サクラ、フワリ




 目を開けたら、そこは暗闇だった。











































 見慣れた天井。

 懐かしいにおい。



























 何もかもが、あの日のまま。

















































・・・・・・俺がいなくなったあの時のままだった。






































ひとくぎり































「今度はいつまでいられるの?」

「え?」

「だって、どうせまた『事件が残ってる』とか言って行っちゃうんでしょ」















 天気のいい土曜日。

 幼馴染である毛利蘭が、久しぶりに家に帰ってきた工藤新一のもとへ顔を出した。



 自前のエプロンと雑巾。

 長く空けていたこの家を、一日がかりで掃除する計画だ。















「・・・・しばらくいるつもりだけど」

「ホントに?」

「何だ、疑り深いな」

「新一がそう言ってても、どーせ事件の方が寄ってきちゃうのよね」

「そりゃ俺のせいじゃないし」

「はいはい」

















 蘭の反応は、いたって普通だ。

 それも仕方のない事。









『工藤新一』がやっと元の身体に戻れた。

 それがどんな道のりで、どういう背景があってこの朝を迎えていたのかなんて―――――――・・・・・







 ごく一部の人間しか知らない事だった。























 毛利蘭にとっても。

 小五郎や、高木刑事そして学校の友人達も。





















 ・・・・・ただ、『事件で飛び回っていた新一が、やっと帰って来た』という『事実』だけだったのだから。



































 ―――――――・・・・まあ。



 蘭は、一時的に戻った俺とか誰かが化けた『俺』に何度か会ってるしなあ。























 今更戻った所で『感動の再会』ってもんでもないよな・・・・・・





























 新一は自分の手や足を確かめる。

 窓に映る自身や、目線の高さを確かめる。



 それは本当に欲してやまなかった『自分自身』。























「あ。そうだ、午後から服部君たち来るって」

「へ?」

「春休みはもう終わっちゃったけど、東京の桜がやっと咲き始めたよーって言ったら、じゃあ新一の家の庭で花見しようって事になったの」

「勝手に決めんな!」

「いいじゃない。それに、掃除手伝ってくれるって。この家、あたし達で掃除してたら日が暮れるわよ?」

「・・・・・」

「って事で、まずは上からね」

















 にっこりと微笑まれたら逆らえる訳がない。

 新一はハタキを渡されると、2階へ上がる階段へ押しやられてしまった。






























ひとくぎり





























 窓を開ける。

 強い風が入り込み、新一は咳き込んだ。





















「うっわー 花粉、飛んでんなー」















 今年は飛散量が半端じゃないらしい。

 自分は別に花粉症ではないが、この先ならないとも限らない。



 だからなるべく浴びない様にと窓を閉めた。















 一足先に戻った灰原が言っていた。

 暫くは色々と後遺症が出るだろうから、用心するようにと。



 戻る前までは『はいはい』と軽く返事をしていた。

 でも、今日の朝に目覚めて視力が下がっているのに愕然とした。











 まだ酷くはないから蘭も誤魔化せてはいるが、悪化すれば眼鏡は必須だ。

























 ・・・・・・・新一は、深く息を付いた。



























「ん?」













 その時、机の上の携帯が鳴った。

 服部平次だ。



















「服部?」

『おー ホンマに工藤の声やな~』

「なんだそりゃ」

『せやかて「ちっこいボウズ」の声で聞きなれとったしな。良かったなあ、戻れて』

「・・・・おかげさまで」

『せやせや、俺いま米花駅なんやけど、ちょお出て来れへん?』

「は?」















 つい素っ頓狂な声を出す新一。

 それも無理はない。



 確か昼過ぎに来ると聞いていたからだ。














『何や。変な声出しよって』

「だって昼過ぎに来るって聞いてたし、それに俺んち知ってんだから直接来りゃいいだろ?」

『あー・・・・・ その何や、スタバで珈琲飲みたくてな。おごったるから』

「和葉ちゃんいるんだろうが。二人で飲めよ」

『アイツな、昨日ちょお親戚のオバはんとこ行っとって先に東京来とるんや。12時にスタバで待ち合わせしとんやけど、早く着きすぎてな~ あと1時間も暇やっちゅーねん』

「そうなのか」

















 新一は時計を見た。

 11時ちょっと過ぎ。

















『な?』 

「しょうがねえな。解った、待っとけ」

『おおきに』

















 そうして会話は途切れる。

 新一は携帯を閉じると、財布と一緒にショルダーに放り込んだ。





