S.N.A.H.[03]

「・・・工藤と白鳥大橋行くんは俺の筈やったのに」
「運が悪かったな。夜景、綺麗だったぜ?」
「それにあのべっぴんなねーちゃんがキッドやったんか・・・ショックや」
「そんなに可愛かったのか。ひろみちゃん」
「へ? 何で知ってんねん・・・その店員んコの名前」
「さあ?」











 キッドが消えた後すぐ新一は平次に電話した。
 ロビーの奥で寝ていたらしく、彼は寝ぼけた顔して部屋へ入って来た。

 そして二人は広い露天風呂でゆっくりと入浴。
 その後、部屋で食事をしながら今までの経緯を話しているのである。











 話題に上っているのは、平次がキッドと入れ替わってしまったサービスエリアで珈琲を売っていた女の子だ。
 名札に『早瀬ひろみ』と書いていたと、後でキッドが言っていたのを新一は思い出していた。











「工藤はいつ気ぃ付いたん? 隣の『俺』は『キッド』やて」
「サービスエリア過ぎてすぐかな」
「ほー」
「完璧な『服部平次』だったぜ? 俺以外になら、バレる事はなかっただろうな」











 蟹も魚も本当に美味しく、新一は酒も進み身体が火照ってきていた。
 風呂上がりで浴衣に着替えていた胸元を広げ、手のひらで風を送り込む。





















 ・・・・酔い始めた肌の赤さが平次の視線を捕らえた。





















「つう事は―――――・・・・キッドはキスのひとつもして来んかったんか」
「そ」
「調査不足やなー」
「お前の部屋か俺の家か、あとは完全に他の人間の気配がない所じゃないとヤバイ雰囲気にはならねえし。監視カメラでも仕込んでねえ限り、俺達の関係は解んねえよ」




















 新一は箸を置き、思ったよりキている足もとに気を付けながら平次の隣に移動する。
 そして自分に向く視線に微笑うと、ゆっくりその顎に手を掛け口唇を重ねた。












 ・・・・今朝家を出てきて以来のキス。




















「こーやって迫って来とったらホンマにさせてたんか?」
「ん?」
「そこまで調べられとったら・・・・・夜の埠頭とかで、その・・・・してきた筈やし」
「お前じゃないって解ってんのにさせるか」




















 角度を変えて繰り返す口付け。
 喉の渇きを潤すように、二人は暫く求め合う。











 しかし。
 平次の口唇が鎖骨に降りてきたのを合図に新一は『それ以上は後だ』と身体を押し、おでこをピシと叩いた。

 拍子抜けしたのは平次。




















「・・・・ココまで煽っといて何やねん」
「後でいくらでも天国行かせてやっから。冷めねえうちにメシ、食おうぜ」
「・・・・・・」
「ほら。酒」











 でもこの笑顔に勝てる訳もなく。
 平次は黙ってグラスを出し、とくとくと注がれる液体を受けた。




















ひとくぎり





















 工藤新一と服部平次。
 東西の名探偵は、いつからか肌を重ねる関係になった。











 初めは単なる好奇心。


 子供が出来る心配もないし、男同士の方が気持ち良いって説もある。




















 『なあ、試してみないか?』




















 ・・・・・・そう言ってきたのは新一だった。





























 身体の相性は最高だった。
 二人はそれから、機会がある毎に楽しんだ。

 住む所も通う大学も違う彼らは、それぞれが用事があって近くに来たときくらいに逢う頻度だったけれど。
 『恋愛感情』で成り立つ『恋人』という関係ではなく、あくまでも『探偵仲間』の『好奇心』だから――――――――――・・・・・・




















 ・・・本当に気楽に快楽だけを楽しんできた。




















 そう。
 ほんの、数週間前までは・・・・・・・・・




























ひとくぎり




















「お前・・・・・・限度ってもん、知りやがれ・・・っ・・・・・・これじゃ明日、歩けねえだろ・・・・・・」
「ええやん。運転すんの俺やし」




















 真夜中。
 窓から入ってくる月明かりが、二人を照らす。

 敷かれた布団の上で重なっている身体。
 何度目かの波を終えても平次は新一を離そうとしなかったが、訴えてくる上目遣いの視線にようやく腕の中の身体を解放した。

 



















