traveling[05]








「おう白馬。良く眠れたみたいだな」

「おかげさまで」

「・・・・・どうした服部。不機嫌なツラして」

「そおか? 別に何もあらへんけどなあ」










 イタリアに降り立った新一、平次、快斗の3人は、先にホテルに来ていた探と合流した。



 夜も更けていたのでチェックインしてすぐに部屋で休もうということになったのだが・・・・・・・何故か当初の予定と違い、新一は快斗と。

 そして平次が探と同室になってしまった事が、どうやらこの不機嫌の原因だった。















「お前ら俺たちより付き合い長いだろ。そろそろ親交深めたら?」

「俺らのことは放っとけや」











 逆に話し込み過ぎて睡眠時間が足りない新一と快斗。

 朝食の席で、ずっとあくびを続けている。  











 今日はローマ観光。

 空は快晴で、空気も凍てつくほどに澄んでいる。



 新一は二人にオレンジジュースを注いでくると、『爽やかな朝にシケたツラしてんじゃねえ』と目の前に突き出した。






























ひとくぎり































 彼らが最初に向かった先はポンペイ。

 遙かな昔、ヴェスヴィオ火山の裾野の広がる溶岩台地の上に建てられた都市だ。



 現在は発展最盛期の姿を残し、市内部は市壁で囲まれ、その市壁には見張りの塔と門が残っている。













「すっげー! アポロ神殿だったんだココ」

「んでこの銅像がアポロ神」

「新一詳しいじゃん・・・・・って、何持ってんの?」

「ガイドブック。買ってみた」










 『海への門』から入ると、すぐに見えてくるのがアポロ神殿。

 その殆どは残っていないが、アポロ神の銅像は修復したらしく完全な形に見えた。



 しかし今日は本当に天気が良い。

 遺跡の間から見える青空が、程よい影を落とし綺麗なシルエットを見せていた。







 本当に、 昨日のヒースロー空港での吹雪が夢のようだ。

















「へー・・・・ コレって、遺跡の『今と昔』が載ってんだ」

「ああ。紀元前の建物がどこまで残ってるのか解るんだ」

「これだけの物を昔の人は手で作ってたんだよな―――――――・・・・・なんか感動」

「だよな」









 新一の持っていたガイドブックは、ここへ入るときに買ったものだった。



 ポンペイの『過去と現在』が綴られているそれは、歴史と共に写真が掲載されていて、現時点での風景の上に過去にあったはずの部分がセルに描かれている。

 重ねると昔の姿が浮かび上がる仕組みになっていた。







 こういう単純明快なものが、新一は好きだったりする。













「おや。便利なものを持ってますね」

「白馬」

「工藤君はイタリア初めてでしたっけ?」

「ああ、ずっと来てみたかったんだ。お前は何回かあるんだよな」

「ええ―――――――・・・・・こういう歴史的建造物は好きなんです。見ていると、時間を忘れて過ごしてしまう」

「そうみたいだな。今日、初めて笑った顔見たぞ」













 少し後ろから話し掛けて来たのは、白馬探。

 快斗が遺跡に気を取られている隙に新一の隣へ並び、手元のガイドブックに視線を落とした。



 穏やかな表情を見せる彼に、少し安堵する。










「・・・・気にしてましたか?」

「いや別に。合う合わないはしょーがねえしな・・・・・・・顔合わすのも嫌だってんじゃないだろ?」

「まさか。それだったらこの旅行も来ませんよ」

「だよな」















 からからと笑いながら新一はページを進める。

 そして『フォーロ広場』という古代都市の公共広場に来ると、その奥に見える山に視線を移した。













 ・・・・・・・ますます日差しが眩しくて、新一は目を細める。



















「ちょお待て工藤、ほれ」

「ん?」

「お前なー。目え弱いクセに何で帽子忘れんねん」

「あ」

「・・・・本当に君は工藤君の事になると良く気が付くな」











 急に視界が塞がれ、新一は驚く。

 平次が自分が被っていた帽子を乗せたらしく、ホテルに備え付けのシャンプーの香りが漂ってきた。



 一度外し、被り直す。











「服部は俺より俺に詳しいから」

「なになに~ そのイミシンな感じ」

「黒羽はコレや」

「はい?」

「お前はアホか。なんぼ天気良くたかて風は冷たいっちゅーのに、マフラーなしで鳥肌見せて歩くなや」

「そんなの俺の勝手だろ! つうか俺の親かお前!?」

「ぷ、」













 その会話に、探が吹き出す。

 くっくと身体を折り曲げて笑っている。



 それが快斗には気に入らなかったらしい。

 近付いて自分よりも頭一つ分高い目線を、睨んだ。













「言いたいことあんならハッキリ言ったらどうだ」

「・・・・平次は昔から面倒見が良いからな。良かったじゃないか、心配してくれる人がいるってのは幸せなことだ」

「へ?」

「確かにその格好は見ているこっちも寒くなる。ファッションなのかもしれないが、それで風邪でも引かれたら世話するのは僕達なんだ。気を付けてくれよ」

















 快斗はギョッとする。

 何故なら、探の口から『平次』という単語が聞こえたからだ。



 昔からの知り合いだから、もちろん変でも何でもないのだけれど。