 階段を駆け下りる。

 すると蘭が、雑巾がけをしていた。















「新一?」

「服部がもう駅に着いてるって言うからさ、ちょっと出てくる」

「そうなの?」

「和葉ちゃんと12時に合流するんだけど暇だからってさ。だから、ついでに昼飯買ってくるよ」

「そっかー 和葉ちゃん、この家知らないんだったね」















 いってらっしゃいと見送られ、新一は扉を開けた。

 するとまた風が舞う。





























 ・・・・・桜の花びらが視界に広がる。















 確かに季節が変わり出している事を感じながら、新一は駅へと向かった。








































ひとくぎり































「おー ココやココ」

「ったく、すげーな風」

「・・・・何かついとる」

「ん?」

















 米花駅。

 そのすぐ近くにあるスターバックス。



 平次は窓側に座って入ってくる新一を見ていた。

 そして目の前に現れた彼の髪に、手を伸ばす。



















「桜か。絡まっとった」

「あ。悪い」

「何飲む? ほいカード。好きなもん買うてええで」

「サンキュ」



















 平次がスターバックスカードを差し出すと、新一は笑顔を振りまく。

 そういう所は『コナン』と変わらへんなあと思った。



















 ・・・・でも、今話しているのは確かに『工藤新一』。





 何度か会った事はあるけれど、今度こそ本当に取り戻した『彼の本当の姿』だった。































「おい服部」

「へ」

「・・・・何ボーっとしてやがる」

「あ、いや」

















 すぐに新一が戻って来た。

 何を頼んだかと聞いたら『カフェミスト』らしい。



 平次はカードを受け取ると、改めて目の前の彼を見た。















「そんなに元の俺が珍しいか?」

「そらそや。ちっこい工藤は慣れとるけど、こっちの工藤には慣れてへん」

「何だそりゃ」

「・・・・ホンマ良かったな。もう、そのまんまやな?」

「だと、思うけど」





















 平次は本当に嬉しそうに笑みを見せていた。

 それは、新一が気恥ずかしくなるほど。























 でも、物凄く嬉しかった。





 ―――――――・・・・・こんなに喜んでくれたのは、事情を知っていた僅かな人たちだったから。



































 一番初めは、阿笠博士。

 夕べ電話した両親。















 そして、服部。
























 ・・・・新一は顔を伏せる。































「どないした」

「・・・・何でもねえよ」

「顔、真っ赤やぞ」

「うるせえな」



























 新一は、ただ嬉しかった。



 本当に嬉しかった。



























 元に戻りたくて。











 戻りたくて戻りたくて――――――――――・・・・・

































 ・・・・・・自分は小さなままなんじゃないかと、諦めかけてた時もあったけど。









































「工藤」

「・・・何だよ」

「おかえり」

「!」

「ホンマに『お前』に逢いたかったで。これから宜しゅうな」

































 ・・・・・・・・・・・・この時の気持ちをどう表現したらいいのか解らない。







































 『コナン』になる前まで、俺は服部を知らなかった。

 知り合ったのは、小さくされた後だった。























 あれから長い時間を共にしてきたけど。





 一時的じゃなく。 

 『本来の姿』でこうして向かい合うのは、『今』が初めてだから。



























 だから。









































「・・・・・・・こっちこそ。俺は工藤新一。改めて宜しく」

































 新一は、綺麗に微笑いながら彼に右手を差し出した。








































ひとくぎり

































 目を開けたら、そこは暗闇だった。





































 見慣れた天井。





 懐かしいにおい。































 何もかもが、あの日のまま――――――――――・・・・・・







 でも。

































 ・・・・・・・・窓を開けたら、桜の花びらと『何か』が俺に舞い込んできた。


















































Fin