旅行前夜







「うっそー! 来ねえの新一!?」

『明日の用意が全然終わってなくてよ。悪り』

「・・・・・・自分ちの別荘行くのに、なに用意することあんねや」















 ここは服部平次の部屋。

 明日から一週間程、彼らはハワイにある工藤家の別荘へ出かける。



 出発は明日。

 しかし、どうせなら前の日から気分盛り上げようぜ~との黒羽快斗の鶴の一声があった為、ここに4人が集まるはずだったのだが・・・・











「工藤君、来ないんですか?」

「んー。なあ、おい新一? あ、切れちった・・・」

「まだ9時やし―――・・・・・・ちょお行って連れて来るか」

「俺が行く。服部、車の鍵貸せ」

















 時計を見た平次に、快斗が我先にと手を出す。

 『お前は料理の続きしてろとキッチンに押しやり鍵を奪うと、あっという間に部屋を飛び出して行った。













 ・・・・・あまりの行動の早さに、残された2人は開いた口が塞がらない。

























「全く。本当に工藤君の事となると、どうしてあんなに見境なくなるのか・・・・」

「ホンマやな」

「とにかく、僕達は料理の仕上げに入りますか」

















 雰囲気が似ている新一と快斗。

 髪の色が違うくらいで、目鼻立ちも背格好も声さえも、本当に似ている2人。

















 ・・・しかも、あの容姿だ。



 並んでいると、とてもその存在は目立つ。

























 その片割れである黒羽快斗。

 彼が―――――――――・・・・とにかく、工藤新一に甘かった。

































 どうして、そうなったのか。

 いつからなのか。













 それは・・・・多分本人にしか解らない事だろうけど。





























 苦笑しつつ、2人はキッチンへ戻る。

 そうしてやって来る2人の為に・・・・とっときのワインを、テーブルに並べた。




























ひとくぎり





















「新一!」

「・・・・・・・快斗・・・!?」













 ノックもせず扉を開ける。

 突然の足音と共に現れた快斗に、新一はただ驚いた。













「何だお前?」

「何だじゃねえ! 早く来いっつーの! メシ待ってるぜ」

「だーからー・・・・・・・用意出来てねーって」

「何の用意? アレ何?」

















 快斗は廊下の脇にあるスーツケースを指す。



 途端に目が泳いだ新一。

 同時に、耳まで赤くなっていた。















「いや、そういやさっき終わったんだった。はは」

「・・・・・おいおい・・・ん? 何これかっこいーじゃん!」

「あ、ちょ、ちょっと」

「クロムじゃんか。うわ、たかそ~・・・・・・・けど、新一にはちょっと合わないんじゃねえの?」















 それは、ブレスレットだった。



 BSフレアーを連ねた、クロム代表的なデザイン。

 けれども快斗的には『新一には不似合い』だと思ったのだ。













 ・・・・・・・どっちかと言うと、もっと細いつくりの方が新一には合うから。

















「俺がするんじゃねーから、いーんだよ!」

「え? そうなの?」

「ホラホラ、いま仕度すっから珈琲飲んで待ってろ!」

「・・・誰にやるんだよ・・・・・・んな高けーの」













 ジェラシー丸出し快斗の視線。

 自分と似ていると言われているが、俺はこんなに素直に表情には出せない・・・・・・そう新一は思う。



 そこが、とても羨ましい。













 ・・・・・・なんて思っているのは当の本人だけで。

 実際この『上目遣い』は快斗だけではなく勿論新一も持っている、かなり強烈な武器だが。

















 そう。

 無意識なのか、意識的なのか。



 ・・・・・・妙な所で鈍感な2人は、自覚症状がない武器を多く持つのだ。























「―――・・・・・・なあおい、新一」

「んー」

「俺が迎えに来なかったら、ホントに服部んトコ行かないつもりだったのか?」

























 快斗は、とりあえず話を元に戻した。

















 明日からの旅行。

 その前の、前騒ぎ。



 ・・・・新一だってとても楽しみにしていた筈。













「い、いや・・・・あのな、快斗」

「ショックだなー。新一、俺と旅行行くのがそんなに嫌だったんだ」

「そうじゃねーって!! ただ今日は、大人しく家に居よっかなーって思っただけだぞ? 旅行が嫌とかキャンセルとか、そんなんじゃ無いからな!」

「・・・・何でさ」













 言っていることが解らない。

 快斗は、ますます眉間にシワを寄せた。





 さすがに・・・・・新一も、もう観念した。





















「・・・今、あいつら料理作って待ってんだろ?」

