White Lights 第15話

「服部君、ずいぶん背が伸びたのねえ」
「・・・そ、そーですか?」
「お父さんに、だんだん似てきたんじゃないか」
「ええ!? ホンマですか?」





 警視庁からあまり離れていない、適当な店へ入った。


 薄暗い店内。
 静かな音楽に、珈琲の香りが漂っている。
 
 平次は2人をテーブル席の奥へすすめると、通路側の椅子へ腰をおろした。






 ・・・それにしても落ち着かない。
 それも、無理はない。


 平次は工藤夫妻と会うのは今まで数回しかなかった。





 恐ろしい存在感とオーラをまとった二人。
 そう、改めて感じる。
 





「どーしてそんなに緊張してるの? もっと、リラックスリラックス!」
「は、はあ」
「そう言われてもなあ。そりゃあ、突然こんな状況になったら誰でも困るんじゃないか?」
「どーして? 日本での新ちゃんの話聞きたいんだもん。あの子、なーんにも言ってくれないし」





 有希子は小さく息を付いた。
 どうやら、新一はこまめに両親に連絡を入れていないらしい。



 まあ、ひとり暮らしも長い彼だ。

 特に息子ともなれば、20歳も過ぎているのだし、滅多に電話もしないのだろう。

 未だ実家で暮らす平次だから、これは予測でしかないのだが。





「・・・俺も大阪やし、滅多に会わへんのですけど」
「うんうん」
「あの見た目であの性格やから、まあ色々問題も・・・」
「だろうなあ」
「せやけど。みんな、工藤んこと好きですよ」







 日差しのあまり入らない店内。
 セピア色の背景の中で、平次はゆっくりと言葉を出す。





 ・・・その遠くを見るような笑顔。

 優作と有希子は、顔を見合わせて同調するように微笑った。






「服部君。ありがとね」
「べ、別に礼を言われる事やないです」
「いや、君は新一が小さくなっていた時から世話になってる。本当に、改めて有り難う」
「あいつから教わることも多かったですし、お互い様です」







 平次は思い出す。
 初めて、新一に逢った時のことを。


 そして。




 この――――――――――・・・感情に気付いた日のことを。







 眠れぬ夜が何日も続いた。
 想いを打ち消そうと、稽古に没頭して倒るまで竹刀を降り続けた。



 ・・・しかし気持ちは募るばかり。





 諦めようと必死だった。
 
 どう考えても叶うわけがないのだ。この想いは。
 なのに、惚れてしまったのだ。







 元の姿に戻った新一は、しばらく『コナン』の頃のクセが抜けなかった。


 大人に対して振りまく笑顔や仕草。
 『新一』に戻ってからもつい、無邪気な笑顔や高めのトーンで喋ってしまうことが多々。







 それは――――――――――・・・・・平次の前でも同様に。









 その時の衝撃。

 それが、始まり。









「・・・ん? 新一だ。終わったみたいだな」
「あら早かったわね」
「それじゃ、俺は失礼します」
「服部君? 新一に会わないの?」





 そして少しの間。
 他愛のない会話を楽しんだ頃、優作の携帯にメールが入った。新一だ。


 しかし平次が急に席を立つ。
 当然、このまま合流して四人で・・・と考えていたから有希子が驚いた。





「すんません。こん後、ちょお約束しとるんです」
「そうなの・・・・それなら引き止められないわね」
「今日は無理にすまなかったね。ありがとう」
「いえ。失礼します」





 そうして平次は店を後にした。




 ・・・外はまだ、日差しが照りつけている。

 目を細め、サングラスを取り出すと駅へと歩き出した。









ひとくぎり








「あれ」
「おう。早かったな」
「ふたり?」
「服部君ねえ、用事があるって帰っちゃったの」
「・・・そうなんだ」





 連絡のあった店に新一は入ってきた。
 見渡し手を振る母親を見つけものの・・・そこに平次の姿はなかった。





「で、いつまで日本にいるのさ」
「土曜にね、映画の製作発表記者会見があるのよ。それに、原作者の優作も呼ばれちゃってね~。あたしも来ちゃった♪」
「ふーん。じゃ、来週まではいるってことか」





