two distances




「あら、今起きたの?」

「・・・昨日飲み会でさ・・・・朝、帰ってきたんだ」

「有名人も大変ね」















 工藤新一。

 寝ぼけ眼で寝間着のまま、部屋の窓から下を見る。

 

 現在、13時過ぎ。

 目をこすりながら、隣の家の庭の人物に話し掛けた。













「宮野なにしてんの・・・・・」

「洗濯とりこんでるんだけど?」

「・・・・ふーん。俺のも洗ってくれれば良かったのに」

「冗談でしょ」















 宮野志保。



 眼鏡姿で白いシャツとGパンというラフなスタイルの彼女は、新一より少し年上の『コナン』だった時を『灰原哀』として一緒に過ごした女の子だ。



 身体が戻った後、志保は流石に阿笠の元には残る訳に行かないと近くにアパートを借りた。

 今はそこから製薬会社の研究室へ通っている。







 週末には、こうして博士の所に遊びに来て家の事を手伝うことも多いが、本当の目的は・・・・・

























「腹減った。メシ食いに行かねえ?」

「いいわよ」

「んじゃ着替えっから、待ってろな」















 にっこり微笑うと、新一は窓辺から消えた。

 志保は洗濯物を抱え背を向ける。























 ・・・高鳴る心臓の音。





 それは、『灰原哀』の頃に芽生えた想いの音だった。


































ひとくぎり

































「身体の調子はどう?」

「ん? 全然オッケー」

「・・・・無茶してないでしょうね」

「お前、ホンッと疑り深いな」











 海の見える静かな喫茶店。

 窓際からの光に、志保は少し目を細めながら問う。











 綺麗な栗色の髪。

 年齢よりも大人びて見えるのは、その知的な眼鏡のせいだろうか。



 誰もが認める美人とは、こういう造形の事だろう。

 目の前の新一と一緒にいて、引き立て役にならないのはそういない。



















 ・・・・その奥の瞳が、新一を射るように見ている。

























「責任があるもの」

「・・・・責任?」

「貴方の身体を幼児化させたのも、何度も解毒薬を投与したのも・・・・私の作った薬のせいだから」

「――――・・・・・またそのことかよ」





















 新一は溜息をつく。

 志保は最近会う度、ずっとそれを言いつづけてきているからだ。



 気にするなと言っているのに。

















 ・・・・でも、そうもいかない性格らしい。























「ちょっと付き合え」

「・・・え?」

「いいから、来い」

















 新一はその細い腕を掴んだ。

 会計を済ませ、店の外に出る。



 あまり感情を表情に出さない志保だが、強引なこの新一に目を見開いて驚いていた。






























ひとくぎり

































 車に押し込まれ、着いた場所は渋谷の専門店が並ぶ通りだった。

 パーキングに停めて2人は降りる。

















「工藤君・・・・?」

「俺の好きなブランドなんだけど、前から宮野に似合うと思ってたんだ」

「え?」

「――――・・あのよ。そーゆうカッコも嫌いじゃねえけど・・・・・・・モトはすげえイイんだから、仕事じゃねえ時くらいこーゆう格好しねえ?」

















 ショウウインドウのディスプレイを指差す。



 再び腕を掴まれ連れてこられたそこは、少し道を外れた所にある「NICOLE」という店だった。

 その扉を押し、中へ入る。





 新一が服に興味があったのは初耳だったが、ショップの雰囲気や店員の着こなしを見て何となく納得をした。

 どれもこれも、彼に似合いそうな物ばかりだったからだ。















 ・・・そう言えば、いつも着ているものはシンプルだけれども質は良いものばかり。























「何してんだよ、こっち。2階」









 気が付くと新一が階段の途中にいた。

 どうやらこのフロアはメンズで、上がレディスものらしい。



 慌てて追いかけ、上りきった所で・・・・・つい、志保は立ち止まった。





















「――――――・・・・」















 そこには、一体のマネキン。

 今年の秋冬のNICOLEの新作を身に纏い、ディスプレイされていた。











 ・・・それに暫し魅入ってしまう。



















「それ好み?」

「・・・そうね。凄く綺麗」

「着て見ろよ」

「ええ? いいわよ別に・・・・」

「絶対似合う。お前、こーゆーの着るべき」



















 しつこい新一。

 志保は、戸惑いながらフィッティングルームへ向かった。



 慣れない服に、着替える。













 ・・・・・鏡に映る自分が違う人に見えた。



























「着た?」

「・・・一応」

「出て、見せてよ」

「・・・・」















 静かにカーテンが開く。

 そこに現れたのは―――――――・・・・緋色の光沢のワンピースの宮野志保。





























 ・・・・新一は、予想以上の彼女に言葉を失った。

































「何よ・・・・やっぱり似合わないでしょ」

