東京シティビュー







「ああも~ ゼンッゼン解らんっちゅーねん!」













 休日の夕方。

 既に暗くなり始めた空を見つめ、途方に暮れる少年がいた。



 190はあろうかという背の高い彼は稲尾一久。

 知る人ぞ知る、甲子園での有名人である。



 













「絶対俺にケンカうっとるな・・・・・何やねん、『でっかいクモの下』で待っとけって・・・・・・」

















 ここは六本木。

 噂の『六本木ヒルズ』に行ってみたいと言ったら、『なら待ち合わせはそこで』と言われた。



 時間は17時。

 冬に片足を突っ込んでいるこの季節は、既に闇が落ちている時間。









 ・・・・少年は、はぁと息を付いて植え込み脇の石に腰を下ろす。

 しかしその時。

















「稲尾!」

「ん?」

















 その少年の名を呼びながら走ってくる影が見えた。






























ひとくぎり





















「長島」

「よく解ったな~場所。いつ携帯に連絡来るかと思ってたのに」

「へ? ココなんか?」

「・・・・知らねえでいたのかよ」













 長島、と呼ばれた少年が呆れながら上空をあごで指す。

 稲尾よりも頭一つ分小さい彼は、長島茂雄。



 あの伝説のミスターと同姓同名の、やはり野球少年。

 稲尾はその仕草に従い上を向いた。















 丸い物体が中央にあり、そこから8本に伸びた足の様なものが見える・・・・・・  



















「ああ!」

「昼間だと一目瞭然なんだけどな。暗いとやっぱ解りにくかったか」

「ほ~ けったいなモン造ったんやな~」

「妙に感動するだろ。明るいところで見ると、また違うぜ? 宮崎駿の世界って感じでさ」

「そりゃ残念やなー」















 その足の間から、丸い月が見えていた。

 満月なのか本当に丸い。



 それを見て稲尾は思い出して少し微笑う。











 ・・・その様を見ていた長島は眉根を寄せた。

















「何だ? 気色悪いな」

「・・・・気色悪(きしょ)い言うな。思い出しただけや、先月の怪盗キッドの件」

「ああ・・・月夜の晩に空歩いたってやつな」

「結局盗ったモンまた返したんやろ? 訳解らんなホンマ」

「何か事情あるんじゃねーの? 泥棒には、泥棒のさ」













 それは丁度ひと月前の事。

 寒さが増してきた東京に、久々に怪盗キッドが現れた夜。



 長島は友人らと共に野次馬に紛れていた。























 ・・・・そこで彼は不思議な波動を感じる。









 そう。

 ―――――・・・・・あるひとりの、少年と同じ。



















 数ヶ月前に部活の対校試合をした高校で、ひとりの少年に出会った。





 校舎裏の水飲み場。

 顔を洗って、顔を上げたその時。





 夕日を背にした少年が自分に話し掛けてきたのだ。

















『君、すごいね。どこにそんなチカラ隠してんの?』

『え?』

『うちの野球部も弱い方じゃないんだけどな。ま、甲子園優勝校には適わねえか』

『―――・・・・・ども』













 取りあえず礼を言い、タオルで顔を拭く。

 随分人なつっこい奴だなあ・・・・そう思っていると、更に近づいてきた。



 つい、後ずさる。













『ホント。野球やってそうに見えないね』

『・・・・き、君は何かスポーツしてないのか?』

『俺? うん、まあ・・・・』

『?』













 長島の問いに少年は口ごもる。

 逆行で表情は良く見えなかったが・・・・・・目が僅かに伏せられた。



 話し掛けてきといて何なんだ?

