眠りにつく前に[01]















 適度な風を感じる夜。



 都会のビル。

 ・・・・その最上部に浮かぶ、白い影。











「なーんか・・・・つまんねーなあ」













 下界は何だか騒がしい。

 影は、それに視線を落としながらただ、深く息を付く。



 なびく羽根を閉じる影。

 それは月に背を向けた瞬間、白は黒の影に変わった。









 手元に在る宝石。



 何も映らない紅いそれを、再び月にかざす。





















「・・・・・・・いつまでこんな事してりゃいーんだか」



















 もう、疲れた。



 ・・・・はっきり言って疲れた。























 探しものは本当に見つかるのか?

 大体、それは本当に存在するのか?

























 探し終わるまで、俺はこのまま――――――――――――・・・・・・・?



























「・・・・ずいぶん浮かない顔をしているな」

「!?」













 暗闇から声がした。

 その方向から、人影が現れる。



 自分よりも背が高く、自分よりも色の白いその影は・・・・・・













「白馬・・・・・」

「久しぶり。黒羽君」















 白馬探。

 黒羽と呼ばれたこの少年と高校の時に知り合い・・・・・・東の探偵のひとりと謳われた人物だった。
































ひとくぎり























 グレイのスーツを着こなす長身。

 前に逢った時からまた目線が変わっている事に、快斗は気付く。



 本名を黒羽快斗というこの少年が、面白くない顔をして探を見た。













「何してんだ、こんなトコで」

「君こそ、ビルの屋上に何の用が?」

「月見。こっから見るのが好きなんだ」

「・・・・・・確かに良い場所だ」











 探の視線が背景の月に移る。

 ジャケットもインナーも全て黒に包まれた快斗も、闇に紛れつつ柵に移動した。



 強くなってきた風が、クセのあるその髪を揺らす・・・・



























「満月かな――――――――・・・・・すっげーでかい」



















 両腕を柵に乗せ、月を見上げて呟く。

 その姿から連想されるのは・・・・どうしようもない『淋しさ』だ。















「そう言えば・・・・・下で中森警部達が騒いでたよ。怪盗キッドが、久々に現れたとか」

「へえ。だからあんなにパトカー居るんだ」

「逃げたのは、この近くだとか」

「じゃあ――――――・・・・まだそこら辺に居るんじゃねえのか?」











 遥か下界の明かりが点滅している。

 それに視線を落としたまま、快斗は言葉を出した。





 抑揚が無く、機械的に流れて本心の見えない声――――――――・・・・



















「・・・黒羽君」

「あ。もう9時かよ――――――・・・やっべ。新一待ってんな」















 腕時計を見て快斗が慌てる。

 くるりと身体を返し、探に身を向けると何故か空気が止まった。





 何か言いたげな眼差し。

 ごくりと息を飲み、言葉を続ける。















「・・・・これから新一と逢うんだ。お前も来る?」

「工藤君?」

「ああ――――――・・・って、どうした変な顔して」

「別に・・・・でも夜も遅いし、遠慮しとく」











 その言葉に『あ。そ』と快斗は呟くと、軽く手を振って探の横をすりぬける。









 ウインクをして消えてゆく影。

 上下黒で彩られた身体は、背を向けると闇夜に紛れ見えなくなっていった・・・・・

















 探は独り、残像を見送る。





















「・・・・・・・本当に君は変わっていない」





























 変わらない。













 哀しそうな瞳も。

 硝子張りの、心も――――――――――――・・・・・































 ・・・・ますます上手くなった、ポーカーフェイスも。





























 目を閉じる。

 顔に触れる風が、心地よかった。













 久しぶりの日本。

 高校を出てすぐ英国の大学へ進み、帰って来たのはあれから初めてで。



























「そして僕も変わってない―――――――――――・・・・・・・・あれから刻は止まったままだ」



































 高校最後の日。











 ・・・・・桜のまだ咲かない樹の下で聴いた言葉が、頭から離れない。

























 月は時折姿を隠し始める。

 探は暫くそれを眺めて、ゆっくりと地上へ降りて行った。


























ひとくぎり



























「どうした。全然食べてねえじゃん」

「へ?」









 工藤邸。

 その、ダイニング。









「今日のは結構、出来良いと思うんだけどな~」

「美味しいよ! ってーか、いっつも何でも新一の作ったもんはウマイってば」

「なら何でボーっとしてんだ」









 待ち合わせ時間に20分程遅刻して。

 そのあと歩いていても、いつに無く上の空で。