 ・・・・・・新一は肩で息を繰り返す。




















「何言ってんだ―――――・・・見に、行くんだろうが」
「へ・・・?」
「白鳥大橋。それに崎守埠頭と・・・・・・そうそう、地球岬で丸い水平線眺めて、そこで・・・・・・」
「・・・工藤」
「幸福の鐘鳴らしながら、キスでもするか?」




















 地球岬。
 それは、もとにあった『ちきう灯台』と『地球が丸く見える岬』である事からそう呼ばれる様になった岬だ。

 ここにはカップルで鳴らすと幸せになれると言われている『幸福の鐘』がある。











 ・・・・・・好奇心から始まっただけの関係だった。
 好きとか、嫌いとか・・・そういう甘ったるい感情なんて、男同士の俺達にはなかった筈だった。











 でもお前とこうしている事が、今はたまらなく心地良い―――――――・・・・・・・・・




















 未だ落ち着かない呼吸。
 新一は、目の前の男を見上げた。

 確かめ合ったのは春の日。
 桜の樹の下で、思い詰めた表情の平次が新一をきつく抱きしめた夜。




















 ・・・・・・あの日から俺達は『恋愛感情』で成り立つ『恋人』になった。




















「ホンマか・・・?」
「俺は、お前と来たいから北海道に来た・・・・・・目的も果たさずに、帰れるか」




















 呆けた顔して平次が新一を見つめ返す。
 











 怪盗キッドは、完璧に『服部平次』を演じていた。
 見事なまでに性格も言葉も、仕草も笑い方も模写して。

 でも、ひとつだけ。
 『工藤新一』に対しての感情だけを、彼は表しきれてなかった。




















 ・・・・いや。



 もしかしたら、知っていてあえて避けたのかもしれない。





























 彼は、新一が気付いていたのを知っていた。
 新一も知っていてそれに付き合った。











 ―――――・・・・・・決して重なる事のない空と海を、地球岬から二人は眺めた。






























 広がる青空。

 煌めく、丸い水面。











 ・・・・・・間の『水平線』は、そのふたつを繋ぐもの。



 その役割を果たしたのは―――――・・・・・『服部平次』。




















 服部。

 ・・・お前は俺達の『水平線』なのかもな。




















「せやけど、どーせ『人目がなかったら』やろ?」
「当たり前だ」
「休みで人が多そうやし・・・・・・可能性ゼロに近いやん」
「・・・ま、そうだろうな」




















 眠いのか、ふわわと欠伸をする新一。
 そのまま目を閉じる。




















「工藤~」
「うるせえ・・・・・・俺はもう寝る。眠い」











 そう言うと新一はすぐに眠りに入ったようで、穏やかな吐息が聞こえてきた。
 やれやれと、平次は息を付く。




















「・・・しゃーないなあ。ま、ええか」











 彼への気持ちに気付いてから。
 こんな日が来るとは、思ってもいなかったから。

 もともと好奇心からではなく。
 『試してみないか?」と言われるその前から―――――・・・・・・





















 ・・・・・・服部平次は、工藤新一に惹かれていたのだから。





























ひとくぎり























「何でこーなんねん・・・・・・」
「まあ、予感はしてたけどな」











 次の日。
 チェックアウトを済ませた二人は、快晴の白鳥大橋を眺めに崎守埠頭へ行った後、地球岬に移動した。

 時は12時。
 絶好の水平線と、気持ちのいい風。











 ・・・更にそこには忙しなく行き来する警官達がいて、いつの間にやら彼らの前に集まってきていた。




















 どうにもこうにも。
 夕べ遅くに近くの海で遺体が上がったとの事で。

 でもそれが単に足を滑らせたのなら問題にはならないのだが、調べているうちに殺人事件の可能性が出て来てしまい―――――・・・そこにタイミング良くやって来たのが東と西の名探偵だったという訳である。











