White Lights 第7話

「どうしたんだい」
「何が」
「工藤君とケンカでも?」
「・・・お前に関係ないだろ」





 響く足音と共にリビングに現れたのは快斗。
 あからさまに不機嫌な彼に、本を読んでいた探はとりあえず聞いてみる。


 返ってきた言葉は想定内。
 やれやれと視線を逸らすと、続いて新一が顔を出した。



 ・・・困った表情をしている。 





「なるほど。黒羽君が原因ですか」
「だからお前には関係ないって言ってるだろ!」
「確かに関係ないが、一応この空間に在る者として発言してもいいだろう」
「何だと?」
「―――――・・・快斗、こっち来い」





 探を巻き込むわけにはいかない。
 新一はひとつ息を付くと、快斗の腕を引っ張りリビングを出た。






ひとくぎり







「い、痛いってば新一!」
「黙れ」
「怒ってんのはこっちなんだけど!?」
「いいから黙って歩け」





 ひんやりとした廊下を突き進み、奥のドアを明ける。書斎だ。
 新一は快斗を先に入れ、扉を閉めた。

 

 普段から暖房など無い部屋。
 指先もまともに動かせない程の空気に、新一は息を白くさせてゆっくりと口を動かす。


 暗い室内。
 電気も付けず、窓からの僅かな月明かりを頼りに正面から相手を見る。





 ・・・・・未だ、快斗の腕を掴んだまま。





「そんなに俺が信じられないか?」
「いってーなーもう・・・相変わらず見かけと違って握力凄いね」
「話を逸らすな」
「信用してるよ、もちろん。ただ、人の気持ちは不変じゃないからさ」
「・・・快斗」
「なあ、聞いていい?」





 まっすぐに向けられる瞳。
 本当に綺麗な琥珀色に、快斗は黙っていられない。



 この事実によって新一はどう行動するのか。
 明日以降の彼らの関係が、変わるのか。





 ―――――――・・・どちらにせよ、自分たちの関係は進みようが無いのだから賭けるしかない。







「何だ」
「俺は新一のこと好きだ。本当に、何よりも誰よりも」
「・・・それは俺も同じだって何度も」
「だからキスだけじゃ満足出来ない。もっとそばに居たいし触りたい」
「だから、俺も」
「けど新一は俺とセックスしたいとは思ってない」
「!」





 
 新一の表情が止まった。
 直接的な言葉に、赤くなるでもなく。





 ・・・快斗は『やっぱりね』という意味の笑みを浮かべた。





「自分でも気付いてなかったろ」
「それは、でも」
「・・・じゃあ試してみる?」





 言葉の途中の口唇を塞ぐ。
 抵抗は、ない。


 次に相変わらず乾いてるそれを丁寧に舌でなぞりながら、快斗はゆっくりと新一の身体を床へ押し倒した。



 ひんやりとした感触に少し身をすくめている。
 すると、快斗の頭を包み込むように手を伸ばしてきた。







 ・・・快斗は驚く。







「何。そんなに不思議か?」





 新一は至近距離の相手に呟く。
 クセのある髪をすきながら、頬に手を添えた。





「いいのかよ」
「・・・怖いんだ」
「ほらやっぱり」
「好きになると止まらなくなる。感情も、何もかも。ただそばにいたくて、でも―――――・・・・・・その自分勝手な思いが結局、相手を何度も危険な目に遭わせた」
「え?」





 小さく囁かれる声。
 『怖い』の意味が違うことに、快斗は気付く。







「・・・何の事かお前なら解るだろ」
「幼馴染みの・・・」
「ああ」

 




 風が強くなってきたのか、ガタガタと窓が揺れていた。


 力無く微笑う新一。
 快斗は、大きく息を付く。





「やっぱり言い訳にしか聞こえないよ」
「え?」
「彼女はそれでもそばに居たかったんだ。危険よりも新一のそばを選んだのに」
「・・・快斗」
「だから離れたのか? 好きなのに、わざと?」
「・・・・」
「そんなの相手を思うふりして自分を守ってるだけだ。自分が、それ以上傷つきたく無かっただけだろ」
「はは。同じコト言いやがる」

