LOOK@ME[10]

「冗談やない。こんなんで気ぃ済むか」
「・・・?」
「気色悪いやて? そら、普通はそうや―――――・・・せやけど俺は・・・・・・」
「ちょ、服部・・・っ!?」




















 平次の声が急に低くなる。
 それと同時にベッドが軋み、別の体重が乗った事を示した。

 新一は慌てて振り向く。
 ・・・至近距離に来ていたその顔は、今まで見た事の無い表情をしていた。











 そして。





















「・・・あれで工藤が頭から離れんようになってしもたんやで?」
「!」




















 囁かれるその言葉と共に、平次は新一の開きかけた口唇を塞いだ。



















ひとくぎり





















 それは本当に空気の様な口付け。


 ふわりと接触しただけの、一瞬の出来事。




















「今度は酔うてへんからな」
「―――・・・っ・・・」
「キスされて気ぃ付く事もあんねんな・・・・・・まさか工藤に惚れてたとは、自分でもビックリや」
「・・・服部」
「――――・・・そんな顔してええの? 俺、都合良い様に取ってまうで?」
「・・・・・・」
「『俺と同じ想い』て事は・・・・・・工藤も・・・」





















 それ以上平次は言えなかった。そうは確信しつつも、言葉に出来なかった。
 でも腕の中に新一は居る。逃げもせず、嫌な顔せずただ目を見開いて自分を見ている。

 薄暗い部屋。明かりは常夜灯のみ。
 すると新一は布団から手を出し、平次の頬に触った。





















「俺も・・・・・・多分気付いちまったんだ、あの時」
「へ・・・」
「記憶無いって言われて腹立った。どうしてあんなに苛立つのか解らなかった―――・・・・・・だから自覚した時はショックで眩暈がした」
「・・・工藤」
「でもやっぱり解らない。これが恋愛感情なのか・・・・・・単なる勘違いなのか。ただ・・・」
「ただ?」
「―――――・・・お前のキスは、俺を狂わせる」




















 触った手のひらは震えて。
 その消え入りそうな声が平次に耳に届いた。




















「・・・せやったら試そか」
「試す?」
「どうせ工藤がロスに行っとる1ヵ月は待つ事になるやんか――――・・・そん間、メールも電話も無しでおるんや。そんで、また逢うた時同じ気持ちでおったら・・・・・・」




















 向けてくる上目遣いが驚く様に平次を覗き込んだ。
 その威力に、言葉が止まる。











 どうして今まで平気だったのか解らない。何年も友達で、確かに男にしては綺麗だなとは思っていたけれど。




















 ・・・・・・こんなに甘い気持ちになるなんて。

 本当に、不思議だと平次は思った。




















「そうだな・・・ひと月くらい離れていれば、冷静に考えられる」
「どっちかの片想いに終わっても恨みっこなしやで」
「お前こそ、逆上して俺を襲うなよ」
「か~。お前ホンマに自意識過剰やな・・・・どっちかっちゅーと、悶々悩みそうなん工藤やんか」
「何だと?」




