 素直な疑問を持つが、仲間から『長島、帰るぞ』という声が掛けられ、その場を去る。

















 ・・・・・だからあの時驚いた。



 空の上の怪盗が、あの彼と重なったから。



















 まさかそんな筈無いと・・・・・・思うのだけれど。





























「・・・・あいっかわらず変な奴やな、オマエ」

「何だそれ」

「全然読めへん。せやから、ひょいとホームラン打たれちまうんやろな」

「それはお前がまだまだだからだろ。ほら、展望台行くぞ」

「あ、せやせや」













 久しぶりの好敵手は、試合中と同じく心が読めない。

 稲尾は僅かに息を付くと、先へと歩き出す長島の背中を追いかけて行った。


























ひとくぎり

















「え? 展望台昇んのに1500円すんのか?」

「何や。知らんかったんか」

「まだ行った事無かったんだよ・・・・・ちくしょう、たけーな」

「高いんか? 相場知らんからなあ」

「・・・そういや稲尾、おぼっちゃんだったんだよな」













 真面目な顔をして返してくる稲尾。

 少し呆れるが、一度くらいは昇ってみないと話のネタにもならないと長島は覚悟を決める。



 受付でチケットを買うと、係員の指示に従ってエレベーターへの列に並んだ。















「お。美術展も見れるやん」

「へーホントだ・・・・『ハピネス展』? どんなテーマなんだろ・・・・・やっぱ幸せかな」

「どーやろな。まあ、ついでやし見てこうや」

「・・・あれ」

「ん?」













 そうしてエレベーターの中に案内された時、長島が稲尾を通り越した視線を見せた。

 稲尾は後ろを向く。











 そこには、やたらと別世界な2人組が居た。

 列は丁度彼らを乗せた時点で扉を閉め、52階の展望フロアへと上昇を始める。



 定員いっぱいの人間を、乗せながら。























 ・・・・・あれ? あいつどっかで・・・・・・





















 長島は懸命に記憶を掘り起こす。





 両方とも帽子を深くかぶり、目もろくに見えていない2人組。


 覗く白い肌と綺麗な顎のライン。
 そして、細く伸びた手足が明らかに他の人間と違っている存在感の彼らのうち・・・・
















・・・・明らかに元気の良さそうな少年の方に、見覚えがあったからだ。























「あん時の・・・・・」

「―――――・・・・・おい快斗。お前の事じっと見てる奴、いるぞ」

「ん?」

「ほらあの、蒼いジャケット着てる・・・・」

「どーせまた変な野郎・・・・・・って・・・・・・あれ・・・・?」

















 その時、到着を告げる音と共に浮遊感が止まる。

 扉が開いて一旦流れ出て、そのカイトと言われた少年は長島の前に向いた。



 そうして帽子を取り、笑う。













「港南の長島だろ? うわー、何々、偶然じゃん!」

「やっぱり君、あの時の」

「んでもって・・・・・あれ・・・・・もしかして大金の・・・・」

「どーも。その、稲尾や」













 薄暗いエレベーター付近。

 係員に先を促され、ともかく歩きながら彼らは互いの見知らぬ顔を見合う。



 快斗は長島の横にいる、背が高く体格の良い少年を見上げた。

 どうやら相手は自分を知っているらしいから、軽く会釈する。













「すげ。甲子園の有名人に会えるなんてラッキー♪」

「・・・快斗の知り合いか?」

「あれ? 新一、甲子園の決勝見に行ったんじゃ無かったっけ? そん時の、すげーピッチャーとすげーバッターだぜ?」

「え!??」















 シンイチ。と呼ばれた少年が驚きの表情を向ける。

 その時帽子がずり落ち、あわてて拾った時にひときわ明るい場所に出た。















 ・・・・・隠れていた顔が人工の光に照らし出される。

























「―――――・・・・工藤・・・・新一・・・・?」

「やっべー。駄目だなこの帽子、すぐ落ちちまう」

「あっちに行ったら結構暗いからさ、そしたら取ればいいって。まったく有名人も大変だ」

「そうだな」

「おえ・・・・長島、あいつ・・・・あの『工藤新一』やぞ」

「ああ、ビックリした・・・・」



















 稲尾と長島は顔を見合わせ、驚いた。

 それもそうだ。



 自分達もそれなりに顔を知られているとは言え、限られた世界のみだ。

 しかもプロな訳でもないし、殆どユニフォーム姿でのみの露出だったから、何処を歩いていても解る人なんて殆ど居ない。



 しかし。















 この、『工藤新一』は正真正銘の『有名人』だった。





















「あ、ごめん。確かまだ名前言って無かったよな。俺は黒羽快斗、江古田高校の2年。それでこいつが、知ってると思うけど工藤新一。帝丹高校の2年」

「長島茂雄。3年」

「稲尾一久や・・・・同じく、3年」

「工藤新一。宜しく」

















 長島も稲尾も、目の前の2人から目が離せない。

 さっきまで暗い所に居たから良く見えてなかったが、本当に美形だったからだ。



 特に『工藤新一』の方は―――――・・・・テレビや雑誌で見るよりも、数倍細く顔も小さくて。

 とにかく、整った顔立ちをしていた。















「それじゃ俺たち、人待たせてるから。また会えたらいいな」

「あ、うん」













 そう言って彼らは先へと急いで行く。

 稲尾と長島は、再び顔を見合わせた。









 ・・・・正面に見える東京タワーの近くへ行き、ガラスに手をつく。















「すげえもん見ちゃったな・・・・」

「ホンマや。ガッコの奴らに自慢出来るわ」

「サインもらっときゃ良かったかな~」

「そらミーハー過ぎやろ」

















 2人は笑った。

 目の前の夜景の赤い点滅を見ながら、今の出来事を思い返して。







 ・・・・長島は僅かに微笑う。



















「やっぱ同じだったな―――――・・・・・あの感覚と」

「何がや?」

「いや。でもまさかな」

「おえ長島・・・・」

「それよりすげーな? こーして見っと、地平線が丸くってさ・・・・・・・やっぱ地球は丸いんだなー」

















 東京タワーが赤く輝き。

 世界貿易センタービル、そしてレインボーブリッジや国会議事堂。



 反対側には富士山や代々木競技場。





















 ・・・・高い視界からは、それらが全てこの瞳の中に在る。



























「俺、高い所好きなんだよねー」

「俺もや。ヘリとかはもっと最高やで? 足元までガラスやからな」

「・・・・そういやお前んちは自家用ヘリがあるんだっけ? 今度、俺も乗せてくれ」

「ええでー。ただし1回1万な」

「金とんのかよ!?」















 こういう会話の時、稲尾が『おぼっちゃん』な事に長島は気付かされる。

 ただ前と違い、それに嫌味が無いから笑って会話が出来るのだ。















 ・・・・こんな関係になれたのは、ここ1年の事だけど。





















「喉、乾いたな。向こうに珈琲売っとるみたいやし、買うて来よか?」

「俺カフェオレ~」

「おう。そこ座って待っとけや」

「んー」

























 ・・・・月が見えた。







 地上で見るのと同じ、まあるい月が出ていた。



































 ―――――・・・・あの泥棒サンに導かれて来たのかな。



































 長島はそう思いながら、またさっきの少年を思い浮かべた。












































Fin