White Lights 第1話

「おーい新一! もう帰り?」
「快斗」
「俺も今日はもう講義ねえから一緒に帰ろうぜ」
「えっと――――・・・」





 9月に入って10日目。
 冷夏だった筈の今年も、何故か今頃に30度を超す日が続いている。


 その暑さも何とか去った時間帯の3時過ぎ。
 黒羽快斗という青年が大きく手を振りながら、工藤新一の元へ走ってきた。



 ・・・しかし。どうしてか目を逸らす。




「え? 何か用事ある?」
「・・・・・・んーまあ、ちょっと」
「?」





 軽く息を付く新一。
 そして、目を見開き首をかしげる快斗。


 並んで歩きながら・・・新一はポンと手を叩いた。





「いっか。お前いてくれた方がいいや」
「はい? っつうか、何の事??」
「いけね、もう時間ねえや、走るぞ!」
「ちょ、ちょっと新一? 何なんだよ~!?」

 




 それは残暑の厳しい日。
 同じ大学に通う、新一と快斗の日常の出来事。

 けれども。





 ・・・・・・これから非日常な出来事が起こる事など、2人はこの時まだ知らなかった。








ひとくぎり







 高台にある一本の樹。
 街全体と、大学校舎が見渡せる場所。



・・・今日は本当に良く晴れていて、雲ひとつさえ無い。









「ごめん。待たせたかな」
「あ、ううん・・・ごめんね急に呼び出して」
「いいよ別に。それで話って?」
「・・・あ、あのね」







 その樹にひとりの人影があった。
 新一が不思議そうでもなく話し掛けるから、快斗は直ぐにその状況を悟る。





 待っていたのは女の子。あれは、学内でも人気の同じ学部のコだ。
 友達が結構噂しているのを聞いていたが―――――・・・まさか新一に惚れていたとは知らなかった。


 というか、こんな状況に自分がこの場に居ること自体が『違う』と思ったから、逃げようとした。
 だってそのコもちらちらとこっちを気にしているからだ。





 そりゃそうだろう。部外者の俺が居るべきではない。
 ・・・そう、快斗は思ったのだが。


 どうしてか新一は腕を掴んだまま離してくれない。






「し・・・新一?」
「ごめん。ちょっと急いでてさ・・・・あんまり時間ないんだ」
「そ・・・そうなんだ、あ、じゃあまた今度でいいよ? あたしの方は、急ぎじゃないし」
「本当に? こいつと約束あったのすっかり忘れてて―――――・・・ホント、悪いな。じゃまた明日」
「うん。じゃあね、工藤君」





 極上の微笑みと、極上の声で新一は彼女を見る。
 そしてふわりと身体を返すと、快斗の腕をそのまま引っ張り、一度も振り返る事無くその場を去っていった。







ひとくぎり







「ちょ、ちょっと新一!? 何今の?」
「いっやー マジで快斗いてくれて良かった。助かったぜ」
「つうか、アレって告ろうとしてたんじゃねえのかお前に??」
「・・・・だろうな」





 大学の方まで戻ってきた2人。
 日陰に入って一息付き、快斗は新一に早口で問い掛ける。


 その新一は自嘲気味に微笑った。





「新一?」
「別に、彼女が嫌いな訳じゃないんだ。かと言って好きな訳でもない。って言うかどうでもいい」
「・・・・相変わらずだな」
「まあ断るつもりだったけど―――――・・・告白されんのも面倒だし。お前ダシに使ってごめんな」
「俺は良いけど・・・・ちゃんと言わねえと、また同じ事の繰り返しだぜ?」
「そーだったな。ホント、女ってメンドー」







 そう言って校舎にもたれるのは工藤新一。
 東の名探偵と謳われ、高校生の頃からその頭脳を発揮してきた日本一有名な大学生。


 かたや黒羽快斗。
 大学に通いながらマジシャンの勉強を続けている―――――・・・という表向きの面があるが、実は世を騒がせている世紀の大怪盗。



 そんな2人はこの大学の一種の名物だった。







 ・・・・・・と言うのも、彼らは良く似ていて、更に類い希なる美形だったからである。







 だから呼び出されるのも告白されるのも日常茶飯事で。
 それが男女問わずと言うのだから、忙しい事この上ない。


 今日も講義中に隣の席だった彼女からメモを渡され、この状況に至っていた訳である。





「じゃあもう良いよな? 美味いケーキ屋見つけてさ、新一連れて行きたかったんだよね~」
「・・・ケーキ? この暑いのに良くそんなの食えるな」
「だーい丈夫だって店ん中は冷房効いてんだから!! 早くしないと3時のティータイムセット終わっちゃうって!」
「はいはい解った解った」