 自分が『黒羽君』と苗字の方で呼ばれているせいか、少し意外な感じがした。





















 ・・・・・しかも、彼の名を出した時の表情は―――――――――・・・・





























「何だ。不器用同士かよ」

「はい?」

「なあ服部~ 俺、新一とちょっとあっち見てくっから、こいつ宜しくな!」

「え? おえコラ待てや!」

















 服部平次と白馬探。

 合わないとか何とか言っているけど、多分、お互い気付いていないだけ。



 性格や価値観とかは随分違うだろうけど。

 でも、肝心な所は認めてる。

















「しんいちー!」

「うわ! なんだ快斗!? お前、イキナリ飛びついて来んな!」

「今更照れちゃって、なーんも話せないんだろーな~」

「何の事だ?」

「新一。あいつらって見てて面白いよな」

「・・・・服部と白馬か」

「そ」

「へえ。お前も気付いたか」















 遺跡の写真を撮っていた新一に、背後から飛びついてきた快斗。

 でも、返ってきた台詞に快斗は拍子抜けする。






 ・・・・新一の顔を覗くと、綺麗に微笑っていた。












「って何・・・・・新一、とっくにお見通しかよ」

「小さい頃からの付き合いとは言え、本当に嫌だったら名前で呼び合わないだろ。まあ気に食わないのも確かだろうけど、心の底では認めてる証拠だ」

「へ~ 俺、服部が白馬のこと話すの聞いたことなかったからな」

「まあこの際、親睦深めてもらおうぜ。って事で、今夜もあいつら同室決定」

「賛成~!」















 平次の帽子を被った新一。

 そして平次のマフラーを巻いた快斗。

 

 その二人がじゃれ合っている光景を目の前に、会話の内容を知るはずもない取り残された探と平次。















 ・・・・・互いに顔を見合わせ『やれやれ』と息を付いた。

































「なあ。俺、今夜もお前と一緒の気がしてきたんやけど」

「奇遇だな。僕もだ」

「あの二人そろうと最強やからなー」

「それに、君は本当に工藤君に甘い」

「お前かて黒羽に振り回されとるやんか」

「・・・・まあしょうがない。彼らがこうした態度をとるのは、僕達に対してだけだからね」

「せやな。それが幸せなのか不幸なのかは、難しいトコやけど」





















 工藤新一も黒羽快斗も本当は自分ひとりで何でも出来る。

 でも、あえて自分達の前でだけ、『ぬけて』いる場面を見せてくる。



















 それは彼らが気を許している証拠。



 特定の人間にだけ見せる、『甘え』の証拠。





























 日本にいたら、こんな天気の良い屋外でこんなに奔放な彼らを見ることは出来ない。































 ・・・・・・何故なら彼らはちょっとした有名人だから。

































 唯一『素』に戻れるのは、自分の部屋の中だけ。

 他人の気配がない、その空間だけ。







 更に『他人』という枠から彼らのテリトリーに入ることを許されなければ、この姿すら見ることは出来ない。



































 ・・・・・・服部平次と白馬探。





 彼らは、そのテリトリーに踏み入る事を許された数少ない存在。



























「日本を出ないと彼らはのんびり観光も楽しめない」

「そら、お前も一緒やろ」

「そういう君もね」

「確かに久しぶりや。こんな風に、ゆっくり歩けんのも」

「あれ? 黒羽君たちの姿が見えない・・・・」

「へ?」













 少し目を逸らした隙だった。

 どこか建物の中に入ったのか、新一と快斗の姿が視界から消えていたのだ。



 まあ出口はひとつだし、迷うこともあるまい。

 探と快斗は視線を合わせると、自分達のペースで道を進んで行く事にした。




























ひとくぎり



























 白馬探と服部平次は小学校に入った頃に父親を通して対面した。

 何かのパーティで、彼らはそれぞれ警視庁の幹部だった父親に紹介されたのが始まりだった。





 互いの第一印象は『なんとなく気に食わない』。

 父親同士で会う場面になると必ず息子の話になり、互いが結構な息子自慢を始める。



 だから、それを聞かされる度に妙な敵対心が芽生えるのも無理はなかった。















 やがて探は英国へ留学。

 平次は地元の中学、高校へと進んで会う事は少なくなっていた。





 しかし。





























 ・・・・・・警視総監に就任した探の父と、大阪府警本部長になった平次の父親。

 その間では相変わらず情報が行きかっていて、本人達の意思などお構いなしに互いの状況を知る日々を送っていた。





















「なあ探」

「ん?」

「お前、いつからキッドを追っとるんや」

「いつからと言ってもな―――――・・・・・留学先で昔の資料を調べてたら、謎の怪盗事件についてのものが残っていてね。興味を引かれたのが中学の終わりくらいだったかな」

