White Lights 第11話

「何でって、だからさっき言っただろ」
「・・・せやかて黒羽とは連絡とってへんのやろ」





 平次が真面目な顔をして新一を見ていた。
 そのとき名を呼ばれ、快斗が振り向く。


 何個目かの桜餅を手に彼は言った。





「ああ、俺は普通に知ってるし。野球は」
「え? てコトは―――――・・・な、なら黒羽から教えてもろたらええやんか」
「おい服部・・・・新一に話し掛けるヤツ全員、気にくわないのは解るけど――――――――――・・・あっちは野球のプロだぜ? 何心配してんだ。稲尾一久まで、新一目当てだと思ってんのか」
「う」 




 『しらっ』とした視線を向ける快斗。
 図星な表情を隠しきれない平次は、言葉と一緒にお茶を飲み込む。


 ・・・それが面白いのか、からからと微笑った。





「まあ心配すんな。稲尾が新一に会う事になったら、俺が一緒に行ってやるからさ」
「え? どうして君が」
「ちゅうか会わんやろ。要らん仮定すな」
「―――――・・・・・・」
「どうした新一」
「ん? いや」





 新一の発言に平次が一喜一憂する理由は、その場にいた全員が知っている。
 しかし。


 ・・・意味ありげな表情をしたから快斗は聞いたのに、『何でもない』の一言。



 そう反応されると余計に知りたくなるのが世の常。
 快斗は立ち上がると、『新一ちょっと』とその腕を掴み、テーブルから離れた桜の下へ連れ去った。



 お茶の席から、十数メートル。
 不思議そうな表情で、平次と探がこちらを見ている。





「な、何だ? 快斗?」
「そりゃこっちが聞きたいよ。なに隠してんのさ」
「隠してる?」
「白馬みて何か言いたそうにしてただろ。あいつ、お前にも妙な事してんのか?」
「な、何だよ『も』って・・・」





 快斗の言葉に不思議を感じた新一。
 引き寄せ、聞き返す。





「・・・・だって、あいつ日本に戻ってきた時からしつけーからよ」
「しつこい?」





 桜。
 ほどよく、舞う花びら。


 絵的にも最高なそれだが、会話の内容は決して色っぽくはなかった。
 つい2人は振り返り、噂の探を見る。



 ・・・急に視線を受けて探は目を丸くしていた。





「ああ。怖えーのなんのって」
「・・・白馬がか?」
「新一が大阪に行くって言ってた日。あんとき俺、どこにいたと思う? その前の日、家の前にでっけークルマ停まったなーと思ったらさ・・・・・・突然あいつが部屋に上がり込んできやがって、有無を言わさずそのまま自家用ジェットで北海道だよ」
「え!?」
「―――――・・・んでヘリに乗り換えて、俺をどっかの湖の真ん中に落として行っちまいやがった・・・・・・」
「湖って・・・ああ、この時期は凍ってるから―――――・・・って、お前確か」







 思い出したのか、快斗は身体を震わせた。




 冬の北海道。
 ある場所は、湖全面が凍る。



 氷の上に、探は快斗を降ろした。
 ・・・その足にはスケート靴を履かせて。





「そう。あいつ、『キッド』が滑れないって知ってるからな・・・・・けど、俺も滑れないからって『キッド』だっつー証拠になんねえし、いいんだけど」
「で?」
「・・・しばらく動けないでいたら、嫌味ったらしく微笑いながら拾ってくれたさ。で、週末は北海道観光に連れ回されて・・・・・やっと東京に戻って来ても、やたらと周りウロチョロしてきやがる」
「なるほど。だからか」
「え?」
「いや・・・・白馬も面白いなあと思ってさ」

 




 快斗が最近、自分にベタベタとしてこなくなったのは――――――――・・・・やっぱり白馬の影響。
 そう新一は確信する。

 さっきの会話でも、服部に対する態度が変わっているのが解った。

 


 ・・・これからどうなるか解らないが。
 彼らは、良い関係へ向かっているようだ。





 悔しいけど。
 俺とは絶対に作れない『空気』みたいなのが、見える。



 新一は木々の間から見える光を感じた。
 暖かな日差し。




 ・・・俺にもいつか出来るのかな。そういう、なんて言うか・・・・・・





 と、その時。
 こっちの様子を気にしている平次に気付き、もうひとつの『隠しごと』を思いだした。







ひとくぎり







 あれは数日前の事。
 何度かメールでやりとりをしていた稲尾一久から、突然電話をもらった。

 ・・・確かに番号は教えていたが。
 小さな機械を通して伝わる声は、覚えのあるものとまるで違っていたから、最初わからなかった。





『夜分遅くに申し訳ありません。稲尾と申しますが、新一さんご在宅でしょうか』
「・・・え?」
『あ、あの、工藤さんのお宅じゃ・・・』
「そうですが・・・って、稲尾さん?」
『工藤君か? いややなも~ そう言うて出たやろ』





