ハンターズムーン

 

「わり、遅れた」
「︙︙全然反省しとらんな」

 自宅から少し離れた所の高台。
 工藤新一と服部平次は、ここの駐車場で待ち合わせしていた。

 新一からの突然の呼び出し。
 なのに当の本人が到着したのは、約束よりも一時間後。

「何しとったんや」

 自分から指定した場所だから迷うはずがない。
 遅れるなら遅れると、いつもなら連絡が入るのに。

 平次は睨んだ。

「怖い顔すんなよ」

 バイクのシートをつるりと撫で、新一は平次を見る。

 得意の上目遣い。
 計算し尽くされた角度の武器だ。

「そんなんで誤魔化されへん」
「何だ。つまんねえ」
「工藤」
「言い訳はしねえよ︙︙ほんとごめん」

 すると新一は大人しく謝る。

 拍子抜けする平次。
 いつと違う雰囲気を、少し感じた。

「︙︙電話も繋がらんし、事故にでも遭うたかと思うたわ」
「え? 電源は入ってたと思うけど」

 ジャケットの内側から取り出したスマートフォン。
 新一は側面のボタンを押すと、表示された通知数に『げ』と声を漏らした。

 


 

 工藤邸から車で約十分。
 街全体が見渡せる、この辺りでは一番の高台。

 移動手段を使って来れるのはこの駐車場まで。
 ここから徒歩で更に上に行くと、少し広い場所に出る。

 そこには一本の大きな樹。
 十月に入ったと言うのに未だ暑さの残る風を感じながら、二人はここへ登って来た。

 夜遅い時刻ということもあり、彼らの他に訪問者は見当たらない。
 今夜は雲もなく、満月も綺麗。

 歩き始めてから無言の新一。
 ︙︙平次は、彼が来た時から感じている疑問を素直に聞いてみる。

「おい工藤」
「ん?
「病院、行っとったんやろ」
「︙︙どうしてそう思うんだ」
「消毒液っぽい独特のにおいと、顔色?」
「マジか︙︙着替えてきたんだけどな」

 高台のシンボルと言える大樹に手を掛け、新一は月を見上げた。
 すると平次は、その腕を掴み幹に体を押しつける。

「せやから顔もよお見せんし口もきかんのか」
「だってすぐ心配するし、お前」
「当たり前や。妙な薬でちっさくされとった時から無茶しとって、元に戻ったんはええけど一向に本調子にならんのやし」
!
「何年見てきとる思てんねん。月明かりで顔色、隠せる思たんか」

 ︙︙睨み合うように見つめ合う。
 やがて新一は観念したように息を吐き、目の前の唇を塞いだ。

「︙︙病院じゃなくて博士んとこ行ってた。いつもより熱いだろ」
「こんなんで、よおクルマ運転して来れたな」
「もう慣れた。それにこうやってさわられない限り、他人にバレることはねえから」

 触れた舌下ぜっかから伝わる温度。
 三十八度は超えてないようだが、慣れるくらい発熱が多いのはやはり異常。

 本来なら死ぬはずだった薬を飲まされ、幼児化していた体。
 元に戻るために様々な薬を試し、ようやく成功したものの︙︙

 失った質量を無理やり補ったためなのか、新一の細胞は元の体に戻ってからずっと不調のままだった。

 


 

『工藤君。私たちの体は、もう元の状態には戻らない。いつ細胞が壊れてもおかしくないの』

 阿笠博士の研究室で、同じく幼児化から戻った灰原哀こと宮野志保にそう告げられたのは、午後五時前。

 常態化しつつある発熱。
 前に比べて、格段に落ちた体力。季節に左右される体調。

 光にも暑さにも弱くなり、アルコールを飲める年齢が過ぎても体は受け付けなかった。

『そうか。まあしょうがねえよな』

 小さくされてから戻るために、数え切れない試薬を飲んできた。

 なるようになっただけだ。
 人に限らず、生きていれば生物はいずれ死を迎える。

『︙︙工藤君、本当にごめんなさい。こんなことになって』
『灰原のせいじゃねえって何度も言ってるだろ。お前がいなけりゃ、こうして元の体に戻れてもないんだ』

 新一に『灰原』と懐かしい名で呼ばれている彼女は、こうして会うと表情を曇らせることが多くなった。
 謝ることが多くなった。

 自身も同じ症状で苦しい筈なのに、アポトキシン4869の開発に関わっていた事実が彼女を苦しめている。

『でも』
『それに小さくされたから、会えた人が沢山いた。お前とも、知り合えた』
『︙︙』
『無茶ばっかしてた俺をいつも助けてくれたんだ。感謝しかねえよ』

 じゃあまたな。
 そう言うと、新一は研究室を後にする。

 朝から降り始めた雨は止む様子が見えず。
 既に暗い景色の中、隣の自宅に戻るだけでずぶ濡れになってしまう。

 着替えて軽く食事。
 さて平次との約束へ向かおうと、立ち上がったその時だった。

 ︙︙激しい目眩めまいに襲われその場に倒れ込んだのだ。

 


