眠りにつく前に[2]







「・・・・・少し小降りになって来たかな」

















 大きな敷地内。

 テーマパークのそばにある、とある美術館。



 その前に立ち探は夜空を見上げた。













 もう、午前零時。





 もちろんパークの閉演時間は過ぎているし、この雨だ。

 探の他に気配は感じられない。





















『地球の日が始まる刻に、俺に逢いに来い。そうしたら教えてやるよ―――――――――・・・・・・』

『・・・地球の日?』

『場所は――――――・・・そうだな。俺たちが最初に出逢った場所で』

















 高校生、最後の日。

 終業式が終わって、その足で直ぐ自分が英国へと飛び立つ日。

















 ・・・・・誰も居なくなった校舎。



 その脇の、1本の大きな桜の樹・・・・・













 いつもの通り、いつもの調子で言い合っていたのに。

 ふと・・・・会話が途切れた時に、夕陽を背にして君が残していった言葉が有った。















 白馬探は怪盗キッドをずっと追いかけていた。

 ずっと、同じ高校に通う『黒羽快斗』という少年を追いかけていた。







 2人は同一人物。



 そう確証しつつも、これと言った決め手が掴めなく・・・・・

 何よりあの白装束の姿で捕らえられなく。











 そうしているうちに2人は高校の卒業を迎える時がやってきてしまったのだ。



























 ――――――――・・・・・・・来ないだろう彼は。























 本当なら去年のこの日だったはず。

 少し体調を崩し、気付いた時にはもうその日が過ぎていた。























 ――――――――――――――――・・・・・それでも、僕は・・・・



























 ふと、上空を見上げる。

 傘を閉じた。





 雨がいつの間にか上がり・・・・・・月が顔を覗かせていた。





















 そして視界にもうひとつ影が入り込んでくる。

 その細い、闇夜に紛れそうな影は・・・・・





























「・・・・・黒羽君」

「こんなトコで何してんだ? 出戻り探偵」

























 それは、黒羽快斗。



 あの日以来の―――――――――・・・・懐かしいクラスメイトだった。

























「・・・・現れると思ってなかったな」

「お前・・・誰を待ってる訳?」

「すまない。去年は情けない事に、数日寝込んで約束の日に間に合わなくて――――――――・・・・結局、1年も遅れてしまった」

「『俺たちが最初に出逢った場所』って言ったんだぞ? ここじゃねえだろ?」

「―――――・・・じゃあ君はどうしてここに来たんだ」















 探の言葉に、快斗は詰まる。







 そう。

 2人が最初に会ったのは高校の教室でだ。







 ・・・・快斗のクラスに、やってきた転校生がこの白馬探だったのだ。



















 それなのに。





 どうして探はこの美術館に居るのか?

 そして、どうして快斗はこの場所へ来たのか・・・・・・・・?























 ・・・・その答えはもう、2人の中に導き出されている。



























「懐かしいな。ここはあの日から変わっていない・・・・・・・違うのは、雪の夜ではないことだけだ」

「・・・・お前」

「ショックだったよあの時は。犯人にまんまと逃げられたのは、君が初めてだったから」













 探は微笑う。

 快斗はもう、驚きの表情を隠さなかった。



















「もう一度、聞いても?」

「・・・・何だ」

「どうして君は盗む?――――――――・・・・何のために・・・・・・誰を、追いかけているんだ」

「!」























 最後の言葉が、強く響く。



 快斗はもう・・・・深く息を付くしかなかった。
































ひとくぎり























「良く解ったな。あの言葉」

「言葉?」

「地球の日・・・・」

「ああ、だって地球は『緑の地球』。みどりの日は、4月の29日だろう」

「・・・・・やっぱ簡単過ぎたか」















 近くの販売機で買った缶珈琲。

 探は2つのうち、快斗に甘い方を渡しベンチに座る。



 現在、4月の29日。

 午前零時をちょっと廻った所だ。













「そんな薄着で来るとは―――――――――・・・・・夜は、まだ冷えるのに」

「・・・・つい、飛び出してきたから」

「へえ」













 探は嬉しそうに微笑う。

 その顔が、以前はムカついてしょうがなかったのに、どうしてだろう?







