想いの真実
















 雨が降っていた。

 しとしとと、風も吹かずまっすぐに。

















「・・・工藤?」













 家の近くの本屋まで、出ていた帰りだった。

 お目当ての雑誌と新発売の缶コーヒーを買った服部は、足早に公園をぬけようとした。











 服部平次。



 大阪府警本部長の父親を持つ、関西の高校生探偵だ。鋭い観察眼と、考察力でいくつもの助言を父親にしてきている。

 何かの先祖がえりか、もともと色素の濃い服部の身体は、夜に見るとますます瞳だけが異様に浮かび上がっていた。















「雨、降ってると暑うてかなんなー・・・」













 その時、視界に何やら動く物が見えた。













「なんや?」









 思わず近づいてみる。

 薄暗い公園の、しかも夜は12時を過ぎているこんな時間だ。雨も降ってる。

 

 柵の近くのベンチの横に、そいつはいた。













「お前・・・工藤やろ?」









 傘を開いたまま地面に置き、そいつは服部に背を向けたまま座りこんでいる。 

 服部は返事の無いその男の肩を掴み、こっちに向かせた。











「人が話しかけてんのに、無視はないやろ!」















 そうして向けられた顔は、確かに工藤新一。





 そう。

 この服部平次と共に高校生探偵として、警視庁では知らない者は居ないとまで言われている存在だ。

 母親ゆずりの切れ長の目をこちらに向け、きっと睨む。



 そして、返ってきた答えは・・・服部の予想外のものだった。



















「・・・・・・誰だ、おまえ」





















 

 思わず、持っていた買い物ビニールを落とす。



















「だだだだ・・・だ、れ、や・・ってえ?!」













 自分の傘も放り投げ、その男の肩を揺らす。













「いくら、あんまり逢うてへん言うたかて・・・俺を忘れるなんて、どうゆーこっちゃ!!?こら!工藤っ何か言え!」















 けたたましく揺さぶられて、そいつは服部の手を払った。

 そして睨み付ける。











「だから、あんたなんか知らないって言ってるだろ? 何だよいきなり」











 彼の足に仔猫が寄りついてる。















「よしよし・・・今ミルク買ってきてやるからな」 













 その猫を抱き上げる。

 服部に向けられた視線とは、まるで違う優しい目を向けて。















 「工藤やないって・・・その顔でか・・?」













 初めて工藤新一に会ってから、この顔を忘れたことなど無い。

 それだけインパクトの強い美形だったからだ。











「ほんなら、あんたの名前は?」

「・・・・なんで初対面の人間に名乗る必要があるんだよ」













 そそくさと傘を拾い上げ、猫を抱えてその場を立ち去ろうとする。 

 彼は、おぼつかない足取りで服部の横を通り抜けた。













 工藤新一ではないと言う。

 あいつと同じ顔、同じ声、同じ瞳の光をしてるのに。



 ・・・でも、そういや元に戻ったなんて聞いてない。

 昨日もコナンとしての工藤と電話をした。しかもここは大阪だ。



 













「家、どこや」

「・・!?」













 走り追いつき、工藤新一を同じ顔をしているその男の傘を取る。

 急に右手から傘の感覚が消え、彼は何だ?と言う顔をして、後ろを振り返った。













「猫かかえて傘はつらいやろ」

「・・・なんなんだよ、あんた」 

「すまんな、ちょいと知り合いに似とったから、間違えてしもたみたいや」

「初歩的なナンパの手段だな」











 言うなり、服部から傘を奪い返す。

 そしてそのままきびすを返し、走り去った。











 服部は、立ちつくす。

















「・・・人がしおらしく謝ってんのに、ナンパやとお~?!何が悲しゅーて、オトコなんぞ引っかけなあかんのじゃ!」















 あの工藤新一の顔で言われたから、よけい腹が立つ。

 まるで、あいつにコケにされた気分だ。 



   



 











『・・・誰だ、おまえ』



















 暗闇に雨は降り続く。

 服部は自分の傘を開き、家に向かった。






















ひとくぎり



























「あああああっ!! やっぱ気になるっ」













 服部は、さっき逢った工藤新一そっくりな男が気になってしょうがなかった。

 家に着いて、部屋で雑誌を読んでいる時も、片時も頭を離れない。



 毛利の探偵事務所に電話して、とりあえずコナンがいるのかどうかを聞こうと思ったのだが、なにぶん夜中も 1時を過ぎていて電話ができる時間帯じゃない。













 ・・・・もしもや。





 あれがホンマに工藤新一だとして・・・なんで何の連絡も無しに突然大阪おんねん?

 しかも、真夜中の雨の公園で猫とじゃれあっとるのも訳わからん。







 そんでもって・・・俺を知らんゆうのは何や?!















