White Lights 第16話

「ごめんね。迷惑じゃなかった?」
「あ、いえ」
「俺たちのオフが合うのって、今日くらいしかなくてさ」
「どうかしたんですか?」
「うん、まあ・・・工藤君に聞くのもどうかと思ったんだけど」





 正面の椅子に腰掛けると、長島は気恥ずかしそうに微笑う。
 『俺、何か飲みもん買うてくるわ』と稲尾は席を立った。





「・・・長島さん?」
「あ・・・当たり障りなく、断る言い方とか・・・知らない、かな」
「は?」
「いやその・・・そうだ、電話番号・・・教えてもらってもかまわないかな? 出来れば、夜にでもゆっくり話したいんだけど」
「あ、ハイ」
「ごめんね。一久に聞かれたくないんだ」






 新一は目を見開いた。
 そして、レジで会計を済ませ、頼んだ飲み物を待っている稲尾一久に視線を向ける。


 相変わらずの背の高さ。
 そしてその野球人とは思えぬ容姿に、誰もが見とれていた。





 ふと。視線が合う。
 彼は、ひらひらと手を振り微笑った。


 ・・・そうして次に長島に目を向ける。
 すると、ぶんぶんと首を振った。





「まさか・・・」
「ち、違うってば! 断るとか言うのは、一久じゃないからね?」





 新一が何を言おうとしているのか即座に理解したらしく、彼は真っ赤になって反論した。
 確かにこの流れでは、そう思われても仕方がない。





「そ、そうですよね。すみません」
「じゃあ今のうちに・・・工藤君の携帯、赤外線通信出来る?」
「はい。出来ます」
「それじゃ俺が先に送るから」





 稲尾が戻ってきた。
 携帯を突き合わせている二人に、ニヤリと微笑う。





「良かったなあシゲ。工藤君に、教えてもろたんか」
「ああ。ドキドキしちゃったな」
「は?」
「俺と一度しか会ったことないだろ? だから、断られるかもって思ってた」





 結構親しくなったとしても。
 アドレスや電話番号を、新一から聞くことは滅多にない。


 それに何度も嫌な目に遭ってきたのだ。
 登録していない番号には、今では出ることはないけれど・・・





「回数は問題じゃないです。ただ、むやみに教えないだけで」
「・・・そっか。俺ら、立場似てるしね。一久もだけど」
「せやな。畑は違ても『有名人』やもんなあ、俺ら」
「・・・え」
「大学に入って、3回は携帯変えたかな。一久は5回だっけ?」
「ああ。ホンマ勘弁してほしいわ・・・ネットで流された時は、一日中鳴りっぱなしでつい、壊してもうたし」




 大きく息を吐き、稲尾はカップに口を付けた。
 




 有名税と言えばそれまでだけど。
 昔と違い、今はネットで情報が即座に拡散される時代だ。


 誰がいつどこにいたとか。
 有名人の目撃情報は、計り知れないほど早くバレる。

 

 だから彼らは、地元でゆっくり珈琲が飲める時間というのは殆どない。







 ・・・だからこそ今日のこの時間を楽しみにしてきた。


 数少ないオフの日。
 そして、あの『工藤新一』とゆっくり会えるという日を。



 もしかしたら――――・・・このスタバも、もう見つかってるだろうけど。
 その時は、その時だ。

 




「そう言えばさ。この前、へーちゃんに電話したら繋がらなくてさ。んで、家に電話してみたんだけど・・・・・また携帯買い換えたって言ってた。データカードもろとも、壊しちゃったって」
「またかいな・・・あいつ、先月も変えた言うてたのに」
「・・・?」
「ああスマンな工藤君。平次のことや」
「!」
「今度は壁にぶつけちゃったって・・・なんか、精神的に参ってるみたいだったな」






 その時、新一の表情が止まる。
 
 『へーちゃんに電話したら・・・』
 それは、彼の口から出た平次の呼び名。

 




