8月の長い夜[02]







「―――――――・・っとり・・・・!! おい、服部起きろ!」

「ん・・・・?」

「ったくコイツは~ のん気に寝てんじゃねーよ」

「オラ。快斗とコンビニで買出し。行け!」









 どうやら、すっかり寝こけていた平次。

 新一に揺り起こされ、無理やり車から降ろされる。



 着いた先は、どこかのコンビニ。

 渋滞も抜けて、あと目的地までもう少し。





 次の運転は、新一。

 ラストスパート前の休息も兼ねて、立ち寄った訳である。














「ええっと――――――・・・・・残り30キロか」








 カーナビの表示を眺める。

 夕方になってきて雲が出始め、雨が降りだしていた。



 だが、蒸し暑さは変わらない。














「しっかしな~・・・わざわざ映画観にここまで来なきゃなんねーとは・・・」













 今回の計画を企てたのは、快斗だ。



 『昔の面白い映画をオールナイトでやってる所があるんだ。行かねえ?』

 そう言われた、平次と新一。



 まあ丁度、夏休みも終盤で暇を持て余していたからと『オッケ~』と軽く返事をしたら、なんと行く先は千葉の下あたりだと言うではないか。



 知ってる所だから、気兼ねすること無いと言うし。

 ま、いっか・・・・・・と。お昼頃車を飛ばしてきたのだ。













「・・・・本降りになってきたな」











 窓に打ち付ける雨音が、強くなってきた。

 さっきまでそれなりに明るかった空も、今はもう薄暗い。





















「―――――――――・・雨・・・・・か・・・・」





















 雨。







 ・・・ふと、新一は横の硝子に映る自分自身を見る。



 瞬間、思い出したのは――――――・・・・

















「そういや・・・・・快斗が俺を助けてくれたのって、確かこんな夏の・・・」



















 映る自分が微笑う。

 本当に、あいつは変装が上手い。





 それは、まだコナンだった俺を助けてくれた――――――――・・・世紀の大怪盗。

















 ・・・雨の日だった。

 蘭に、もう本当のことを話すしかないと思っていた時に、あいつは現れた。





 『工藤新一』の姿をして、現れた・・・・



















 あの時の怪盗と、その後何故か同じ大学で出逢って。

 何故かこんなに気の合う『仲間』になった。















 ――――――――・・・まさか、あの『怪盗キッド』が同い年とは思わなかった。



















 快斗は、多分俺が気が付いているのを解ってる。

 服部も同様に。

 



 けど、わざわざ口に出して言わない。











 あいつには、あいつの『理由』がある。

 俺にも、服部にも、それぞれ自分を動かす『信念』みたいなものがある。























 だから―――――――――・・・・・・俺は何も言わない。

























「俺の力が必要になったら・・・言う、だろうしな」



















 あいつも、俺や服部と一緒で変なところで頑固だ。

 下手に力を貸してやったら、プライドを傷つけるだけ。



















 あの時の服部も、何も聞かずに居てくれた。







 ・・・・けど、夏になるとやっぱりあの時の事を思い出してしまうのだ。




























ひとくぎり





























 受験を控えた、高校最後の夏。

 呼び出された事件の被害者が・・・・中学の時の同級生だった事があった。







 そうでなくとも、色々あった時期で。











 ・・・父親や母親が有名人だというだけで騒ぎ立てるマスコミとか。

 自分が居なかった「空白の月日」を、面白おかしく書き煽る週刊誌とか。





 事件を解いた俺と、その被害者の関係をも・・・・・・後で派手に勝手な事を書かれたりもした。












 慣れていた、筈だった。

 こんな事は初めてじゃなかったし、コナンになる前にだってそれなりに体験してきた事だった。


















 いつから俺は、こんなに弱くなった?



 真実を追い求める事は、それなりの危険が伴うのは知っているだろう?




















