White Lights 第2話

「あ。新一、携帯買い換えたんだ」
「充電とうとうヤバくなってさ。さっき、買ってきた」
「・・・つうか番号変えたかったんだろ。知られちゃったもんな」
「まあ、それもある」





 12月。

 あの泥酔の夜から、もう数ヶ月が経った。

 あれから平次は東京に来ていない。

 新一もたまにメールのやり取りをするものの、気になっていた快斗との事は聞けずじまいで。





 ・・・かと言って快斗に平次との事を聞くわけにも行かず、今日まで来てしまった。







「例の彼女だろ? ちゃんと断ったんじゃなかったっけ」
「断った」
「なのに何で?」
「・・・俺が誰とも付き合ってないから、まだチャンスあると思ってるらしくてさ」





 夕暮れの光が窓から差し込んでいる。
 今日は天気も良くて、さっきまで上着が要らない程の陽気だった。
 
 本当に、今年は暖冬だ。
 ここは、大学から少し歩いた路地裏の喫茶店。





「モテる男はつらいねえ」
「どっから漏れたんだ――――・・・携帯番号もメールアドレスも、限られた人間にしか教えてねえのに」
「大学の誰かに知れたら直ぐ広まっちまうもんだって。新一の番号知りたい奴なんて、男も女も山ほどいるしな」
「・・・男は余計だ」
「俺には教えろよ~ 新しい番号」
「ほら。勝手に見ろ」





 数週間前。
 新一の携帯番号やアドレスが何故か大学内に流出する事件が起こった。

 いつ何処で漏れたのか解らない。
 ある日突然に登録していない番号からの呼び出しが多くなり、訳の解らないメールが何十通と届き始めた。



 電話は出なければ良い話だし、アドレスも変えれば済む話だった。
 でも、それが1週間を過ぎたあたりで新一もいい加減キレてしまった。



 ・・・だから新規に買い換えたのだ。





「新一」
「ん?」
「なら、誰かと付き合っちゃえばいいんだよ」
「・・・へ」







 その時。快斗が静かにそう言う。
 手元の携帯をくるくると回しながら、新一は目を見開いた。
 




「誰だったっけ・・・ほら、幼馴染みちゃん、いるだろ」
「あいつは今寮生活で東京に居ないし・・・それに」
「じゃ、俺らがデキちまう?」
「・・・は?」





 更に新一は目を見開く。
 カップにかけた手を止め、快斗を見た。


 ・・・その彼はニヤリと微笑い、続ける。





「新一は知らねえだろ~ なあ・・・・一部でさ、『黒羽クンと工藤クンはアヤシ~イ』って噂あるんだぜ? お互い特定のカノジョも居なくて、いつもつるんでるから・・・ソウイウ関係だって」
「な・・・っ」
「だったらそれ利用しない手はないじゃん。思わせておけば、暫く静かだぜきっと」
「・・・そ・・・それでお前はいいのか? ・・・んな風に周りから思われて」
「俺?」





  2人以外には聞こえない声で。
  快斗は、ゆっくりと新一の瞳を見た。





「平気だよ―――・・・新一となら、全然構わない」
「・・・快斗」
「だから暫くアヤシイフリしよ? 大学の中でだけで良いんだからさ。俺らがいちゃいちゃしてるトコでも見せときゃ、勝手に勘違いしてくれるよ」
「そんな・・・もんか?」
「うん。そんなもん」





 眩しいくらいに快斗は笑顔だった。
 更に木漏れ日が珈琲カップに反射して、新一は一瞬目を細める。

 




 ・・・嬉しかった。

 好きな相手と、『フリ』だとしても『付き合う』事になったから。




 素直に表情に出せないけど、かなり胸が高鳴っていた。







 けれども新一は考える。
 服部に・・・なんて言えばいいのだろう?



 そうして言えないまま数日が過ぎ、クリスマス前夜に平次が2人の目の前に現れた時。
 それは、快斗の口から彼に告げられた。






ひとくぎり








「あれ・・・黒羽やんか」
「へ?」
「偶然やなー。こんなトコで何しとるん?」
「は、服部!? お前なんで東京にいるんだ??」
「オヤジに用事押しつけられて警視庁に行った帰りや。どーせ泊まりやしついでやから、ヒルズでも見とこかと思て歩いてたらお前が居ったんや」





 12月24日。

 世の恋人達の一大イベントである、この日。

 快斗は六本木ヒルズアリーナ付近で、平次とばったり会った。

 


 なんで今日?
 よりにもよって今日の、この時に・・・・・・?



