Ourselves
こんな風に。
ずっと暑い日が続いたのに、思い出した様に寒くなると・・・・・・

「大丈夫だって。ちゃんとやってるよ」
『ホントに? コンビニのお弁当ばかりじゃないの? たまには料理して、野菜もちゃんと摂らなきゃ駄目よ』
「あんまり家でメシ食べないし。まあどうにか生きてるから」
『またそんな事言って。夏休みこっちに来たら、徹底的に食生活改善するから覚悟なさい』
「はいはい」
真夜中。
とは言っても、向こうは朝の8時。
工藤新一はキッチンで、グラスに氷を入れながら受話器に向かっていた。
相手は工藤有希子。
ロスアンゼルスに住んでいる、母親である。
『もうこんな時間! これから優作とロンドンに飛ばなくちゃならないの。じゃあまた電話するわね』
「父さんに宜しく言っといて―――――・・・・・って、あれ?」
耳元に響いた断続音。
相変わらずな母親に、新一は微笑った。
「相っ変わらず仲ええな、お前んトコ」
「・・・・・服部」
「ひとり息子を泣く泣く日本に残しとるんやもんな~。そりゃ構いたくもなるか」
「まー何年も離れて暮らしてればな」
その時ぺたぺたと廊下の奥から現れたのは服部平次。
頭からバスタオルを被り、ぱんつ一丁で笑っている。
その時新一の手元のグラスに気付いた。
「・・・・何や。随分と甘ったるいニオイやな」
「これか? カルアミルク。昨日ふらっと寄ったトコに瓶で売っててさ。買ってきてみた。けっこーイケるぜ」
「酒なんか?」
受話器をテーブルに置いた新一。
英語が連なるラベルの瓶から、グラスに2本指くらい注ぐ。
その後牛乳で割っていると思ったら、少し甘い香りがしたから平次は聞いたのだ。
・・・・・・・差し出されたそれを嗅ぐと、確かにアルコール成分を感じる。
「お前も飲んでみるか?」
「いんや。俺はビールでええわ」
「相変わらず炭酸かよ」
「工藤こそ飲みすぎやぞ。今日ロクに食うてないんやぞ?」
「もう遅いっつーの」
気が付くと目の前の顔が赤い。
母親から電話が来る前に、既に1杯は空けていたのだろう。
「酔いつぶれても面倒見んで」
「誰がお前の世話になるか」
「ほー。ならええけど」
「それよりさっさと着替えて来やがれ。湯冷めしたって、それこそ面倒見ねえぞ」
「・・・・優しいんか冷たいんか解らんやっちゃ」
「何か言ったか?」
新一はじろりと睨むと平次をバスルームに追い返す。
その視線が既に『出来上がって』いたから、触らぬ何とかに祟りなしとばかりに奥へ消えていった。

夕方から呼び出しを食らった。
警視庁からの要請も、減って来たよなと感じた矢先だった。
・・・・ちょうど2人で居たからそのまま連れ立って現場へ向かった。
それは一週間前に起こった幼児殺害の件で。
だから2人は、今夜は飲みたい気分だった。
「子供奪われた両親も勿論気の毒やけど・・・・・・」
「ああ。それより加害者の少年の親の方が、大変だろうな」
「・・・・どないするんやろな。これから」
それは考えてもキリが無いとは解ってる。
毎日いくつもの事件が起こっては終わり。
その度に、沢山の思いがそこには溢れて。
―――――――――・・・・・・2人はそれをただ見つめる事しか出来ない。
事件なんて起こらないに越した事は無い。
自分たちのやっている事が、必要ないに越した事は無い。
だけど。
・・・・・・『人間』が『人間』で有る限り無くなる事はないのだ。
「ああもう、その話はもうしねえって事で俺んち来たんだろうが!」
「工藤がテレビ付けるからやろ」
「違うチャンネルにすりゃいーだろ・・・・・えーと、あれ、今日そーいやどっち勝ったんだ」
「セ・リーグや。伊良部も調子ええよな~ 工藤、トラの優勝決まったら大阪行くんやからな?」
「はあ?」
急に平次のテンションが高くなる。
無理も無い。
突然今日のオールスター戦の模様が映し出されたのだ。
根っからの阪神ファンの服部平次が黙って居られる訳が無い。
・・・・一気に暗い空気が吹っ飛び、新一は微笑った。
「今年は絶対優勝や。マジック点灯最速やぞ?」
「そーかもな・・・・・」
「・・・・工藤。何しとんねん」
「いやー・・・・酒の分量、多かったかな~・・・・・すげえ効いて来たみてーで眠い・・・・・」
「って、ココで寝られても困るんやけど?」
「るっせー・・・・・」
テレビの前で並んでソファに座っていた2人。
すると突然、平次の膝に新一が転がり込んできたのだから驚く。
つまり『膝枕』状態である。
「工藤! おえ工藤!?」
「・・・・・・」
「ったくも~・・・・俺はどないしたらええねん」
別に自分は退けようと思えば退けれる体勢だった。
足をずらして、新一の頭をクッションにでも乗せれば良いのだ。
なのに。
・・・・・何となく。
この膝に掛かる重力が気持ち良くて、外せない。
「――――――――――・・・・・・やーらかい髪しとんのー」
ふと、そう思って形の良い後頭部に触れた平次。
すると。
・・・・・整った顔が自分に向いたから、少しどきりとした。

こんな風に。
ずっと暑い日が続いたのに、思い出した様に寒くなると。
・・・・・人の体温の気持ち良さに、改めて気付いたりするものだ。
