LOOK@ME[05]

「・・・あれ?」
「何だよ」
「もう一人はどうしました?」
「知るか。いいから飲もうぜ。今夜は、とこっとん飲むんだからな!」











 それから暫くして新一は探の自室へ戻って来た。
 傍らにもうひとりの姿が見えないことに快斗も探も疑問に思うが、新一が何故か機嫌が悪くそれ以上は聞けなかった。











「・・・ホドホドにして下さいね」
「うるせえ。俺は絶対正気は無くさねえ」
「そーそー、飲もうぜ~」











 ぽん! といい音を立てて栓を抜くと、新一は快斗に注ぐ。

 そして快斗も新一に注ぐと、2人で「カンパーイ」と飲みだす。
 










 ・・・どうやら平次が何かしでかしたらしいと感じた探。



 そっとソファを立つと、2人をちらとと見つつ部屋を抜け出して行った。



















ひとくぎり




















 ――――・・・アタマ冷やせゆーてもなあ~。何したっちゅーねん俺が。





























 言われた通りに暫くセラーで考えていた平次。しかし、どう考えても解らない。
 




















「・・・何かしたから怒っとるんやろな」




















 考える。一生懸命考える。しかし、まだ酔いが残っているらしく思考がボーっとしてしょうが無い。
 深く息を付いて平次は壁に寄りかかる。そして目を閉じた。











 ・・・少し寒くさえなってきたその場所で、平次は寄りかかっていた新一の体温を思い出した。
 そして、その身体から発せられた言葉も。




















「そーいや工藤、人ん事スケベとか何とか言うとったな――――・・・・・・」




















 そう。確かに新一は言っていた。『スットコドッコイのスケベヤロウ』と。
 そこまで言われるからには『それだけの事を自分はしでかした』と言うことに他ならない。



 だとすると? あの状況で考えられることは・・・?




















 ・・・はは・・・・・・まさかやろ。そらちゃうで。ちゃうに決まっとるがな・・・




















 ひとつの答えを導き出した平次。しかしそれは、肯定したくない事だった。



 ・・・したくないけれど。




















「・・・・・・工藤」











 思い出すさっきの新一。
 極寒の視線が自分を刺していたのは確かで――――・・・でも。











 ・・・それを包む雰囲気は何処となく震えていた?




















 平次は再び深く息を付く。
 本当に自分はしてしまったのだろうか? 自分の、考え過ぎではないのか?











 それに、もしかしたら新一の『罠』かもしれない。


 自分の記憶が不確かなのを逆手に取って、何かされたように演技しているのかもしれない―――――・・・・・・




















 ・・・こうやって自分が慌てたりするのを見て、楽しんでいるのではないのか・・・?





























「そーや・・・何で俺が、工藤に・・・オトコにせなアカンねん。あいつの過剰な演技に惑わされただけや。そうに決まっとる」




















 平次はそうして立ち上がる。
 勝手に自己完結させたそれは、後で後悔する事になるのだが・・・・・・今の平次はそれを知る由も無かった。



















ひとくぎり




















「やっぱり此処ですか。まったく、何をしたんです」
「へ・・・白馬?」
「工藤君の様子がおかしいんですが―――・・・理由、知りませんか?」











 その時、セラーの扉が開く。
 現れたのはこの家の住人。そう、白馬探。











 ・・・その探が、優しい表情の奥に静かな怖さを秘めて平次に問い掛けた。













「・・・俺が知りたいくらいやっちゅーねん。起きたら、イキナリ蹴り飛んで来たんやぞ?」
「起きたら・・・?」
「あ、ああちょお酔いがまわってしもてな。すこーし眠っとったんや」
「・・・・・・」











 意味ありげにこっちを睨む目。
 でも、証拠や確証は無いのだから平次はうろたえもせず扉へ近付いた。











「ほな、酔いも覚めたし戻るわ」
「本当に知らないんですね?」
「・・・しつこいぞ」
「なら良いんです」











 念を押す探。それは少し、平次には不思議に感じた。
 
 一年の殆どを英国で暮らす白馬探。
 それが新一と仲が良い事にも驚いたばかりなのに、この気にしようはまるで・・・・・・











「えらい心配するやんか。そんなに工藤好きなん?」
「ええ」
「へ?」
「君は嫌いなんですか?」
「え、いや・・・好きか嫌いか言われても・・・・・・フ、フツー?」
「そうですか」











