LOOK@ME[06]

 あれから数ヶ月。
 ワールドカップも終わり梅雨も終わり、すっかり世間は夏休みに入った。




















「・・・っとに暑いなー 畜生・・・・・・」











 ギラギラと照り付ける太陽。
 足元からのアスファルトの照り返し。

 新一は帽子を深めに被り、あまりの暑さに眼鏡を諦め頑張って付けてきたコンタクトによる目の乾きに耐えながら、駅への道程を懸命に歩いていた。











 ――――・・・もう少しだ・・・











 思えば今は、日中で一番暑い時間帯。
 容赦無く体力を奪って行くそれに新一は何度目かの息を付くと、最後の曲がり角を右に入って行った。











「新一♪ こっちこっち」
「お前なあ~・・・俺んち知ってんだから、家まで来いっての」
「だってこうでもしないと家から出ないじゃん。結構インドアだもんな」
「うるせえ。暑いのが嫌いなだけだ」











 米花駅前に、最近スターバックスが出来た。
 珈琲好きの新一にとってそれはとても嬉しい出来事で、待ち合わせ等の時には決まって此処を指定している。

 あれから急速に親交が深まった新一と快斗は、時間が合う度こうして会う事が多くなっていた。
 話せば話すほどに『空気が合う』というか、まるで小さい頃から一緒に育って来たような感覚が2人の間に流れていたのだ。
 



 新一はカウンターに行って飲み物を買って来る。そうして快斗の正面に座った。











「いつからロスに行くんだっけ?」
「―――・・・明日の夕方」
「つまんないなー。夏は一緒に遊べると思ったのに」











 大き目のサンドウィッチを頬張りながら快斗は呟く。
 その表情は本当につまんなそうで、新一は少し微笑った。











「何言ってんだ。他にいくらでも遊び相手くらい居るだろ」
「白馬もイギリス戻っちまったし。平次は稽古で忙しいって言うし、その上新一は日本から居なくなるなんてさ~。俺もどっか旅行にでも行こっかなー」
「・・・・・・」











 ストローで氷を遊ぶ快斗。頬杖をついて、新一の言った事には答えない。
 
 快斗くらい人を惹き付けるオーラを持っていれば、周りにいくらでも人は集まる。
 けれども、彼の会話のテンポに付いて行ける人間となると数は限られてしまうのが現実だった。











 ・・・同年代で同じ視点で語り合える人間が少ない。


 それは新一も同じだったから、それ以上は言えない。




















「でさ。ちょっと今から泳ご♪」
「は?」
「白馬にさ、自由に使って良いって言われてただろ? あいつんち所有のプライベート・プール」
「・・・けど俺、何にも用意して来てないぞ」
「水着は俺も持ってきてねえから買ってこうぜ。後は、あいつん所に何でもあるし」











 遊びに行こうとは言われていたが、泳ぎだとは思ってなくて少し面食らう。
 でも水泳は嫌いでは無かったし、何より暑くてたまらないのが事実だったから新一は素直にOKした。



















