冷たい雨





「よっく降るなー」

「降るねえ」

「センセーはこんなトコでサボってていい訳?」

「何言ってんの。君が倒れたからついてるんでしょ僕は」















 帝丹高校。

 その、保健室。



 今は3時間目の数学の授業であるはずの今、工藤新一は保健室のベッドで横になり窓から外を見ていた。











 ・・・・激しい雨が降っている。

















「立ちくらみ起こしただけなのに、蘭も先生も心配性だなー」

「大丈夫なら授業受けに戻ったらどうだい?」

「昨日夜更かししちゃってさ~ あんま寝てないんだよね。午前中、サボらせて」

「・・・ったく。そういう事は堂々と言うもんじゃないよ」

















 2時間目は体育だった。

 雨だったから、外での予定を変えて体育館。



 男子はフットサルで女子はバトミントン。











 しかし久しぶりのボールの感触に、ついはしゃぎ過ぎてしまったのか・・・・・後半開始早々ゴールを決めた途端に、新一は倒れてしまった。

 



 気が付いたら保健室。

 蘭や園子達が、横で心配そうに覗き込んでいたという訳である。











 その時保健室に居たのがこの新出智明先生。

 以前新一が『コナン』だった頃にとある事件で知り合った医者で、今はこの高校で校医として勤務しながら、バスケ部のコーチをしている人だ。















 ・・・・・勿論、新一が『コナン』であった事は知らない。







 











「具合悪いのは本当なんだからさ。はい、体温計」

「ちょ・・・、君これで今日出てきたのかい? 38度越してるじゃないか!」

「でも俺、もともと体温高いから9度行かなきゃ結構ヘイキ」

「平気じゃないだろ!」

















 新出は滅多に怒らない。しかし、こればっかりは怒鳴った。

 でもこれは新一にと言うよりは自分にだ。













 ・・・・・・こんな状態の生徒が倒れたのに、すぐ発熱に気付けないなんて。



















「頭に響くよセンセ~」

「あ、ごめん。とにかく午前中はこのまま寝てるんだよ? そしたら僕が車で送って行くから」

「いいですよ別に。薬飲んでちょっと寝たら自分で帰りますから」

「この雨で? ひとりで歩いて? 僕が許すとでも?」















 突然目が据わって声も低くなった新出。

 新一はその気迫に負け、小さく息を付いた。















「ちょっとー イキナリ怖いなあ~ もう解りましたよ・・・・・寝てますから起こして下さいよ」

「大人しくね。次、1年生の体育の授業見なきゃならないから、それ終わったらまた来るから」

「へーい・・・・」















 水と薬を渡して飲ませ、寝かせる。

 そうして薬が効いて眠りに付いた新一を確かめると、新出は静かに仕切りのカーテンを閉め、保健室を出て行った。


























ひとくぎり



























 僕の目が狂ってきているのだろうか?