 快斗は嫌な予感がした。







「そりゃ大変だな。俺はこのイルミネーションを見に来たんだ・・・明日までだからさ」
「俺も暫く見惚れてたトコや。カメラでも持ってくれば良かったわ」
「・・・じゃ、俺そろそろ」
「お前ひとりで来たんか? それやったら、ちょおメシでも付きおうて・・・・・・」
「快斗、悪い待たせた・・・ったく、何処にトイレあんのか結構探しちまったぜ・・・って・・・・・・は、服部?」
「工藤・・・も一緒やったんか」
「・・・間に合わなかった」







 そしてそれは的中する。
 そう。快斗は新一と一緒に来ていたのだ。


 だから、新一が居ない内に平次をまいておきたかった。
 最後の言葉は勿論2人には聞こえない声で、自分自身に呟く。
 
 


 ・・・快斗は知っている。
 





 平次は、今年の春に知り合ってから自分にまとわりつく様になった。
 それは表向き『この自分に興味がある』風に見える。




 でも違う。

 平次の本当の目的は、新一。

 この隣に居る、快斗が大切で大好きな東の名探偵だ。







 仮にも自分は変装の名人。
 他人のクセを学び取る事は、その人自身の本音までもが見えてしまう。


 だから。



 ・・・新一の気を惹きたくて、ワザと『工藤新一が大事に思っている人間』に興味が有る様に見せている事が解ってしまった。









 でもそれを知った後も、快斗は暫く平次の思惑に付き合ってやった。
 彼の動向を探るには、それが1番手っ取り早いと思ったから。





 自分だって新一が好きなのだ。
 この自分と似て非なる気を放つ、綺麗で最強な彼が。







 ・・・初めて逢った時、一目惚れだった。







 なのに彼のそばには西の探偵がいた。
 遠く大阪に居るクセに、うっとうしいくらいの存在感を放つ男が。








 これが『絆』なのか?
 ある事件で新一が『コナン』として暮らしていた時に出逢った2人の、この信頼し合う空気・・・・・・





 俺とは対極にいる彼らの、これが・・・・・・












 だから平次と仲良くする事で新一の動向も探った。
 結果、嬉しいことに妬いてくれた。





 まだまだ探偵同士の信頼関係には入って行けないけど、新一のそばに居ることは許されている。
 そして今日。待ちに待ったこの日。



 快斗は、あるひとつの決心をしていた。
 





 ・・・なのに、どうして此処に服部が現れるんだろう?









「お前・・・何で居るんだ?」
「オヤジの命令で使いや。イヴの予定どーせ入ってないんやろ? て・・・ホンマ余計なお世話やで」
「でもその通りだから来たのか。こんなトコに居たら、もっと寂しいんじゃないのかよ」
「どーせ泊まりやし、ホテルもこの近くやし・・・いっぺん、来てみたかったしな」
「へー」





 そうして目の前の2人はやっぱり、仲良さそうで。
 快斗の知らない探偵同士の空気が、嫌って言う程感じ取れて。



 ・・・2人がとても遠く感じられる事が快斗は嫌だった。











「・・・服部。良い機会だからさ、言っとく」
「快斗? ちょ・・・まさか」
「何や。怖い目えして」
「新一と俺。今、付き合ってっから。ちなみにもう晩飯も済んで、これから新一んち一緒に帰る所。だから、お前とはココで別れる」
「―――・・・何やて?」







