月に架ける願い






「こりゃ、すげぇな今日は・・・・」



















 街を見下ろす白い影。

 風になびく前髪の間からは、ビル群と一緒に地平線が見える。



 そこに鮮やかに浮かぶのは、丸い大きな月。

























「満月か? しっかし・・・・でけえなあ」



















 右目のモノクルをくいとずらし、妖しく動く口唇。

 瞬間、風が凪いだ。

























「おっと。月見してる場合じゃなかった」























 何処からか声が聞こえる。

 あれは、中森警部だ。





























「――――――・・・・・・ほんっとに学習しないねえ。ヘリ3台も飛ばして」

























 息をつく。



 深く深く、息をつく。





















 どうしてだろう?

 最近、本当に溜息が多くなった気がする・・・・

































「・・・・溜息なんて『らしく』ないですね。怪盗キッド」

「!?」

「おや。そんなに驚いて頂けるとは」



























 キッド。



 そう、この白い影は『怪盗キッド』。

 世紀をまたいで世間を賑わす、神出鬼没の大泥棒だ。

















 そして、この声の主は・・・・





























「これはこれは・・・・白馬警視総監のご子息」

「僕には白馬探という名前があります。知っているはずですよ、黒羽君」

「相変わらず貴方は誰かと勘違いしているようだ。声も、体格も・・・私にとっては全て偽りだというのに」

「そんな口がきけるのも今の内です!」



















 いつの間にか現れていた白馬探。

 トレードマークのあのホームズ気取りの衣装ではなく、普通の出で立ちでキッドに向かう。





 だが、実際キッドは驚いた。

 情報ではまだ白馬はイギリスに居るはずだからだ。









 ・・・・その少しの思考の隙を探は狙った。





















「もう少し外国で骨休みされてれば良かったのに」

「僕が居なくて、つまらない思いしてたんじゃないですか?」

「は?」

「また見当違いな追いかけ方してるみたいですからね・・・・・・・警部達。でもまあ、やっと登ってきたようですけど」















 マントの裾を掴むことに成功した探。

 背中を向けているその素顔を覗こうと、にじり寄り・・・



 肩を思い切りつかんだその時、屋上の入り口のドアを開けて数人の警官が飛びこんできた。



















「キッド~!! 今度こそ大人しく・・・・お、おまえは!?」

「遅いですよ警部」

「け、警視総監の・・・・・そ、そいつはキッドか?」

「僕の手にかかればキッドなんて容易いもんです」

















 探が押さえている相手は、紛れもなくあの怪盗キッド。

 そして得意げに微笑いながら、頭の帽子を盗ろうとしたその瞬間。



















 ・・・・その胸元を掴み、キッドは探の耳元に息を吹きかけた。

























「・・・っ!?」

「耳、弱いんですね」

「なな、何を・・・・!」

「申し訳ありませんが、これ以上遊んでいる時間はなくなりました。中森警部。貴方も少しはこの探偵さんぐらい頭を働かせて、次はもっと私を楽しませて下さいね」

「ま、待てこらキッド―――――!!」



















 耳を押さえている探を交わし、再び夜空を背にキッドは微笑う。

















 ・・・今日は大きな、月を背に。





























「キッド!」

「今度会う時は油断なさらずに」































 そうしてキッドは姿を消す。

 厳密に言えば、飛び降りる。





 探は急いで身を乗り出した。































 そこには、鮮やかに。

 艶やかに。







 ・・・地上を目掛けて急降下する白い影。



































 それはやがて・・・・羽根を出して地平線へと消えて行った。


































ひとくぎり

































「あっぶね~ 白馬の奴、帰ってきてやがったのか」





















 装束を脱ぎ捨て。

 羽根もたたみ。



 『怪盗キッド』は『黒羽快斗』に戻る。

























「でもま。楽しかったかな・・・・・・・・思ったより、耳が弱いってゆーのも解ったし」















 快斗はさっきの探の表情を思い出す。

 白い肌が、面白いぐらい赤くなっていたことを。







 そしてふと・・・目を伏せた。

























「見つかんねえなあ・・・・・先が見えないって、けっこーキツイ」























 キッドたる所以。

 キッドの本来の目的。





 それは、決して忘れてはならないこと。



















 あと、どれくらい続ければいいのだろう?

 時々凄く、空しく寂しく思う瞬間が快斗には増えていて・・・・・・

























 また、見上げる宇宙。





 ・・・変わらず視界には、大きな丸い月が浮かんでいる。





























「ホントでけー・・・」



「ホントでけーな。見ろよ服部」





























 ―――――――――――・・・・!?





























 信号待ち。

 向かいの人の群れに、見覚えのある2人の少年。



 快斗は口の動きで、その人物が何を言っているのかが解る。

























「ホンマやなぁ。落ちてきそうや」

「あ、青だぜ」





















 やがて信号が変わり、歩き出す。











 間違いない。

 あれは、東と西の名探偵。























 すれ違う3人。





 ・・・・その瞬間、また風は凪ぐ。





















「・・・・?」

「どないした工藤」

「いや、あれ・・・」

















 新一は振り返る。

 しかしそこには、無数の人々の群れがあるだけ・・・



















「・・・・」

「何やねん?」

「んー・・・何でもねー」

















 微笑う新一。

 再び、視線を戻し歩き出す。



 快斗は背中でそれを聴いた。































「・・・・・・工藤新一。それに確か、服部平次」























 何故か顔がほころぶ。



 自分でも、どうしてだか解らないけど・・・・



















 『キッド』として何度か会ったことのある2人。

 白馬と同じく探偵と謳われている2人。





























「・・・・・キッドとしてじゃなく、普通にあいつらと話してみたいな」



























 叶うだろうか?



 犯罪者でも願えば、思いは叶えられるだろうか?





























 ・・・・・何か知ってるかもしれない。





























 俺の知らない奴らの情報を。



 警察と密に関係している、あの2人なら・・・・・



























 でも、この気持ちは・・・・



























「やっぱ下心なのかな・・・・こんなのって」





















 自嘲気味な微笑。

 ぴゅうと吹く風が、快斗の前髪を揺らす。























 ・・・・・・いつか、逢えるだろうか?

















 『探偵』と、『怪盗キッド』としてではなく。

 『黒羽快斗』として、あいつらと。





















 ――――――・・・誰とも感じたことのないこの胸騒ぎが止まらない。

























「ま、待ちなさいそこの君!」

「ん?・・・あっれー白馬じゃん! お前、日本に帰って来たんだ」

「黒羽君、今まで何処に?」

「どこって・・・・そこの山野楽器だけど。それよか、何で息切らしてんの?」

















 コートをなびかせ、肩で息をしているのは白馬探。

 快斗の高校時の同級生。









 キッドの消えた方向を、いち早く察して追いかけてきたのだろうか?



 ・・・・・・相変わらず、見事な推測。



























 ―――――・・・でも、まだまだ、だね。































「・・・本当か?」

「何が? まあ丁度いいや。ハラ減ってんだ、メシ付き合えよ」

「ちょ、ちょっと僕にそんな暇は!」

























 満月。





 今宵は、見事な満月・・・・





































 ・・・・それは、いつか4人が巡り合う予感の光。










































Fin