LOOK@ME[08]

『今度は服部の番だからな・・・・・・』










 あれから平次はくたくたになるまで、泳いだ。
 クロールもバタフライも、何往復もした。

 そうして一息付いて人の気配を感じ、顔を上げると――――・・・快斗が見えた。











「・・・快斗」











 少し苦笑いして快斗は水に飛び込む。
 そのまま浮き上がらずに真っ直ぐ此方に向って来て、平次の目の前に姿を現した。

 ぷはー と顔に掛かる雫を拭うと・・・恐る恐るといった表情で覗き込んでくる。











「逆効果だったんだ?」
「・・・やっぱお前の仕業か」
「悪かったって~ 黙って引き合わすつもりじゃ無かったんだぜ? ・・・・・・けど電話きちまって、俺もどーしよーかと思ったんだけど」











 何故か照れた様な顔を快斗はする。
 そんな彼も解らないが、とにかく解らないのは工藤新一だ。




















 ・・・平次は視線を逸らした。




















「変な気ぃ廻すな、ボケ」
「―――・・・やっぱ新一怒ってんだよな・・・・・・あああ~ 今もなんか機嫌悪くてさ~~ どーしよ平次~」
「知るか! 大体お前な、俺と工藤の事に構いすぎやぞ!? ほっとけっちゅーの!」
「は? 平次はどーでもいいよ。俺は新一が心配なんだよ!」
「何やと!?」
「とにかく仲直りしてくれよ~。新一さ、明日ロスに行っちまうから、このチャンス逃したら余計気まずいだろ?」
「・・・え」




















 快斗の言葉に平次は目を見開いた。




















「な? 新一、またこっち来るから」
「・・・」
「後で3人でメシも食いに行くんだからさ。気まずい雰囲気嫌だぜ俺?」




















 そして快斗は泳ぎ出す。
 平次はその姿を視界に入れながら、頭の中では似て非なる人物を思い浮かべていた。



















ひとくぎり




















 ・・・・・・何が、俺の番なんや?











 また平次は考える。
 




















 ・・・俺に、どうして欲しいんや・・・・・・?




















 思い出す、ほんの少し前の新一。
 『俺と同じ思い、してもらおうかな・・・・・・』そう言って顔を近付け、キスをしてきた新一。






















「・・・工藤」




















 だから平次は口に出してみた。
 その、名前を声に出してみた。

 出会ってから幾度となく、数え切れない程に口にしてきたその名。
 口唇がその言葉を形取る度、何故か甘い焦燥を感じたその名―――――・・・











 ・・・そして平次は苦笑いの表情を浮かべる。




















 冷たかった口唇。
 震えていた、口唇。

 言葉とは裏腹に遠慮がちだったあのキスは・・・・・・眩暈がしそうな程の衝撃を自分に与えた。




















「・・・そーか」











 平次は自覚した。
 この気持ちが、想いが、湧き上がってくる熱さが何なのかを理解した。

 どうして冷たかった口唇が、あんなにも『熱い』と感じたのか――――・・・やっと解った。











 俺は、工藤に・・・・・・そういう意味で惚れとったんや。
 せやから・・・





















 ・・・意識無い時・・・・・・キス、してしもたんやきっと―――――・・・





















 心の中に、そういう気持ちがあったから。
 きっとずっと前から、あったから。











 ・・・・・・だから。




















「あ、新一こっちこっち!!」
「!?」
「おい快斗、お前飲みもん買って来たんなら、冷蔵庫入れとかなきゃ駄目だろが」
「へ?」











 その時戻って来た新一を、平次はもう既に普通の友達として見れなくなっていた。



















ひとくぎり





















 ・・・恋愛とは不思議なもので。
 それを『恋』と自覚してしまった途端に、全ての景色が変わり始める。












「お、俺、そろそろ疲れたし、上がるわ」
「え~?? 今から3人で競争しよーぜ?」
「2人でやれや。スマンな」











 平次は新一が入ってきた途端に目を逸らした。
 もう、視界に簡単に入れる事は出来なかった。

 ――――・・・只でさえ彼は今ハダカ同然の姿。

 それを目の前にして、平静で居られる自信は無かった。





















 ア、アカン・・・・・・ホンマやばいで・・・・・・工藤てあんな、綺麗やったっけ・・・・・・?

 




















 平次は信じられない。
 こんな自分が、信じられない。











 つい、今だ。
 新一を好きだと自覚したのは、ほんの何十秒前の事だ。
 










 なのに・・・・・・自分と同じ体つきのはずの相手の身体を、『キレイ』だと思ってしまっている。



 さっきまでは、普通に見ていたはずなのに、だ。




















「おい服部」
「・・・へ」




















 水から上がり立ち去ろうとする時、すれ違いに新一が平次を呼んだ。
 それはとても小さな声で。

 無視するのもおかしいから、振り向かず声だけ返した。











 ・・・心臓は最高潮に高鳴る。
 しかし、その時。




















「あー!! ちょっと平次、メシは行くんだろーな?」
「うわっ、何やねん快斗!?」
「部屋行って寝ちまうなよ? んな事してたら、俺様のキスで起こしてやるからな~」
「絶対起きとるから心配すなっ!!」











 ・・・死角から快斗が飛びついてきて、平次はバランスを崩してしまったのだ。




















「あ。すまん工藤、何やったっけ?」
「え? 新一、何かコイツに用だった? ごめん、邪魔した」
「―――・・・いや。大したことじゃねえから」
「工藤?」











 何を言いかけたのか。
 新一はでも、続きの言葉を出そうとはせずそのまま水に飛び込んだ。











 ・・・少し目を細めて自分を見ていたその表情。



 睨んでいるようにも見えて、哀しそうにも見えたその視線は、一体―――・・・・・・?




