 それは小さな声だったけど、彼には十分に通じた。
 ビル風が吹き抜ける中、寒さもひとしおで。



 ・・・平次の表情が一瞬にして変わる。







「な、何もこんな所で言わなくても・・・けど、それは」
「・・・って事はホンマなんか。工藤」
「え? あ、ああ・・・まあ」
「そうか。邪魔したな」





 襟元のマフラーを直しながら、平次は新一に確認した。
 でも彼は否定しない。


 表情を固まらせたまま、最後にそう呟く。





「服部・・・・あのさ、」
「良かったやん。願い叶って」
「・・・けど」
「寒いし。俺、ホテル帰るわ」
「おー。そんじゃー またな~ 服部」








 そうして2人は平次と別れた。
 新一の腕を引っ張って、快斗はその場を早く離れる。





 とにかく―――・・・快斗は、平次の視界から離れたかった。







ひとくぎり








 帰りの電車の中。
 気むずかしい表情をしたままの快斗に、新一が話し掛ける。





「何であんなに突き放すんだよ、服部の事」
「・・・・」
「それに『フリ』してるだけだろ? 俺達は別に、本気で付き合ってる訳じゃ・・・」





 イヴとあってか、いつもよりも格段に混んでいる車内。
 新一は出来るだけ他人に聞こえない様、小さく声を出す。


 しかし快斗は黙って窓を見つめたまま。
 そうしているうちに米花駅へ着き、凍てつく空気の中に2人は降り立った。




 工藤邸は、駅から歩いて15分の距離にある。
 その道の途中で、ふいに快斗が方向を変えた。







「快斗?」
「今日はイヴじゃん。買って来るから、ちょっと待っててよ」





 それまでとは打って変わっての笑顔。
 彼が入って行った先は、一件のケーキ屋だった。


 程なくして出てくる。





「小さいので良いよな。2人だし」
「・・・そうだな」
「ついでにシャンパンも買ってきたぜ~ 今日は寒いから、飲んで暖まんないとな」
「・・・・・・」







 どうしたんだろう。新一は思った。 
 いつも元気な黒羽快斗に戻った様に見えるが、これは違う。


 初めて逢った時の彼と同じだ。
 あの、絶やすことのない笑顔の裏の――――・・・計り知れない孤独が潜んでいた彼と。







 最近は大丈夫だと思っていたのに。
 自分が少なからず、彼の心の癒しになっていると思っていたのに。



 ・・・・・それは、思い上がりだったんだろうか?


 そう考えているのがバレたのか、快斗が笑顔を戻し表情を硬くした。







「・・・さっきはさ、電車ん中で人目もあったから返事出来なかった。ごめん――――・・・感情的になりそうで、声押さえる自信・・・無かったから」
「何で・・・」
「服部の事は別に嫌いじゃねえよ。どっちかってーと好きな部類だ。頭もキレるし、面倒見も人当たりも良い・・・・・・けど」
「けど?」
「当たり前の様に新一の隣に居やがるから、面白くない」
「え?」







 表通りから一本中に入った通り。
 ここは滅多に人も通らず、街灯も極端に少なくなる。


 今も2人の足音や話し声の他は気配はない。





 だから快斗はゆっくり話し始めた。
 途中の近道である公園の敷地に入り、ひっそりと佇むブランコに手を掛ける。



 ・・・新一はその言葉に瞬間息を止めた。





「俺は『探偵』じゃない。それだけでお前等の空気に入れない」
「昔色々あったから気が許せるのは確かだけど――――・・・・・あいつは、そんなに特別なモンじゃないぞ」
「・・・・新一は気付いてないからな」
「は?」
「新一の隣には必ず服部の『空気』がある。俺には入れない『領域』が見えるから」



 



 ・・・快斗は上空に見える月を仰いだ。
 それは、もの凄く蒼い光をして快斗を照らしていた。



 寂しさを伴って・・・彼を照らしていた。





「・・・快斗」






 苦しさが伝わって来て新一は目を細めた。
 いつも笑顔で太陽の様な彼が、月に連れて行かれそうに思えた。





 現在もまだひとりで戦っている黒羽快斗。
 その秘密を、未だに自分にも――――・・・・・・他の誰にも伝えていないだろう、孤高の魔術師。
 
 力になりたい。
 そう思うのに・・・彼と真逆にいる自分の立場が、彼に次の言葉を出させない。





「だから服部には悪いけどあんな態度とっちまった。余裕、無かった」
「・・・?」
「何でか解る?」





 ブランコに向いていた身体を新一に向ける。
 月の光を背にして、快斗は目の前の綺麗な顔に手を伸ばし目を細めた。



 すると次の、瞬間。







「!」
「だって俺が好きなのは・・・・新一だから。クリスマスを一緒に過ごすのは、俺だから」





 


 ・・・・・・暖かいのに冷たい感触が、口唇に触れた。