「眼鏡、取って」

「え?」

「いいから早く」

















 命令口調の新一に驚きつつ、志保は素直に外す。

 視界がぼやけ、目の前の男の表情が解らなくなってしまう。











 だが、その姿は新一だけではなく・・・・そばにいた店員さえも息を飲む程だった。



















 元々の完璧な素材。

 加えてスタイルも抜群なのが、このラインを誤魔化せないワンピースから見て取れる。















 ノースリーブの腕は白く。



 ・・・口唇は紅く。





















 何より、意志の強い光を放つ瞳が存在感を際立たせていた。



























「―――――・・・・・・」

「工藤君?」

「・・・・あれ、そのまま着て行きます。着て来た服、包んで下さい」

「ええ? ちょ、ちょっといいわよ、何言ってるの?」













 そんな言葉は聞かず、フィッティング・ルームの服を店員に渡した。

 これで志保は今のを着て帰るしかない。



 近くに人の気配がなくなったのを確かめると、新一は志保をその場所へ押し込めた。










 狭い空間。


 ・・・・・2人の距離も、息が触れ合うほど近い。

























「・・・・どういうつもりよ。私、貴方に服を買ってもらう理由がないわ」































 新一より少し背が小さい志保。

 その視線に睨まれるのが、今は何だかたまらなく・・・・・



























 ・・・俺・・・・・どうかしちまったみたいだ・・・・





























  変な胸の動悸が生まれてきている事に、新一は戸惑っていた。






















 その視線の下にある薄くて紅い口唇が気になる。




 そのもっと下にある、思ったよりも豊かな胸から、目が離せない――――――・・・・

































「く・・・工藤くん・・・っ・・・」

「――――――・・・・・・・・・・」

「・・・ん・・・っ・・・!」



























 鏡にその身体を押さえつけ、新一は口唇を塞いだ。

 志保は何が起こったのか一瞬解らない。





















 ・・・そしてそれは、やがて離され。































 至近距離のまま、2人は見つめ合った。





























「・・・どういうつもりかしら」

「どうって・・・・?」

「貴方の気まぐれに付き合うつもりはないわ」

「・・・・・だってすげえ綺麗だからさ」





























 耳元に囁かれる声。



 ・・・・それは、いつもの憎たらしい微笑の工藤新一。































 何よそれ・・・・どういうつもり・・・・・・?

































 すっと身を離し、カーテンを開け新一は出ていく。

 すると丁度店員が帰ってきた。



 着ているものからタグを取り外されている時。

 志保は、会計へと向かう新一を呼び止めた。

























「ちょっと。靴はこのままなの?」

「へ?」

「どうせなら、そのヒールも買って欲しいわ」

























 志保がはいてきたのは、サンダルだ。

 この格好には似合わない。

















 ・・・・新一は再び微笑いながら、『それもそうだな』とそれを追加した。






































ひとくぎり





























 その後、2人は渋谷の街を歩く。

 その光景は嫌でも街中の目を引いた。



 タレントではないが、テレビにも何度か出た事はある有名人の新一。

 そうでなくとも際立つ存在感なのに、その新一がとんでもない美人を連れて歩いているのだ。






 ・・・・・すれ違う誰もが、振り返るのも無理はない。





















「だから貴方と歩くの嫌なのよ・・・・」

「何で? いいじゃん、注目されて」

「私を巻き込まないでって言ってるの」

「・・・・でも、ほとんど宮野見てると思うんだけどなあ。あのさ、自分がどれだけ綺麗か自覚した方が良いと思うぜ? あ、次こっち。ちょっと欲しいのあるんだ」

「もう・・・・後で私の買い物にも付き合ってよね」

























 息を付くが志保の表情は柔らかい。



 ・・・・でも、瞳の奥に見えるのはどこか寂しげな光。





























 貴方にはあの人がいるのに。

 貴方は、あの人を離せないのに。











 ・・・・帰るのはあの人のもとなのに。





























 どうしてあんな事をしたの・・・・?





























「宮野?」

「・・・今行くわ」































 志保は、この時まだ知らない。













 新一と蘭が今どんな状況にあるのか。

 それに、どれだけ志保が関係しているのか。



























・・・・2人の距離は確実に近づいている事を、まだ知らない。










































Fin