 店員が注文を取りに来た。
 ブレンドを頼み、ふぅと新一は息を付く。



 ・・・有希子が小さく微笑った。
 




「新ちゃん嬉しい?」
「は?」
「俺たち、その会見以外は特に用事もないしな。家族でどこか出かけるか」
「ちょ、ちょっと何言って・・・」
「3人でどこか行くのって何年ぶりかしら? 楽しみね~♪」



 突然の訪問に、突然の提案。
 そしてそれが決定事項なのは、いつものことだった。








ひとくぎり









「生活感ないな、この家」
「俺1人しかいないし。掃除も、滅多に出来ねえもん」
「そうよねえ・・・」





 食事も終え、夜に工藤邸へ戻ってきた3人。
 玄関の鍵を開けた途端に入り込んできた空気に、優作が言葉を漏らす。

 仕方あるまい。
 日中家に誰も、いないのだから。





「父さんたちの部屋は、こまめに布団も干してるし空気も入れ換えてるから、大丈夫だと思うけど」
「ホント? 新ちゃんエライ!」
「・・・誰かさんが、たまにひょっこり帰ってくるからな」
「し、新一!」
「あら優作・・・締め切り近づくと、不意にいなくなってたけど・・・ココに来てたワケ?」





 思わぬ新一の暴露に、有希子の表情が変わる。
 それから逃れるように優作は、さっさと中へ入ってしまった。





「んもう、信じらんない! 新ちゃんも、そういう時は教えてくれればいいのに!」
「って言ってるけど、どーせ知ってたんだろ」
「あらやだ。何のこと?」





 解らないワケがないだろう。
 十何年も一緒にいれば、行動パターンは決まってくる。


 ・・・知ってて言わないのもワザのうち。
 こういう手法は、この母親から受け継いでいたりするのだ。





「着替えてくる。冷蔵庫に、適当に飲み物は入ってるから」
「それじゃアイスコーヒーでも入れるわね」





 そう言い終えた時、ポケットに入れていた携帯が震えた。メールだ。
 階段を上りつつ、取り出し確認する。



 ・・・稲尾一久からだった。







 久しぶり。元気しとる?

 実は明日、東京行くねん。
 時間あったら会わへん?








 本当に久しぶりだ。
 新一は、その文面をしばらく見つめる。


 彼からは、あれから何度も連絡をもらっていた。
 しかし・・・



 大阪弁。

 その音のない文字という媒体は、残酷なほど誰かを思い出す。







「・・・好きだの嫌いだのって、ホント面倒くせえな」
「新ちゃーん!? 降りてこないのー?」
「今行くってば!」







 リビングから叫ぶ母親。
 新一はそれに応えると、『わかりました。じゃあ時間、連絡下さい』とだけの短いメールを返す。



 その後すぐベッドに放り投げ、下へと降りていった。






ひとくぎり







「元気そうで良かったわ。あれから連絡くれへんから、心配してた」
「・・・すみません」
「まあええ。実はな、あいつが君に会わせろってウルサイんや」
「え?」
「あ、きたきた」





 米花駅前のスターバックス。
 稲尾が指定してきたこの場所に、新一は昼過ぎに到着した。


 彼はすでに待っていて。
 ガラスに面した席から、手を振っていた。




 そうして、ラテにエスプレッソショットを追加したものを飲み終える頃。
 稲尾は満面の笑みを浮かべた。




 ・・・振り返った先に現れたのは。







「な・・・がしまさん?」
「ホントに工藤君? うわ一久、お前マジで連絡とってたんだ」
「せやから言うたやろ。ようやく信じたか」
「あ。ごめん挨拶もしないで、こんにちは工藤君」
「あ、いえ、こちらこそ、こんにちは」





 長島茂雄。
 あの冬の日に初めて会ってから、半年ぶりの対面だった。