 工藤邸に置かれている電話は、番号が出るタイプではない。
 それに自分に連絡があるならば、たいてい携帯の方へ掛かってくる。


 確か彼にも教えていたはず・・・
 そう思ったから、素直に驚いた。





「す、すみません・・・標準語で知らない声だったので、つい」
『あー そやな。そーいや、工藤君も電話やと感じ違うなあ』
「そうですか?」
『ちゅうか、まだロクに話した事ないやろが・・・て言いたそうやけど』
「・・・っ」
『あ。笑ろた』





 特有の響きとツッコミに、新一は思わず息を漏らす。
 すると、受話器の向こうから安堵の息が漏れた。





「?」
『いや、その・・・メールやと、どーも堅苦しいっちゅーか・・・会話が弾まへんから、思い切って電話してみたんやけど・・・』
「す、すみません」
『へ? い、いや別に謝らんでも』





 しどろもどろな姿が目に浮かび、また新一は微笑う。
 それが相手にも伝わったのか、稲尾もつられて笑った。

 



『あ! せやせや、本題忘れるトコやった・・・今日、電話したんはな』
「はい」
『甲子園でナマの野球、見てみいひんか? と思て』
「え?」
『教えるんはやっぱ、本物見るんが一番やし。どや?』
「・・・・」







 甲子園。
 つまり、大阪。


 願ってもない申し入れだと思った。
 大学野球のホープ、稲尾一久のコメント付きで野球観戦だなんて・・・普通ありえない。





『工藤君?』
「行きます。是非、お願いします」
『よっしゃー。そう言うてくれると思ったで~ いつがええかな?』
「何とかします。稲尾さんの都合のいい日で」
『了解。ほな、また連絡するさかい・・・今度は携帯に掛けてもええ?』
「? はい――――・・・ってそう言えば、今日も別に携帯に掛けてくれて良かったのに。教えた人は全て登録してますから」
『せやけど了解とっとかんと・・・出てくれへんかったら、ヘコむやんか』
「・・・ぷ」





 新一は更に微笑う。
 やっぱり、楽しい人だなと思いながら受話器を置く。


 ・・・そうして。






 ―――――この事は服部に内緒にしとくかな・・・・・・







 そう思い、遅い食事の支度を始めた。







ひとくぎり







「工藤。晩飯どないする?」
「そーだなあ・・・白馬んちで結構食ったから、腹減ってねえし」




 18時。
 桜を愛でながら、新一と平次は桜餅に加え懐石料理まで頂いた。



 白馬お抱えの料理人が作ったものだというそれは、お世辞なしに本気で美味しくて。
 桜の宴を心ゆくまで楽しめたのが相当嬉しかったのか、新一は珍しく上機嫌だった。


 ・・・平次は目を細める。






「そやな」
「なあ。酒、買ってこう。庭で花見しようぜ」
「へ?」
「風も止んだし。ちょっとアルコール欲しくね?」
「・・・ココんとこ毎日飲んどるクセに、よお言うわ」




 そうなのだ。
 庭の桜が咲き始めてから、新一はここ毎晩、花見をしている。





 まったく。

 ほろ酔いの『工藤新一』を毎晩見せられる身にもなってみろっちゅーねん。
 襲って欲しいんか、コラ。



 ・・・そうぼやきたくもなる。
 しかし。





「服部」
「なんや」
「最近さ、快斗と――――・・・前ほど一緒の時間がなくてさ」
「?」
「だから・・・なんつーのか、この休みにお前が来てくれてて嬉しいから、つい」
「へ・・・」






 思ってもない言葉を新一が発したから、平次はつい阿呆な表情をした。



 休日にはたいてい快斗が遊びに来ていた。
 ・・・この家はひとりでいるには広すぎるのだ。



 日本にいることを選んだのは自分なのに。
 高校の頃から、何年も経験しているはずなのに。




 どうしてだろう。
 3月の終わり、初めての桜が咲いた樹をひとりで見ていたら―――――・・・





 とてつもなく、胸が締め付けられてしまった。







「おい。そーゆう意味じゃないからな・・・・顔赤くすんな」
「しゃーないやん。俺、工藤に惚れとるし」
「く・・・口に出すな! こんな道の真ん中で!!」






 新一はまだ気付いていない。
 快斗に対する感情と、平次に対するそれは同じ様で違う事に。




 ・・・知るのはもうちょっと後になる。









「よっしゃ。気分ええし、酒はおれが買うたる。とことん飲むで!」
「まあいいか・・・この調子だと稲尾さんの件はもう聞いてこねえだろ」
「工藤!? 何しとるん、いくで!」
「はいはい」





 気が付くと、さっさとコンビニに入っている平次。
 新一は『やれやれ』と息をつきつつも、全身で好意を表す平次に―――――――・・・



 最近は悪い気がしない所か、嬉しいとすら思っている自分を不思議に感じていた。