 




 自嘲気味の微笑。
 思い出したくなかったのか少し苛立って。


 新一は快斗を押しやると、上半身を起こした。





「新一」
「蘭にも言われた。そうだよ、俺は自分が嫌になっただけだ―――――・・・だって、この事件を追っている限りいつまで経っても同じ事の繰り返しだ」
「・・・」
「そばにいてやりたい時にそばにいてやれない。好きになればなる程、やり切れない想いだけが増えてく・・・・・・もう、深い所まで行きたくないのに」







 月を見ていた。

 哀しく煌めく光が、新一を照らしていた。

 その横顔は蒼白く。

 コントラストの強い表情は、よりいっそう彼の容貌を綺麗にさせていた。







 ・・・少しの沈黙。
 目を細め、快斗は口を開く。





「だったらイイコト教えてやる」
「・・・良い事?」







 この名探偵は解ってない。
 『人を好きになる』ということを、頭で先に考えている。


 だから解った。
 彼はまだ『本当に』人を好きになったことがない。





 ・・・・・自分に対する『情』も、彼女への『情』も――――――――――・・・







 だから諦めるつもりはない。

 だから、教えてやる。






 この綺麗な名探偵に、本当の事を――――――――――・・・・・。
 










「服部が好きなのは俺じゃない」
「え?」
「あいつが本当に欲しいのは、新一。お前だよ」
「・・・は?」







 突き放すような言葉。
 それに新一は案の定な反応を示して、表情を止めた。






「だから無自覚だって言ったんだ」
「バカ言うな。あいつは確かに」
「・・・俺が好きとか言ってたみたいだけど、んな事ある訳ないだろ。恋敵なんだから」
「!」
「信じられない? 俺は知ってたよ。そりゃそうだよ、俺だって新一が好きなんだから――――・・・同じ『目』でお前を見る奴くらい、すぐ解るさ」







 快斗は射るような目で新一を見ている。


 辺りは暗く。
 表情も、良く解らなかったけど。





 ・・・・快斗の今までと違う『決意』を秘めた表情が、読み取れた。







「服部が・・・俺を・・・・?」
「だから、行かせたくない」
「・・・・」
「お前を好きな奴は数え切れないぐらい居るけど―――――・・・・・・大抵はそんなの気にしないけど、あいつだけは別だ。服部は・・・・新一が、最も気を許している相手だから」
「でも俺は別に」
「今べつに好きじゃなくても、明日もそうだとは限らない。なあ頼むよ新一、もう行く理由なんてないだろ? 服部は俺じゃなくてお前に惚れてる。話なんてする必要ない・・・・・新一がその『原因』なんだから」
「!」





 真剣な顔だった。
 薄闇がいっそう暗くなり、口唇に体温を感じる。


 それは口付け。
 息継ぎも出来ないほど、激しいキスだった。



 

ひとくぎり






 更に窓はガタガタと揺れる。
 しばらくして、快斗は力尽きた新一を離した。
 






「・・・・抵抗しないんだな」
「する理由ないだろ。どうした―――――・・・続き、進むんじゃないのか」
「進めねえだろ。新一にソノ気がないのに」
「・・・そうか。そういう事にしとくか」





 息を整えながら、新一は起き上がる。
 何故か哀しげな微笑に、快斗は眉をひそめた。

 




「新一・・・?」
「解った。行かない」
「え?」
「だから機嫌直してワイン飲もうぜ。白馬が待ってる」





 けれど次に言った新一の言葉。
 快斗が呆けて、彼を見た。





「・・・本当か?」
「ああ」
「―――――・・・・・・新一」







 安心した表情。

 ついさっきまでの激しさは何処へやら。

 快斗は大きく息を付くと、2人でその部屋を後にしたが・・・・・・

 






