LOOK@ME[01]

 見られる事には慣れてた。
 いつだって、有名な両親のお陰で小さい頃から人目に晒されてきた。











 ・・・だから演じてきた。



 『工藤新一』という、ひとりの名探偵を演じてきた。











 彼は冷静沈着で、どんな場面に陥っても戸惑う事無く唯一つの真実までの道筋を示してきた。
 最初は煙たがっていた警察の人間でさえ、今では公務員でもない彼に助けを求める事も少なくなかった。

 それに彼は、頭脳だけでなく容姿も両親の良い所を受け継いでいて。
 背もそんなに高いほうでは無いのに、抜群のバランスがその風貌を際立たせていた。











 『彼』は、『俺』で。


 『俺』は『工藤新一』。




















 ・・・俺は、いつからか『工藤新一』を『演じる』ようになっていた。



















ひとくぎり




















「犯人は、貴方しか有り得ないんですよ」











 部屋に響く声は柔らかく。
 でも、何処か冷たい雰囲気を漂わせて。











 工藤新一。
 高校生の時に開花した状況判断能力と分析力は、大学に進んだ今尚その能力を如何なく発揮している。













「工藤君いつも済まないね」
「良いんですよ。気分転換になります」
「事情聴取に立ち会うかい?」
「―――・・・いえ、先約が有るのでこれで失礼します」













 目暮の誘いに、一瞬顎に手を当て考える『フリ』。
 でも、やんわりと断る。





 そして新一は笑みを浮かべその場を去った。




















 ・・・毎日、何処かしらで起こる事件。どうしてか、必ず起こる殺人。
 60億の人間が存在する地球で・・・今この瞬間も誰かの命が終り、そして生まれている。




 殺人の動機をいくら聞いた所で解りはしない。理解出来たとしても、納得なんか出来ない。







 ・・・人が人を殺すのが何故罪に問われるのか。人間はいつも、自分達の為に他の動物や植物を殺しているのではないのか。



 それは生きる為だと言う。でも、命を奪うのに違いはない。







 『人が人を殺す理由』。
 それは当事者にしか解らない。そして、それをいくら他人が考えても理解出来ない事が殆どだ。







 だからそれについて、新一は最近考えるのを止めていた。




















「さてと、これからどうすっかな・・・」




















 少しややこしかった事件も、思ったより早く解決した。
 腕時計を見ると2時過ぎ―――――・・・急におなかも空いて来た。

 現場である被害者の家から出ようと靴を履こうとして、『あ。』と思い出したかのように洗面所へ向かう新一。
 そうしてコンタクトから常備している細い黒縁の眼鏡に替えると、ショルダーから深めの帽子を取り出し被った。











 もう学生では無いし、現場に来るのに制服や蝶ネクタイなんて格好もしない。
 ただラフになり過ぎ無い様ジャケットは必ず着る事にしている。今日は少し暖かかったから、中は長袖ではなくTシャツを着てきた。




