 俺は・・・何の、為に。






 何のために―――――――――――――・・・・そう思い始めると止まらなかった。





























『何のって・・・・自分の為に決まっとるやんけ』

『・・・自分の』

『そーや。見てきたもん、感じてきたもん全部自分の財産になるんやで? 何も、無駄になることあらへん』

『・・・・』

『人の言葉に惑わされんなや。どないした? お前が俺に言うたんやぞ』

























 見失っていた、自分。





 取り戻した自信。





















 改めて服部の存在に――――――――・・・・俺は救われたんだ。




























 言えば、きっと服部はそれなりに話を聞いてくれただろう。

 そうじゃなくても、あの事件はやがて新聞に載ったから詳細を知ったはず。














 でも俺は、同情が欲しいわけじゃなく。





 ・・・慰めの言葉が、欲しいわけじゃなかった。

























 欲しかったのは、この『存在』だったのだ――――――――――・・・・・
































ひとくぎり





























 その時、眩い閃光が目に飛び込んで来た。

 雷だ。











「・・・・おいおいおいおい・・・・・・大丈夫かよ~・・・こっちの方、雨に弱えーんじゃなかったっけ~?・・・・・それにしても遅せえなあいつら・・・・」











 ちらと窓の外を見る。

 すると、袋を抱え2人がドアから出てきた所だった。



 突然の土砂降りに、慌てて。









「何なんだっつーの!? この雨はよ~!!」

「おせーぞ・・・・何だ。また沢山買い込んだもんだな」

「あ、なあなあ新一、ほんとにコレ美味いのか?」

「ん?」







 今度は後部座席に乗り込んだ快斗が、袋の中からひとつペットボトルを取り出し新一に見せた。





 『アロエドリンク』。

 それは以前、新一が平次に無理やり飲ませられた所、スッキリとした喉越しにハマったものだ。


 だが意外に置いてあるコンビニが無く、どこかに寄ってみた時、ちょこちょこ探す様にしていたのである。

 だから、ぱあっと表情を変えた。






「あれーアロエじゃん。ここに売ってたのか?」

「黒羽がな~ 俺の言う事全然信用せえへんのや・・・・美味いから飲んでみい言うとんのに」

「だってよー」

「俺も最初はそーだったけど。まあ好みの問題もあるからな」






 ひょいとそれを取り、新一は蓋を開ける。

 勢いよく3口ほど飲み、『ん。』と快斗にそれをやった。






「・・・・新一が口移ししてくれたら飲めそうな気がするな~」

「してもいいけど、ぬるくて不味いぞ」

「なんちゅー会話しとんねん。工藤、ほっといて車出せや」

「ひっで~」










 相手にしてくれない平次。

 しょうがなく、快斗はつまんなそうに一口飲んだ。



 すると『!』な顔をしたと思ったら、あっという間に1本空けてしまったではないか。






「マジ! うめーじゃんコレ!」

「ほれ見い」

「そんじゃー行くか」











 雨はまだ、止む気配を見せない。

 しかし蒸し暑さは、だんだん和らいできている。





 サングラスは、もう、とっくに必要なかった。












「もう8時だぜ~? 予定より大分遅くなっちまったな」

「飯、どーすんねん。そこらへんで食うて行かへんのか?」

「大丈夫。あいつん家に行けば用意されてっし」

「・・・・あいつ?」










 平次と新一が、声を揃えて疑問符を投げかける。

 にやりと快斗は微笑った。









「着けば解るって」

「・・・おい、俺たちが行く所は・・・映画館なんだろ?」

「だから、行けば解るっつの」

「―――――・・・・」

「おい、前見て運転しろよ新一!」








 運転席の新一と、後部の平次が顔を見合わせる。



 何だか嫌な予感がしたが・・・此処まできて引き返せるはずもなく、カーナビが指示する方向へと車を走らせるしかなかった。


























ひとくぎり



























 ・・・・・雨は上がったが、
泥濘(ぬかるみ)が続く。















