traveling[06]







「もう明日帰るのか・・・・・」

「短かったな」

「お前はまたフランス戻るんか?」

「ああ。まだ仕事が残ってるんでね」









 現在、朝の8時。

 ホテル2階にある見晴らしの良い食堂で、4人は朝食をとっていた。



 いつの間にやら旅行も今日が最終日。

 探を除く三人は明日、日本への帰路につく。









 一応今回見たい所へは行った。

 現在地であるローマは勿論、ナポリに行って地中海も眺めた。



 昨日はフィレンツェまで足を伸ばし、ドゥオモやヴェッキオ宮殿を見て歩いた。























 ・・・・・映像でしか見たことの無かった風景。

















 それらが電波越しではなく、触れる現実として目の前に現れたのには感動を覚えた。

























「快斗はどこが気に入った?」

「何つってもフィレンツェだな。上から見ても下から見ても、みんな感動した」

「俺もや。自分の手で触っとっても、しばらく信じられへんかったで」

「ヨーロッパの街並みが気に入って良かった。じゃあ今度はフランスに来ないか? 別荘に招待するよ」

「じゃあ、旅費も込みで頼むぜ~」













 要領よく頼み込むのは快斗。

 白馬の家が富豪なのは周知の事実で、更に『白馬探自身』がビジネスで収入を得ている今。



 両親の財産では無いのが解っているから、『おごれよ』という言葉も出す事が出来る。



























 勿論、本気ではないが――――――――――・・・・・











 探の事だ。

 ここにいる3人は、本気で『ご招待』してくれるだろう。























「いいよ。じゃあ今度のゴールデンウイークあたり、空けといてくれ」













 あっさりと受けてくれる笑顔。

 こんな事も、快斗には解ってたあたり『計画犯』である。















「ラッキー♪ じゃあ今年の連休は決まりだね」

「いいのか?」

「素直に好意に甘えとけ。こーゆーのは受けたもん勝ちや」

「・・・けど」

「金ってのは使う為にあるんだぜ~ 白馬は他に使い道がないみたいだし、いいのいいの」

「・・・・・それは僕が無趣味みたいに聞こえるが気のせいか?」













 カラカラとした笑い声が響く朝日の中。

 こうして彼らの旅行、最後の一日が始まっていった。
































ひとくぎり



























 海外に遊びに来て、残る楽しみはこれしかない。

 新一たちは二手に分かれショッピングすることにした。







 せっかくのイタリア。せっかくのローマ。

 中心街に行けばブランドショップも建ち並んでいる。



 新一は平次と。そして快斗は探と。

 彼らは18時にスペイン広場に集合という事にした。



 こう人が多い時は4人でいるよりも、分かれて行動した方が歩きやすい。









 現在、11時。

 街そのものが歴史的建造物であるローマの、ここはトレビの泉前である。



















「んじゃ、服部頼むぜ~ 新一のコト」

「心配すんな。絡まれてもそん時は相手の方が怪我するし」

「白馬。快斗ちょっと目ぇ離すと何処行くか解んねえから、見失うなよ」

「・・・・努力します」













 笑いながら手を振り、別れる。



 東京で言うなら銀座の様な感じだろうか?