「工藤さんですか! いや、噂はかねがね」
「どうも」
「そしてあなたが服部さんですね。本当にお会いできて光栄です、それで・・・・・・こちらが被害者の握っていたものなんですが」
「ほー・・・どれどれ」











 全国の警察関係者に顔を知られている彼らは、ひとりの刑事に見つかると直ぐに現場の責任者に紹介されてしまう。
 
 まあ、難しい事件ではなさそうだ。
 既に『素モード』から『探偵モード』に切り替わっている彼らは、常備している手袋を取り出すと検証をし始めた。



















ひとくぎり




















「しっかしまー お前も変な奴だな。俺を疑ってるんじゃなかったっけ?」
「疑ってるんじゃなくて確信してるんだ。大体どこに行ってたんだ? 飛行機降りて『ちょっと寄る所あるから後でホテルでな』と言ったまま、結局帰って来たのは夜中だし」
「苫小牧に知り合いがいてさ~ 遊びに行ってたんだよ」
「・・・・まあいい。ビッグジュエルはここにあるし、後は君が『怪盗キッド』だという証拠を掴みさえすれば良いんだからね」











 札幌空港。その、ラウンジ。
 15時30分発の羽田行きの搭乗時間を待つ青年二人が、そこで向かい合わせに座っていた。











 物腰柔らかな雰囲気漂う方が白馬探。
 警視庁警視総監を父に持つ、工藤新一と並び称される若き探偵だ。

 対照的にクセの強い黒髪をした彼は、黒羽快斗。
 探と高校時代に知り合い、大学も同じ所に進んだので交友が続いているのだが・・・・・・











 ・・・互いに、本音は隠しつつの関係である。




















「『天空の涙〈ナチュラル・ドロップ〉』っつー 宝石だっけ?」
「そう。じゃあ預けておくよ」
「なる程? これで今から東京の美術館に着くまでに、もしも無くなっていたりしたら・・・俺が真っ先に疑われるって事か」
「ご名答」











 探は快斗に話を持ちかけた。
 このゴールデンウィーク。もし時間があれば、一緒に北海道に行かないかと。











 『怪盗キッド』イコール『黒羽快斗』。

 この公式に間違いないと探は確信している。
 けれども、肝心の証拠がない。




















 ・・・・・・だから、このビッグジュエルを快斗に預け反応を見ることにしたのだ。

 



















 口を開けず優雅に微笑む彼は、そう言うと席を立つ。
 快斗も腕時計を見て続いた。











「そろそろ時間か」
「先に出ていてくれ。機内で食べるもの、何か買って行くから」
「お前に任せてたら魚弁当食わされる。冗談じゃねえっつの、自分で食うモンは自分で選ぶよ」











 自分の代金分を握らせ、快斗はさっさと外へ出る。
 すると会計を終わらせた探が意地の悪い笑みを浮かべていた。











「北海道まで来てるのに、美味しい魚介類も食べられないなんて損な体質だな。克服しないと、色々と不便なんじゃないか?」
「・・・ご忠告ありがとよ。ったく、あいつと同じ台詞吐きやがって」
「あいつ?」
「なんでもねー。行こうぜ」











 快斗は宝石を受け取ると同時に確かめた。
 探が席を立ち、背を向けたその瞬間に窓からの光で。




















 結果は―――――・・・・・・




















「今日も天気が良いね。綺麗な水平線が見られそうだ」
「水平線か・・・・・・丸かったなあ、そういや」




















 快斗は思い出した。
 昨日の夜、あの工藤新一と見た水平線を。











 ・・・東京の様に明るくないから真っ暗で。


 でも溢れるほどの星の光と月明かりが、水面を照らしていた。





















 空と海を繋ぐのは水平線。

 空は海を碧く照らし、海は空の光を受けて煌めき・・・・・・

 



















 ・・・決して存在しない場所で出逢う。




















 怪盗と探偵。
 決して交わらない平行線。

 でも。




















 ・・・・・・いつか語り合える時が来るだろうか?

