君に逢えた奇跡





「あっついなー・・・・・」















 気象庁が梅雨入りを宣言して、早や一週間。

 雨が降ったのはその当日だけで、後は全く雨の気配がない。



 快斗は本屋の軒先に入ると、深く息をついた。





















「6月からこんなんで、夏はどーすんだっつーの」



















 

 手のひらでパタパタさせても、来るのは温い空気だけ。

 もう一度息を吐くと、少し涼もうと本屋の中へ入っていった。



















 ・・・・・さっき新刊チェックしたばっかりなんだよな。

















 ここに来る前、駅の構内にある書店に行ってきたばかり。

 だから快斗は奥の方へ進み、なにか掘り出し物はないかと目を凝らした。

























「あれ?」















 専門書のコーナー。

 医学書や洋書、画集が並ぶ棚の間に、気になる後ろ姿を見つける。



 形の良い小さな後頭部。

 白いシャツにジーンズという普通の恰好なのに、その絶妙な身体のライン。















 ・・・・・・背中であっても圧倒的な存在感を放っている。





























「工藤新一・・・・」

























 それは工藤新一。

 あの有名な、東の名探偵だった。




























ひとくぎり





























 会ったことはないけれど、会っている。





















 彼が子供の姿の時。



 自分が、怪盗キッドの時。























 ――――――・・・・・彼が元の姿に戻ってからも、何度か。





























 だけど素の状態では初めてだった。





























「・・・・あ」

「? うわっ!」













 その工藤新一が鞄から携帯を取り出した。

 液晶表示を見た途端、声を漏らし振り向く。



 そしてすぐ後ろにいた快斗に、ぶつかってしまった。












「す、すみません!」

「いえ。大丈夫です」














 彼はそう言い頭を軽く下げると、足早に外へ出て行く。







 ・・・・ふわりとシャンプーの香り。

 いきなりの接触に少し驚いたが、会話が出来て快斗は嬉しかった。















 ――――――・・・・久しぶりに近距離で見たけど。




 こいつ、やっぱ綺麗・・・・・




















 誰からも親からも。

 テレビや雑誌で見る『工藤新一』に、俺は良く似ていると言われた。



 自分も、そうだと思った。






















 でも違う。

 実際に会った時、それは解った。
















「あの、さっきは本当にごめん」

「え?」

「・・・・!」

「な、なに?」

「いや・・・・・・これ、俺の鞄に引っかかってたから」










 ぽん、と肩を叩かれた。

 振り向いた顔に驚いたらしく、目を見開いたまま彼は携帯電話を差し出した。










「俺の携帯? え、あれ?」

「ぶつかった時に・・・・・ストラップが、引っかかったみたいなんだ」

「助かった。ありがとう」

「とんでもない、俺が悪いんだ・・・・・けど・・・・・」








 新一はまだ視線を外さない。

 こんなに凝視されたのは初めてで、快斗はさすがに顔を赤くした。








「あ・・・・・あのさ。似てる・・・・・よな? 俺ら」

「え? あ、ご、ごめん! ジロジロ見て」

「いいけど。俺も最初は5分くらいガン見したし」

「最初? あれ・・・・前に会ったことあったっけ? あったら覚えてるよなあ・・・・・こんなに似てたら忘れねえ」

「へ? い、いやホラ、俺はテレビで、工藤くんのこと知ってるから!」

「あ。なるほど」












 つい出た言葉に快斗は焦る。



 自分が怪盗キッドで、彼が子供の姿だった頃に何度も会っていること。

 更に高校生の『工藤新一』に化けたことがあること。








 そんなことは、もちろん快斗が怪盗キッドだと知らなければ解るはずもない事だった。















 その新一。

 細い指をあごに当て、快斗に渡した携帯電話を見つめている。











 





「・・・・この携帯がどうかしたのか」

「もしかしてさ、君・・・・今日が誕生日?」

「え? どうして」

「ストラップに付いてる宝石―――――――・・・・ブルーサファイアだ。今日、6月21日の誕生石だから」

「・・・・へえ」

「綺麗な色だね」
















 そうして微笑う彼は、その宝石よりも遙かに綺麗で。

 快斗はまた、顔を赤くする。



 それにさすがは工藤新一。

 月々の誕生石は知っていても、365日の誕生石なんて普通は知らないだろう。
















「・・・・・そうなんだ。これ、気に入ってる」

「誕生日おめでとう」

「へ? あ、ありがとう」

「俺はね、5月4日。顔は似てても、やっぱ誕生日までは一緒じゃないんだな」

「そ・・・そうだね。その日の誕生石って何?」

「ダイヤモンド」


















 最高級の宝石。

 他の誰にも傷つけられない、孤高の存在。






 宝石言葉は『清浄無垢』。

 まさにそれは彼のためにあるようで、快斗は妙に納得した。















「そうか。合うね、工藤君に」

「どうも」

「じゃあ俺はこれで・・・・」

「あ、待って!」

「?」

「・・・・・・君の名前、教えてくれないか」














 そういや自分は彼を知っているが、彼は自分を知らないのだ。

 『怪盗キッド』ではない素顔の俺を・・・・・知らないのだ。



 彼にとっては俺は、『初対面』だった。














「あ、う、うん。黒羽、快斗・・・・・真っクロい羽で、爽快のカイに、北斗星のト・・・・・」

「黒羽・・・・快斗、くん」

「うん。よろしく」

「クロバ――――・・・・・って、母さんの知り合いにいた気がする。もしかして知ってるかも」

「へえ・・・・お母さん? でもこの名字は、地域にはたくさんある名字だけどね」











 快斗は覚えていなかった。

 小さい頃、父親の仕事に付いていった際に新一の母親に会っている事を。






 工藤有希子。

 彼女が、黒羽盗一と親交があったことを。












 ・・・・・まあ無理もない。


















「こんなことを言うのはどうかと思うんだけど」

「?」

「俺・・・・なんか、君と初めてっていう気がしない」

「・・・・・え」

「ごめん。ナンパみたいだな」














 気恥ずかしくなったのか、新一は顔を伏せて『じゃあ』と歩き出す。

 だから快斗は、その腕を掴んだ。














「ちょ・・・・ちょっと!」

「な、何」

「待って――――・・・・・確か、メモがここに・・・・あ、あったあった!!」

「・・・・・?」

「はい、俺のアドレスと番号。気が向いたら連絡くれると嬉しい・・・・・ていうか待ってるからさ!」

「あ・・・・あの」

「って、うわ、そういや俺、待ち合わせしてたんだった!! あ、ごめん、だから宜しくな、それじゃ!」














 急いで鞄からメモを取り出し、自分の携帯番号とアドレスを書き込む。

 それを無理やり彼の手のひらに押し込むと、腕時計を見て快斗は顔色を変えた。




 何のために米花町まで来たのか。

 その理由を、思い出したのだ。






















「やっべ、あいつ待たせるとマジで怖えんだよな~~」












 猛スピードで走る快斗。

 走りながら、彼は今起こった出来事を思い出す。






















 工藤新一。



 彼と、出会えたその奇跡。






























 ・・・・・来るだろうか。




















 連絡が。



 俺の、携帯に―――――・・・・・
































 空は透き通るように青く。

 太陽は、容赦ない光を浴びせる。
























 ・・・・一年でもっとも昼の長い日。




























 来る。



 必ず、連絡が、俺の携帯に。




























 ・・・・・・・だって俺たちは出会う運命。




























 どうしてか、そう快斗は感じていた。



































Fin