 お昼近くになり混み始めた通りは、まるで歩行者天国の様な賑わいだ。





 新一は2人が視界から見えなくなると、平次に向いた。













「さて。どこ行く?」

「俺は特に買いモンに興味無いし・・・・・工藤の荷物持ちでもやったるわ」

「そりゃいい心がけだ」

「ほんじゃー まずコンドッティか? ヴィトンもブルガリも並んどるし」

「おう」











 特にブランド好きという訳では無いが、スーツや小物類など、人目に付きやすい箇所は『いいもの』持つ主義な新一。

『腕時計や靴は良い物を付けなきゃだめよ?』と母親がしきりに言っていたから、という訳ではないが――――――――――・・・・・




 確かに高いものは、それなりに良くて丈夫だ。






 それに、たいがいこれらのものは『自分に似合って』しまう。

 嫌味でも何でもなく『事実』なのだから、新一も抵抗無く身に付けてきた。



















「お前もスーツとか選んだらどうだ? 公式の場に最近、出る事が多いし」

「別に着られりゃ何でもええし。つうかわざわざイタリアで買わんでも」

「けどサイズは遙かに揃ってるぜ。オーダーメイドすると高いだろ」

「・・・・・そりゃまあ」

「俺が選んでやるよ。まあでも、服部は何でも着こなすか」

















 振り向きざまの笑顔。

 本当に『ローマの休日』のアン王女ばりの、綺麗な表情だ。



 場所もここはその舞台となった地。















「さーて工藤の行きたいトコ行こうや。俺はその都度、ぷらっと見るし」

「おう」



















 工藤新一。

 『探偵』という職業を、ここまで有名にしたのは彼の功績によるものが大きい。



 確かに小説などでは存在していたが、現実世界ではそんなに聞く肩書きではなかった。





 それが彼の高校時代から流れが変わった。

 この服部平次や白馬探といった若手探偵と共に、新一は新しい流れを作り上げた。

























 ――――――――――・・・・・それはきっと、工藤新一の持つ『引力』によるもの。

































「・・・・・あれ?」















 一瞬の事だった。

 目を離した隙に、新一の姿が見えなくなっていた。



 平次は周りを見渡す。













「どっか店に入っちまったんかな・・・・・・」











 ますます多くなる人の波。

 『しまった』と平次は舌打ちすると、ショーウインドウを覗く。











「服部! こっちだ」

「へ?」

「・・・・・・ったく何でいるんだよ。父さんは?」

「新ちゃん追い掛けて遊びに来たんだけど、担当さんに飛行機がバレちゃっのよ~。今ホテルで書いてるわ。だからあたしだけ、遊びにきちゃった♪」

「あ、そ・・・・・」

「けど服部君だけ? いやだわ、例の新ちゃんにそっくりな子と、白馬さんの探くんにも会えると思って楽しみにしてきたのに~」

「母さん。あのねえ」















 すると少し離れた場所から新一の声が聞こえた。

 平次はその方向に振り返ると、もうひとり人物。



 新一の母親、工藤有希子だ。













「ゆ・・・・有希子さん?」

「は? 服部、お前なんで母さんを名前で呼んでんだ?」

「あ、そ、それはやな」

「やあねえ、いいじゃない。あたしが『そう呼んでね』って頼んだのよ?」

「母さん!?」

「・・・・・そ、それより何でこないなトコに」

「新ちゃん達、今日で確か旅行最後だなーって思ってね。ちょっと来ちゃった」

「来ちゃったって・・・・・・」

「いいじゃないの~ ご飯もごちそうしてあげるから、一緒にショッピングしましょ?」













 自分の母親に向かっての第一声が『有希子さん』だったのだから、新一は目を見開く。

 実は以前にロンドンの別荘に2週間ほど平次を呼んだ時、初日に有希子が彼に頼み事をしていたのだ。



 それは自分の事を、名前で呼んで欲しいとの事。




 当然平次は困っていたが、3日も過ぎれば慣れてきた。

 しかしさすがに新一の前ではそう呼べず、でも突然の出現にぽろっと口から出てしまったのだ。







 まだ40を過ぎたばかりの彼女。

 元女優であるその美貌は、ますます輝きを増すばかり。



 ・・・・その遺伝子は間違いなく新一に受け継がれているのが、誰にでも解る。





















 だからこそ平次も、『おばさん』ではなく『有希子さん』と自然に出てしまった。
























 有希子は夫である工藤優作と共に、朝ローマに着いた。

 息子の驚いた顔が見たくて、滞在していたロンドンの別荘から内緒でやってきたのだ。















「服部君ホントに何でも似合うわね~。新ちゃん、容姿はあたしに似て良いんだけど・・・・・身長は優作に似なかったみたいで、ちょっと残念なの」

「悪かったな。つうか息子に言うか? そーゆう事」

「でも工藤は身体のバランスええですよ。有希子さんに似て、顔もちっさくて綺麗やし」

「・・・・・服部君って女の子が放っとかない筈ね。新ちゃん、こーゆう言い回し、見習いなさい?」

「はいはい」

















 ブルガリ。エルメス。

 さらにはヴィトン。



 そうして有希子は二人を連れ、立ち並ぶブランドショップでの着せ替えを楽しんだ。









 さすがに女性だけあって、センスは二人よりも上。

 それに買い物の時だけは体力も別にあるようで・・・・・・









 あんなに細い身体と細いヒールで歩いている彼女は平気なのに。

 2時間も経つと、新一と平次はすっかり疲れ果ててしまった。
































ひとくぎり































「どーしたの二人とも? なんかお疲れね~」

「・・・・・母さん、相変わらずだな」

「でも楽しかったです。うちのオカンは、こーゆうのせえへんし」

「服部君のお母様にも、一度お会いしたいわ」













 有希子と新一。そして平次の三人は街角のレストランで落ち着いていた。



 数時間引っ張り回され、手にもいっぱいの紙袋。

 すでに空腹は限界にきていたようで、彼らは出されたパスタをもの凄いスピードで胃袋に入れていった。





 有希子は、そんな光景に微笑う。

















「・・・・・何だよ」

「べっつに~?」

「あ、そ・・・」

「優作も寂しがってたわよ。けど自業自得よねえ~ こればっかりは」

「少しは量を減らしたら良いんだ。今連載いくつ持ってんだ? そのうち倒れるぞ」

「あら。心配してくれてるのね」













 こうしてみると、本当に微笑ましい親子だ。

 平次は何だかんだ言っても仲の良い二人に、少しだけ日本の両親を思い出した。



 それに、ローマの建築物の中でさえ色褪せない存在感は見事で。

 工藤親子はイタリア人の視線さえもその身に集めていた。























 ――――――――――・・・・・ホンマに無敵な血筋やな。



























 目の保養を楽しみつつ、平次は席を立った。

 ちょっとトイレに行ってくるわと新一に言い残して。



 その後ろ姿に、有希子はまた微笑った。















「ねえねえ新ちゃん。服部君の事、ほんとお気に入りね」

「・・・まあね」

「良かったわ~ 母さん、ほんっと心配なんだから――――――――・・・・・・薬、ちゃんと飲んでるんでしょうね?」

「飲んでるよ。発作も起きてないから」

「そう? なら良いけど」

「母さん」















 フォークを置き、新一は有希子を見る。

 その視線は何かを訴えているのが解ったから、彼女は目を細めた。















「解ってるってば。服部君には言わないわ」

「・・・・言ったら本気で怒るからな」

「でも約束は覚えてるわよね? 何かあったら――――――――・・・・・・・・あなたをロスに連れて行くって事」

「もう良いだろ。ほら、あいつ戻ってくる」

















 新一は有希子の言葉を遮り、視線をパスタに移した。

 平次が戻り、席につく。





 ・・・・・・どこか雰囲気が変わっていたことに平次は気づいた。












「? どうかしたんか」

「別に?」

「あ。ねえねえ服部君、大学での新一ってどうなの? この子ったら、何にも教えてくれないから」

「・・・・・服部。余計なこと言うなよ」

「え、えーと・・・・・」

















 日差しが眩しい。

 窓側のこの席は、程よい光が彼らを照らしている。



















 ・・・・・・・・日本じゃ味わえない、ゆるりとした時間。



























 平次は、どこか陰を落とした新一の表情が気になりつつ食事を続けた。