White Lights 第8話

 週末、新大阪。

 外の寒さと違って、むせ返るような空気の中。

 新一は上りのエスカレーターでひと息付いた。





「んー。面倒だな」





 携帯を開き、メールを見る。
 それは平次から送られてきた、新大阪から寝屋川の家までの道筋だ。





 ・・・地下鉄に乗って、また乗り換えか。どーすっかなあ。





 服部平次の家になんて、数える程しか行ったことがない。
 しかもあの頃は『コナン』として行動していた事が多いから、保護者として蘭や小五郎に連れられタクシーで移動していた。

   




 そりゃまあ。
 子供じゃないんだから、迷うとは思わないが・・・・・・





「タクシーで一気に行こうかな~ やっぱ」





 多少高くとも、駅からまた彼の家まで歩くことを考えれば、直で服部家の前まで行ってしまう方が楽だ。
 そう考えた。



「ん?」





 そうして登り切った時。
 携帯が、メロディを奏でる。


 液晶表示は服部平次。





『工藤、着いたか?』
「おう。今新幹線、降りた所だ」
『せやったら改札出て、そこで待っとって』
「・・・何で」
『へ? 迎えに来たに決まっとるやん』





 歩きながら話していた新一。
 深く息を付き、立ち止まった。





「だったらあんなメール寄こすんじゃねえよ」
『工藤が言うたんやろ、『新大阪からの行き方教えろ』て。俺は最初(ハナ)っから来るつもりやったで』
「あっそ・・・それで? この寒いのにバイクの後ろか」
『ちゃうわ。まあええ、とにかく待っとれ』





 そうして平次は通話を切る。
 バイクじゃなかったら何だっつーんだ・・・そう思いながら、新一も携帯を閉じた。








ひとくぎり

 






 ・・・朝は驚いた。
 快斗から『今日、用事が入っちゃってさ』という電話が来たからだ。

 




 白馬が引き受けるとは言ってたけど―――――・・・どんな手を使ったんだ?







 まあ。
 それは帰ってから聞くとして・・・・・・


 とにかく、今日を乗り切らなければならない。





 乗り切る・・・という言い方も変かもしれない。
 そもそも会いに来た理由は『服部の不調の原因』を探る為だった。


 それが、『自分』だと知ってしまった今となっては――――――――――・・・・




 ・・・・どう接すればいいのか、正直解らない。







「・・・・困った」
「ん? 何がや」
「うわ!」
「んな驚かんでも。失礼やな」
「あ、わ、悪い」





 ちょっと遠くを見ていた時、視界に突然平次が現れた。



 俺としたことが・・・
 こいつの気配にも気付けないなんてと、新一はへこむ。





「寒かったやろ。珈琲でも飲んでこか」
「へ?」
「顔色悪いで。ちょお、座って落ち着こうや」
「・・・・」





 けど、平次はいつも通り。
 
 ・・・・いつも通り、自分を心配してくれていた。








ひとくぎり








「スマンな。沖田が変なこと言うて」
「え?」
「もう平気やし。気にせんといて」
「・・・そうか」





 向かい合わせ。
 騒がしく人が入れ替わる構内のカフェは、でもこういう会話には向いている。


 ・・・変に緊張しなくて済むからだ。





「で、何や話て」
「・・・話?」
「話したいて、メールに書いてあったやんか。ちゃうんか」
「そ、そうだったな。そうそう、話だ」





 でもやっぱりどうしてだろう。
 平次の顔を、新一は正視できない。


 だから小さく深呼吸。
 すると、わずかに目の前の顔が微笑った。





「・・・なんかオカシイかよ」
「せやかて。そんな工藤、初めてやし」
「そんな? どんなだ」
「もじもじして、らしくないっちゅーか何ちゅーか」
「誰がもじもじしてんだ!」







 つい声を大きくする新一。
 はたと周りを見回すが、特にみんな気にしちゃいないらしいのを確かめると座り直す。



 大きく付く息。
 しかし。





 ・・・次に聞こえてきた言葉で、更に取り乱してしまった。







「・・・黒羽から、昨日メールもろた」
「快斗から?」
「一行、『新一に全部バラしたからな』て・・・・」
「~~~っ!??」
「・・・その様子やとホンマなんやな」







 新一は体温が一気に上がった。
 今度こそ、平次の目が見られない。





 ・・・心臓が飛び出そうだった。







「え、えーと・・・、だな」
「バレたんならしゃーないわ。好きにしてええぞ」
「・・・好きに・・・って?」
「俺が誰に惚れとるか知ったんやったら、一緒に居るんは嫌や思うし。ココで帰ってもかまへん」





 しかし。
 バレた当の本人は焦ってもうろたえてもいないらしく。


 それ所か開き直っている風にも感じ、新一はつい顔を上げた。

 


 ・・・彼は微笑っていた。







「服部・・・」
「いつかは言うつもりやったし。まあ、こーゆうバレ方は予想してへんかったけど」
「そ、そうなのか」







 そこで会話が途切れ、新一は再び目を伏せた。





 もともと日帰りの予定だった。
 話が終わったら戻るつもりだったが、だからって、今すぐ帰るのも・・・・・・


 大阪へ行くと約束した時点では、服部は快斗を好きなんだと思っていた。
 でも違うと解って、しかも本当に好きな相手は自分だと知らされて――――・・・・・・





 そして今。
 本人が、それを認めた。



 けどだからって・・・・・・







「はー、スマン」
「・・・?」
「そないな顔されると思とらんかった・・・」
「服部・・・」
「困るわなー・・・んな事、面と向かって言われても」







 そんな顔?
 自分は一体どんな表情をしていたと言うのだろう。


 呟く声が聞こえ、新一は顔を上げる。
 すると目の前の平次が大きく息を付き、手で顔を覆った。
 



 ・・・手が少し震えていた。







「・・・・」
「正直、来てくれて嬉しいんや。昨日このメール見てからは・・・断りの連絡来るかもしれん思うて、ろくに眠れんかったから」
「そ、それはだって・・・約束、してたし」