 だから外で食事する予定を変えて、自分の家に連れてきた新一。



















 ・・・・・・・こんな様子の快斗は、人の群れの中に置いておくとますます無理に笑おうとするから。

























「さっき、白馬に会った」

「白馬?」

「居なくなるのも突然だったけど・・・・・・戻ってくるのも突然だよな」

「へえ。そっか今日だったっけ」

「え!? 知ってたのか?」











 快斗がパスタの麺を口に咥えたまま驚く。











「ああ。時々メールやり取りしてっから」

「嘘。初耳・・・・」

「ネットだけじゃ日本の情報、詳細まで解んねーからな。やっぱキッドの件が気になるらしくてさ・・・・」

「・・・キッド、ねえ・・・」








 白馬探は、工藤新一と同じく高校の頃から探偵と称されていた人物だ。



 ただし違うのは事件を自ら引き寄せていた新一と、探はどっちかというと『怪盗キッド』を専門で追いかけていた所だろうか。

 探偵同士という事で新一と探の繋がりがあるのは知っていたが・・・・まさかメール交換をしていたとは驚きだ。









「ほんと相変わらずキッドに御執心みたいだな。さっきも追っかけてたみたいだし」

「ふーん。あ、ブロッコリー残すなっつうの、食え!」

「もう一皿分ある・・・・・・・・誰か来んの?」

「え? ああ、服部。稽古終わったら直接来るって」















 ・・・・・なんてことない風に、会話は続く。

 2人とも微妙な空気の変化には気づいていたけれど、それを口に出しはしない。











 新一は、冷め始めたパスタを皿に盛りラップをかけた。









































 ・・・・それぞれに秘密があって。

 それぞれに生きてきた軌跡がある。

























 大好きな新一にも話せない秘密が、快斗にはある―――――――――――・・・・・・・・



































「新一。今日泊まってもいい?」

「・・・お前が此処に来て泊まらない日なんてねえだろ」

「迷惑だったら帰る」

「だから、迷惑だったら連れて来ないっつの」









 食べ終えた後。

 食器を片付けている時に快斗が隣で小さく聞いてくる。



 並ぶと変わらない身長の2人。

 新一は、微笑う。









「・・・だって服部来るんだろ」

「お前、服部苦手だったっけ」

「そーゆうんじゃなくて・・・・・約束してたんなら、悪いからさ」

「約束? そんならお前の方が先だ。あいつはさっき携帯のメール『メシなんか食わして』って送ってきただけだし」






 きょとんとする新一。

 皿を拭きながら、快斗がまた続ける。







「・・・・じゃあ予定通り外で食ってたらどーしてたワケ?」

「そりゃ返信するさ。『外出中。自分でなんとかしろ』ってね」

「もしかしていっつもそんな感じなのか・・・・?」

「俺ら? まあ、こんなもんだろ」








 からからと新一はまた微笑う。

 そんな新一に、快斗は後ろから抱きついた。















「どうした?」

「・・・・・ありがとな。」

「何だよ突然」

「ん~~~っ! 新一大好き!」

「わ、コラ止めろっ皿落とすだろ! 快斗っっ」















 強くなる腕の力。

 ふわふわの髪の毛が、新一の頬にかかる。









 ・・・・・微かに感じる、太陽のにおい。

























「新一・・・・」

「ん?」









 快斗の表情が変わった。

 抱きついていた身体を離し、新一を直視する。

















「今日、どこ行ってたんだ?」

「どこって――――・・・」

「・・・・・・血と消毒液の匂いがする」





















 瞬間、空気が止まる。

 でも新一は、それをやんわりと元に戻した。















「あー・・・ちょっと調査で病院行ってたから、匂い移ったかな」

「・・・・調査」

「他に何があるってんだよ?」

「そうだよな。悪い、変な事言って」

「テーブル拭いてその布巾くれ。そしたらデザート食おうぜ」











 自分達の食事した後を片付けると、快斗は先にリビングへ移る。

 新一は最近はまっているデザートを冷蔵庫から出し、スプーンと一緒にそれを持っていった。




























ひとくぎり

























「何で急に土砂降りやねん!?」













 米花駅。

 ひとりの少年が、電車から降りてホームをブツブツ言いながら歩いている。





 そう、雨。

 さっきまではたいした事なかったのに、着いた途端本降りになっていることに腹を立てているらしい。








「・・・・工藤に迎えん来てもらおかな」









 『工藤』。

 そう呟いてポケットから携帯電話を取り出した時、彼は横に人の気配を感じた。



 振り向くと、そこに居たのは・・・・










「やっぱり平次か」

「お前―――――・・・探!?」

「久しぶりだな」








 そう、白馬探だったのだ。










「イギリス行っとったんやろ。どないした」

「ちょっとね。暫くこっちにいることになって」

「ほー。で、今からどっか行くんか」

「――――・・・まあ、そうだ」











 服部と呼ばれた少年は服部平次。
 高校の頃に『探偵』として主に関西方面を中心に活躍していた経験を持ち、東京の大学に通うようになってからは活動範囲が関東まで広がった。