 ・・・それに『工藤新一』は少し有名になり過ぎていて。


 でもタレントという訳では無いから、これくらいの変装で人混みは充分に歩けた。



 ここは新宿。



 ・・・人の多さは誰もが知る所で、それ以上に『独り』になるには良い街だ。











 自分が住んでいる街でも大学が有る街でも無いから、知り合いも居ない。だからこそ素の自分で居られる。
 『工藤新一』が、単なる『俺』で居られる・・・・・・





 行き交う人々が他人に無関心なのが、人の多い街の良い所だ。




















「よし。紀伊国屋書店で新刊見て・・・何か買って、スタバで読みながら珈琲でも飲も」




















 その後、Franc francで新しい風呂グッズでも見て、今夜はゆっくりお湯に浸かろう。
 思いながら外に出て、風も無く暖かな日差しの中を駅の方へと歩き始めた。



 その時。




















「ん?」




















 ポケットに入っていた携帯を見て、メールが来ているのに気付いた。






















ひとくぎり

























「せやから言うとんのや。こんな芸当出来る奴、あんたしか居らへんて」






 甘い関西弁。
 けれども声の調子は明らかに苛立ち、自分よりも頭ひとつ高い男に向かって言い放つ。
 






「大滝ハン。俺、ちょお用あんねんけど・・・行ってもええかな」
「ああ。いつもすまんなあ、平ちゃん」
「事件呼ぶ体質やて諦めとるけどな。ほんじゃ」











 『平ちゃん』と呼ばれたのは服部平次。
 この、強面だがれっきとした大阪府警の刑事である大滝の上司である、大阪府警本部長『服部平蔵』のひとり息子だ。


 彼はこの西で、結構有名な『探偵』なのである。




















「あああ~ 新幹線乗り遅れたらどーしてくれんねん!」











 つい、本屋に寄ったのが間違いだった。
 のぞみで2時間の道のり。その間何か雑誌でも、と自動ドアを開けた瞬間に奥のレンタルコーナーで叫び声が上がったのだ。











 ・・・心の中で『しまった』と思っても遅かった。




 何しろ此処は大阪。庭のようなこの界隈で、自分は結構な有名人。騒ぎが大きくなってきて、客の何人かが『服部平次』に気付き始める。


 そうしたら『知らんぷり』はもう出来なかった。



















 それで結局、平次は携帯で府警に居た大滝を呼んだのだ。











 しかし平次は急いでいた。
 東京へ、とある用事の為に出掛ける途中だった。











 あと発車まで約15分。
 念の為、警察が来るまでの間に東京で会う予定の友人へ『遅れるかもしれない』とのメールを送っておいたのだが、何とか大丈夫そうで一安心した。
 



















ひとくぎり




















「ギリギリセーフや~」









 せっかく買っていた指定切符。だからこそ、ものの十数分で事件を解決して。
 やっぱ俺って天才やな~ と自画自賛しつつ、結局売店で買った雑誌をぱらぱら捲る。
 










 ・・・すると巻頭のカラーページに知っている人物を見つけた。















「えらい人気やな、工藤」













 そこに居たのは工藤新一。平次と同じ年で、訳あって高校生の時に知り合った『探偵』仲間だ。
 




 しかしこの完璧なビジュアル。
 下手なアイドルを使うより、『工藤新一』を特集した号の方が売れると言われるのも解る。
 














「・・・写真に性格が写らへんのは、どうなんやろな」















 ふと、そう思った。



 それは別に新一の性格が悪いと言う事では無い。いや、ある意味最強では有るのだが。
 ただ・・・平次はこの手元で笑っている顔は『無理をしている』事が解るからだった。











 今ではそんなに行き来する事も無くなった。
 電話も、たまにするくらいで。









 ・・・大学に入ってからは、お互いがお互いの生活に忙しくなってしまったから。




















「そーいや、もう半年は会うてへんなあ・・・」













 こうしてお互い雑誌やメディアで見てるから、そんな感じはしなかったけど。
 目の前で会話をするだなんて事、去年の夏くらいからしていない。







 ・・・ぼんやりと窓を見つめ、平次は目を閉じる。





















 とんでもない高校時代を過ごした工藤新一。
 最強な性格と、最高な容姿を持つ完全無敵な東の名探偵。

 誰もが彼に惹かれずにはいられない―――――・・・そんな天性の雰囲気を兼ね備えた、不思議な存在。













 現に、自分も。
 最初は彼を追っかけて東京に乗り込んで言ったクチである。













「あ。その弁当と珈琲ええですか?」




 車内販売のお姉さんを呼び止め、昼食を買う。
 そうしてお腹もいっぱいになった後は、結局買って来た本もそのままに、暖かい日差しの中ぐっすりと眠りに入ってしまった。



















ひとくぎり




















 その頃、携帯を見て歩く足を止めたのは新一。
 首を傾げ、ぽつりと呟く。

















「・・・意味解んねえ」



















ひとくぎり




















 少しの間、その場に止まっていた新一。
 画面を見つめて眉を寄せる。






 発信者は服部平次と出ているのだが、内容が理解出来ない。











 3時の約束やけど、ちょお遅れるかもしれへんから

 近くで時間潰しとってくれへん?
 駅着いたらまたメールするし。スマン。

















「・・・俺こいつと約束なんてしてたっけ?」

















 再び歩き出す。
 てくてくと携帯を握りながら考えるが、やっぱり覚えが無い。

















「3時って・・・あと40分くらいか」















 きっと送り先を間違えてる。勘は良いくせに相変わらず何処か抜けた所がある男だ。
 新一はどうしようかと思ったが、まあ『またメールする』とか言っているから平気だろうと思い、そのまま携帯をポケットに入れた。











