White Lights 第20話

「せ・・・せやかて、こんなん、ほとんど使い方変わらんし。触っとけば何となく解るやろ?」
「解ってねえから、面倒くさい目に遭うんだろうが」
「ほ、ほんなら工藤は買うたモンの説明書、全部読むん?」
「当たり前。金出して買ってんだから、その機能、最大限に理解して使わなくてどうする」
「・・・」



 微笑いながら新一は不思議そうな顔をする。
 平次は、ぽかんと口を開けた。

 彼の性格上『読むのは面倒』だろうと思っていた。
 だから、意外だったのだ。




「何だ。その顔」
「いや、工藤なら何でも出来そうな気いしとったから・・・」
「最初から出来る奴なんているかよ。解るまで徹底的に調べて、覚える。それだけだ」





 ・・・少し照れたように、彼は目を逸らす。



 何事においても天才的な力を発揮する『工藤新一』。
 でもそれは、きちんとした努力の積み重ねがあってこそなのだ。

 もちろん。
 習得するのも、それなりに才能がいるだろうけど。




 上気した頬。
 見慣れないその表情に、平次はつい手を伸ばす。




 ・・・そして額に触れた。






「・・・? な、何」
「もう寝え。熱、出てきとる」
「あ――・・・この部屋、暑いだけだろ。大したことない」
「咳しとるクセに何言うとる。ホレ薬、飲めや」





 平次は賢明に抑えていた。
 理性を押し止めていた。

 こいつは病人。手を出したら外道。
 宣言したと言っても、こんな場合につけ込むのは人間として『最低』。




 ・・・んな事は解っとるんじゃボケ~~!!




 声にならない自分自身への叫び。
 しかし、未だかつて見たことのない『工藤新一』に、平次は再び戸惑う。

 気を取り直し、深呼吸した。






「解ったよ・・・水は?」
「・・・コレ」
「あ。サンキュ」
「工藤」
「ん?」
「―――・・・好きになってしもて、堪忍な」





 盆の上の、グラスと薬。
 座り込んだまま口に放り込み、水を含んだ途端だった。

 消え入りそうなその声。
 新一は、目を見開く。




 ごくりと。

 粒を喉に通し、平次を睨んだ。






「・・・何だよそれ」
「とにかく、スマン」
「へえ――・・・後悔してんだ」
「そうやない。そんな事、あるわけない」
「ならどうして謝る」




 外さない視線。
 平次は、耐えきれず目を閉じた。




「・・・こうしとるだけでも、我慢の限界なんや」
「本当に馬鹿だ、お前は」
「何やと・・・?」
「そうして目を逸らしてるから解らないんだ。俺が、今、何を考えているのか――――――――・・・どんな気持ちで、お前を見てるのか」
「・・・へ」






 新一の雰囲気が変わったのを感じ、平次は目を開ける。
 すると、頬に手のひら。





 ・・・やがて口唇に生暖かい何かが触れた。








ひとくぎり









 周囲の音が消えた。
 目を開けているはずなのに、何も見えない。

 平次は、自分がどんな状況にあるのか直ぐに理解することが出来なかった。







「・・・キスはこんなに簡単なのに、どうして人の心はやたらと面倒なんだろうな」








 それは接触。
 僅かな間だけの、くちづけ。


 新一は、呆けたまま動かない平次に呟き、微笑った。







「・・・く、工藤・・・?」
「まさかこの意味が解んねえとか言わねえよな」
「せ、せやかて」
「お前の努力は報われたって事だ。おめでとう」
「ほ・・・ホンマに?」
「ああもう何だってんだ!?? つうか、ここに来てからの俺の態度とか見てたら一目瞭然だろ?? それでも探偵か!?」






 未だ状況を把握できない平次に、新一が怒鳴る。
 ただでさえ自分から仕掛けた事が恥ずかしくてたまらないのに、何故それをいちいち説明しなければならないのだろう。



 ・・・勘のいい彼にしては珍しい表情。


 新一は、深く息を付き顔を伏せた。






「な・・・何で? いつからや?」
「ちょっと黙れ。俺が、どうにかなりそうだ・・・」
「へ・・・?」
「今頃になって震えが出てきちまった――――――――――・・・はは、情けねえ」