 快斗に背を押され、新一はまた熱い太陽の下へと送り出される。
 少し太陽に焼けた髪をかき上げると、相変わらずの空気の温さに再び息を付いた。


 と、その時。




 ・・・・・・快斗の携帯が鳴った。





ひとくぎり







「おー 服部~。随分久しぶりじゃん」
「服部?」
「今? え? そりゃガッコだけど・・・なにお前、東京に来てんの? マジ? 何で?」







 それは服部平次からの電話らしい。快斗が、疑問符ばかりを並べている。
 新一は少し不機嫌になった。


 ・・・何故なら。





「ああ、新一と一緒だけど・・・・・・これから?」
「・・・・・・」
「ちょっと待ってろ――――・・・あのさ新一、服部が家の使いか何かで東京に出てきてるらしーんだけど・・・今晩、一緒にメシ食わねえかって。いいよな?」
「俺は別に」
「もしもし? 新一も良いって・・・・・・じゃあさ」





 前に、宣戦布告されていたからだ。

 




 あれは今年の3月。
 春休みに大阪へ旅行した新一と快斗が、服部邸へ泊まった日の夜だった。







『工藤。お前・・・黒羽とえらい仲、ええんやな』
『ん? ああ』
『頭もキレるし、顔もええし・・・・・・誰か付き合うてる奴とか居んの?』
『いねえと思うけど。青子ちゃんっていう幼馴染みのコはいるけど・・・恋人って感じじゃないみたいだし』
『ほー・・・』





 新一が先に風呂に入り、次に快斗が入っていた。
 平次は酒を持って来ていて、2人は窓から見える桜を視界に一足先に乾杯をしていた。


 そして一合空けた頃に、そう平次は聞いてくる。
 ・・・新一は平次を睨んだ。







『何・・・まさかお前、快斗に興味あんの?』
『話も合うし、性格も最高や――――・・・めっちゃタイプやな』
『は? 服部ってそーゆー趣味の奴だったっけ?』
『あいつの性別が、たまたまオトコやっちゅーだけやろ。気にせえへん』





 そんなのは大した事じゃない。そう平次は言う。
 しかし新一はやっぱり驚いたので、目を見開いた。







『・・・そうなのか。じゃあ頑張れよ』
『気色悪い思うか?』
『別に。確かに驚いたけど―――――・・・快斗は見た通り誰からも好かれるからさ。お前以外のオトコにも、結構コクられてるし』
『そうなん?』
『快斗が良いなら、俺は構わない。あいつの笑顔がいつも見られるなら、それで』





 ・・・新一は夜桜に視線を移す。そうして、更に遠くを見つめた。
 平次はその横顔に呟く。







『なら・・・遠慮せんと行かしてもらうで?』
『俺に了解取らなくても勝手にしろよ。ただし、あいつもノーマルだから・・・かなり大変だと思うけどな』
『せやったら、これからライバルやな工藤』
『・・・何で?』
『黒羽ん事、お前好きやろ? ・・・見てりゃ解る』
『!』





 新一の表情が固まる。
 その僅かな表情の変化を、平次は見逃さない。



 ・・・ゆっくり2人は視線を合わせた。
 しかし、その時。





『あ~ サッパリした~ 服部フロさんきゅ~・・・って、あ! 何だよ2人で先に飲んでたのかよ??』
『!』
『お、おう。ほんなら今、お前の分のグラス持って来たるからな』





 ・・・快斗が部屋に戻って来た。






ひとくぎり







 ・・・平次に言われた通りだった。
 新一は、快斗が好きだった。





 大学に入った時に快斗から声を掛けられて、2人は知り合った。


 太陽の様な笑顔と屈託のない彼の性格に・・・
 最初は苦手だったけど、新一はすぐに打ち解けた。





 そしてある時・・・・・・ふとした事から、彼の生い立ちを知った。

 




 父親を、小さい時に亡くしている事。
 それが殺人であった疑いがある事。


 絶やすことのない笑顔の裏に、そんな事実があったことを新一は・・・・・・
 警視庁に応援要請を受けている時に、新聞記事で知ったのだ。


 『黒羽』という珍しい名字だから―――・・・やけに目に付いて。





 ・・・そして、彼のもうひとつの姿とその意味も。





 これが『そういう意味』での『好き』かなんて解らない。
 でも、この気持ちは事実として自分に在る。






 大事で、大切だから。誰よりも、本当に幸せになって欲しい。

 それが自分と居る事で叶うなら、どんなに嬉しいだろうと思っていた。

 だから新一は、快斗が良いならば平次と『付き合う』のも『有り』だと思っていた。

 しかし。

 