 3時になっても寝付けない。

 服部は、もう一度あの公園へ行ってみることにした。





















 雨は上がったようだ。

 水たまりを、ひょいと飛び越え、公園の入り口に立った。



 夜の公園は、何とも言えない寂しさが包む。

 街灯が、服部をさっきの場所まで導いた。















 蒸し暑い。

 さわさわと、生ぬるい風が揺らぐ。



 彼は、いない。

 柵の側にも、ベンチにも、どこにも。







 服部は、大きくため息をついた。

















 ・・・俺は、何やっとんのや。



















 向かいのブランコに腰掛ける。 



















 ・・・・何で・・・こない気になっとんのや・・・・・



















 解らない。

 解らないけど、離れない。







 あの時、走り去る前に見たあの瞳が、頭から。













 あいつの方が、捨て猫みたいだった。

 そんな、瞳。















 ふと耳を澄ますと、にゃあ、という声がする。

 服部は、鳴き声のする方を見る。



 砂場の横の、滑り台の下のトンネルだ。

 また、にゃあ、と声がして、しっぽを見せた。













 服部は、そのしっぽが出てきたトンネルへ向かった。

 そいつは、てててと歩いてくる。



 しっぽは、やはり、さっきの彼が拾った仔猫だった。

 服部はその猫を抱えて、トンネルを覗いた。



















「・・・ここにおったんか」















 うずくまって、そいつは眠っていた。

















 やっぱりどう考えてもおかしい。









 こいつは、俺の知っとる工藤新一やない。 

 こんなふうに、こんな所で眠りこける奴やないはずや。


 それとも、なんか事件に巻き込まれとるんか?

















「おい、起きい」













 猫を下ろし、ぺちぺちと頬をたたく。













「!?」













 手に伝わった温度が、異常なまでに熱い。















「・・・おいおいおい・・マジかいな・・・」













 ここまで来といてほっとくわけにいかない。
 服部はまたひとつため息をつくと、よいしょと彼を背負い家に戻った。
























ひとくぎり































 38度。

 そら、猫に傘与えといて自分が雨に濡れとったら、風邪ひくわな。



 額のタオルを換えながら、服部は自分のベットを占領している男の顔を眺める。



























 ・・・やっぱ工藤にしか見えんよなあ・・・・・?



















 記憶を辿る。



 この自分と対照的な肌の白さ。目線の感じ・・・顔、瞳、声、と言ったことすべてが、どう考えても工藤新一としか思えない。



 とにかく、こいつが目を覚まして話を聞けば解ることだ。

 今は・・・4時。



 いい加減あくびが止まらなくなってきていた服部は、いつの間にかベットの脇で眠りに落ちていた。



















 眩しい朝の光で、服部は目が覚めた。



 ベットの中に彼はいない。

 どこに行ったのかと辺りを探すと、入り込んでくる風の方向に、見つけた。













 窓辺で空を見上げている、彼を見つけた。

















 すると、彼は服部が目が覚めたのに気づいた。

 ゆっくりとこちらに歩いてくる。


 服部は、やっと口を開いた。



















「・・・起きて大丈夫なんか?」













 まぶしい。

 朝の光のせいだろうか?















「・・ありがとう。助けてくれたんだな」













 ふわりと、やわらかい表情をして、そいつは言った。





















 ・・・目が覚めたら、何故かベットで寝ていた。















 側には、夕べ出会った男が眠っていた。


 頭の上には、タオル。

 悪寒が止まらなくて、公園の滑り台の下に入ったところで記憶は止まっていた。



 そして、この状況。

 夕べ出会ったこの男が助けてくれたと、瞬時に把握できた。

















「と、とにかく、汗かいたやろ。シャワー浴びてき」











 服部は、タンスから取り出したTシャツと短パンを渡し、有無を言わさず腕を掴み風呂場まで連れていく。















「それ着替え。よく温まれや。あ、それとコレぱんつ。新しいから」













 一気に言うと、バタンと戸を閉める。

 足早に自分の部屋まで戻ってきた服部は、ドアにもたれたまま座り込んでしまった。



















 ・・・ななな何、照れてんのや俺・・・・・・?

















『・・ありがとう。助けてくれたんだな』

















 あの、あいつの顔で、声で、礼を言われてしまった。


 しかも、見たことない笑顔で。

 上目使いの、笑顔で。





 服部は洗面所で思いっきり顔を洗い、気を取り直して毛利探偵事務所に電話をすることにした。

















『はい、毛利です』

















 この声はコナン!













「俺や、服部や! やっぱおまえ、元に戻っとらんのやな?!」

『・・・なんだお前か』















 相手が服部と知るや否や、いつもの憎らしい口調に戻る。

 どうやら今、近くに人はいないらしい。聞くと、蘭は部活で日曜の午前中は学校、おっちゃんは朝から出かけているらしかった。









 何の用だ、と言われるのと同時に服部は、昨日からの出来事を一気に話し始めた。

 その後のどの渇きに気づき、台所へ移動する。













『単なるソックリさん、とやらなんじゃねえのか?』

「俺もな、最初はそう思とったんやけど・・・見れば見るほど工藤としか思えへんのや」
『・・・・・お前俺のホントの姿ろくに見てねえだろが』

「アホぬかせ! これでも西の、と言われとるんやで? しかもあんな美形、滅多におらへん! 間違えるわけない!」

『あ・・・そ・・』









 受話器の向こうでコナンは黙ってしまった。
 どうやら照れているらしい。









 綺麗なモンは、綺麗。と言い切る主義の服部は自分の言った事など気にもとめず、冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出すと、グラスへ注いだ。