 1年振りだからだろうか・・・・・・今は不思議に嫌とは感じなかった。



















「っくしゅ!」

「キッドの服装の方が暖かそうだな」

「うるせえ」

「そういう訳にもいかないか。しょうがない・・・・・」











 探は自分が羽織っていたジャケットを脱ぐ。

 それを快斗に掛けた。



 何だか生ぬるい体温が伝わってきて、快斗は笑ってしまう。











「相変わらず気障な奴」

「僕は誰にでもこうだが? 紳士だからな」

「・・・・・・自分で言うかフツー」









 快斗も微笑う。

 口の端だけ上げて、微笑う。





 その表情は探の脳裏に深く焼きついた。













「ずいぶん―――――・・・落ち着いてるな」

「うろたえるとでも思ったか」

「それより僕は『キッド』の存在意義が知りたい。欲しくもない美術品を盗み・・・・・そして人知れず返している理由が」

「理由?」



















 快斗の表情が変わった。















 怒りでもない。

 哀しみでもない・・・・







 それはただ、無の表情だ。





















「教えてくれる気になったから、あの時ああ言ったんだろう?」

「・・・・・」





















 快斗の前髪を、緩やかな風が通り過ぎた。

 ・・・・・月がまた顔を出しその髪を照らす。









 静かにそれを見上げ・・・・快斗は目を閉じた。

























「お前ら・・・・・新一も服部も、お前も・・・・どうしてそんな目をしてるんだ」

「・・・目?」

「だから俺は、全てを話してしまいたくなる衝動に駆られちまうんだ・・・・・・・」

















 決して警察をバカにしているのではなく。

 盗みを楽しんでいる訳でもない。



















 ・・・・つきとめたい。









 ただ、親父を殺した奴らを捜し出したい。

























 『怪盗キッド』を続けていれば、いずれ巡り遭う筈だから。

 命の石『パンドラ』を秘めている宝石を、あいつらより先に探し出さなければ・・・・・



























 それを見つけ出すまでは辞める訳にはいかない。



 ・・・・見つけて、粉々に砕いてやるまで、絶対に――――――――――・・・・・・

























 口唇が震えているのが解る。

 喉まで出かかっているのだろう、言葉が解る。





 でも、快斗は決して音には出さなかった。





















 ・・・・・探は諦めたように微笑い、息を付く。




















「怪盗キッドが狙うその大半は宝石類――――――――――・・・・違う時も有れど、殆どが以前盗まれたもので、必ず本来の持ち主の元へと戻されている」

「・・・・・」

「そして、ある時を境に世界中に散らばっていると言われる『ビッグジュエル』だけに狙いが定まった」

「お前・・・・」

















 流石に白馬だ。

 快斗はもう、隠す気なんて起きなかった。





 喉の渇きを感じ、くいと缶珈琲をひと口飲む。

 更に探は続けた。













「白馬の情報網が有れば、今よりもっと確実に狙える」

「何・・・言ってんだ」

「黒羽君。このビッグジュエルはその殆どが警察の介入不可能な組織などに所有されている。逆に言えば、動くには『警察』である事が不利な状況だ」

「―――――・・・・・・俺と手を組むっていうのか?」

「そんな御大層に考えないで欲しいな。僕はちょっと探偵として有名だが、仕事として報酬を貰っている訳ではない。単なる友達の、手助けの範囲だ」

「駄目だ。これは俺ひとりの問題――――――――――・・・・何かあったら、どうする」





















 快斗は睨む。











 気持ちは嬉しい。

 凄く、嬉しい、けど・・・・・



















 ・・・・・・・自分の戦いに他人を巻き込む訳にはいかない――――――――――・・・・・

























 そんな思いを、知ってか知らずか。



 探はすっと立ち上がり、そして・・・・・・・快斗の胸倉を掴んだ。

















「な・・・・何だ!」

「君に選択権はない。もう僕は『黒羽快斗』が『怪盗キッド』だと知っている。その気なら、証拠もいくらでも叩き出せるんだ」

「俺を脅す気か?」

「白馬の力を甘く見るなと言ってるんだ。それに工藤君と平次に、これ以上心配をかけるつもりなのか」