「おう、すげー美味いぜ。特に服部なんか、めちゃめちゃ手馴れてるな」

「・・・・・・だからだ」

「は?」

「―――・・・俺ってホントに・・・・こーゆー時に限ってなっちまうんだよな~・・・・・口内炎・・・」

「へ!? 新一また?」





















 そう。また。



 口内炎。

 それは、忘れた頃にやってくる・・・・いや~な来訪者。





















 一月に、多くて2・3回程。

 でも最近は無くて安心していたのに・・・・・



 ちょっと昨日の夜から嫌な予感はしていたのだが。





















 今日、昼頃から本格的に育ちだしたのだ。

























「今回のは進み激しくてよ~ ちくしょ~痛いっつーのマジで・・・」

「どれどれ・・・・うわ。何、2コもかよ!?」

「コラバカ! いじんな! っつー・・・」

「新一なんでそんなに出来んの? やっぱどっか悪いんじゃねえ?」

「――――・・・知るか。とにかくだから、行きたくても行けねえっつーか・・・行ったら絶対食っちまうし」















 そう。食う。

 服部の料理は本当に美味い。



 ・・・・だからこそ、悔しいのだ。

















 あれを思う存分味わえないなんて・・・・・

















「旅行前になるかね普通」

「俺もさすがに参ったぜ・・・・」

「ま。とにかく早く行こうぜ。料理冷めちまう」

「はいはい・・・あと薬入れて終わりだ」

















 もう、こうなったら腹をくくるしかあるまい。

 新一はあらゆる薬を詰め込み、スーツケースを持ち上げた。




























ひとくぎり























 ふわわと、助手席で欠伸をする新一。

 その隣で快斗は『あ。』と思い出す。

















「・・・アレ、誰にあげんの?」

「ん?」

「さっきの、ブレス」













  

 突然何を言い出すかと思った。

 しかし、あまりにも気にしている風だから、新一はちょっと微笑ってしまう。



















「笑いたきゃ笑え」

「聞きたい?」

「だから、聞いてんだろーが」

「服部」

「・・・・・やっぱしね」

















 確かに、俺たちは4人の仲間だけれど。

 東西の名探偵と謳われている2人には、何か快斗にも解らない絆があることは感じている。





















 ・・・・・・それだからこそ、快斗は気になってしまうのだ。



























「あいつ、この旅行中に誕生日だろ? だから、前から頼まれてたさっきのやつ渡そうと思ってさ」

「あんな高いのやんの!? ふとっぱらー」















 あれは、どうみたって20万はくだらないシロモノだ。

 それを、ポンとプレゼントにするのだろうか?



 しかし次に返ってきた言葉はこうだった。



















「まっさか。タダでやる訳ねーだろ。まあ、誕生日だから1万くらい割り引いて・・・・19に消費税ってとこかな」



























 ロスに住んでいる新一の両親。

 その父親がたまたまNYに行く事があって、頼んで買ってもらったものらしい。



 前に平次が本で見て、えらい気に入ったものらしく、『あったら頼んどいてや~』と言っていたのだ。



















「あ。そゆこと・・・」

「そゆこと」

「・・・・けどいいなー。新一、俺にもなんかくれ」

「何だそりゃ?」

















 けたけたと笑う新一。

 そんな新一を見ていると、快斗は自分もなんか嬉しくなる。



























 黒羽快斗は、工藤新一に甘い。



 というか・・・弱い。

















 そうなったキッカケは勿論あるが、理由は無い。























「あとでキスしてやっから、拗ねんな」

「マジ? 舌入れていい?」

「調子のんな。前見ろ前!」

















 口をとんがらせる快斗。

 外国在住経験の長い新一と、 こっちも思ったより行っている回数の多い快斗。



 だからキスは単なる挨拶代わり・・・なのだが。























 この2人の場合、そう見えないのはビジュアルのせいだろう。

























「ハワイ行ったら射撃教えろな、新一」

「まかしとけ」

「ヘリも乗りたいんだよね~」

「・・・お前、しょっちゅう空飛んでんじゃねえのか?」

「ん?」















 『あ』と慌てて新一は口をつぐむ。

 上手い具合にFMの音楽が今の言葉を消してくれたらしく、快斗の耳には入っていないようだ。



 車は、もうすぐマンションに着く。















 ・・・・楽しい旅は、まだまだこれから。


































Fin