 それを一息に飲みきると、話を続ける。













「せやけどなあ・・・お前が確かにそこに居るっちゅうことは・・やっぱ他人なんやろなあ・・・」

『なあ、服部』

「あ。あいつ出てきよったわ。ほんなら、何か聞き出したらまた連絡いれるさかい、お前携帯の電源いれとけな!」

『おい服部!』 









 コナンが何か言おうとしていたのだが、服部はそのまま受話器を置いてしまった。

















 胸が、大きく息をはく。


 コナンは、何か思い当たる様な気がしたのだ。

 でも、解らない。



 今日の夢の中で、見覚えのある部屋が見えた。

 かと思うと、真っ暗い闇の中だった。













 ・・・・ ただの、いつもの夢だと思うのだが、何かひっかかった。   





















 バスルームの扉が開き、ほこほこになったそいつが現れた。













「気分はどうや?」

「・・・大丈夫みたいだ」

「─────そら良かった・・」













 また、ふわりと。

 本物でさえ見たことのない笑顔で微笑まれ、服部の心臓が一瞬跳ねる。



 ・・なんで跳ねるねん。そう思いながら冷蔵庫を開ける。

















「・・アイスコーヒー、好きか?」

「・・・多分」

「は?」













 何か飲み物でも出そうとして返ってきた返事は、まるで他人事のものだった。















「自分のことやろ?なんや多分て」

「解らないんだ」

「あん?」

「───────俺は、自分が誰なのか解らないんだ」

「・・・・・・」

























 ぽかんと。

 服部は、それこそ漫画のように大口を開けてしまった。



















「・・お前は、昨日俺を見てなんとか、って言ってただろ?・・・そいつ、友達?似てるのか俺に?」

「お、おい・・・冗談やろ?」













 すがるように見つめられ、服部は混乱してきた。



















「・・・!!」















 その時、服部は目の前の工藤のTシャツから覗く白い二の腕の内側に、三角形の形をとるホクロを見つける。















 ──────まさか!?こいつコナンと同じトコにホクロついとるやないか・・・

 んなアホな・・・・そしたら・・

















「なっ、何」













 おもむろに目の前の頭を引き寄せ、頭部を探る。















「!!・・・そんな・・」













 その頭には、痛々しい傷跡が残っていた。



 謎の組織の連中に襲われた工藤新一は、頭を殴られた痕が消えずに残っていたのだ。

 普段は髪の毛に隠れて見えなくて良かったよと、コナンが以前見せたのだ。





 この痕跡があると言うことは、目の前の男こそが工藤新一に違いない。



















 ・・・・そうゆうことかいな・・・















 やっぱり工藤は元に戻ってて、俺を驚かそ思てこんな芝居しとるんやな。

 電話に出たのも、あのコナンの正体を知っとる博士とかいうんが変声機つこてたに違いない。







  俺んこと騙そう企んどるんやな、工藤───────!!

















 服部はにやり、と口の端を上げる。





















「─────・・・・・とりあえず、飲めや」















 さっきのアイスコーヒーをグラスに入れ、渡す。

 そいつは黙って受け取り、こくりと一口飲んだ。



 そのあまりにも可愛らしい工藤らしからぬ飲みっぷりに、服部はまたドキリとしつつ、首を振る。















 アカンアカン!! これもコイツの手や。

 俺の反応見て楽しんどるだけや!



 俺を騙そうったって、そうはいかん。

 演技なら、絶対にボロを出すはずや・・・・・・



















「・・・俺の名前、知らんよな?」

「知らない」

「俺はな、平次っていうんや。へ・い・じ。平和のへいに、次回のじや。んで、お前は工藤。くどうしんいち。カタカナのエと藤に、新しい一本線の、しんいちや」 

「くどう・・・しんいち・・」















 その工藤新一は、何度も確かめるように小さな声で呟く。

 その様を見て、服部はまたにやりと笑った。

















「そうや・・・・しかもな」

「?」















 そしておもむろに顔を引き寄せ、何事かと見上げるその唇と自分のそれを合わせた。

 突然の事に、工藤新一は目を見開く。  



























「────────俺ら、こうゆう関係なんやけど?」



























 唇はすぐにはずされる。

 そいつの瞳は、ずっと服部を見つめていた。



 服部は、もちろんこう思っていた。











 いくら何でもここまでされて黙ってる訳ないやろ。

 すぐに蹴りだの拳だのが飛んでくるはずや。ま、そんなのかわしたるけど。


 そうすれば俺の勝ちや。



 さあ、とっととシッポ見せんかい、工藤!

















 そうしてふふんと勝ち誇った顔をして反応を待っていた服部だが、次の瞬間、彼が本当に何も知らなくて、記憶も無くなっているらしいのを思い知った。





























「・・・・そうなのか。悪いな、何も覚えてなくて・・・その・・平次」





























 ───────な、なんやと!!?   