「ここらへんなんだけどな~」

「・・・・黒羽。迷たんやないやろな」

「うるせえな。来たの初めてなんだから解る訳ねぇだろ」

「何じゃそりゃ!?」






 ナビの示す場所は、確かに此処。

 けれども、廻りには見渡す限りの森か林か草原か・・・・・



 とにかく、映画館らしき建物なんて見当たらない。






「あーもう、来てもらお。本人に案内させるが一番」

「本人!?」

「―――――あ、オレオレ。悪いけど迎え来て。ヨロシクー」








 携帯電話を取り出したかと思えば、速攻でそう伝え切る。

 その様子を見ていた新一は、恐る恐る聞いてみた。








「・・・快斗。まさかとは思うけど・・・・・誰かの、別荘か?」

「さすが新一。察し良いねぇ」

「―――――・・・・なあ・・・俺今そこで嫌な文字見えたんやけど・・・・」

「え? 表札あった?」













 ずっと緑しか見えなかった所が、瞬間開けた。

 どうやら、今まで道なりに見えていたのは『森の壁』だったようで・・・



 とりあえず、車を止める。






「おー。すげーなこりゃ」

「快斗・・・・・・俺の記憶に間違いな無ければ、あそこに見える車に乗ってくるのは・・・・・もしかして」

「やっほー はーくばー!! 飯出来てる~!??」





























 ・・・・快斗の発する名前を聞いた途端、2人はその場に崩れた。







































「あれ? どうした2人とも」

「おま、お前、あの白馬と知り合いだったのか!?」

「何でロンドン帰りの警視総監のボンボンとお前が?」

「・・・・何でって言われてもなあ。高校んときの同級生だしよ」

「ええええ!??」








 その時、横にベンツが着く。



 さすがにおぼっちゃま。

 自分で運転などせず、悠々と後部座席から現れた。








「遅かったですね」

「渋滞に巻き込まれちまってよー。散々だったぜ」

「・・・それはそれは」






 優雅に、探は車の中の他の2人にも笑顔を向ける。






「なんか、お前の事知ってたみたいだぜ? って事は・・・・お前もだろ」

「当たり前ですよ。警察関係者で彼らを知らないものは居ません」

「そりゃこっちの台詞やで・・・・・・久々やな、白馬」








 愛想笑いをして、一応挨拶をする平次。

 新一も、とりあえず軽く会釈した。












 ・・・・何度か、警察内でも逢った事がある。







 だが何となく――――――――・・・そう、苦手なタイプなのだ。




















「・・・じゃ、とにかくついてきて下さい」

「オッケー。じゃ、後でな」






 どうやらさっきからの『緑の壁』は、白馬家別荘敷地の壁だったらしく。

 中のほうに、屋敷が見えた。



 新一の父親も結構別荘を持っているが、ここまで派手ではない。

 探がベンツに戻り車が発車すると、新一もエンジンをかけて続いた。























 快斗は、車内の空気が変わったのを感じ取る。










「・・・・そんなに苦手か? あいつ、結構面白いぜ?」

「いや、別に嫌いとかやないんや。悪いな」

「新一は?」

「―――――・・・俺も、別に」

「工藤の場合は同属嫌悪やからな」

「服部!」








 くわっと。

 新一は、運転しながらなのに後ろに吠える。



 その顔は赤いから図星なのだろう。










「は~? 似てねーだろ新一と白馬・・・・」

「そっくしやんか。なあ? 気障ったらしー物言いとかインテリな推理とか」

「そんなんじゃねえ!」

「・・・・・・あいつも誤解されやすい性質だからさ。仲良くしてやってくんねぇ? 俺さ、2人と絶対合うと思うんだ」












 にっこりと。



 何もかも見透かしたように微笑う快斗に、2人はもう何も言えなかった。








 きっと、もっと早く紹介したかったに違いない。

 けど――――・・・2人の会話にたまに出てくる『白馬』への印象。





 それを聞いていたから、快斗は今まで『実は友達だ』と言い出せなかったのだ。


















 それと、驚いた最大の理由はもうひとつ。




















 ―――――――・・・・『怪盗キッド』が黒羽快斗だって事・・・白馬は・・・・・・・・?




























