White Lights 第9話

 エンジンがかかったままとは言え寒い。
 強い風が車を揺らし、新一は身震いした。




 ・・・・平次は言葉を出す。





「工藤・・・」
「そうだな。やっぱり帰る」
「え?」
「お前の事は信用してる――――――・・・別に告白されたのが嫌だとか、そういうんじゃない」
「・・・・・」
「だけど、今は一緒にいたら駄目なんだ。そうだろ」
「!」





 平次は顔を強ばらせる。
 新一が、力なく微笑った。





「服部の事は好きだ。でも、恋愛感情じゃない・・・お前も解ってると思うけど」
「・・・ああ」
「無理矢理な行動に出たって、傷つくのは俺じゃない。服部、お前だ」







 ガタガタと窓が揺れていた。
 次々と通り過ぎる車が、視界を横切ってゆく。


 新一は小さな声で。
 平次を上目遣いに、ただ見つめる。

 





 ・・・・・・解ってなかった。







 気持ちを知っていながら、そばに居る事の残酷さを。
 同性だからこそ苦しい『友達』という(えにし)を。


 新一は、目の当たりにするまで気付けなかった。







 ・・・そして解った。
 




 平次の狂おしいまでの感情。
 車を停められた途端に感じた、決意にも似た想いを。







 ――――――――――・・・わざと行動を起こして、新一を遠ざけようとした事を。









「さすがにバレたか。お前、襲おうとしたん」
「ワザと気配出して何言ってやがる」
「・・・しゃあないやろ。こーでもせんと、諦めつかへん」
「諦める? お前、諦めんの?」
「どーせえっちゅーんじゃ。今、はっきし『何とも思うてへん』て言われたばっかやのに」







 平次は開き直る。
 と言うか、開き直るしかなかった。





 惚れた相手に気持ちがバレて。
 その相手は自分の事をなど、何とも思っていなくて。


 なのにこれ以上どうしろと言うのだ?
 嫌われてキッパリ諦めようと考えた行動すら、手の内を読まれてしまったのだ。







 ・・・・・・それともまさか。







 平次は目を見開き、新一を見た。







「そうだ。あくまでも今言った俺の気持ちは『現在』の感情でしかない」
「工藤・・・」
「この先の気持ちなんて誰にも解らない。だからな服部――――――――――・・・俺が欲しかったら『そう』させてみろ」
「・・・・」
「『友愛』でしかない今の感情を、『恋愛感情』に変えて見せろ」









 真剣な瞳だった。
 からかっている訳でも、この場を取り繕うための言葉でもなく。


 新一は、まっすぐに平次を見ていた。







「本気で言うとるんか」
「俺も興味がある。この先、どうなるのか――――――――――・・・・それとも片想いで満足なのか?」









 信じられなかった。

 受け入れられるとは思っていなかった。

 だから、こうして会って話すのもこれきりだと覚悟もしていた。

 けれど。





 ・・・・新一は自分を拒絶しなかった上、可能性まで提示している。
 





 男から男への恋愛感情なんて。
 世間一般から見たら、気色悪いに決まっているのに。


 なのに―――――・・・・・・







「そういや聞きたいんだけど。どうして俺なんだ」
「え」
「なんで、俺を好きになったんだ」
「・・・理由なんて俺の方が聞きたいわ。そんなん、今まで何べん自問自答したか解らへん――――――――――・・・気い付いたら、好きやったし」







 自覚したら止まらなくなってた。







 逢うたびに焦がれて。
 声を聞くたび、苦しくて。


 この感情は殺すしかないと思っていた・・・・・・







「そうか」
「・・・そうや」
「ありがとな、服部」
「へ」
「好意は素直に嬉しい。好きになってくれて、ありがとう」
「工藤・・・」
「さて帰るぞ。新大阪まで、宜しく」







 これまた綺麗な顔で、新一は微笑う。



 『ありがとう』だなんて。
 そんな言葉を返してくれるとは、平次は思ってもいなかった。







「ホンマにアカンわ・・・」
「ん?」
「いや。せやな、行こか」
 





 昨日より今日。
 さっきより、今。


 どんどん彼を好きになっている自分に、驚く。







 ――――――――――・・・感情知られとる分、これからもっとヤバイやろなあ。










 これから、どう彼に接すれば『惚れさせる』事が出来るのだろうか?