 しかしひょんな事で出会った東の名探偵である工藤新一との交友は多いが、同じ探偵と称されていてもこの白馬探とあまり関わったことはない。





 それなのに、何故この2人が顔見知りかと言うと・・・・











「平蔵さんと静華さんは変わりない?」

「あー まあな。こっち出てきて顔滅多に合わせへんから、特に親父はせーせーしとるわ。お前んとこの親父さんも、相変わらずやな」

「あの人も仕事が生きがいみたいだからね」









 そう。お互い親は警視庁のエリート。

 若い頃の研修先で知り合い、妙にウマが合ったから結婚した後も、子供を連れてよくお互いの家を行き来していたらしいのだ。





 だから東京と大阪と離れていても、この2人はある種の『幼なじみ』的な存在になっている。













「そう言えば、さっき『工藤』と言っていたが――――――・・・もしかして」

「ああ。ちょお飯食いに工藤んトコ行くんやけど・・・・いきなり土砂降りで笑ってもうた」

「工藤君・・・・家にいるのか?」

「へ?」






 妙な事を言い出す探。

 平次が変な声を出したから、慌てて付け加える。






「あ、いや、さっき黒羽君に逢った時に『工藤君と待ち合わせしてる』と言っていたから」

「ホンマか!? 行って居らんかったらアホやんか・・・ちょお電話してみよ」






 ホームのベンチ。

 そこに腰を降ろし、平次は電話をかける。





 最初に携帯電話。

 しかしいくら鳴らしても出ないので、次に自宅にかけてみた。









 ・・・・今度は出たようだ。













「工藤か? お前いま家に居るんやな?」

『服部? 電話出てんだから家に決まってんだろーが』

「いやな。探が変な事言うもんやから・・・・」

『さぐる? ――――――・・・もしかして白馬・・・?』

「そーなんや。今駅で偶然逢うてな~っと・・・あれ、お、おい探? 工藤、じゃあ今からそっち行くな、切るで!」

『おい服部!?』








 気が付くと隣に居たはずの探が消えている。

 平次は電源を切り、周りを見渡した。

















 ・・・・相変わらずの強い雨。



 そして今入ってきた電車に、乗り込もうとする影・・・・・・











 平次は走り、それを呼び止めた。













「おえ探! 何黙って消えとんねん!?」

「人に逢う約束があるんだ」

「今からか?」

「ああ――――――・・・・1年ほど前からの約束がね」

「・・・・・そうか」

「工藤君に宜しく言っておいてくれ」













 どこか哀しい表情。

 でも探は微笑いながら平次そうに言い、中へ入って行く。

















 扉が閉まる。





 静かに電車は動き出す・・・・



































 ――――――――・・・・・・工藤君が家にいるということは、君もそこか。

























 ドア越しに耳に響く雨。





























 そして、まだ独りで戦っているのか――――――――――――・・・・・誰にも正体を告げずに。

































 ・・・・・・君の活躍は海外でも評判だ。




 誰にも捕まえられない、神出鬼没の怪盗紳士。
 平成のアルセーヌ・ルパン・・・・・・・・



























「・・・・・・・相変わらず怪盗キッドは月が好きなんだな。生憎と、今はさっきと違って雨だが」



























 目を閉じる。



 深夜とあって、さほど人気のない車内。



















 探は向かっていた。



 1年前―――――――――・・・・正確に言えば1年と少し前に、約束をしたあの場所へ。































 黒羽君。

 僕は、あの日に聞いた言葉の理由を知りたい。











 それは・・・・・





























 ・・・・・・きっと、僕のこれからを決める事になる。






































ひとくぎり



























