White Lights 第19話


「工藤! 起きとるか?」




 階段の下。
 2階の新一に向かって呼びかけるが、応答がない。

 寝てもうたんかなと思いつつ、平次は粥を盆に乗せて部屋へ向かった。




「ん?」



 扉の前に、白い紙切れが落ちている。
 重たい盆に気を付けつつ拾うと、それは先ほど新一に渡したはずのメモだった。





「・・・」




 複雑な心境。
 これは、どう捉えれば良いのだろう?




 ・・・もう、要らへんちゅう意味か?



 大きく息を付く。
 平次は取りあえずそれをポケットにしまい、扉をノックした。






ひとくぎり







「服部」
「・・・何しとん」
「いや、ちょっと・・・探しもん」
「アタマ痛い奴がアホか。んなモン、治ったらなんぼでも探せや」




 寝ていると思っていた新一。
 しかし、予想と反して歩き回っていたから平次は声を低くする。

 更に今見つけたメモ紙。
 そのせいもあって、少し苛立っていた。



「それは、そうなんだけど」
「座り。食うて、薬飲んで寝えや」
「・・・何怒ってんだよ」
「別に怒ってへん。呆れとるだけや」
「――――――――――・・・ごめん」




 素直に謝る新一。

 やはり本調子ではないのだろう。
 だから途端に平次も焦り、慌てた。




「い、いやその、俺もスマン」
「え?」
「アホは俺や・・・病人相手に、キレてどないするん」




 きょとんとする新一。
 度々襲われる頭痛に顔をしかめながら、大人しくその場に座った。


 ・・・突如目の前に現れる後頭部。

 何故か、平次は手を伸ばしたくなる衝動に駆られる。




「?」
「何もない。ホレ」
「・・・へえ。うまそう」
「俺が作ったんやからウマいに決まっとる」
「そうだったな」





 自分も座る平次。
 次に新一はそう呟くと、小さく『いただきます』と手を合わせる。

 ・・・その一連の行動がいちいちツボに入ってしまうのは、何故だろう?
 だから。




「食べ終わる頃に来るさかい、置いといてくれや。俺ちょお洗いもんしてくる」





 ・・・そう言い新一の視界から消えた。








ひとくぎり









 何やアイツ。
 なんじゃ、あの可愛さ。



 ・・・ちゅうか。
 今までも結構、あんな工藤は見てきとるハズやのに。

 せやのに。




 ・・・今夜の工藤は、今までと比べモンにならん。
 






 ヤバい。



 このまま居ったら、俺がヤバい・・・・・・







「・・・来るんやなかったかなあ」





 階段を下りつつ呟く。
 心底、この家に引き返して来たのを後悔する。



 まさかこないに抑制きかんくなっとるとは・・・
 それもこれも、工藤があないに無防備な顔するから。

 ・・・せやけど。






「まあしゃあないか・・・今夜来とらんかったら、明日もっと後悔したやろし」




 好きで好きで仕方ない。
 何をされても、言われてもこの気持ちは消えはしない。


 ・・・例え、渡したメモを捨てられたとしても。




「俺が工藤を好きなんは、変わらん」





 それだけは揺るぎ様のない事実。
 だから平次は、気を取り直して深呼吸した。






ひとくぎり







「・・・全部食っちまった」




 一人用の小鍋だったとは言え。
 完食してしまった事に、新一は自分で驚く。

 明らかにインスタントではない粥。
 本当に手先が器用なんだなと感心する。




「こーゆう時・・・誰かがいてくれるってのは、良いもんだな」




 何年も一人で暮らしてきて。
 大抵の事は自分で出来るとは言え、やはり誰かが居る居ないのでは気の持ちようが違う。

 只でさえ広すぎる家。
 いくら夏で夜になって暑さが変わらなくとも、暗闇の持つ何とも言えない寂しさは独特なものがあった。





「・・・・・・」




 それに今日は何もかもが突然。
 両親が日本に現れたのも、彼が現れたのも。

 偶然なんだろうけれど・・・
 今この時、平次とひとつ屋根の下だった。






ひとくぎり








 平次はキッチンで洗い物を済ませると、戸棚の中から薬を取りだした。
 ここはいつも変わらない、工藤家薬箱の定位置。




「ん?」



 その時、二階から大きな音がした。
 方向から見て新一の部屋。




「・・・まーた何しとんねんアイツ」




 さっきも探しものをしている様だったから、その続きかもしれない。
 明日にでも具合が治ったらすれば良いのにと、平次は軽く息を付きつつ上へ向かった。







ひとくぎり









「おえ工藤! お前、なんぼ言うたら解んねん!」
「っつー・・・」
「探しもんは明日ゆっくり・・・て、あれ」
「悪い。鍋、返しに行こうと持ち上げたら手から滑って、落ちちまって・・・」




