S.N.A.H.[02]

 流れる景色。桜、見ごろの季節。
 思いのほか暖かい空気が、心地よく頬を撫でてゆく。

 ・・・信号待ちで停まった時、平次が口を開いた。











「なあ。キッドってどんな奴なん?」
「何だ突然? 変装の上手い、キザな悪党だろ」
「お前がまだ『コナン』やった時に、何度か『工藤新一』にも化けたんやってな。せやけどマスクらしきモンは付けてへんかった言うてたな。ホンマなん?」
「・・・ああ。それが未だに謎なんだよな」
「くっそー 腹立つやっちゃな。何で俺の前には現れへんねん? 工藤ばっか会うてズルイわ」
「ズルイってお前な・・・・」











 平次がふて腐れるのも無理はない。
 怪盗キッドは、服部平次の住む関西方面に滅多に現れない。

 それでも数年前に対峙する機会があったのだが、自分が怪我をしてしまい叶わなかった。











「きっとアレやで。世ん中には、三人同じ顔した人間が居るっちゅーやつ」
「俺も考えたよ。姿形が同じなら骨格も似てるだろうし、声だって殆ど変わらないだろうしな」
「まあ工藤は有名人や。似てたら噂になっとるやろうけど・・・・・・多分、ぱっと見は似てへんのやろな。キッドん方は結構な癖っ毛とか、性格も工藤と違てええとかな~? ・・・ちゅうのは冗談としてや。工藤が音痴なんみたいに、あっちもえらい苦手なモンもあったりな」
「そりゃあんだろ。完全無欠な人間なんて居るわけねえ」
「どわ!!」











 吐き捨てる様に言うと、新一はまたアクセルを思い切り踏む。

 平次はあわやフロントグラス衝突という所。
 真面目にシートベルトを付けていたお陰で、命拾いした。











「俺コロス気か!? もっと静かに運転せえや!」
「うるせえ。舌噛みたくなかったら黙ってろ」
「・・・なに不機嫌なっとんねや」
「暗くなり過ぎると道解んねえから急ぐだけだ」
「ほー・・・」











 何がキッカケなのかは解らないが、新一の機嫌を損ねてしまった様だ。
 こうなると暫く放っておくのが一番。




 だから、平次は小さく息を付くと夕陽に視線を移した。



















ひとくぎり





















 室蘭港、崎守埠頭貯木場。
 二人は既に闇濃くなった19時過ぎに目的地へ着いた。

 明かりが殆どないから気を付けて車を降りる。
 目の前に、白鳥大橋が見えた。











「ほわー 綺麗やなあ」
「東京と違ってネオンがないから、星もよく見えるな」
「んでもって、あのコンテナんトコ突っ込んだんか」
「本当にあの時は駄目かと思ったよ。クレーンがブレーキの役割をしてくれなかったら、そのまま海に突っ込んでた・・・それに」
「それに?」











 新一が言葉を止めたから、聞き返す。
 すると白鳥大橋を背にして彼は平次をじっと見た。




















「キッドがパトカーを引き連れて来てくれたから―――――・・・・この埠頭に降りられたんだからな」




















 視線を外さず新一は呟く。
 この灯りも何もない場所で、海面の反射を映しただろう光を瞳に宿して。




















 ・・・・・・強い風が身体を揺さぶっていた。




















「アカンで、工藤」
「・・・何がだ」
「いいトコ見せたかて泥棒は泥棒や。海と空が決して交差せんように、探偵と怪盗も解り合う事なんてあれへん。どんな事しても、犯罪者には違いないんやからな」
「・・・・・・」




















 平次はどこか寂しげに。
 でも、冷たく言い切る。



 そのまま背を向けて車へと戻る彼。
 まだまだ冷える海からの風に身体を震わせ、新一も後に続いた。



















ひとくぎり




















 例え特別な理由があろうとも。
 人のものを盗む行為は、犯罪者に他ならない。

 そんな事は『怪盗キッド』自身も良く解っている筈で、だからこそ『何にも変えられない理由』が有るのだろうと新一は考えていた。











 ・・・・ビッグジュエルに何があるってんだ・・・・・・?




















 怪盗キッドが狙っているのは『ビッグジュエル』という、大きな種類の宝石に限られている。

 けれどもそれに何の秘密があるのか。
 どういう理由で、一度盗んだものを再び持ち主に返しているのか。











 多分それは、求めている『宝石』ではないから。
 だとすると・・・本当に欲しい『ビッグジュエル』には、一体何が隠されていると言うのだろう?




















「・・・どっちにしても、引き返せねえよな」




















 新一は空を仰いだ。
 月が、鮮やかに煌めいている。











 すると僅かに――――――――・・・知っている気配が揺れるのを感じた。




















ひとくぎり























「よし。到着」
「疲れたな~」
「運転してねえ奴が何言ってやがる」











 測量山に登ってキタキツネを見たり、地球岬で水平線を眺めたりした二人。
 宿泊先である洞爺サンパレスに着いたのは、21時を過ぎた頃だった。

 駐車場からロビーに入り、フロントへと向かう。











「工藤。俺ちょおトイレ行ってくるわ」
「すぐ済むし、部屋で入れよ」
「へ?」
「切羽詰まってる訳じゃねえだろ。ほら、チェックインするから俺の荷物、持っててくれ」
「あ、ああ」