 嬉しい反面、新たな悩みが増えた平次。
 
 変わらず強い風の中。
 来た道を、そのまま戻って行った。






ひとくぎり






『新一、本気でんなコト言ったのか?』
「ああ」
『信じらんねえ。なんだよそれ』
「それより俺の方が聞きたいよ。あんなに付いてくってきかなかったのに、どこに行ってたんだ」





 東京の工藤邸。
 夜中に自宅へ戻った新一は、それでもシャワーだけはきっちり浴び、3時頃に就寝した。


 そうして昼過ぎにようやく起床。
 携帯の着信音で、目が覚めた。





『そ、それは』
「まあとにかく、心配してくれんのは嬉しい。でも俺は大丈夫だ」
『・・・新一』
「詳しい事は明日な」





 そうして新一は電源ボタンを押した。
 窓から、空を見上げる。



 ・・・綺麗な青空が広がっていた。






ひとくぎり







「昨日ですか? ええ、例の宝石が展示される横浜の美術館へ連れて行きました」
「・・・やっぱりな。けど、良くお前と一緒に行ったよなあ」
「まあ彼は、僕がずっと疑ってる事も知っていますし・・・それを承知の上だと思いますが」





 昼過ぎ、新一は探を呼び出した。
 駅前のスターバックスではなく、もっと奥に入った所にある珈琲の専門店に。


 ここはあまり人の行き来もなく、静かな時間を過ごす時によく利用している場所だ。
 珈琲を出し終えると、店主は奥へ消えてしまうから人に聞かれたくない話もしやすい。





「展示されるって事は、公開前ってことだろ。なのに部外者連れてって平気なのか」
「白馬の所有する美術館ですからね。僕が一緒でしたし、どういう設備でどういう警備であたるのかも、こと細かに教えてあげましたよ」
「そりゃ親切だな」
「ええ。あの警備をすり抜けて『オッド・アイ』が盗られるとしたら、真っ先に疑われるのは黒羽君です」





 オッド・アイ。それは、地中海で発見された宝石だ。
 大きなひとつの石だが、右と左で虹彩が異なる珍しいもので、時価は一億を下らないと言われている。


 ・・・・怪盗キッドが狙う『ビッグ・ジュエル』のひとつとされるそれ。
 日本に持ち込まれたという情報は、快斗も知っていた。





「まあ助かったよ。おかげで、服部とも話せた」
「スッキリしましたか」
「した。ちょっと難題ふっかけちまったけど」
「難題?」
「ああ」





 新一が微笑う。
 それは、先行きの解らない状況を楽しんでいる表情。


 ・・・詳しい事は聞かなかったが、探は何となく理解した。





「それにしても、ここの珈琲は美味しいですね」
「紅茶党の白馬でもそう思うか?」
「ええ。気分が落ち着きます」
「・・・そういやあいつも好きだって言ってたな、ここの」





 日曜日の午後だと言うのに、自分たちの他には誰もいない店内。
 
 漂うのは珈琲の薫り。
 そして、ゆったりとした空気。





 ・・・静かに小説を読んだりレポートをまとめる時にも、新一はこの場所を利用させてもらう事が多い。
 もちろんスターバックスの空間も好きだが、その時の精神状態で使い分けている。





「快斗、それ触ったか」
「宝石ですか? まさか」
「・・・光にかざしたりとかは?」
「ああ、それなら。太陽に向ける角度などで色が変わる石なので」
「へえ」





 新一は珈琲を飲み込むと、窓に視線を移した。

 それが何か? と探は聞いてきたが、実のところ新一にも解らない。

 何度か『キッド』として対面した時に、彼が月夜などにかざしていたのを見たから、聞いてみただけの事だ。





 ・・・その行動の意味と盗った宝石をすぐ返してくる事に、繋がりがあるのは解る。
 快斗からあのイヴの日に直接聞いたからだ。


 しかし、『キッド』の存在理由を打ち明けてはもらったものの、新一を危険な目に遭わせるからと――――――――――・・・それ以上のことは教えてくれなかった。







「工藤君?」
「・・・だから俺たちは平行線なんだな」







 新一は悟ったように微笑う。
 探は、そんな彼を不思議そうに見つめた。

 