 これには服部はさすがに動揺を隠せなかった。

 身体中に火がついたように体温が上昇しているのが解る。

























 何で蹴りをいれない?



 何でなぐってこない?







 しかもこいつ、今なんつった?

 俺んこと、なんつった!?











 コナンの姿ではよくぶりっこで言うてたけど、工藤新一の声ではねだっても絶対言うてくれへんかった俺の名前を、言うてなかったか!?





























 ああああああ!! おまえホンマに記憶無くなってしもたんか────────!!?































「どうか・・・したのか?」

「悪い、ちょお部屋戻っててくれんか? すぐいく」









 服部は、飛ぶように居間に行き受話器を取ると、あっちの工藤の携帯番号を押した。

 ワンコールで、相手は出る。











『はい、工藤です』

「工藤か? 俺や俺! おまえ、ホンマは博士とかなんやろ!?」

『・・・何だよそれは』

「とぼけんな! もうネタはばれとんのや。工藤は昨日からこっちに来とる! 俺騙そう思て元に戻ったの内緒にしとったんやろうけど、あいつ記憶無くなっとるやんか! どーゆーこっちゃ!?」 

『服部? 言ってる事がよく解らないぞ』

『新一君、どうかしたのか』

「──────!?」

















 服部は驚いた。

 なんと電話の向こうから工藤新一の声と共に、重なるようにその博士の声も聞こえたのである。



 阿笠博士とやらがあの変声機で工藤として電話をしてないとすると・・・どうゆうことや?













『・・・おい服部、説明しろよ』











 すると今度は相手が服部と解ったため、変声機をはずしてコナンの声で返してくる。



 服部は先に受話器の向こうにいるのが本物かどうか、2人が最初に出会った事件の概要や、状況、今までの事件などを話させた。

 コナンはぶつぶつ言いながらも正確に答えてゆく。



 その口調、論理の組立てなど、やはり工藤新一に違いなかった。

 決定的なのは、あの傷を知っていたことである。







 コナンが工藤新一だと見破った、ホームズフリークが集まった別荘での事件の時だった。



 あまりにも子供らしからぬ言動をするコナンを不振に思っていたら、案の定その子供が工藤新一だったのだ。

 事件も解決したその夜、頼まれてコナンを連れて風呂に入った時だ。


 服部の脇腹に大きな傷跡を見たコナンが、どうしたのかと聞いてきたのだ。

 それは剣道の試合中負った大怪我の痕。











 それを電話の向こうのコナンが知っているのだ。本物に違いない。

















『当たり前だ! それに俺はまだコナンで、新一に戻ってもいない!』 

「工藤~・・・俺もう、わからんわ・・・確かにお前は工藤や。けど、こっちにおんのも確かに工藤なんや・・・・どうなっとんねん・・」













 服部はソファに沈み込んで項垂れた。













「とにかく! お前がお前か確かめんのは本人が見んのが一番やろ? こっち来えへんか」

『わりーんだけどな、こっちも小学生の都合があんだよ。お前が来い』

「俺も今日バスケの助っ人頼まれとんのや・・・行かれへん」

『──────そいつと話せるか』

「へ?」

『話してみれば何か解るかも知れないだろ』

「なーる。ちょお待っとれや」

















 ソファを跳ね飛び、保留を押し、自室へと向かう。

 ドアを開けると、おとなしくベット脇に腰掛けている工藤の姿を見つけた。


 近くへ行き、受話器を差し出す。

















「・・・何?」

「ええから、出てみ」

「・・・・」













 受け取り、保留ボタンを解除する。



















「もしもし・・・」















 服部は、じっと様子をうかがった。

 しかし、何度か話しかけても返答が無いらしい。















「・・・・誰も出ないけど」

「はあ?貸してみ」











 受話器を奪い取り耳にあてる。何も聞こえてこない。











「おい! 工藤っ! 何しとるんや早よ出えっ!」

「・・・・くどう?」















 服部の怒鳴り声の中に『くどう』の単語を確認し、『工藤新一』は眉を寄せた。

















 ・・・工藤、というのは自分の事ではないのか?

 違う工藤が電話の向こうにいるのか・・・?



















「ちっ・・どうなっとんのや!」



















 何も答えない受話器にしびれを切らし、もう一度かけ直そうとしてもボタンが効かない。
 色々試してみたが、暫くして服部は諦めた。























「くどうって・・・誰?」 

「ああ・・工藤新一や。切るなゆうたのに・・・」

「くどうしんいち?」

「──────!?」























 しまった!!