 新一はにっこり笑うと手荷物を渡す。
 しばらくして鍵を受け取ると、エレベーターホールへ移動して指定の階へのボタンを押した。










ひとくぎり




















「土曜には花火が上がるんやな」
「そうなのか?」
「それに遊園地風呂ってのもあるんやて。興味あるけど、さすがに海パンは持って来てへんもんな」











 洞爺サンパレスは、全ての客室から洞爺湖畔を一望できる事で有名な宿だ。
 それに『夢の温泉大浴場』と『遊園地風呂』など筋肉痛や神経痛・リューマチに効く温泉として有名で、連休ともなると多くの観光客がやって来る。

 二人が泊まるのはクリスタル館の和室。
 約10畳のその部屋に入るなり、平次は荷物を置くとそそくさとバスルームに入った。











 ・・・新一はその中に向かって声を掛ける。




















「なあ服部」
『ん?』
「風呂、先に入って来ようぜ」
『メシはどないするん』
「22時半に部屋に頼んでおいた」
『そーか。なら行こか』











 その言葉と同時にドアが開く。
 すると新一がすぐそこに立っていたから、驚いて『どわ!』と叫んでしまった。











 彼は―――――・・・表情を変えずに平次を見つめている。












「な・・・何や、お前も入りたかったんか?」
「腹具合、まだ悪いのか?」
「へ? いや、もう平気やけど」
「なら良かった。今日のメシは『近郊の噴火湾で獲れた魚貝と季節の山菜料理』って言ってたからさ―――――・・・お前、和食好きだもんな。楽しみだろ」
「・・・・そやな」











 その瞬間、空気が揺れたのを新一は見逃さない。
 口の端だけ上げて綺麗に微笑うと、色の変わった瞳を見上げて至近距離で呟いた。




















「――――――・・・・美味い海の幸が食えねえなんて、損な体質だよなあ・・・・・・・コソ泥さん?」
「!」




















 それは正直な気配の変貌。
 変装も解かずに『服部平次』から、表情だけが『怪盗キッド』のそれに変わる。











「・・・よお俺がサカナ苦手やて解ったな」
「白馬の奴と服部が会話した内容聞いてピンと来たぜ。ホテル着いてからは、俺の視界からどう上手く消えようかしか考えてなかったし」
「当たり前やん? ぐずぐずしてたら食事になってもうて、嫌でも食わなアカン状況になるからな・・・・せやけどトイレの換気口から逃げようなんて思ってへんで?」
「そうかよ。じゃあそろそろ言ってもらおうか・・・・昼に寄ったサービスエリアで服部に化けた、その理由を」











 射るような視線。
 新一は平次の顔した男の胸ぐらを掴むと、壁に押しつけた。




 ・・・逃げる様子は見られない。


 するとキッドは息を付き、座布団を指差した。
 











「まあ座らんか? 茶でも飲んで、話そうや」
「これ以上お前と遊んでる暇はねえ。メシまで時間もねえし、温泉だって入りたいしな」
「・・・・って事は本物君はもう、ホテルにいるんだ」
「昼にお前が化けた店員から渡された珈琲で少し眠ったみたいだけどな。すぐ気が付いたみたいで、携帯にメールが届いた。そのまま此処に向かったんだ」
「なるほど」
「どーせ睡眠薬も微量しか入れてなかったんだろ。服部の携帯もそのまま置いてたって事は、こうなるのも予測済みだな?」
「どうかな」
「・・・・・目的は何だ」
 











 平次の顔をしたまま、表情を凍らせる。
 声もそのままだったが、途中から関西弁じゃ無くなっていた。











 ・・・・遠くを見るように新一を見ている。




















「名探偵と話したかったんだ。もう一度、あの場所で」
「え?」
「何でだろうな。俺とお前は『怪盗』と『探偵』。真逆で絶対に交わらない、空と海の関係なのに―――――・・・・・・たまにこうやって話してみたくなるんだよ。でもさ、俺は正体を明かすわけにはいかないだろ? だから色々考えたんだけど」
「・・・・それで服部かよ」











 呟く名に、キッドは微笑った。











「空港の待ち合わせロビーで見かけた時は驚いたよ。俺はヤボ用で札幌まで行く所でさ・・・・・・その後も何かずっと飛行機ん中で落ちつかなくて、着いた途端に洞爺まで戻ってみたらいるじゃん? あとはお察しの通りインター売店の『早瀬ひろみちゃん』って売り子に変装して、西の探偵に睡眠薬を飲ませたあと彼に成り代わってロードスターの助手席に乗ったって訳」
「ヤボ用って・・・・・・白馬が東京に持ち帰ろうとしてる宝石の事か」
「ああ。ちょっと見て来ようと思ってな」











 見てくる? それだけ?
 新一は怪訝な顔をするが、キッドは薄く微笑うだけ。

 すると押さえていた筈の身体が目の前から消え、振り返ると窓際に白装束のキッドが現れていた。











「お喋りはこの辺でお終いだ。じゃあな、楽しかったぜ名探偵」
「おい、ちょっと待っ・・・・・」











 ウインクと同時に指を鳴らし、キッドは眩しい光に包まれる。
 部屋を満たす白い煙に新一は咳き込み、気が付くとその姿は消えていた。




















 ・・・・残されていたのは一枚の写真。




 白鳥大橋を背にしている、新一の写真だった。





























「あのヤロー・・・・・・」











 消え去った気配に大きく肩を落とし座り込む。
 そうして手元の写真に視線を移した。

 これは、地球岬に行った時の――――――――――・・・・・




















「・・・何で俺」






















 一緒にいる相手が『怪盗キッド』だと解っていたのに、こんな穏やかな顔をしているのだろうか。




















「もう一度話したかったのは、俺も一緒だったって事かよ・・・・・・」




















 認めざるを得ないこの感情。
 新一は、小さく微笑った。