 ・・・大阪も天気良いのかな。












 ふと見上げた空。
 流れる雲を目で追いかけながら、新一は遠くの大阪の地を思い出した。

 そう言えば関西方面には暫く行ってない・・・











 服部平次。
 それは数少ない本音を言える友人のひとりだ。




















 ・・・友人?




















 本当にそう言ってしまって良いのだろうか。
 新一は横断歩道で立ち止まる。




















 ・・・だって、もう半年以上も会ってない。その間、別に連絡も取り合っていない。
  



















 『コナン』から『新一』に戻って会う機会が何故か格段に無くなった。
 大学受験で忙しかったのもあるが、元々そんなに趣味が合う訳でも無いし、何しろ大阪と東京は住む場所が離れてる。












 ・・・メールもそう言えば久しぶりだな。『間違いメール』ってのが笑っちまうけど。




















 信号が青に変わる。
 人波が動き出す。











 眼鏡に反射する日の光。
 そして新一は、眩しそうに太陽の方向へと歩き出した。



















ひとくぎり











「ええと『銀の鈴』っちゅーんは確かこん階段降りて・・・」













 東京駅。何とか予定通りに着き、平次は待ち合わせ場所へと向かう。
 記憶を頼りにキョロキョロと見回していると、階段の下の方で手をひらひらさせている人物が居た。















「―――・・・お前、快斗か?」
「よ。平次おひさ~♪」











 平次は驚いた。
 確かに、今日会う予定の友人とは黒羽快斗というこの男だ。

 小学校の高学年の時に2年ほど大阪に住んでいた事があって、その時知り合い意気投合。でも、中学入学と同時に東京へ引っ越してしまったのだ。
 それから電話や手紙。最近ではメールなんて便利なものがあるから、それで連絡を取り東京や大阪で会うようになっていたのだが・・・











 ・・・約1年ぶりの彼は、風貌が以前とはかなり違っていた。















「随分アタマ明るくなったもんやな。誰かと思うたわ」
「コーコーセイじゃ無くなったんだから、コレ位するって。けど平次は変わんねえなあ・・・あ、背、伸びてやがる。畜生」

















 平次の目の前で手をかざす快斗。
 黒髪はオレンジに変わり、耳にはキラキラしたものが幾つか付き。背などは変わってないが、目はカラーコンタクトなのか緑色になっていた。

 しかし何より驚いたのは・・・















「けど何だよさっきの電話。『さっきメールしたけど』って、俺、受け取ってねーけど?」
「へ?」
「誰かに間違えて送ったんじゃねえの? しっかりしろよ~ 探偵サン」
「・・・んなアホな」
 














 言われて平次は慌てて携帯の電話帳をチェックする。
 『カ行』をずっと降りていって、『黒羽快斗』の前に『工藤新一』という名前を見つけた。















「あ!!」
「ん?」
「・・・まさかなあ・・・」
「なに、誰誰??」
「ああもうウルサイ! 人の携帯覗くなっちゅーねん!!」













 まとわり付いて来た快斗を押しのけ、平次はそれをポケットにしまう。
 そして目の前の顔をじっくりと見た。

















「何だよ?」
「なーんか似とるよなあ・・・でもお前、髪、前もっとクセ無かったか?」
「へ? ああ、何回かカラー入れてきたからさ。結構まっすぐになって来たみたいなんだよね」















 快斗のそれは以前はもっと黒くてクセが強かった。
 それが今は軽くパーマ掛かってる様に見えるだけなのだ。







 それはまるで、そう――――――・・・















「ほー。俺やったら多分、親父にはっ倒されるな」
「平次は黒が似合ってるって。肌も黒いしさ」
「おだてても何も出えへんで~」















 けらけらと笑いながら2人は歩いていく。
 そしてまずは昼を食べていない快斗の為に、何処かで食事をとる事にした。