 ・・・・・あの顔色は、まるで発熱している状態に見えなかった。



























 新出は1年生にバスケの試合をやらせている間、さっきの新一について考えていた。























 普通ならば目や肌の見た目でハッキリと解る筈。



 素人ならまだしも自分は医者だ。

 なんらかの異常にはすぐ気が付くのが、医者だ。















 微熱じゃない。



 38度を越せば、それなりに顔も熱を帯びてくる筈なのに―――――――・・・・























・・・・・・彼は、見た目『普通』のまま体温だけが熱くなっている。





























「・・・・・・・・」



















 工藤新一。

 東の名探偵と誉れ高い少年に初めて逢ったのは、文化祭だった。



 その時、全国各地の事件を追いかけていてあまり学校に姿を現さないと聞かされていた彼が、突然現れた。









 そして上演していた舞台の途中に起きた殺人事件。

 それを見事に解決した後突然倒れ、保健室に運び込まれたのだ。













 ・・・・・・でもその時は、明らかに顔面蒼白が見て取れた。



























「――――――――・・・・・そう言えばあれからまた消えたんだっけ」





















 次の日普通に登校して来たと思ったら、また行方をくらました彼。

 その後は今年の春まで、一度も噂を聞かず。







 戻って来た彼について噂は色々流れたが・・・・・当の本人は何も語らなかった。





















「ちょっと先生ってばー!! 試合、終りましたけどー?」

「え? あ、ああごめん。じゃあフリースローの練習するからな」











 いつの間にやら試合は終っていたらしい。

 新出は生徒に話し掛けられ慌ててそう言うと、足元に転がってきたボールをひょいと抱えてゴール下まで歩いて行った。
























ひとくぎり



























「ほんとによく降るなー・・・・・」

















 静かな空間で、新一は呟く。









 雨。今日は、冷たい雨だ。

 気温も昨日までと違いかなり寒い。



 窓に視線を向けながら、掛け布団を肩口まで引っ張った。





















「あ―――――・・・・・だる。ホントいや~な後遺症だぜ・・・・・・・」













 貧血に似た症状。そして発熱。

 顔は熱くならずに身体が火照るから、バランスを失いやすい。











 これは後遺症。



 『コナン』だった時に幾度となく自分の身体に投与されてきた液体が、元の身体に戻ってから少なからずの微熱を生んでいるらしかった。





















 ・・・・・・最近だるさが激しいんだよな。



 やっぱ、今度の休みに宮野に相談してみるか―――――――・・・・・・



























「ちょっと新一、大丈夫なの?」

「・・・・蘭」









 その時ドアが開いた。

 同じクラスで幼馴染である毛利蘭が、ベッドまで駆け寄って来る。













「具合どう?」

「それが熱出しちまってさー。俺、このまま帰っからさ、鞄持ってきてくんねえ?」

「やだ風邪引いたの? ゆうべ寒いのに、また書庫で寝ちゃったんでしょ?」

「・・・・お見通しかよ」













 相変わらず感の鋭い彼女に、新一は小さく息を付く。

 蘭は窓に向き、一向に収まる気配の見せない雨を見た。













「でも外、雨凄いけど・・・・・」

「新出先生がさ、家まで送ってくれるって言うから平気」

「先生が?」

「だから心配しなくていいぜ。大会、近いんだろ」

「うん・・・・ごめんね、終ったら行くからね。じゃあ鞄、取ってくるね」

「悪い」











 少し顔を曇らせて微笑う蘭。

 今週の日曜に空手の全国大会があって、その練習で最近は夜遅くまで稽古をしているのだ。





















 ・・・・今まで散々心配を掛けてきたのだから。



 これ以上、余計な事を考えさせてはいけない。























 いつも笑顔で居て欲しい。



 笑っていて欲しい。























 これからは、今度こそ俺は――――――――――・・・・・

























「・・・・・・君のその特異な体質は、また彼女に心配掛けたくないからかい?」

「!?」

「でも、症状が顔に出るって言うのは大事なことなんだよ。発見が遅れたら、取り返しが付かなくなるんだし」

「せ・・・・先生、いつからそこに?」

「今だよ。何かマズかったかい」

「そ、そんな事ないけど」













 蘭が保健室を出て行ったすぐ後に、新出がひょっこりと入ってきた。

 まるで今の会話を全て聞いていたかの様なタイミングで。













「全く。僕にさえ気付かせないなんて許せないな・・・・・」

「は?」

「どれどれ。ああ、また熱上がってるじゃないか――――・・・・工藤君、大人しくしてたかい?」

「してましたってば! うわ、ちょっと何すんですか先生っ!」

「その様子じゃあ結構キてるよ。じゃあ帰ろうか」

「今蘭が俺の鞄取りに行ってるんです! つうかその手さっさとどけて下さいよ!」



















 いきなり首から背中に手を突っ込まれ新一は瞬間身体を跳ねらせる。

 でも睨まれるその瞳に精彩が欠いているのを新出は、『これはちょっとマズイな』と感じた。




























ひとくぎり























「あ。新出先生」

「毛利さん、それ工藤君の鞄かい? 彼は僕の車にもう乗せておいたから、持ってくよ」

「新一・・・・大丈夫ですか?」

「平気。ただ熱出ちゃったからね・・・・けど薬飲ませて、一晩寝かせとけば大丈夫だから」

「そうですか・・・・」













 それから10分くらいして、蘭が保健室に戻って来た。

 鞄を受け取る為に、待っていたのである。















「ありがとう。じゃあ渡しておくから」

「・・・・・」

「どうしたの?」

「・・・・ひとりで、大丈夫かな」

「今日は僕が一晩中付いてるから。毛利さん大会近いんだよね。心配しないで頑張って」

「はい、すみません・・・・お願いします」























 本当はずっとそばに居たい。



 ・・・・・でも、新一はそれを望んでいなかった。

























 高校生活最後の大会が大事な事を、新一は知っている。

 それが進学に大きな意味があることも聞いていた。























 ・・・・だから彼は自分の体質を変えてしまったのかも知れない。



 不調をきたしても、いつもそばに居てくれる人間に心配かけまいとして顔に出さない様に。



























 ―――――――・・・・多分、今夜彼女がそばにいたらもっと無理する。



 大丈夫、平気だと微笑って・・・・・





























「じゃあ。明日は、もしかしたら休ませるかもしれないけど」

「解りました」















 その時、チャイムが鳴り昼休みの終わりを告げる。

 2人は扉の前で別れると、それぞれの場所へと戻って行った。






























ひとくぎり























「センセー遅いよ・・・・・」

「ごめんごめん。ハイこれ鞄」

「・・・蘭の奴、何か言ってました?」

「『新一を宜しく頼みます』ってさ。だから僕、今日はこのまま君んち泊まるから」

「え? いいですよ別に!」

「いや~。工藤君ひとりで放っとくと、治るもんも治らない気がするし」

「な・・・何ですかそれ!?」













 未だ降り続く激しい雨。

 助手席に乗せていた新一に鞄を見せ、後部座席に置く。



 顔色は相変わらず普通なのに激しく咳き込んでいる。

 さすがの新一もキツくなってきたらしく、声が掠れてきていた。











「ま。急ごうか」

「・・・・・顔に似合わず強引」

「今頃気付いたのか。名探偵と言えども病気には勝てないんだから、ちゃんと治しなさい」

「解りましたってば・・・・」







 





 小さくそう言うと新一は目を閉じる。

 窓に打ち付ける雨粒を耳で感じながら、少し寒い気温に身体を縮ませた。





























 ・・・・・小さく微笑う新出。







 ヒーターのスイッチを押すと、ゆっくりと車を走らせた。
































Fin