 ぺたりと座り込む新一。
 いや、座り込んだのではなく・・・・・・



 その場に、崩れた。







「工藤!?」
「あれ・・・身体に力が入らねえ」
「ちょ、ちょお待て。お前、そういや熱っぽかったハズ・・・・・・ちゅうことは『震え』てそっちかい!」
「よく解んねえけど―――・・・まあいっか、オヤスミ・・・」
「良くないっちゅーねん!! 目ぇ覚めて『そんなん言うた覚えない』とかナシやで?? おえ工藤!?」




 抱えられ、でも新一は目を閉じたまま。
 慌てた平次は手のひらをその額に当てた。




 ・・・ほのかに熱い。







「工藤―――・・・」








 とにかく新一をベッドに運ぶ。
 頭痛がするらしく、時折顔をしかめ咳をしていた。

 暑いとは思うが毛布を肩まで掛ける。








 ・・・まだ信じられへん。

 この工藤が、俺ん事を・・・・・・?







 寝ていてなお綺麗な顔。
 惹き寄せられる、形のいい口唇。

 それは僅かに開かれている。





 ・・・けど、確かにコレが俺のコレに・・・・・・







 夢や妄想では何度も体験してきた行為。
 しかし、実際の出来事のはずなのに感触を覚えていなかった。

 ・・・それほど信じ難いことが、自分の身に起こったと言う事だ。









「・・・・・・」






 平次は確かめる事にした。
 事実なら『両想い』。だったら、これはもう『反則』じゃない。
 
 だから。








「工藤―――・・・」









 もう一度、自分のそれを彼の口唇に重ねた。









ひとくぎり









 顔に感じる熱。
 それは、眩しい朝の日差し。






「暑い・・・」




 じわりと感じる熱気。
 窓からの容赦ない攻撃に、新一は逃げ出そうと布団から足を出した。




 ・・・そもそも何でこんなに掛け布団が?
 そう疑問に持つが、すぐに昨夜の出来事を思い出す。




 ああ、そうか。

 ちょっと寒気してたっけ。俺―――・・・






 今は頭痛もない。
 風邪の初期症状だったが、こいつが来てくれたおかげで具合もすっかり良くなったようだ。

 新一は視線を移し、カーペットで横になり吐息を立てている男を視界に入れた。









 ・・・服部。






 服部平次。
 出逢ってから、もうどれくらいの月日が流れたんだろう。


 気が付くと当たり前の様にそばにいた。
 住む場所は違っても、誰よりも近くに感じてた。






 そして――――――――――・・・『恋愛感情』へと変わってしまった。









 『感情』とは本当に不思議だ。
 そう、新一は思う。








「・・・・・・」





 未だ目を覚まさない平次。
 暑いだろう日差しの中、規則正しい息遣いが耳に届く。





 ・・・服部。
 俺には、問題が残ってる。



 お前には――――――――――・・・いずれ知られる事に、なると思うけど。





 新一は目を細めた。
 額にかかる前髪が、揺れる。


 ・・・これからどうなっていくんだろう。
 想いが通じあっても、性が同じ俺たちは。






 いずれ離れなければならないと解っているのに――――――・・・

 自覚してしまった、この気持ち。







「・・・好きだの嫌いだのって、本当に面倒くせえ」







 人間特有の感情。
 人はそれに悩まされ、振り回され、そして・・・・・・胸を焦がす想いを知る。


 だけど、その『面倒』なのが『恋愛』。








「ん~・・・」





 と、その時だった。
 平次がようやく目を覚ましたのか、寝返りを打った。

 さらに大きく伸びをする。







「おはよう」
「・・?」
「寝るなら布団ひきゃいいのに。身体、痛いんじゃねえの?」
「く・・・工藤!?」





 声のする方へ向いて、驚く平次。
 そこには・・・



 朝の日差しを背に、とても綺麗な表情で微笑う新一がいた。