ひとくぎり




















 外に出ると、ますます威力を増している太陽の光。
 うげー という表情をする新一の後ろで、快斗は携帯を取り出した。










『よお平次。今何処?』
「・・・もう東京駅や。どないした」
『帰んの1日くらい延ばせるよな? 今から新宿駅に来い。その頃また電話すっからよ』
「は?」











 東京駅。山手線ホームに降りたばかりの2時過ぎの、快斗からの電話。
 その口出す隙も与えない一方的な攻撃ならぬ口撃に、平次はつい呆けた声を出した。











 ・・・次に耳に聞こえてきたのは断続音。



 既に会話が切れたことを告げるそれに、またしても快斗のペースにハマッている事を悟り息を付く。




















 ホンマ自分勝手やの~




















 でも昨日も会ったのに、今更何なのだろう。

 しかも新宿なんて快斗の家とも違う方向だ。


 とにかくまだ改札を出てなくて良かったと思いつつ、平次は乗り換えの為に階段を降りて行った。



















ひとくぎり





















 平次は母親の使いで昨日東京に来た。
 夜は快斗を誘いカラオケで盛り上がった後、代官山の親戚の所に一泊したのだ。











 ・・・新一には東京に来ている事を言っていない。というか、言えなかった。
 実はあの時別れて以来、会う事はおろか電話も出来ないしメールも出せてないのだ。











 『新一は?』という快斗の問いに『工藤がカラオケ来るわけないやろ』と誤魔化した平次。
 未だ仲直りが出来ない自分達を快斗は察したらしく、『あっそ・・・』とだけ言うとそれきり新一の話題を出すことは無かった。











 しかしどうして自分はあんな事をしでかしたのだろう。あれから平次は、何度も何度も夢に見るくらい何度も考えた。

 今まで付き合った女の前で酔いつぶれるなんて醜態は見せた事は無い。
 だから記憶が無くなるなんて事も無かった。大体自分は、そんなに酒は弱くない。ただ新一が自分より強いのだ。




















「新宿やと・・・中央快速ん方がええんかな」











 話せない期間が長くなる分、罪悪感は段々重くなってくる。











 ・・・・・・そう言えばあの時喉が渇いていた。



 蹴られて新一が怒って出て行った後、寒すぎるくらいの冷気の中で、自分の口唇は確かに熱を持っていた。




















「―――・・・」




















 ・・・どうして『あれは新一の演技かもしれない』と思ってしまったんだろう。
 そんな事をして、一体彼に何の得が有ると言うのだ。











 とにかく記憶が無いんは事実やし―――・・・どっちにしても一回ちゃんと謝らなアカンよなあ・・・・・・ 



 ま、工藤もハタチは過ぎとるんやし、まさかキスが初めてっちゅー事はないよな・・・・・・一応、蘭ちゃん居てるんやし。











 いくらそっち方面にうといと言っても、毛利蘭というガールフレンドが新一には居る。
 まあ正直に謝れば、もう一度くらい蹴られるかもしれないが笑って許してくれるだろうと平次は思った。

 茹だるような湿度の中、人ゴミをすり抜け長いエスカレーターに乗る。
 そうして風を感じとれる地上ホームに出ると、丁度来ていた電車に乗り込んだ。



















ひとくぎり




















「新一。確かさ、宿泊施設も付いてる筈だから泊まってこうな♪」
「ええ?」
「いーじゃん~ 暫く会えないんだしさ~ また夜は飲もうぜ、な?」
「・・・しょうがねえな」











 白馬の別宅がある新宿まで来た新一と快斗は、とりあえず高島屋で目的の物を購入した。
 携帯の時計を見ると3時を過ぎている。この時間から泳いでいたら、どうせすぐ夜になるだろう。

 ・・・飛行機は明日の夕方。用意なんて殆ど無いし、朝帰ってからでも充分間に合う。
 それにここの所ろくに運動もしてないし、飲みにも遊びにも行ってない。











 だから深く考えずOKした。
 それが予想もしない結果になるとは――――・・・勿論この時新一は知る由も無かった。




















ひとくぎり























 新宿のとある高層マンション。
 その最上階全てを使って、白馬の家の別宅は有る。











「なんつーか・・・あいつの家はホントにすげえな」
「そりゃ新一んトコもでしょ~? 俺から見りゃどっちも別世界。平次もそーだし、まったく探偵ってのはそーゆー人種が多いのかね~」
「ん?」
「あ、コレ鍵。来る前に本宅で貰って来といた」











 最後の方は小さく言うと、快斗は新一の前にひとつのカードを差し出した。
 待ち合わせの前に白馬の家に電話して取ってきたカードキー。それを扉に付いている差し込み口に通し、2人は中へ入って行く。