 勢いよく部屋の扉を開けた平次。
 しかし、目の前に現れたのはしゃがんで足の指を押さえる新一だった。

 どうやら・・・落とした鍋の下に自分の足があったらしい。
 叫びはしないものの、相当痛いらしことが表情から解った。




「だ、大丈夫なん??」
「一回落とした時に、つい反射的に鍋、蹴って壁にぶつけた・・・デカイ音しただろ、驚かしたな」
「・・・サッカーボールやないっちゅーねん」
「はは。つい、な」



 また、平次は『ヤバイ』と思った。


 この無防備な姿を見慣れてない訳ではない。
 自分含め限られた人間に、見せているのも知っている。

 ・・・けれども『違う』のだ。
 昨日まで知っていた『工藤新一』と、明らかに。




 何でやろ・・・


 そう考えながら、平次は蹴られてひっくり返っていた鍋を持ち上げた。
 綺麗に食べていたらしく、運が良いことにご飯粒などが散らかってはいない。




「・・・」
「? どうした」
「いや・・・ 鍋、持ってくで」
「あ、ありがとな。美味しかった」
「そら良かった」
「そ・・・それでさ、服部」
「ん?」




 その時、新一が顔を上げた。
 言いにくそうに『その、だな』と目を逸らしながらも、小さく言葉を出す。





「・・・頼みがあるんだけど」
「頼み・・・?」
「携帯、貸してくれ・・・ねえか」
「は? 何でやねん」
「あ、いやその、貸してって言うか・・・その、赤外線通信・・・ての?」
「赤外線? んなもん、どないするん」




 その新一らしからぬ物言いに、平次の顔も曇る。
 しかも『携帯を貸せ』だなんて――――――――――・・・プライバシーには人一倍、敏感なはずの彼らしくない。

 ・・・平次は目の前の顔を凝視した。
 その表情に新一は観念し、素直に打ち明ける。




「・・・悪い。正直に言うとだな・・・お前にもらった番号のメモ、どこかにやっちまったみたいで・・・」
「メモ?」
「いくら探しても見つからねえし。もう一回、書いてくれってのも手間だし・・・なら、携帯同士、赤外線で交換しちまえば楽かと思って」
「・・・」
「ホント悪い――――――――・・・つうか、何で俺こんな遠回しに言ってんだろうな」




 新一にしても自分で自分が信じられない。
 こんな回りくどい物言いは、今の今までしたことがないのだ。

 ・・・それに。
 一瞬にして冷たさを備えるこの目線は、一昨日・・・自分に向けられたものと同じだったから。


 新一は、平次に強気になることが出来なかった。






「何や・・・捨てたんやなかったんや」
「え?」




 その時。
 平次が、呟く。


 ・・・そしてポケットから何か取り出した。





「部屋ん前に・・・落ちとった」
「え!?」
「これ、探しとったんか」




 見せられたのはメモ。
 さっきまで賢明に探していた、平次の新しい番号とアドレスが書かれたメモだった。





ひとくぎり






「・・・行ったぞ」
「お。受信完了っと・・・ホンマ便利になったもんやなあ~ メモで手渡しなんて、もうアナログか」
「・・・」
「工藤?」
「どうして、お前は」
「ん?」
「そんなに――――――――――・・・」




 メモ事件も自分の勘違いと解り、平次の機嫌も直ったらしい。

 ついさっきまでの仏頂面はどこへやら。
 嬉しそうな目の前の彼に、新一は言いかけた言葉を飲み込んだ。





「何や」
「いや、いい」
「・・・?」




 どうしてこいつは、こんなに正直な表情が出せるんだろう。

 ・・・俺にはできない。
 新一は、目を伏せた。



「・・・そういや、訳わかんねえメールとか多いって?」
「あー・・・ すぐ番号もアドレスもバレるんや。何でやろ・・・ま、もちろん知らん相手は出んようにしとるけど」
「そうしとけ」





 顔を上げる新一。


 平次の至近距離に突如、現れたそれは・・・
 今日初めて見る、新一の笑顔だった。