 あの、綺麗な名探偵と。




















 半日一緒にいられて楽しかったから。
 もっと話したいと、思ったから。




















 ・・・『黒羽快斗』として、いつか。




















「どうかしたのか」
「え? いや」











 飛行機の窓から快斗は海を見つめた。
 空と雲が、光と共に目に入り込んできた。











「そうだ黒羽君。今度時間があったら、紹介しておきたい人がいるんだが」
「なんだよ改まって・・・・まさか恋人?」
「そうだな。有る意味、君にとってはね」
「は? 俺?」











 冗談を言ったはずなのに、まともに返してくる探。
 快斗は拍子抜けの息を付くと視線を空に戻した。

 そして。











 ・・・・・・暖かな日差しの中、目を閉じ少し眠った。





























ひとくぎり

























 二人の名探偵のお陰で事件は難なく解決した。
 しかし余裕を見て出発した筈なのだが、高速が結構混んでいて函館空港に着いたのが最終便が出る30分前。

 弁当も食わずに乗り込んだから、羽田に着いた頃には空腹で倒れそうになっていた。











「もう一泊くらいしてきても良かったんちゃうか?」
「今日中に帰って来たかったんだよ」
「何でやねん」
「・・・明日、何の日だと思ってやがる」











 空港の駐車場に行く前に自販機で珈琲を買う新一。
 問われた言葉に、きょとんとする男を睨んだ。

 途端、『あ!!』と平次は叫ぶ。




















「そーや・・・工藤の誕生日・・・・・・」
「忘れてたのかよ? まあいっけど、じゃあ何してもらおっかな~ とりあえず鍵開けるから荷物持ってて?」











 買ったばかりのミニクーパーS。
 新一は平次に手荷物を預けると、ドアを開けた。

 ・・・乗り込んだ所で深く伸びをし息を付く。
 エンジンを掛け、缶珈琲のひとつを平次に渡した。











「おおきに」
「やっぱ自分の車が一番だな~ 落ち着く」
「買うてまだ一週間と経ってへんやろ。何ゆうとる」
「七日も乗りまくったんだから十分だ。この内装だって結構カスタマイズしたんだぜ? 最高だね」











 ハンドルやらギアやら撫でながら新一は微笑う。
 急に面白くない気分になった平次は、口を尖らせた。











「ほー。俺より落ち着くんか」
「は?」
「昨日はキッドに邪魔されるし、今日は事件に邪魔されるしで俺はちいとも最高やない。その上クルマにまで負けたんやから、サイアクや」

 










 そうなのだ。
 新一は思わぬ形でキッドと話したり、いつもと違う形で平次と過ごせたりで満足していた。

 しかし、平次は夜を新一と居られたくらいで目的である観光もまともにしてこれなかったのだ。



 ムクレるのも当然だろう。












「しょーがねえだろ」
「キッドの奴・・・会う時があったらまずぶっ飛ばしたる」
「何でそうなる」
「うっさい。俺に化けて工藤とデートするなんざ・・・・・・考えたらまたえらい腹立ってきたで」
「・・・はいはい」











 やれやれと微笑い、新一は辺りを見回す。
 どうやら帰りのラッシュは過ぎたようで、車に向かう人影も殆どいなくなっていた。












 ・・・缶珈琲をホルダーに置く。
 その空気に平次が気付き、新一に向いた。

 その瞬間。











「!」
「・・・・・・大サービス。あーあ、もしこの車に監視カメラ仕込まれてたら、マスコミのいいネタだな」




















 ・・・平次の口唇を新一のそれが掠め取った。



















ひとくぎり





















 東と西が運命なら、それは必然。




















 海のブルーが空のブルーを映しているように。

 水平線が、それらを繋げているように。





















 『探偵』と『怪盗』―――――・・・・・・





























 ・・・・・・それは永遠に続く必然の関係。





















Fin