 ・・・・新一の表情は、未だ晴れないままだった。







ひとくぎり








「・・・事態は好転した、と言うことか?」
「まあね」
「悪かったな。待たせて」
「とんでもない」





 リビングに戻ると探は読んでいた小説を閉じる。
 さっきと違い晴れ晴れとした表情の快斗と、対照的に元気がない新一。


 探は『やれやれ』と苦笑した。





「じゃあ、ワイン持ってくるから座ってろ。快斗、グラス用意しといてくれ」
「おっけー」
「・・・工藤君」
「そういや白馬、何が好きだっけ? どうせなら選んでくれると嬉しいんだけど」
「あ、はい」





 新一に導かれ、探はキッチン奥のワインセラーに向かう。
 そこには70本程収納できるセラーがあった。





「お前の舌に合うのがあればいいけど」
「何言ってるんですか。結構、凄いもの揃ってますよ・・・・・これはご両親が?」
「そ。帰ってくる度に買ってくんだよ。値段とか知らないけど、まあどれも美味いかな」





 探は驚く。
 このセラー全部で、たぶん数千万の価値があるだろう。
 
 けれども新一は特に興味がない。
 だから、単に家にあるものは飲むだけだし、惜しいとも思っていないのだ。





 ・・・まあ。
 彼の両親も、特にコレクションしている訳でもなく『息子に飲んでもらいたい』からこうして家に置いていくのだろう。


 探は、微笑った。







「何かおかしいか?」
「いえ。そうですね、これにします」
「そうか・・・じゃああと、これ快斗が好きだったから、これと・・・」
「工藤君」
「ん?」





 3本ほど選んで扉を閉める。
 その時、探が自分を呼んだから彼に向いた。


 ・・・言いにくそうにしていたが、ぽつりと言葉を出す。





「行って来た方が良いと思いますが・・・・」
「は?」
「大阪ですよ。約束は、守ったほうがいい」
「!? お前、まさか・・・」
「すみません。あまりに遅かったので様子を見ようと部屋の前まで行ったら――――――――――・・・彼の怒鳴り声が聞こえて」





 そして聞こえてきた言葉に、新一は目を見開いた。
 





「な・・・じゃあ全部・・・」
「はい。聞いてしまいました」
「って事は・・・その」
「黒羽君は独占欲が強い様ですね。けれど工藤君の行動は工藤君のものだ。気にせず、会って来たらいい。何なら、当日は僕が彼を引き受けますよ」
「・・・白馬」





 しかし反応がおかしい。
 聞いていたのなら、自分達の関係がどういうものかバレてしまった筈なのだが・・・それに関しては平気なのだろうか?
 
 新一が困惑していると、探が気付いた。





「ああ、キスくらいで驚きませんよ。親愛の情を延長したようなものですし」
「へ?」
「別に偏見はないですから、2人がそういう感情で付き合っていたとしても、僕はかまいませんけどね」
「・・・・」
「けれど、違うでしょう?」





 さすがと言うべきなのだろう。
 新一は、その場へ座り込む。


 ・・・自嘲気味に微笑いながら。





「そうか。解るか」
「彼は気付いてないようですが・・・まあ、ああいうタイプは自覚するのに時間が掛かるでしょうね」
「・・・どうすれば良いと思う?」





 探は少し驚く。
 上目遣いに問いかけてくるその視線は、いつもの彼ではなかったからだ。

 困ったような表情。
 未経験の状況に、本当にどうしたらいいのか解らないらしい。





 ・・・これはこれは。


 もともと綺麗だと思っていたが、こんな顔をされては―――――・・・黒羽君も彼を離したがらない訳だ。





 と。
 妙に、納得をしてしまう。





「いずれ理解しますよ。だからこそ、工藤君は行った方が良い」
「・・・・解った。お前の言う通りにしてみる」
「では行きましょうか。それ、持ちますよ」





 やわらかに微笑う探。
 新一の手からワインの瓶を奪うと、快斗の待つリビングへと来た道を戻って行った。