 思わず出た言葉に服部は口を押さえた。























「どういうことだ・・・・・同姓同名がいるのか・・・?」

「そ、そーなんや! 東京にな、おるんやけど・・・・おもろいから、お前と電話で話さそ思てたんや。声も同じなんやで? 興味あるやろ?」

「・・・・・」





















 睨むように服部に詰め寄っていた工藤は、だがふと目線を落とした。



















「・・・・・俺は本当に何も解らない。俺だと思ってた男が実はちゃんと存在していたんなら、俺はやっぱり別の誰かだと言うことだろう?」

「工藤・・・・」

「───────工藤、じゃないよ俺は・・・お前の工藤じゃない。そいつ、東京にちゃんといたんだろうが。全く別の、赤の他人だ」



















 そう。そうだ。工藤はコナンとしてまだ東京に居た。

 記憶を無くしているこの男は、そうするとどう考えても別人だ。





 でも。でも─────────────・・・・















 服部は本棚に走り、青いファイルを取り出した。

 新聞や雑誌をただ破ったままの記事が、大ざっぱに挟まれている。



 それを工藤に突き出す。

















「見てみい、これが工藤や! 何処をどう見ても、お前工藤なんや!」























 それは今まで工藤新一がメディアに出たスクラップ記事だった。



 ファイルを持つ手が震えている。

 そこに映っている写真は、紛れもなく自分。





 自分、だけど・・・















「全然、覚えとらんのか? 何かひとつ、何でもええんや、覚えてることないんか?」

「・・・夢。昨日の夜に見た夢ぐらいしか、覚えてない」

「どんな夢や」

「・・子供だった。目線がすごく低かった・・・走り回ってた気がする」

「子供やと?」

















 服部はすぐにピンときた。



















 ──────こいつ、コナンの記憶があるんや・・・

























 頭がくらくらしてきた。



 こうなったら自分の目を信じるしかない。

 こいつが工藤だ。工藤新一だ。



 東京のコナンは目で見た訳じゃない・・・・!

















「行くで」

「・・何処に」

「東京や。行って確かめるしか無いやろ」

「だ・・だけど」

「このままやと埒がアカン」

















 服部は、思い立つと即座に着替え、工藤にもタンスから適当に服を出し渡す。

 引き出しから財布を取りだし、中身を確認して舌打ちすると、ベットの下の隙間から隠し持っていた札を取り出した。



 それをポケットに押し込み、バスケの助っ人のキャンセルを連絡して、工藤の腕を掴み家を出た。
























ひとくぎり

































「おい!新一!!」















 阿笠博士がコナンの体を揺すっている。ここは阿笠邸の研究室だ。

 コナンは、携帯を握りしめたまま、その場に崩れるように倒れ込んだのだ。















「どうしたんじゃ新一! しっかりせんか!」













 博士の呼ぶ声にも反応がない。

 近くの長椅子にコナンの体を運ぶと、携帯を拾って耳にあててみる。















「・・・? 壊れたのかのう」













 うんともすんとも言わない電話をとりあえず置いた時、コナンが気付いた。

















「・・んー・・」

「気が付いたか、新一」

「あれ・・? 俺・・」

「電話の途中でいきなり倒れたんじゃ。ビックリしたわい」

「そうだ・・服部の電話・・! あてて」













 頭がズキズキする。何だ・・・?













「大丈夫か?」

「大丈夫、なんともないよ博士。それより服部の電話」

「それが壊れたみたいなんじゃ。音が鳴らなくなっとってな」

「ふーん・・」













 何で俺は気を失ってたんだ?

 確か大阪に高校生の工藤新一が記憶を失って現れて、そいつと電話で話してみるはずだった・・・とかだったよな。



 まあ、俺はこの通り此処にまだ、こんなガキのままいるんだし? 服部の奴が勘違いしてるだけだと思うけど・・・













 でも、気になる。



 コナンは今日、2度目の頭痛を体験した。

 そして、薄れる意識のそこで見えた物・・・











 あれは・・・大きな屋敷。確か服部の家だったのでは無いだろうか?

 大阪に遊びに行った帰りに寄った、大きな平屋。



 でも、その後のあの場面は・・服部の自室の記憶だ。

 コナンとして2・3度訪れたことがあったので不思議は無いのだが・・・おかしいのは目線だった。






 あの高さは・・・どう考えても元の高校生の目線だ。


 意識の中に出てきた服部も、俺に話しかけるときにかがんでいなかった。

 机もイスも、俺の下ろした手の位置にあった。







 ・・・・それが夢だと言うならそれまでだ。

 しかし。コナンは何かが引っかかっていた。















「博士、電話借りるよ!」













 そう言うと、備え付けの電話を取り、番号を押し始めた。






























ひとくぎり



























「・・・・10時か。12時過ぎには着くな」











 ふうと一息つき、シートを少し倒す。

 運良くのぞみ号の空席を確保できたのだ。これで普通より早く着く。











「あと5分はあるな。何か飲みもん買ってくるわ」











 そう言うと、売店に駆け足で出ていく。

 工藤はその後ろ姿を見つめた。

















 記憶が無い自分の存在を知ったのは──────────昨日の夜だった。

 雨が降っていて、ベンチに座っていた。



 俺は工藤新一なのか、違うのか。

 それは、これから向かう所に答えがある。















「これでええか?」

「ひゃっ」









 