 何てことない表情で探は言う。
 そうして先に平次を其処から出し、セラーの電気を消した。

 ・・・少し後ろを歩く平次。
 会話も無いまま、長い廊下を真っ直ぐ行くと階段に差し掛かった。 

 










 ――――・・・そおか。こいつ、殆どイギリス暮らしだったんやっけ・・・せやから感情表現も直接的なんや。











 新一の事が好きなのか? という問いに、ためらいもせず『イエス』と答えた探。
 でもそれは本心で、『そういう意味でなく』本当に新一が好きなのだろう。

 だからこそ、心配するのだ。
 ・・・新一の性格を解っているから。












「そういや・・・快斗がお前と同級生やったって聞いてビックリしたわ」
「意外ですか?」
「ちゅーか。変なトコで繋がっとるなー思て」
「・・・そうですね。僕も君と黒羽君がこんなに仲が良いなんて思ってませんでしたし」
「ん?」
「いえ」











 3階に着いた所での探の言葉は、平次には良く聞き取れなかった。
 でもそのまま彼は部屋へ歩いて行ったし、平次も聞き返そうとはしなかった。



















ひとくぎり




















「おせえぞ~ なーにしてたんだよふたりで~」
「・・・何するって言うんですか彼と。黒羽君、飲み過ぎですよ」
「いいじゃんなー? それよりも一本くらい持ってきてくれれば良いのによ~ 気が利かねえなあ~」
「へ? あ・・・ああスマンな」











 そうして2人が部屋に入った時、サラウンドで声が響いた。
 良く聞いてみると快斗と新一は声質も似ているらしく、探と平次は少し驚いた顔をした。











 ――――・・・ふと見ると、さっき新一が持って来た2本が空になっている。
 探は息を付きながらグラスと空の瓶を片付け始めた。











「もう遅いですから、寝ましょう」
「ええ~? まだいーじゃん、なあしんいち~?」
「快斗の言う通り。俺はまだ大丈夫だぜ~」
「・・・どこがですか。君たちは明らかに酔っ払いです。これは、家主としての命令です」











 飲んでいる間にすっかり意気投合したらしい2人は、何時の間にか名前で呼び合っていた。
 それに気付いた探は少し微笑ってしまうが、表情を直して後ろの平次に向いた。











「服部君。黒羽君をそちらの部屋へ運んでくれますか?」
「へ?」
「僕は工藤君を寝かせます」
「あ―――・・・そやな。了解」











 すっかり酔いが覚めていた平次。
 言われた通りに快斗を抱えると、『ほんじゃーな』と足で扉を開けて部屋を出て行った。











 探は、やれやれと息を付きながら新一の腕を持ち上げる。
 ・・・するとそれを振り払ってきた。











「工藤君?」
「・・・いい。自分で、歩ける」
「そうですか」











 さっきまでとは様子が違う新一。
 酔ってはいるのだろうが思考は正常に機能しているらしく、深く息を吐くと顔を上げ探を見た。











「ごめん。心配したろ」
「・・・ええ」
「一晩眠れば大丈夫だからさ。それより、シャワー貸してくれ」
「それは止めた方が――――・・・」
「平気だ。酔い、覚ましたいだけだから」




















 柔らかい微笑み。



 やっぱり何かあったのだと確信する探だが、新一はそれ以上何も言う事はなかった。











 ふらつく足取りで立ち上がる。
 そうして部屋の奥にあるシャワールームへと、ゆっくり消えて行った。



















ひとくぎり























 次の日も暑かった。
 3人は朝食を済ませた後、少しゆっくりして午前中のうちに白馬邸を出た。











「じゃあな白馬」
「ええ。また連絡します」
「今日は何か予定あんの?」
「父親に付き合って色々と人と会うんですよ。面倒ですけどね」
「ふーん・・・ま。夜にでもデンワするな」