 ・・・・彼を平次に紹介してから半年あまりが過ぎ。
 まだその段階じゃ無いからと、快斗に告白をしていない平次だったが。


 『仲間』としてすっかり仲良くなったこの2人の会話を聞くたび・・・・



 新一は、平次の事が少しずつ苦手になって来ていた。 





ひとくぎり






「・・・どうした新一?」
「何が」
「すっげー不機嫌そう」
「んな事ねーよ」





 駅近くの居酒屋。そこへ3人は来ていた。
 平次がトイレに席を外した途端、快斗が小さく聞いてくる。


 4人席の奥の二つに快斗と服部。そうして、手前に新一が座っていた。





「服部とケンカでもしてんのか?」
「いや、何で?」
「・・・・何となく」





 快斗が困った顔をする。まったく、相変わらずの勘の良さというか・・・
 普通に接している様に見せても、いつもこうして見破られるのだ。


 新一はグラスに残っていた酒を飲み干した。




 ・・・そして快斗を上目遣いに見る。





「実はな。お前が服部と楽しそうにしてるから、ちょっと妬いてんだ」
「へ?」
「久しぶりに会うんだからしょーがねーけど・・・・ちょーっと寂しいかな」
「・・・新一」



 我ながら何を子供みたいな事を。そう思ったが、つい口から出てしまう。
 すると快斗はすっくと立ち上がり、新一の隣に席を移した。


 今度は快斗が上目遣いに見つめる。というか睨んだ。





「な、何だ?」
「俺・・・新一が嫌ならもう服部と喋らないよ」
「え!? いや、別にそこまで」
「ごめん。新一も服部と久しぶりに会えて嬉しいかなって思ったから――――・・・先走ったな、俺」
「そ、そーじゃなくて! いや、確かに会えて嬉しい事は嬉しいけど、その・・・なんつーか・・・・・・」
「ん? 何や・・・俺が居らん隙に席替えしたんか」



 丁度その時、平次が帰ってきた。
 そして新一の隣に快斗が居るのを見て、正面に座りそう呟く。





「悪いなー。俺、新一のそばが一番落ち着くんだ」
「かまへんけど、ジブンの皿と箸くらい持ってけや―――――・・・っと、工藤もうビン無いやんか。追加頼む?」
「あ・・・ああ」
「俺今度ジントニックにしよっと」





 ほいっと平次は備え付けの店員呼び出しボタンを押す。
 適当に飲み物とつまみの追加を頼むと、また暫く3人は雑談を続けた。






ひとくぎり







「お前らゼンッゼン平気な訳・・・?」
「おー まだまだイケるで」
「新一が弱すぎなんだよ。もっと鍛えなきゃな~」
「・・・・信じらんねえ」





 座っている間は良かった。自分は、まだまだ飲めると思ってた。
 しかし途中でトイレに立った瞬間、ぐらりと視界が揺れたから我に返った。



 ・・・新一はかなり酔いが回っていた。





 けれども他の2人は全く普通。
 結構飲んでいるはずなのにケロッとしているから、つい度を超えそうになったのだ。



 23時。
 夜はこれからという時間だが、新一がこんな状態だったから、平次と快斗は米花町の工藤邸までの道のりを彼を支えながら歩いていた。





「大丈夫か?」
「平気・・・だと思う・・・」
「珍しいよなあ・・・新一がこんなんなるの」
「お。着いたで、鍵寄こせや」





 門の前で平次は新一に手を出す。
 ごそごそとショルダーを探り、新一はそれを渡した。





 快斗は取りあえず新一をリビングのソファに寝かせる。
 そうして水を持ってきて、渡した。





「新一、水」
「サンキュ・・・」





 こくりと喉を動かす。
 どうやら吐き気などは無いらしく、快斗は胸をなで下ろした。

 次にキッチンで突っ立っている平次の所へ行く。





「おい服部」
「ん?」
「お前、今日ホテル取ってんのか」
「そら・・・チェックインも済ませとるけど」
「解った。じゃ、お前帰っていいぜ。気を付けてな」
「へ?」
「へ、じゃねえよ。朝の飛行機で帰んだろ? 後は俺が新一見るから」







 なるべく新一の頭に響かない様にと、快斗は小声で話す。
 平次は「そうやな」返すと、ソファの所まで静かに移動した。





 ・・・覗くと、新一と視線が合った。









「今日は悪かったな・・・こんなザマで悪い」
「気にすんなて。そーゆー工藤は見慣れとるし」
「そーだったな」
「・・・え?」





 その2人の会話に、快斗がつい声を出す。
 




「どうした・・・? 快斗」
「あ、いや」
「ほんなら帰るわ。黒羽、工藤またな」









 ひらひらと手のひらを振り平次は消えてゆく。
 視界からその背中が消えると、快斗はソファに寄った。


 それに気付き・・・新一が顔を上げる。





「・・・やっぱさ」
「ん?」
「付き合いの長さには―――・・・勝てねえのかな」
「快斗・・・?」
「でも、今そばにいるのは俺だ・・・・・・俺なんだ」







 最後の方は音になっていなかったから、新一には解らなかった。
 それに脳ははっきりしていても、顔の火照りが視界を不明瞭にしていたらしく・・・・・・





 ・・・新一は、快斗の思い詰めた表情が解らなかった。