 そうして2人は笑う。
 いつもの調子が戻って来た事を、それぞれ感じたからだ。




















「そういえば・・・快斗の気配ねえけど」
「ああ、さっき外出てったらしいんや・・・・こんな夜中に何処行っとるんやら」
「・・・・・・そうか」




















 少しほっとする新一。それも無理は無い。
 この状態を快斗に気付かれたらどうしようと、内心気が気では無かったのだ。











 ・・・平次は微笑う。





















「何や。そんな気にしとったんか」
「べ、別に」
「まあ快斗にも感謝せんとな~。俺らを無理矢理逢わせてくれたん、あいつやし」
「・・・そうだな」




















 どちらとも無く口唇が触れ合った。
 軽いそれは、啄ばむ様に。












 ほんの数時間前までは、堪らない想いで狂いそうだったのに・・・・・・




















 ・・・今は別の意味で狂いそうだ。


 そう新一は思いながら、背中に回した手を強くして行った。



















ひとくぎり























 午前零時を過ぎても下がらない気温。
 その時、気配を殺して入ってくる影があった。











 しかし玄関からの長い廊下を歩き、リビングに入ってきた時―――――・・・




















「おー。やっと帰ったか」
「こんな夜中に何処行ってたんだ? 快斗」
「!?」




















 ・・・ソファの死角から声が聞こえ、快斗と呼ばれた青年は飛び上がった。



















ひとくぎり




















 時は25時に差し掛かる。
 そんな時間に、平次と新一が揃って真っ暗の中に潜んで居たのだ。











 驚くなと言う方が無理だろう。




















「ちょ、ちょっと2人とも何!? つーか新一、起きてて平気なのか!?」
「寝たら良くなった。心配かけたな」
「・・・んで? コソコソ何処行っとったんや」
「暑くて寝れなくてさ。コンビニに暇つぶしだよ・・・それにほら、新一に土産もあるぜ~」
 










 そういうと快斗は手元の袋を見せた。
 するとスープやら水、その他もろもろ新一の好きそうなモノばかり入っている。











「へ~ サンキュ。いやさ、白馬から突然電話あって――――・・・お前の携帯に電話しても出ねえからって」
「え? 何か言ってたか」
「さあ――――・・・急いでる風だったけど」
「あ。ホントだ着信ありになってる・・・・・・マナーモードにしてたから気付かなかった」











 ポケットに入れておいて気付かなかった? そう2人は思ったが口には出さない。
 快斗はそのまま新一の隣に座り、しげしげと綺麗なその顔を覗き込んだ。




















「・・・・・・どうした?」
「うん。顔色良くなったな」
「お陰さまで」
「平次と飲んでたんだ・・・・・・俺が居ない間に仲直りしたなんて、えらい急展開じゃんか」
「そうか? まあ服部が額こすり付けて謝ってきたからな」
「お前な~ 快斗が信じるやろが」











 新一と快斗の向かいに座っていた平次が、ビールの缶を飲みながらツッコミを入れる。
 










 そのやり取りを見ていた快斗。
 明らかに数時間前と違う雰囲気を感じ、首をかしげた。

 と、その時。




















「・・・あ。」
「ん?」
「いや――――・・・ナルホドねえ・・・・・・」
「はあ・・・?」
「あ、平次そのビールまだ有んの? 俺も飲も~っと」











 何かに気付いたのか、快斗は新一を見て意味ありげに呟く。
 そうしてニヤリと微笑うと、『冷蔵庫ん中にまだあるで~』という平次の言葉に従い、それを取りに行った。



















ひとくぎり





















 それから1時間くらいすると、アルコールも効いて眠たくなってくる。
 『じゃあなー』と大きな欠伸をしながら部屋へ戻った新一を確かめると、快斗はリビングの電気を消し、キッチンで水を飲んでいた平次の腕を掴んだ。

 好奇心いっぱいの目で、その顔を覗き込む。











「・・・何やねん」
「平次ってさー・・・・・・やっぱ好きだったんだな。新一の事」











 小声での問いかけ。しかし、それは平次にとってかなりの衝撃だった。
 思いっきり驚いた顔で快斗を見る。











「な・・・何アホな事」
「違うのか? じゃあ新一の鎖骨んトコのキスマーク、誰が付けたのさ」
「・・っ・・・!?」




















 浅黒い肌が面白いくらい体温を上げた。
 その反応に満足した快斗は、にんまりと微笑う。




















「『仲直り』したんだろ・・・? って事は・・・・・・」
「してへん! 最後まではしてへん!! 出来るワケないやろ!?」
「マジで? 平次がソコまでで止めるなんて想像出来ねえな」
「く、工藤相手やと・・・その、何や調子狂うんや」











 こんな平次を見るのは初めてだった。
 真っ赤で照れまくって、快斗から目を逸らしている。

 明かりの無い空間。けれども大きな硝子窓から差し込んでくる月の光が、綺麗なコントラストを生んでいる。
 快斗は少し歩き出した。











「・・・でも良かったじゃん。新一もお前の事好きみたいだし」
「おえ快斗――――・・・」
「ん?」
「気色悪いと思わへんのか? 俺と工藤が・・・その、そーゆー事になっとんの・・・・・・」