 冷たい感触を頬に感じ、工藤はビックリして変な声を上げてしまった。













「はは、何ぼーっとしてんねん」











 アイスコーヒーを渡し、自分の分をぷしゅと開けながら隣に座る。

 工藤は、しばらく服部の顔を見た。















「な・・・・何や」

「工藤・・・って東京に住んでるんだろ? 大阪に居る平次となんで知り合ったんだ?」

「へ・・」













 平次と呼ばれるこそばゆさに、いい加減耐えられなくなっていたその時に、電車は発車した。













「そ、それはな・・・おわっ」















 同時にポケットの携帯が振動する。  















「悪い。デッキ行ってくるわ」





 取り出しながら車両を出て、ボタンを押した。











「はい、服部」

『やっと繋がった!・・・ん? お前今何処にいるんだ』









 それはコナンからだった。さすがに鋭い。













「おお、工藤か。実はな、今そっち向かっとんねん」

『はあ?』

「もちろん、高校生のお前連れてな」

『・・・そうか。その方が話が早いな』

「何がや?」

『いや。・・・じゃあ直接俺の家に来てくれ』

「あ、おい工藤!」













 そして電話は切られてしまった。















「なんやねん、あいつ・・・」











 あいつと言ってもどっちが工藤かは、まだ解らない。

 せっかくの日曜にえらい難問にブチあたってしまい、は~と服部は大きく息をはいた。













 車両に入ろうとした時、硝子の向こうに工藤の横顔が見えた。



 視線は窓の外。

 窓枠にひじをついて、ただ窓を眺めている。















「・・・・・」













 そうや。そうやった。

 一番つらいのはコイツやった。



 自分が何処の誰なのか。

 工藤新一やなかったら、警察に行くしか無くなる。













 ・・・・・行かせたくはないけど、仕方ない。























 その時、服部に気付いた工藤がぱっと表情を変え、笑顔を向け手を振る。















 ──────・・・何となく、こっちが本物の工藤だったらええなあと、服部は思った。






























ひとくぎり





























 おかしい。

 頭痛が止まらない。





 コナンは自分の家のベットの中でうずくまる。

 薬を飲んでも全然効かない。それどころか酷くなる一方だ。



















「もう・・・何なんだよ・・・」















 眠ればましになるかと思っても、寝付けない。

























 夢を、見るのだ。



 浅い眠りの中に自分が居る。

 元の姿に戻った、自分が居る。



 見たことも、行ったこともない場所に立っている。

 夢のはずなのにやけにリアルで、夢の中で雨に濡れて。









 これは、俺のカンだ。

 多分服部が連れてくる奴は────────・・・















「!」













 その時、耳元の携帯が鳴った。

 壊れてしまったのかと思ってたから、コナンは驚いた。



 頭を押さえつつ、取る。















「・・・もしもし・・」

『工藤か?!悪い、そっち行くのちょお遅なるかもしれん』

「・・・・どうかしたのか?」

『あいつ消えてしもたんや! 米花駅降りてトイレ行っとる間に!』

「何・・だと・・あうっ!」











 激しい頭痛がコナンを襲う。













『どないした!?』

「ちょっと頭痛が酷くて・・・解った。俺も探すよ」

『大丈夫なんか』

「お前より俺の方が此処は詳しいからな」

『ほんなら、頼むで』















 走りながら電話していたらしく、息を切らしながらそれだけ言うと服部は携帯を切った。























 行方不明─────────・・・・・?















 その時コナンの頭に頭痛と共に浮かんだ景色があった。

 見覚えのある風景。



 また、目線が高い。

 子供が通り過ぎていくのを眺めている。

















「・・・行かなきゃ・・」











 きっと、あそこにいる。

 脇に落ちている眼鏡を拾い、息も荒いまま、コナンは外へ出た。




























ひとくぎり

































 手無津川沿いの、米花緑地公園。

 いつの間にか、記憶を無くした工藤新一は此処に来た。







 駅に着いたとき、妙な既視感に襲われた。

 気が付くと1人で街中を歩いていた。



 日曜の昼間のせいか子供連れで賑わっている。

 川辺の草の上に寝そべり、空を仰ぎ見た。



















『あんま考え込むと、身体に良くないで』

「─────・・・!?」



















 瞳を閉じた途端、頭の中に声がした。



















『もともと高校生の脳ミソが小1の頭に入っとんのや。その内、倒れてまうぞ』























 何だ? 何の記憶だ?

 俺は、思い出しかけてるのか?























『そいつらの事は親父にも聞いとくさかい、無理すんなや工藤』























 工藤!?













 語りかけてきた言葉の中に『工藤』の単語。

 ということは、俺は本当に工藤新一なのか?























 跳ね起き、穏やかな水面を見つめる。

 風が、前髪を揺らし通り過ぎた。





























「よお─────────・・・・工藤新一」

「!?」





























 くどうしんいち。

 そう呼ばれて振り返る。





 そこには、小学校の低学年あたりの少年が立っていた。



























「・・・君は・・?」

「俺は、江戸川コナン──────・・・・本当の名は・・・工藤新一だ」

「!」



























 子供らしからぬ鋭い光を放つ目。

 眼鏡をかけていても少しも損なわれないそれは、確かに自分と同じもの。



 2人は数瞬間、視線を外せなかった。























「まいったなー・・・ホントに俺だ・・・」

「え・・・え?」



















 工藤新一の姿の方は、コナンの発する言葉が理解できない。















 どういうことだ? この子供が工藤新一?