「新一待てってば! あ、とにかく平次、30分くらいしたら俺達も上がるからさ、じゃあな!」
「・・・ああ」




















 先に飛び込んだ新一に、快斗が焦って後を追う。


 平次はその水しぶきを足に受けながら――――・・・さっきの快斗の行動にホッとしたような、残念だったような・・・複雑な気持を感じていた。




















ひとくぎり























 ―――・・・・・・俺は臆病になってる? 

 




















 どうしてだ?

 蘭を好きな時はこんな事は無かった。
 切ない気持は有っても、恐いと思う事なんて無かった。






















 大体、この俺が何かを怖がるなんて―――・・・そんな事・・・・・・




















 新一は揺れる水面を見つめながら顔をしかめた。
 そこに映る自分自身がとてつもなく情けなく思えた。




















 ・・・蘭の事は好きだ。
 嫌いな訳がない。ずっと昔から大切で守りたい存在だ。











 それは変わらない。多分、これからもずっと。
 





























 ――――――・・・じゃあこの気持は何だ・・・・・・?




















 服部を『そういう意味で』好きだと気付いた。
 でも、蘭も『そういう意味』で好きで・・・・・・

 だけど俺の服部を好きだって気持は、明らかに蘭とは違う・・・・・・





























「・・・今頃になって足、震えてるし」 





















 さっき仕掛けた『キス』。浴びせた『謎』。
 『お前が考える番だからな―――・・・』その意味を、服部は解っただろうか?











「快斗が乱入してきたぐらいで動揺するなんて・・・・・・こんなの、まるっきり『素』じゃねーかよ俺・・・・・・」











 どんな時でも、例え友人達と居る時でも。
 自分は『工藤新一』という人間を『演じて』きた。

 ・・・人々が求めるだろう『彼』を、予想して期待を裏切らない様に。
 












 だから、違う。



 こんなのは―――・・・アイツが追いかけてきた『工藤』じゃない。











 わざわざ大阪から東京まで探しに来させた『工藤新一』は・・・・・・・・・次の展開が解らないくらいで、不安な顔なんてしたりしないのに――――――・・・・・・





















 そして俺はアイツを呼び止めた。



 『答え』を、早く知りたかったから。




















 ・・・・・・どんな結果を聞いても、俺は対応出来る自信があった。
 どんな返答にも適切で的確な言葉を、出す自信が。




















 確かに、あの時は。


 ―――・・・あの瞬間までは。




















 今はもう、服部を視界に入れるだけで身体中が心臓みたいだ・・・・・・




















「何だよもう・・・さっきまで平気だったよな・・・・? 俺、まだちゃんとアイツの前で、平気なフリ出来てたよな・・・・」
「ちょっと新一ってば~!! 泳ぐのはえーよ!」
「!?」




















 揺れる水面。
 さざめく音。











 ふいに背中から肩を掴まれ、新一は自分でも信じられないくらい過剰に反応した。
 それに快斗も目を見開き驚く。
 



















「し、新一・・・?」
「・・・快斗か。ごめん、ボーッとしてた」 
「―――・・・平次かと思ったのか?」
「違うって。考え事してたら、気配解んなかっただけだ」
「・・・・・・そうか」




















 でも直ぐに、新一は『新一』の顔に戻った。
 数瞬間前に見せた表情は何処かへ消え、いつもの優雅で綺麗な笑みを浮かべて。











 ・・・だから快斗は、そう答えると少し哀しげに微笑った。



















ひとくぎり





















 それから2人は適当に泳いだ後、くたくたになってリビングへ入って来た。
 水の中では浮遊力で感じなかったが、重力の場所に出ると途端に身体がダルくなる。











「あ~ なんかもー 疲れた~」
「今日は良く寝れそうだな」
「ちょっと! これからメシ食って酒なんだから、寝んなよな?」
「・・・・・・けどあそこ、もう熟睡って感じだぞ」
「あー!! ったく~ 平次の奴、部屋じゃなきゃいいと思ってんな」











 歩いて来て、2人は同時に目を見張る。

 リビングの中央に配置されている、大きなソファ。
 其処の、大の男ひとりが横になっても余裕のある場所で平次が寝ていたのだ。
 
 疲れているのか、閉じられている瞼は簡単に開きそうもない。











「・・・・・・」
「まあ俺達が着替えて来るまで寝かせとくか~。新一、んじゃ後でな」
「あ、ああ」











 ・・・そうして快斗は部屋に消えた。
 でも新一は少しの間、その寝顔から目が離せなかった。