 ブザーの鳴り響くリビング。

 快斗が顔を上げる。







「来たんじゃねえ?」

「悪い、ちょっと出てくれ」

「んー」







 キッチンで何やら作業している新一は手が離せないらしい。

 快斗は寝そべっていた身体を起こし、ぺたぺたと素足のまま廊下へ出た。





 ゆっくりと、鍵を開ける。











「どわ!? 黒羽?」

「・・・よ。ドーゾ」







 出てきたのが快斗だった事と、しかもそれが無表情である事に平次は驚く。

 それきり言葉を発せず背を向けた快斗に続き、静かに『おじゃましまーす・・・』と靴を脱ぎ家へ上がった。



 近くのコンビニで買ったのだろうビニール傘を、立てかけて。













 リビングへ入ると、快斗は既に元の位置。

 ソファに寝そべりテレビを見ている。



 その脇を通り、平次はダイニングの方へと入って行った。









「何や・・・・黒羽おるとは思わんかったからビックリしたで」

「お、タイミング良いな。今ちょうどアルデンテだぜ」

「パスタか。美味そやな」








 新一の手元に、茹で上がったばかりの麺が見えた。

 平次はカバンを置いて近くに寄る。







「快斗は今日泊まるけど、お前はどうする?」

「ん~・・・・」

「泊まっても良いけど新一の部屋には入れないぜ~ 服部は隣の部屋行けよな~」

「何でそこでお前が出てくんねん!?」

「うん。お前は別の部屋」

「そうなん?? 俺だけ別? うわ寂し~」






 がーんと表情に出す平次。

 からからと新一は微笑いながら、テーブルの上に出来上がったばかりのパスタを置いた。





 ・・・・快斗がとことこやって来る。











「あれ・・・・」

「何や」

「――――――・・・いや」

「快斗。風呂入っちまえよ、沸いてるから」

「そうする」






 ちょっと気になる事があったが、快斗は平次の前でだけは聞きたくないと思った。

 だからさっさと風呂場へ向かおうとしたのだが、耳に入ってきた2人の言葉が快斗の動きを止めた。















「そういや服部。さっき白馬って言ってたよな――――――・・・・?」

「え? ああ、駅で逢うたんや」

「一緒に来りゃ良かったのに」

「何か用ある言うてたで? また電車乗って行ってもうた」

「へー」

「1年前からの約束、あるとかなんとか・・・・」

























 ――――――――――――――――・・・・・え・・・・?



























 平次の口から、白馬に会ったと聞いて快斗は驚く。





 ・・・・2人へ向き直る。



















「は・・・服部、白馬に会ったのか?」

「ん? ああさっきな」

「どこ、行くって――――・・・?」

「さあなあ。すぐ別れてしもたし・・・・・・・・・」



























 ・・・・・・・・・白馬・・・・・・・・・・まてよ・・・・今日って・・・





























「・・・まさか」

「快斗?」

「ちょっと、出てくる!」

「何や何や?」











 突然は叫んだかと思うと、快斗はその場を飛び出した。

 残された2人は呆然とする。











「・・・・・快斗・・・」

「どうしたんや? あいつ」

「―――――・・・」













 平次はそう言うが、口を動かし続けたままだ。

 ・・・・・どうやら食欲の方が今は勝っているらしい。





 新一も心配そうに表情を曇らせ、消えた方向を見つめていた・・・・





























 その時、冷たい風を感じる。



 それは快斗が出て行った時に家に入り込んだ空気だ。


















 ・・・・雨の匂いもする。































「――――――――・・・・2人で帰ってくればいいけどな」

「へ?」

「オラ。食ってさっさと風呂入っちまえ! もう夜遅せーんだからよ!」















 食べ終わったのを確認すると、新一はさっさと平次をダイニングから追い出す。

 食器を洗いながら、その水の流れをじっと見詰め・・・・・小さく息をついた。