」




















 平次は淡々と言葉を紡ぐ。
 まだ顔を背けたままの新一の表情は、髪の毛に隠れていて見えない。




















「・・・・・・なあ工藤。今のキスはやっぱその『優しさ』か?」
「っ・・・」




















 びくりと空気が緊張した。
 ・・・もし、やっぱり『優しさ』だったとしたら、とても残酷な優しさだ。言葉で罵られ、嫌われるよりも遥かに残酷な仕打ち・・・











 でも平次は賭けた。
 そうでは無い事を、新一の口から、新一の言葉で聞きたかった。ほんの少し前の、言葉の続きを。











 ・・・だから新一の頬を包んでこっちを向かせ、ハッキリと言った。




















「俺はお前が好きや・・・せやから、お前の本当の気持ちが聞きたい」





















 ・・・色素の濃い瞳。それに映る、新一自身。
 心地よいその声と2度目になる告白に・・・新一は息をするのも忘れ暫く固まってしまう。











 そうして、約数十秒。
 新一はとうとう心に閉じ込めてあった想いを吐き出した。





















「好きだよ・・・俺だって、お前が好きで好きで・・・どうしたらいいのかもう解んねえぐらい好きで・・・苦しかった」
「!」












 新一はもう目を逸らさない。
 ・・・掠れたような声で、ひとつひとつ言葉に出してゆく。




















「だから―――・・・これからもずっと、俺を好きでいろ・・・・・・」
「工藤・・・」
「・・・俺以外、好きになるな」




















 東京と大阪は遠い。いつも一緒にいることなんて出来ない。
 ・・・だからもの凄く不安だけど、しょうがないから。




















 きっと、これからがもっと辛いだろうけど・・・・・・




















 潤んだ目元が脳裏に焼きつく。たまらなく、どうしようもない焦燥が胸を騒がす。
 平次は手を頬から離し、そろそろと新一を抱きしめた。











 ・・・びくんと強張らせる身体に少し微笑う。




















「むっちゃ嬉しいわ・・・解るか? 俺ん心臓バックバクや・・・」
「・・・ん」
「何か・・・もう、ヤバイいんやけど・・・」
「・・・・・・・・・ん」




















 抱きしめていたから、お互い顔は見えてなかったけど。
 鼓膜に伝わる言葉は、少し間があったけど・・・




















 ・・・背中に廻されていた新一の腕が抱きしめ返して来たから。



 だから。





















 だから平次は安心して・・・ゆっくりとその口唇を塞いでいった。