 相変わらずの涼やかな笑みで、探は正門まで彼等を送る。
 そうして別れた後、3人は大通りに向かった。











「新一はこれからどーする?」
「家に戻る。午後からまた出掛けるし」
「そっかー ・・・んじゃ、メール教えて」
「ん。ちょっと待って」











 互いにアドレスを教え合う新一と快斗。
 平次はそんな2人を見つつ、何となく会話の中に入って行けないでいた。











 ・・・新一が、『話し掛けるんじゃねえ』という空気を放っているからだ。



 実は、朝から一度も視線を合わせてくれない。











 平次は昨晩ずっと考えた。でもやっぱり記憶に無いし、自分がまさか『そんな事をするはずがない』とも思う。
 けど有耶無耶も嫌だから、こうなったら真実を聞き出そうと思い、タイミングをずっと計っているのだが・・・そんな隙を新一は与えてくれないのだ。











「じゃ、俺電車で帰るから。今度ゆっくり会おうな快斗」
「オッケー♪」
「あ・・・く、工藤?」
「サヨウナラ。」











 ようやくこっちを見てくれたと思った平次。
 しかし、向けられた冷たい視線に何も言えず消えて行く背中を見送った。











 ・・・夏も目前だと言うのに、木枯らしに似た風が平次の前を通り過ぎる。




















「あーあ。完璧嫌われてやんの平次」
「き、昨日、工藤なんか言うてたか?」
「別に~」
「・・・そん顔は絶対何か聞いとるやろ」
「お前等の問題はお前等で片付けろよ。それに話し有るって言ってただろ? このあと時間いいか?」
「へ・・・ああ、そーやったな」











 昨日も確かそんな事を言っていたなと平次は思い出した。
 それじゃあ涼しい所にでもと、視界に入ったスターバックスに2人は入る。











 ・・・本当に暑い。

 今からこれでは、夏はどうするんだろう・・・・・・





 そんな事を思いつつ、平次はメニューに目を向けた。



















ひとくぎり




















「あのヤロウ・・・ぜってー 俺が嘘言ってだましてると思ってんな」




















 Suicaですいっと改札を通った新一は、ホームの自販機で冷たい缶珈琲を買った。
 プルトップを開けながら、未だに平次の態度を思い出しつつ不機嫌になる。











 ・・・今日の朝からそうだった。




















「冗談じゃねえよマジで・・・ファーストキスだぞ? 時代遅れな考えかもしんねーけど、俺は結構大事に考えてたんだっつーの!! ちくしょう・・・そ、そりゃまあ、あんなの数のうちに入らねえけどよ。っつーか、入れねーけど!」











 音に出さない声で、新一はぶつぶつと呟く。
 どうにもこうにも、あの出来事が自分的に許せない。とにかく、不意打ちとは言え『この自分があの状況を阻止出来なかった事』が悔しくて信じられないのだ。











 ・・・落ち着け。落ち着け新一!



 あれは事故だ。単なる接触事故だと思えば良いんだ。そうだ、うん。




















 ――――・・・せ、接触・・・?




















 そうしてまた鮮やかに甦る夕べの場面。
 熱い身体が自分に寄りかかり、近くで見る程に解る整った顔立ちが段々近付いてきて―――・・・・・・

 不覚にも見惚れた時に目の前で角度を変えたそれは、温い感触と共に自分を壁に押し付けた。




















「・・・・・・ちくしょう」











 認めたくないけど、気持ちは良かった。
 お互いワインの香りを漂わせて、酔いも程よく廻っていて・・・これが好きな相手とだったら、そのまま先へ雪崩れ込む状況だった。

 でもあいつは『俺』だと知らなかった。するつもりも、そんな気さえも無かっただろう。











 ・・・夢の中の誰としてたんだろう。誰を思って、あんな――――・・・・・・





















「って、別に俺が気にすることじゃねえけど・・・・・・」











 小さく新一は息を付く。
 残っていた珈琲を一気に飲み干すと、電車がホームに入って来た。
 
 午後は警視庁。高木さんと、約束がある。
 そう自分に言い聞かせるように呟くと、車内の空いてる席に座って少しの間目を閉じた。