 すると平次が後ろから聞いてきた。まあ当然の疑問だろう。
 ・・・快斗はゆっくりと振り向く。




















「そーだな。普通はそうなんだろーけど・・・・・・俺は新一も平次も好きだからさ、お前らが幸せなら良いんだ」
「・・・・・・快斗」




















 寂しそうな笑顔だった。
 言葉とは違い、何処か遠くを見るような視線が平次は気になった。

 しかしその時。











「――――・・・何してんだ。お前らまだ寝ねえのか?」
「あ、新一。ちょっと月が綺麗だったからさ、眺めてただけ~」
「本当だ・・・・・・満月か?」
「今日は月齢14.9ってトコかな。さーて今度こそ寝よっと! じゃなー新一~ 平次もオヤスミ~」
「お、おう」











 ・・・・・・物音がしたからだろう。


 新一が部屋から顔を出してきて、会話は途切れ―――――・・・3人はそのまま部屋へ戻り眠りについた。




















ひとくぎり
































 見られる事には慣れてた。
 いつだって、有名な両親のお陰で小さい頃から人目に晒されてきた。




















 ・・・だから演じてきた。




 『工藤新一』という、ひとりの名探偵を演じてきた。





















「・・・うっわ。やっぱ暑・・・」
「工藤!!」
「ん?」






















 9月の終わり。約2ヶ月ぶりの日本。
 当初の予定よりもひと月遅れての帰国。

 半日を拘束されたフライトから解放され空港ターミナルに入った途端、覚えのある声が聞こえてきた。



 服部平次だ。




















「早く着いたみたいやな。丁度良かったわ」
「・・・本当に来たのか」
「せやかて言うたやん。迎えに行ったるって」
「そりゃ・・・そうだけど」




















 離れている間、一切の連絡を取らなかった2人。
 したのはただ1度。帰国する前の晩に、平次に送った搭乗を知らせるメールだけだ。 












 顔を伏せる新一。


 すると、平次はスッと目の前に缶珈琲を差し出した。





























「ほい。日本はこの通り、まだまだ暑いさかりやで」
「・・・サンキュ」





























 受け取るとひんやり冷たい。
 これまた2ヵ月ぶりの缶珈琲に、新一はつい笑みをこぼした。

 一瞬、平次の表情が止まる。





















「・・・・・・ちゅう事で、さっさと車に行こか」
「車?」
「快斗が貸してくれたんや。『新一疲れてんだろーから、電車よりこっちでしょ』って言うてた」
「へえ。気が利くじゃん」




















 言うなり平次はさっさと歩き出す。
 何故かそれから振り返らず、だから新一はとにかくその背中に付いて行った。











 時刻は15時。
 引っ切り無しに人々が行き交う、見慣れた日本の光景。




















 外は、日差しもまだ高く照りつけていた。



















ひとくぎり





























「親父さん達、元気やったか?」
「まあ。相変わらず」
「・・・そうか」




















 乗り込んでエンジンを掛けるが、車内の熱気は簡単には治まらない。
 新一は手元の缶を開け、一気に飲んだ。

 ・・・未だ平次はこっちを見ようとしない。




















「なあ」
「・・・何や」
「やっぱ気の迷いだって気付いたとか?」
「そ、そんなワケないやろ」
「じゃあどうしてこっちを見ねえんだ」
「え――――・・・うわ!」





















 だから新一は手を伸ばし、頭をぐいと引き寄せた。
 まだシートベルトをして無かったから、それは簡単に出来た。











 驚き見開く瞳。


 それを捕らえたまま―――――・・・噛み付くように口唇を奪う。




















 ・・・触れた箇所が体温よりも熱い。
 ゆっくり離し、新一はじっと自分が映る瞳を睨んだ。




















「嬉しかった。お前が此処まで来てくれて・・・・・・2ヵ月も前の約束守って、大阪からわざわざ此処まで」
「・・・工藤」
「それに髪の色も変えて服も雰囲気変えて、帽子にサングラスだったのにお前は直ぐに気付いた。空港に見送りに来てくれたロスの友達は、全然俺を見つけられなかったのに」
「外見がどんなに変わったかて工藤は工藤や―――――・・・解らんワケ無いやろ」




