「・・・・へ・・・まさか・・・・・・」

「気付いてない訳ないだろう? 彼らだって日本屈指の名探偵だ」





















 快斗は黙る。



 目を伏せ、少しの間黙る。

















 ・・・・・そして、考えた。



















 思い当たるフシは色々ある。



 それでも、彼らは何も言わずにそばに居てくれてたのだ。



























 ・・・・何も言わず・・・・?



 いや、言ってくれるのを、もしかして――――――――・・・・

































「工藤君にはきちんと自分の口から言うんだな。僕の様に、先に言わせないで」

「・・・え」

「彼が僕にキッドの情報を教えてくれる度、その文面から痛いほど伝わって来た―――――――・・・・・・・本当に心配している気持ちが」





















 そう言えば新一は言っていた・・・・





 白馬とたまにメールをやり取りしていると。

 キッドが現れた時に、必ずしていると――――――――――・・・・・

























 快斗はくるりと背を向ける。

















「解った・・・・けど、本当に良いのか」

「何が?」

「こんな事、お前の親父さんとかにバレたら・・・・・」

「そんなヘマする訳ないだろう」

「けど」

「君が、悟られないようにすれば大丈夫」

「は?」











 探の言葉に、つい快斗はこっちを向く。

 にっこりと微笑うその顔は、まさにいつもの白馬探で・・・・・











「心配するな。僕は、変わらず君を追いかける」

「・・・あっそう」

「じゃないと君もつまらないだろう? 中森警部も、あんまり進歩してないようだし・・・・・・・これからもあの手この手で、君を捕まえに行かせてもらう」

「ふーん・・・・そりゃ楽しみだ」























 もう、いつもどおりの快斗だ。





























 ――――――――――・・・・・・予想はしていたが、やはり近くに居た探偵達に気付かれていた。
 その事が・・・・・



 ・・・・少なからず快斗の気持ちを楽にしたのだ。























「そういや・・・・これからも捕まえにって、お前、大学は? イギリスはどうすんだ?」

「ああ、休学してきた。しばらくこっちに居る」

「あ、そ・・・・ってか寒むっ! さっさと新一のトコ帰ろっと」

「待ってくれ。僕も行く」

「何でお前まで来るんだよ」

「さっき工藤君からメール入ってね。『用事が済んだら待ってるからな。ふたりで来い』って」

「ええええ~???」













 静かな夜に、騒がしい会話。

 2人は並んで駅までの道のりを歩く。





 快斗は、探のジャケットを借りたまま。
















「明日は休みだし、飲もう。工藤君の所には、いいワインが沢山眠っているはずだし」

「・・・・・お前、なんでそんなに詳しいわけ?」











 そろそろ最終電車。

 切符を買って、来た電車に乗り込み、あとは約40分。



















 最初は色々近況を話していた2人だったが、そのうち振動が眠気を誘い出し・・・・そのまま隣り合わせで寄りかかって眠りに落ちていった・・・・・




























ひとくぎり

























「工藤、どうした」

「今からな。快斗と白馬来るってさ」

「へ? あいつら、今一緒に居るんか?」

「ああ。だから今夜は飲みまくるぞ」





























 ・・・・・・・・2人が一緒に、帰ってくる。



























 何を話そう?



 何から、話せばいい?

























 それとももう、白馬は言ってしまっただろうか・・・・・?































 俺達が出来る事を。



 俺達が可能なことを。

















 ・・・・・・お前の為に、出来ることを。







































 なあ、快斗・・・・・・・・





































 ―――――――・・・・・・・今日は、眠りにつく前に言っておきたい事があるんだ。














































Fin