「うっわ。すげ~」
「俺は前に来た事あっからさ。まあ殆どただっぴろいリビングで、あとはゲストルームかな。トイレとシャワーは勿論別だけど、クローゼットとベッドが付いてる。あと風呂場はデカイぜ~? キッチンも結構本格的でさ、ちょっとしたパーティーが出来るって。んで、このリビングの窓硝子の向こうがプールなんだよ」
「室内なのか」
「そ。だから冬でも泳げる」











 その噂のプールも結構本格的な広さだ。ざっと見た所このリビングくらいの面積くらいは有るだろうと新一は思った。

 見渡す部屋の中は何処もオフホワイトで統一されている。
 リビングの真ん中に少し段差が有り、低くなっているその場所にゆったりとしたソファが置かれていた。











「で。キッチンも冷蔵庫もデカイんだけどさ、中身がなーんもねえんだよ。どーせ明日までだし、夜は外食でいいよな」
「そうだな」
「―――・・・っと、電話だ。ちょっとごめん」











 その時快斗の携帯が鳴った。
 ボタンを押しながら窓の方へと移動して行ったので、新一はひとりこの家の探検を始めた。

 それぞれの個室。そしてキッチンにトイレにバスルーム。
 何処もかしこも皆手入れが行き届いているのにも感心していてリビングに戻って来た時、快斗も電話が終わったらしくソファに戻っ来た。











「新一、喉渇かない? 俺ちょっとコンビニで飲みもん買ってくるから」
「あ。だったら一緒に行くよ」
「いいって新一は。外暑いし、あんま出たくねえだろ?」
「・・・まあ、そうだけど」
「先に泳いでてよ。荷物は好きな部屋のどっかに入れてさ」











 そう言うと快斗は部屋を出て行く。
 残された新一は、今の快斗の様子を不思議に思いながらも一番右端の部屋に入ると荷物を置き着替えを始めた。



















ひとくぎり




















「いたいた、平次~!」
「・・・何やジブン!! 遅いにも程があるやんか! 説明せえや!!」
「まあまあちょっと待ってよ~」











 新宿駅から少し歩いた所のコンビニ。そこに快斗が走りこんで来た。
 バイク雑誌をぱらぱら捲っていた平次は、不機嫌な顔を向ける。

 あの電話を受けて来て。それでもう一度連絡が入ったかと思ったら『コンビニで時間潰してろ』と来た。
 その後直ぐ来るのかと思ってたら、これが来ない。











 ・・・さすがに30分以上も此処に居たら、店員に不信な目で見られ始めてしまったのでいい加減こっちから連絡しようと携帯に手を伸ばした時に、快斗がやっと現れたのだ。




















「今日、白馬んちのプール付きの別宅に泊まり込みで遊ぼうと思ってさ。平次水着持ってねえよな? 途中で買ってくぞ」
「は?」
「こんなもんでいっかな~。じゃ俺レジ行ってくっから」




















 カゴに適当に飲み物を入れ快斗はレジに向かう。
 相変わらずのゴーイングマイウェイさに平次は息を付くと、雑誌棚からさっきの雑誌を持ってきて『ついでに一緒に買うてや』と快斗のカゴに放り込んだ。



















ひとくぎり




















 其処から約10分。人気が少なくなった坂を登った所にある見るからに高級なその外観のマンションに入った時、快斗の携帯が鳴った。
 液晶を見るとどうやら海外かららしく、『もしもーし』と不穏そうに出たのだが突然表情が変わった。











「あのさ、平次先に行っててくんねえ? 最上階全部あいつんちだから、これ、カードキー。それと、荷物も持ってっといて」
「? ・・・解った」
「――――・・・ごめんごめん、お前、そっち今何時だよ? 平気なのか?」











 すると快斗は小さな声で話しながら、また外へと出て行く。
 平次は少し「?」と思ったが、まあ他人の電話を聞く趣味も無いし、とにかく暑いから早く涼しい所へ行こうと目の前のエレベーターのボタンを押すと、直ぐに開いた扉に入って行った。