 そう。新一は最後に逢った2ヶ月前と全く違う姿で現れた。




 漆黒だった髪を明るくし、耳にはピアスが光り、さらに黒の綿帽子を深く被って薄茶の細いサングラス。


 ・・・そして真っ赤なシャツと涼しげなジーンズで空港内を歩いて来たのだ。




















 確かに驚いた。
 あまりにも違う雰囲気だったし、目を隠していても前よりずっと綺麗になっていたから。











 そして声を掛け―――――・・・サングラスを外し微笑まれたその時、激しい衝撃が自分を襲った。






















 この2ヶ月。気持ちは全く冷静にならなかった。

 考えれば考えるだけ、深みにはまっていった。










 だから眩しくて、まともに正視出来ない。こうしてる今も。




















 ・・・・しかしその行動が、新一には逆の意味で伝わってしまった。





























「そっか―――――・・・解った」
「へ・・・」
「もういい。俺、電車で帰る」
「え!? ちょ、工藤、ちゃうってスマン!! そうやなくて・・・なんちゅーかその、」
「・・・何だよ」





















 出て行こうとした新一の腕を、平次は掴む。
 そうして今度はちゃんとその顔を見た。











 ・・・戸惑っている表情。
 自分が先走りしていたのを恥じてるような、そんな上目遣い。




















 とてつもなく痛い想いが自分に突き刺さり―――――・・・眩暈を感じた。





























「逢う前までは不安やった―――――・・・もう工藤は何とも思うてへんかったら、どないしよ思てたし・・・それに当のお前はさらっと現れよって、涼しいカオしてキスしてきよったから・・・・からかわれてんちゃうかと思うたんや」
「・・・バッカじゃねえの? 俺がどんだけ心臓ばっくばくさせてたと思ってんだよ」




















 新一も必死だった。
 空港に現れた平次を見た時、不覚にも少し見惚れてしまったのだ。












 更に日焼けた肌。少し長くなった髪。

 背もまた伸びたのか、目線が少し上に変わっていて。



 ・・・・途端に感じた甘い焦燥に、平次への想いを再確認させられた。




















 けれど、その後目を合わせてくれようとしなかった。
 勝手に先へ歩き、どんどん前へ進んでゆく。











 ・・・嫌な予感がしたから、車に着いてから思い切って行動に出てみたのだ。




















 駄目なら仕方ない。
 こればっかりは、どうにもならない。

 『約束』してたから。
 再会した時、恋愛感情で相手を迎えるのか。それとも情に流された勘違いだと知るのか。











 ・・・・・・現実には新一は離れて3日もしないうちに、募る想いに悩まされた。




















 そうしてキスを仕掛けた後の平次の表情。
 やっぱり自分を向いてくれない状況に、途端に血の気が引いた。











 
 だから逃げ出そうとした。
 思い知らされた事実から、平次から離れようとした。











 ・・・しかし返ってきた言葉は。




















「それに、工藤があんまし綺麗になっとるから――――・・・・・・その、正視出来んくて・・・・・・」
「は?」
「あのまんまやと、挙動不審に思われるのがオチやし、せ、せやから・・・・・・さっさと車に行きたかったんや」




















 さっきまでと違い今度は真っ直ぐに、新一の目を見て平次が呟く。
 新一は一気に体温を上げた。











 体勢を向き直し平次の頬に手を伸ばす。
 そうして、また少し互いの瞳を見つめ合い・・・・・・











 口唇を、重ねた。





























「・・・っ」





















 何度も何度も。ついばむ様に、確かめる様に。
 自分の中の真実を、刻み込む様に。

 冷えてきた車内で、その部分だけ太陽の熱よりも熱く。






























「やっぱり―――――・・・お前とのキスは、気が狂いそうだ」
「・・・工藤」






























 それで充分だった。
 今のキスで、互いの気持ちがそれぞれに有る事が解ったから。

 だから、2人は微笑った。




















ひとくぎり





























 見られる事には慣れてた。だから演じてきた。
 『工藤新一』という、ひとりの名探偵を演じてきた。




















 ・・・・・でもこれからは、あいつの前ではただの『工藤新一』で居られる。























Fin