 ・・・どうしてかは解らない。




 けれども、稲尾だけではなく・・・
 この長島とも親交が深いことを、新一はこのとき初めて知らされたのだった。








ひとくぎり







「はー・・・」





 それから他愛のない話をして、夕方に新一は家へ戻ってきた。


 相変わらずのオーラを放つ二人。
 長島からは今夜、連絡が入ることになっている。





「何だろ・・・話って」





 ごろりとベッドに転がり、天井を睨む。


 ・・・しかし気になっていたのは『へーちゃん』という呼び名。
 頭の隅で妙に引っかかりながら、新一はそのまま眠りに落ちてしまう・・・・






「・・・ん」
「新ちゃーん!?」





 遠くのほうで声がした。
 新一は、寝ぼけ眼で起き上がると部屋の扉を開ける。
 
 母親の声だ。
 目をこすりながら、ひょっこり階段へ姿を出した。





「母さん・・・なに」
「あら寝てたの。お客様よ」
「客・・・?」
「服部君、上がっちゃっていいわよ。スリッパここにあるから♪」
「え?」
「・・・お邪魔します」





 新一は一気に目が覚める。
 階下に見える顔が、母親が言った通りに平次だったからだ。


 ・・・・・つい昨日、素っ気ない対応をしていた彼。

 肝心の表情は、ここからでは暗くてよく見えない。





「いま冷たい飲み物、持っていくわね」
「あ、スンマセン」





 有希子がその場からいなくなると、平次の視線がゆっくりと移動した。
 階上の新一を、見上げる。




「久しぶりやな」
「昨日、会ったけど」
「・・・そやった」





 自嘲的な笑みを漏らし、平次は近づいてくる。
 新一は背を向け部屋へ戻った。


 扉は開けたままの状態。
 平次は部屋の前まで来ると、深呼吸する。



 ・・・なかなか気配が来ない。

 だから、新一が振り向いた。





「何してる」
「・・・入ってええんか」
「家まで来といて何だ。母さんが怪しむだろうが」




 何だろう。
 この、服部の行動は。

 部屋に足を踏み入れながらも、どこか緊張している態度に新一は驚く。


 昨日の威圧的な視線は、気のせいだったのだろうか。
 もう、自分に興味がなくなった訳ではないのか――――――――――・・・・?


 そう新一が思っていると、平次がすっとメモを出してきた。



「・・・これ。新しい番号と、アドレスや」
「え?」
「あのあと携帯ぶっ壊してもうてな。メモリも何も、パアなって・・・バックアップもしとらんかったし、和葉に聞けばええことなのに・・・・何やもう、頭真っ白になってもうて――――――――――・・・・タイミング逃しとったら、とうとう夏になってもうた」
「あ・・・・そりゃ、大変だったな」



 伏せられた瞳。差し出されたメモ。
 薄暗い部屋の中で、声だけが淡々と響く。



 ・・・・連絡が来なくなったのは、そういうことだったのか。

 俺を好きでいることを、やめた訳じゃなかったんだ――――――――――・・・・・・




「あらやだ。何でこんな暗くしてるの?」
「・・・母さん」
「服部君、アイスコーヒーで良かった?」
「ええです。おおきに」
「そうだ。今夜は泊まって行ってちょうだいね? あたしと優作これから出かけるから、新ちゃんひとりになっちゃうのよ」
「ちょ、ちょっと母さん?」




 部屋の暗さに、有希子は入り口のスイッチを入れ中へ入った。


 盆の上に乗せられた二つのグラス。
 彼女はそのまま絨毯の上に置くと、さらりと平次に提案する。




「・・・出かけはるんですか?」
「そうなの。泊まりになっちゃうから、新ちゃんつまらないと思うのよ」
「何年もひとりで暮らしてんのに、今更つまんないも何も・・・それにこいつにだって都合ってもんが」
「ないです。ホテルも、どないしよ思てたんで、助かります」
「!?」
「あらそう? 良かったわね新ちゃん♪」




 そして有希子は部屋を出る。
 足音が階段を降りきるのを確認すると、新一はゆっくり口を開いた。





「・・・服部」
「心配せんでもええ。ココに泊まるつもりはあらへん」
「え?」
「お前があの夜から俺を避けとるのは解っとる――――――――――・・・・・昨日は突然おるし、親父さん達も一緒やったから、つい、あないな態度とってしもた。スマン」
「・・・・」




 有希子が去り平次はその場へ座る。
 体勢を崩しあぐらをかくと、冷たいグラスを取った。





 カラン、と心地良い音。


 ・・・・氷を見つめながら静かに、そのあと平次は新一へと向き、言葉を出す。






「せやけど嬉しかったわ――――――――・・・まさか、あそこで会えると思てへんかったからな」
「!」






 カラン。


 ・・・・その時の衝撃をどう言ったらいいのだろう。



 氷が溶ける音と同時に・・・心の中の『何か』も、解けていったような、そんな・・・・・・
 そんな感覚が、新一を襲った。