「そんな前からか?」

「怪盗キッドが今世間に現れるまでブランクがあるのは知っているだろう。多分、代替わりをしている・・・・・・昔と今じゃ、微妙に手口が異なるみたいだし」

「ほー」

「高校2年の時に再び現れたキッドを調べ始めて解ったのさ。『僕達に近い』気がすると」

「近い?」

「思考パターンもその戦術も若い。昔の『キッド』はもっと落ち着きがあって、全く隙がないタイプだったらしいからね」















 一見して今のキッドを馬鹿にしているような物言いだが、これは探の最高の褒め言葉だ。

 『僕達に近い』ということは、『僕らと同様の頭の良さ』を意味する。





 探は、東京大学にストレートで受かった実力を持っているのだ。



























 歩いていくうちに、ある建物の中へ入る。

 どうやら公衆浴場だった場所らしく、奥の方に丸い浴槽があった。





















 ・・・・・天井にぽっかりと開いている穴から、眩しいくらいの日差し。







 探が言葉を出す。























「平次。君は遺跡に興味が?」

「ん? 」

「結構、気に入ってる風に見えるが」

「そーやなー。教科書でしか知らん風景が、こう触れる位置にあるっちゅーんは・・・・・有る意味ごっつ感動するわ」

「ほう」

「人はいつか死ぬ運命やけど、何世紀もの時を経て残っとるもんがあるっちゅーんは、確かに存在してた証やからな」

「確かに。こうして見える空は地球が生まれる前から存在している。何世紀も前の人間が、こうして同じ空を見ていたと思うと・・・・・・・不思議だな」
























 二人しかいない空間。



 その静けさに、気恥ずかし過ぎてやってられなくなった平次がたまらず笑い出す。























「・・・・・何がおかしい」

「いっや~ 探、お前けっこーロマンチストやったんや」

「君も結構なもんだと思うが」

「そーいや会うてから今日まで、こんなに話したん初めてやな」

「―――――――・・・・そうだな。会っている時は大抵誰かが一緒に居たしね」

「昨日は俺の顔見た途端、不機嫌なっとったし」

「黒羽君と同室だって聞いてたのに、現れたのが君だったんだから落胆もするさ」

「そんなに黒羽がええんか?」

「当たり前だ。君じゃ目の保養にならない」

「はあ?」













 話せば話すほど、考えていた白馬探と違うことが解ってきた平次。

























 ―――――――――・・・・・・うーん。



 もしかすっと、こいつごっつオモロイんちゃう?

















 考えてみれば、あの工藤新一や黒羽快斗と何年も付き合ってきたのだ。

 単なるインテリ野郎だったら彼らもここまで一緒に居まい。



 平次はにやりと笑うと、探の肩をポンと叩いた。

















「・・・・何だい」

「よっしゃ。今夜は一緒に酒でもどや」

「は? そりゃまたどういう心境の変化だ」

「まあまあ、ええやん」

「僕の事は嫌いじゃなかったのか?」

「お前も俺んこと、そー思っとったやろ」

「別に。君が今まで避けてたんだろう」

















 確かにそうだったかもしれない。



 ろくに会話もしないまま、何となく敵対心ばかり増えて。

 相手はライバル心なんてこれっぽっちも持ってなくて、目の前に現れた同い年の『友人』と、ずっと話がしたかったのかもしれない。



















 ・・・・・自分が勝手に相手の『像』を作り上げていた。



























「せやな。俺もまだまだや」

「何ひとりで納得してる」

「ハラ減ったなー。 あいつら見つけて、ココ出たらメシ食いに行こうや」

「そうだな」



















 外は、相変わらずの快晴。





 空気は冷たく、凍てつく程に寒いけど。

 なんだか妙にスッキリと暖かい気分だ。











「あ、いたいた服部~ 白馬ー!! ったくお前ら急に迷子になるなよな!」

「どっちが迷子やねん」

「・・・・・何だ。随分とご機嫌だな」

「そー見えるか?」

「気色悪いな服部・・・・・って、アレ? 白馬も何だか・・・・・・・」

「さ、行こうか。もたもたしてたら全部見て回れないからね」

「何なに? お前らちょっと変じゃねえ?」





















 外に出ると、順路の先に快斗と新一が見えた。

 こちらに気付いて駆け寄ると、大きな息を付く。





 その時、なんとなく『空気』が変わっている事を快斗は感じ取ったらしい。

 新一もカメラ片手に不思議そうな顔をしていたが、やがて微笑った。
































ひとくぎり





























 食わず嫌いは、人間同士にもあるもので。

 ほんのちょっとのキッカケがあれば、知らない部分が見えることがある。





 こんな機会でもなければ、きっと見つけられなかっただろう。

 24時間の殆どを共に過ごす『旅行』というイベントは、仲間との会話を通してそれぞれの価値観を知る事が出来る。













60億を超える人口の中で、こうして出会える確率は本当にちいさなもの。

だったら出来るだけ楽しく過ごせる方が良いに決まってる。

































 ・・・・・・・今この瞬間は、二度とやっては来ないのだから。