 もうひとりの俺って・・・この子?

















「おいおい頼むから止めてくれ。俺の顔で怯えた目、すんのは」

「俺の顔・・・って、どう見ても違うと思うけど」























 は~・・・とため息をコナンはつく。





 まだ残る頭痛が、この場所を示したのだ。

 提無津川沿い米花緑地公園。

















 ここに、俺の半身が待っていると。































「とにかく、もうすぐ服部が来るから、それから俺ん家行こう」











 場所が解ったとき、服部の携帯に電話をした。

 米花町を良く知らないだろうからタクシーで来いと言っておいたのだ。













「は・・っとり?」

「お前が駅で置き去りにした大阪弁の男だよ」

「・・・あ、平次の事か」

「は? へいじ!?」















 コナンは、工藤新一の姿をして工藤新一の声で『平次』と言っているこの事実に、耳を疑った。



















「お、お前アイツのこと、へ・・へいじって呼んでんの?」

「そう俺が言ってたって」

「・・・・・・・・あんにゃろう・・・楽しんでんな・・・・・」

「お前・・・ホントに工藤新一?」

「もうすぐ全部わかるよ。──────・・・あ、来た」





















 公園の向こう側から手を振っている人影が見える。

 ひょいとガードレールを飛び越え走ってきた。



















「遅かったな」

「おまっ・・・お前なあ・・・・タクシーなんつーもん、簡単に捕まる訳無いやろ!」

















 息を切らし大きく肩を上下する。

 服部は、コナンの向こうに捜していた工藤新一の姿を認め、じりじり詰め寄った。

















「おい・・いきなり消えんなよ自分・・どんだけ捜した思うんや・・」















 まだ息が整って無かったが、迫力は充分ある目で睨み付けられる。



















「────・・・ごめん」

















 視線を落として素直に謝る工藤新一に、コナンは耐え切れなかった。





















「だあああああああああああ!!! 俺はそんな顔しなあああいっ!!」

「何やねんな。・・・ああ、やっぱコナン存在しとったんか。んで? どっちが本物?」

「早く俺ん家行くぞ!! このままじゃ心臓に悪いっ─────これ貸せ!」



















 コナンは服部のジーンズのポケットに引っかかっていた帽子を抜き取り、工藤新一の頭にかぶせた。















「?」

「誰に会うか判らないからな。なるべく顔隠せよ」

「ほんならタクシーで行くか」





















 そうして3人は工藤家に向かう。

 この不可解な、現象の決着をつけるために。


























ひとくぎり

































 周りを見回し、人通りが無いことを確かめて中に入る。





















「は~・・・でかい家やな~・・・」

「なあに言ってんだ。お前ん家の方がただっぴろいぞ」

「・・・・・・・」



















 工藤は一歩踏み入れた時から、既視感が止まらない。

 知っている。俺は、この家を知っている。















「工藤新一の部屋。何処だと思う?」

「え」















 コナンにいきなり問われる。

 工藤は何故そう聞かれるのか解らない。



 でも、覚えのあるこの階段。

 そう・・2階へのぼり、一番南向きのドアを開ければ・・・

















「なんや・・お前わかるんか?」













 ひとり階段を先にのぼる工藤を、服部は不思議そうに見ていた。

 コナンが服の裾を引っ張り、続こうとする服部を止める。 



















「解るもなにも・・・当然だ。あいつは工藤新一だからな」

「はあ? 何言っとんのや、じゃあお前は誰や?」

「もちろん、俺も新一だ」

「───────まさかとは思うんやけどな・・・まさか・・」

「自分の目で、確かめろ」

















 そう言い捨てると、コナンは自分の部屋のある2階へ向かう。

 服部は眉を寄せながら、その後を追った。

















 思った通りだった。



 ドアを開けて右側に机。正面にベッド、そして窓。

 窓からは阿笠博士の家。



















 足下に転がるサッカーボール。

 ひょいと拾い、軽くリフティングをしてみる。



 何もかもが、身体が、この部屋を覚えている。

 俺は、確かに、ここに居た。























「・・・・・・もうそろそろ、思い出してんだろ?」

























 コナンが、工藤に近づく。

 その目は、お互いの存在を確認した。



 よろよろと、ベットに腰を下ろす。























「────っ!」



















 コナンはまた頭痛を感じて、その場へ手をついた。























「おい、大丈夫か」

「・・・もうすぐだからな、平気だ・・」

















 服部が抱き起こすと、コナンはその手を払い工藤の元へ歩く。

 目線を同じ高さにした2人は、黙って額を合わせた。

















 服部は、その光景をただ見つめる。

 こちらを向いていた工藤の視線が、一瞬服部を捕らえて軽く微笑んだ。





 次の瞬間。





























「─────────!!?」































 強烈な閃光と共に風が舞い込み、服部は目を閉じた。

 そして再び開いた目の先にいた人影はコナン。



 江戸川コナンだけが、ベットの脇に倒れていた。

