 好きなのは本当。

 彼がキッドだと知った後も、その理由を聞いた後も・・・それは変わらない。

 だけど。



 ・・・・・・それは逆に自分も彼も辛くなるだけだった。









 快斗はひとりだ。
 高校生の頃から、独りで罪を背負い目的の為に戦っている。



 ・・・その行き着く先には幸せなんてない。

 だから新一は知らなくて良い、そう彼は言っていた。







「大丈夫ですよ」
「・・・え」
「まったく君たちは似すぎていて笑ってしまう。あまり、ひとりで考え込まない事です」
「白馬・・・?」







 探が目の前で微笑んでいた。



 何を知っているというのか。
 どういう意味で、そう言ったのか。


 その謎は後ほど明らかになるが、新一はその穏やかな口調に少しだけ気分が和らぐのを感じていた。









ひとくぎり










 桜の季節。
 あれから一月以上が経ち、現在は春休み。


 新一は部屋の窓から桜に視線を落とした。





「・・・にしても風、つえーな」





 季節の変わり目のせいなのか。
 暖かな日が続いたと思ったら、とたんに真冬並みな寒さが戻る日々。


 せっかく咲いた桜が散っちまうじゃねえか・・・
 そうぼやいた時、下から声がした。





「工藤~! 何しとんねん、まだか?」
「ああ、今行く」







 3月の終わりから、服部平次が遊びに来ている。
 『告白騒動』があってから少し距離を置くのかと思いきや、以前にも増して積極的な彼の行動。


 これには驚くというか何というか。

 


 ・・・自分だったらここまで前向きに行けるだろうか。








「時間、大丈夫か」
「その先の公園やろ? 平気や」
「・・・あの2人は時間に正確だからさ」
「そーやったな」





 手に缶ビールとつまみを抱え、平次と新一は舞う風の中を歩く。
 時折、髪の先が目に刺さりそうで向きを変えながら。


 でも空は絵に描いた様な青空。
 何度も視界を飛行機が飛んでいくのが見えた。



 昼を過ぎたばかり。
 太陽が、高い。









「休みいつまでだ。俺と同じか」
「8日までやったらな」
「・・・それまで居る気か」
「アカン?」
「俺は助かってるけど。お前の作るメシ、うまいし」





 東京の工藤邸に泊まること。
 それについては『三度の食事は全て平次が作る』という条件で、新一はOKしていた。


 ・・・特に問題はない。
 寝る部屋は客間にさせてるし、こちらが何の感情も持ってないのを解ってるせいか、今まで通りの距離を保ってくれてる。

 






 ・・・しかし未だに信じられない。


 こいつが、俺に惚れてるなんて――――――――――・・・







「お。いたいた」
「けっこー人、いるなあ」
「新一~ こっちこっち!」




 多少の風は何のその。
 ここらでは有名な桜の名所だけあって、結構な人が集まっている。




「お久しぶりです」
「またイギリス行ってたんだってな」
「すぐ戻ってきましたけどね」
「へえ」





 新一が探に寄る。
 その時、突風が2人を襲った。





「うわ!」
「こら桜見とる場合やないな~」





 下から吹き上げる風。
 自分たちのみならず、周りの人々も顔をしかめている。


 砂が混じっているのか手のひらがざらついた。





「・・・やっぱり移動しましょう」
「おう。賛成」
「え?」





 その言葉に、新一は視線を向ける。
 平次も同じに。





「朝から白馬と話してたんだけどさ。こうも風が強くちゃ桜どころじゃないだろ? コイツんちに場所変えねえ?」
「白馬んち?」
「ええ。うちの庭にも樹があるんです」
「・・・こーなんの解っとってワザワザ来た訳は、工藤か」
「は?」
「当然。彼が絶賛している桜なら、移動するにしても一度見ておかなくてはならないだろ」
「その口調って事は――――・・・お前ら知り合い??」





 探と平次が、妙に知った風に口を利いている。
 自分の名を言われた以前に、そっちが気になった。





「服部・・・もしかして」
「そや。こいつとは中学ん時に、知り合うとるんや」
「え!? それ、全然聞いてねえぞ」
「あれ・・・そう言えばお前って寝屋川だよな。じゃあ稲尾一久って知ってるか?」
「工藤―――・・・何でお前から一久の名前が出て来るんや」







 この言葉を聞いていた探も驚く。


 その時、一瞬だけ風が凪ぐ。
 何枚もの花びらが舞う中『最近、よくメールもらっててさ』という言葉が3人の耳に聞こえてきた。