 そうだ。
 約束、してた。


 ・・・それにだ。



 俺がもし反対の立場だったら?
 気持ちがバレて、でも、そのせいで会いに来るという約束を断られたら――――・・・・・・とてもショックに違いない。




 例え、相手が自分を何とも思っていなくとも。
 『友達』でいることすら、拒絶されたと受け止めてしまう。



 白馬の言う通りだ。
 来て、良かった。





 ・・・・そう新一は思った。







「そら、そうやけど・・・」
「行くよ。昼飯、用意してくれてるんだろ? お前の母さん」
「けど、そんなん気にせんでも」
「身の危険感じたら遠慮なくぶっ飛ばすし。心配すんな」
「・・・工藤」
「まあとにかく、俺も・・・それに関しては、聞きたい事もあるし」







 そう。

 ・・・どうしてこいつは俺を好きなんだろう。

 その理由は、知りたい。
 だから新一は、そう告げた。







ひとくぎり








「え、車?」
「・・・何もせえへんから乗ってや」
「い、いや別にそんな意味じゃ」
「なんならタクシーで別行動でもええで」





 平次は車で迎えに来ていた。
 今まで、バイクの姿しか知らなかったから新一は驚く。





「ホントに違うって。お前が免許持ってんの、知らなかったから」
「あれ、言うてなかったか? 高校卒業して、速攻取ったんやけど」
「・・・・」
「まー、けどやっぱバイクの方が好きやし小回り利くし。クルマは、自分のや無いからな」
「そうなのか?」
「コレはオカンのや。ちょお借りてきた―――――・・・で、どうする?」







 ジープのチェロキー。
 ブラックのそれは、とても良く平次に似合っていて。


 ドアに手をかけたまま返事を待っていたから、新一は言った。





「乗るよ。お前は、言った事は守るもんな」








 ・・・・それは呪文。

 平次に念を押すための、無意識の呪文だった。






ひとくぎり








 平次は日頃から鍛えてるせいか、暑いのも寒いのも平気なタイプだ。
 だから真冬でもバイクで行動する事が多い。


 以前、大阪で起きた事件があった。
 現場へ向かうのにバイクの後ろに乗せられ、新一は約30分ものあいだ平次に振り回された事があったのだ。




 ・・・今日と同じくらい寒い日だった。





 コートを着ていたとは言え、手袋もなしに極寒の空気にさらされ。
 着いた頃にはすっかり風邪を引いてしまい、推理は何とか出来たもののその夜、寝込んでしまった事を思いだした。







「・・・さすがにあん時の事、覚えてたのか」
「ん?」
「いや。自分で持ってないワリには、運転うまいじゃん」
「そらもー。しょっちゅうオカンの買いモンに付き合わされて、運転手させられとるからな」





 FMから流れる洋楽に耳を傾けながら。
 新一は、平次の横顔を見る。


 ・・・ちらともこっちを見ようとしない。





「なあ」
「・・・何や」
「沖田君て、いいヤツだな」
「へ・・・」
「あんなにお前のこと心配してさ―――――・・・わざわざ、俺の所まで来たりして」
「す、スマン」
「別にお前が謝る事じゃねえだろ」





 『沖田』という名前に平次は反応する。

 考えてみれば、総司が新一の元へ行ってこうなっているのだ。

 それを改めて思い出し、平次は身体を硬くした。
 





 ・・・緊張が伝わってくる。


 ハンドルを握る手が、震えていた。







 そんなに俺のことが好きなのか・・・・・・?







 人から好意を受けるのは慣れている。
 けど、こいつは『男』で『友達』だ。
 
 俺が『コナン』だった頃からよく知っている、同い年の探偵。
 その相手から『恋愛対象』として見られてるだなんて・・・・・・


 どうしたらいいのか、正直解らない。







 ・・・男からそういう対象に思われるのも、告白されるのも初めてじゃないけど。
 自分は、そういう感情に偏見は持たないけれど。





 全く知らない他人から受ける想いと。
 こうして、何年も一緒にいる『友達』からの想いは・・・やっぱり、違う。






 だって俺はどうしたらいい?







 知らないヤツなら断ればいいだけだ。
 もう会う事も話す事もないだけだ。


 ・・・でも。







 服部の気持ちを受け止められない俺は、この後どう接すればいいんだ―――――・・・









 今まで通り友達として?
 何も知らなかった頃には、戻れないのに?







 ・・・そんなの、もし俺が服部の立場だったら耐えられない・・・・・・







「工藤」
「・・・・」
「おえ、工藤」
「え? あ、ああ何?」





 黙り込んだ新一に、平次が話し掛ける。
 はた、と気づくと信号で停車していた。





「やっぱ、帰ったほうがええんちゃうか」
「へ・・・」
「考えとる事くらい解るで。俺に気い使てくれるんは・・・嬉しいんやけど」
「で、でも」
「・・・せやからそんな目えで見るな。これでも、抑えとるんやぞ」
「服部?」







 平次はもう、たまらなかった。





 目の前の彼は解ってない。
 解ってないから、無防備な顔を向けてくる。


 ・・・自分の気持ちを知った今でも。
 こんな上目遣いを、向けてくる。







「――――・・・なら今すぐ帰りたなる様にしたるわ」











 だから。
 平次は青信号で少し進むと、左側の路側帯へ車を停めた。