「お、おい!! 何がどうなっとんのや?」















 ぺちぺち頬を叩いて気付かせる。

 小さく身じろぎをして、コナンは目を開けた。























「・・・・戻った・・のか・・・」

「戻った、て・・・ええ?」

「服部・・・今回は迷惑かけて・・すまな・・かったな・・」

「おい工藤!?」























 そうしてもう一度その瞼を閉じ、小さな工藤新一は気を失ってしまった。

























 服部はコナンの身体をベットに運ぶ。

























「・・・・・・」

































 消えてしまった工藤新一。

 戻ったと言ったコナン。



























「・・・結局どっちも本物だったっちゅーことか・・・・」



















 何が原因でコナンの身体から、新一が分かれたのか。

 その新一が、どうして自分の目の前に現れたのか。









 それはきっと、こいつ自身が一番良く知っている。

 服部は、子供には大きすぎる帽子をかぶったままのコナンからそれを外し、自分の頭に乗せた。

























「────・・・ちょっと、残念やったな」 

















 もっと話がしてみたかったのだ。 

 以前工藤新一と会ったのは、たった数分間だけだったから。

 そりゃあ、このちっさいのも工藤には変わりないのだが、やっぱり強烈に印象に残るあの工藤新一と会いたかった。

 記憶の戻った、あの生意気な口調の工藤新一と、もう一度。





















「さっきまでの工藤は・・・生まれたばっかのヒナみないなモンやったしな~」

「──────それで変な事吹き込んだんだな・・・」

「おわっ工藤!?」























 声がして気が付くとコナンが目を覚ましている。





















「なあんで俺がお前を『平次』なんて呼ぶんだ?」

「げっ・・おま、何でそれを・・・」















 相変わらずのジト目で服部を見上げる。

 服部は動揺を隠せない。

















「は、はははは。ええやん一度も呼んでくれへんやもん」

「─────しかも誰と誰が、どうゆう仲だって・・・・・・・?」

「は・・・・・・・・」



















 ぎくり。

 服部は一瞬心臓が止まった。























「ま・・さか・・分離した工藤の記憶・・全部・・・引き継いでいらっしゃる・・・?」

「てめえにあんな趣味があったとはな」

「あ、あれはお前がホンマに記憶無くしとるかどーか、確かめたかっただけや!」

「他に方法なかったのかよ?」

「あああああっ! とにかく、何でこうなったか解るように最初から説明せいっ!」



















 服部は自分のした事を棚に上げて、ここ一日の原因説明をコナンに求めた。







 コナンは大きくため息をついた。

 視線は天井を見つめ、ゆっくり言葉を紡ぎ出す。

















「・・・・説明も何も、昨日の夜、俺の中の工藤新一が何故か分離して大阪に実体となって現れた。俺の方は新一としての記憶も、コナンとしての今までの記憶もちゃんとあったから、その実体だけの新一の身体の方は一切の記憶が無かった。そしてお前がその新一を見つけてくれて、ここまで連れてきてくれた。それだけだ」

「はー・・・それだけって、お前大変だったんやぞ? こっちは!」

「わかってるよ。助かったよホント。あのままだったら俺、頭痛で死んでただろうし」

「どおせならコナンやなくて、工藤新一の方に戻ったら一件落着やったのにな~」

「全くだ・・・」





















 遠い目をして風をみるコナンの頭を、服部は撫でる。
 そのあとぽんぽんと叩いて、立ち上がった。



















「なんだよ」

「いーや、何でも。ほんなら俺、帰るわ。明日ガッコやし」

「・・そっか」

「───────・・・・なんかなくても連絡せいや、愚痴でも何でも聞いたるから」    

























 そうして服部平次は大阪へ帰っていった。

























 コナンは大阪での工藤新一の記憶を思い出す。



 目線のちょっと高い服部との会話。

 記憶が無かった自分の姿は、とても思い出したくはなかったが、違う服部の表情が見れてちょっと楽しかった、と今なら思う。



 結局、自分がまだ高校生に戻れないもどかしさが、今回の新一を生みだしたのだ。
 服部が話す何気ない学 校行事の話題に、焦りさえ感じて。



























「・・・愚痴、か。・・・あいつ俺の気持ち解ってたんだな」

























 コナンはそうして、そのまままた眠ってしまった。    































 その頃、電車の中の服部は思いだしていた。



 夕べの電話で、コナンの声の調子がそういえば変だった。
 あいつの気持ちも知らないで、自分の学校の話をするなんて、俺は自分が情けない。

 外面はどんなに平気そうにしてたって、不安じゃないはずが無かったのだ。




 元の姿に本当に戻れるのだろうか、という不安。

 その不安が、あの工藤を生んだ。























「・・・俺もまだまだ修行が足らんな」



















 帽子を取りだし反対にかぶり、後ろに人が座ってないのを確かめると、シートを深く倒す。









 大阪まで3時間。

 昨日の睡眠不足を補うかのように、服部はすぐ眠りについた。































 真夏の夜の夢。白昼夢。

 工藤新一の強い想いが呼んだ、もうひとりの自分。























 記憶を無くしても、それが、たったひとつの真実。




























Fin