 確か、白馬探は前々から『怪盗キッド』を追っているはず。






「・・・・・・」






 そんな時、別の事を思い出した。








「あ・・・そうか・・・・・白馬のこの別荘に、『映写室』があるって事か」

「ピンポ~ン♪」

「ほんなら、飯ってのも・・・・」

「あー。そのことなんだけど。お前ら、あとで後ろにあるスーツに着替えてくれな」

「は?」











 そう言えば、何でこんなの持って行くんだろうと思っていた荷物。

 旅行用に良く使う、スーツを入れ運ぶものが3つあったのだ。



 確か緋色のと、ブルーとモスグリーン。








「ちゃんと話せって! おい快斗?」

「ほらほら。もう着いたぜ」

「黒羽!」

「解った解った――――――――・・・・・今日はあいつの誕生日なんだよ。だからさ」





























 ・・・もう何を聞いても驚かないと思っていたのに。



 2人は、やっぱり呆気に取られた。








「―――――・・・・盛大なパーティーとか、せえへんのか?」

「嫌いなんだってさ、そーゆーの。去年は俺とアイツんちのばあやとで、祝ってやったぐらいだし」

「へー・・・意外」

「だろ?」










 だから今年は、絶対お前ら呼んでやろうと思ってた。

 そう快斗は付け加える。



 そして、もう一言。

















「あと、以外にこーゆーことされんの弱えーからさ・・・・思いっきし遊んでやってくんねぇ? いや、マジでからかうと面白れーから。な、頼む!」



























 ――――――――・・・白馬は幸せだ。





 そばに、快斗がいて。














 俺が服部といて気が休まるのと同様。



 そして、快斗といて楽しいのと同様・・・・・・
























「そうやな。こーなったら白馬のポーカーフェイスの皮剥いだるわ」

「プレゼントとかねえぞ・・・・」

「ああ、不意打ちにキスでもしてやって」

「は?」

「去年してやったらさ、面白いぐれー真っ赤になって怒りやがんの! ロンドン帰りのくせして純情だよなあ」










 純情とかの問題じゃねぇだろ・・・・・

 そう平次と新一は思ったが、敢えて口には出さずカラ笑いする。







 その時、ひょいと探が車を覗き込んできたから3人は焦った。









「・・・・楽しそうですね」

「あ! いやいや腹減ったからさ、どんな美味いメシ食えんのかなーって! な?」






 同意を快斗は求めるが、2人は苦笑い。




「そちらの2人は呆れている様ですけど?」

「あらら~?」

「とにかく、早く降りて下さい。車はこちらで駐車場に入れておきますから」








 長い指が、新一から車の鍵を受け取る。

 その間も漫才の様に繰り広げられる快斗と探の会話を、とにかく平次と新一はポカンと眺めていた。

















 半分呆れ顔だけれど、嬉しそうな探の表情。



 なんだか、思っていた『白馬探』のイメージが・・・変わり始めていた。




























ひとくぎり



























 8月の、長い夜。



 ・・・・真夜中に差し掛かっても、終わらない夜。


















 加わった、仲間。





 見かけや噂と違う・・・・・もうひとりの探偵。
























「おい白馬~ あの鷹どうしたよ?」

「鷹・・・・ワトソンの事ですか?」

「あ。それそれ。ムカツクんだよなー。なーにがワトソンだっつーの」

「・・・君の許可が要るとも思えませんが・・・・・あれ。工藤くん会った事ありましたっけ?」












 客間。



 窓際のテーブルに座ってチェスを打つ、東の探偵達。



















「あっちはハイソな遊びしてんなー・・・・おい服部。お前もなんかやれ」

「お前がなんかして見せろや。得意やろ? 手品」

「やだめんどくせ―――――・・・あ。ちくしょ酒足んねー」














 同じく客間。



 窓よりに配置された大きなソファで寝そべる、快斗と平次。

























 ・・・・・広すぎる空間だが、心地よい空気が満ちている。
























「あっついな―――――・・・」


















 きっと、明日は快晴。







 長い夜は、きっと明日も続くだろう――――――――・・・・・

























 ・・・・夏。





 20世紀、最後の夏。

























 それぞれの想い抱えた、熱い夏――――――――――・・・・・・・
















































Fin