 

「バレへんとかそういう問題か?
「しょうがねえだろ。もう、この体と付き合ってくしかないんだ」

 大樹の根元に、二人は座る。
 少し風が出てきた。

 街を見下ろせるその場所で、新一は月を見上げる。
 その横顔から、平次は視線を外すことが出来ない。

「︙︙そうか」
「小さくされてから、何度も元の姿に戻ったりしてさ︙︙もう細胞が力尽きてんだろうな。いつ壊れても、おかしくねえって。この熱も︙︙つまりは炎症っつうの?
「︙︙」
「ま。俺はこれまで以上に完璧な『工藤新一』を演じなきゃな︙︙みんなに悟られないようにさ」

 後悔はしてない。
 全て、自分が選択してきた人生だ。

 それに失ったものは二度と戻らない。
 『コナン』になる前の体には、もう戻れない。

 大丈夫。

 いつ細胞が壊れてその機能を停止したとしても、悔いはない。
 突然命を終える人たちも多い中、こうして心の準備をすることができる。

 だから怖くない。死ぬことは。

「そんな顔すんな。予想はしてたろ」
「せやけど」
「そもそも、自分がいつ死ぬかなんて誰にも解らない。この瞬間にも地震が起きて土砂崩れで埋まるかもしれない。帰りに事故に遭って命を落とすかもしれない︙︙だから、未来を不安がるより心残りがないよう毎日を過ごす」
「︙︙」
「決意表明みたいなもん? 言っときたかっただけ。急にここ誘って悪かったな︙︙そういや東京、いつまでいるんだ」 

 平次の生活圏は今も大阪。
 涼しくなってきたこともあり、久々にバイクで東京へ来ていた。

 仕事の依頼で数日、工藤邸に滞在する。

「解決するまでやな。よろしゅう頼むわ」
「あ。食材、なんもねえぞ︙︙作るなら、明日買っとくか」
「相変わらず料理せんのか」
「しないな」

 『工藤新一』を演じるのは、本当に体力を使う。
 だから最近は家に帰ると、倒れるように眠ることが多くなった。

 料理する気力なんて残ってないのだ。
 でも食事はしないといけないから、殆ど外で済ませている。

「飯は『何を食べるか』やなくて『誰と食べるか』が大事や︙︙俺が居る間は、作れるし食わせたるからええけど」
「期待してる」
「俺が居らんでも︙︙ちゃんと食うてな」
「だから心配すんなって」

 姿は完全に戻れても、体調が一向に回復しないことに不安はあった。
 それでも周りに悟られないように、これまで過ごしてきた。

 ︙︙服部にはすぐ見抜かれたっけ。

 去年の暮れを、思い出す。

「そろそろ行くか。さすがに冷えてきた」
「工藤、何で︙︙アタマ、濡れとるん」
「え?

 濡れてる?

 ︙︙ホントだ。
 だって、今日は月も出てるし雨にも降られてない︙︙

『︙︙どう︙︙工藤!!

 いや違う。今日は︙︙

『おいしっかりせえ! 何でこないなトコで寝とるん?

 ︙︙朝から冷たい雨だった。

 


 

 新一からの呼び出しがあったのは、今日の朝。
 東京へ来た平次が、工藤邸に滞在するのはいつものこと。

 『今日は一日家にいるからいつでも来い』と聞いていたから、夜になるとだけ連絡済み。
 なのに、待ち合わせとして家ではなくある場所を指定してきた。

 東京は朝から雨らしく。
 涼しくなってきたからバイクも考えたが、悪天候の予報だったので止めておいたが正解だ。

「暗なって余計酷くなっとるやん」

 新幹線から見る景色では小雨だったのに、米花駅に降り立つ頃には土砂降り。

 さすがにこれから例の場所に行くのはなしだろう。
 そう思い新一へ電話を掛けるが、繋がらずLINEも既読にならない。

「︙︙家におる言うてたよな」

 指定された時間が近付くが、雨が止む気配はなく。
 とにかく家に行ってみようと、傘を取り出し歩き出した。

 そして約十五分。

「電気、付いとるな」

 工藤邸の門をくぐると、左側のダイニングから光が漏れている。
 改めて電話をしてみるがやはり出ない。念のため固定電話にもかけてみるが、出ない。

 見上げると新一の部屋に電気は付いてなかった。
 まさかとは思ったが玄関扉に手を掛けてみる。

「︙︙開くんかい」

 鍵が閉まってないと言うことは、何かに熱中して気付かないということか。

 このご時世に危機感なさ過ぎや︙︙
 平次は『邪魔するで』と一応の礼儀を呟きつつ、雨を払い中へ入った。

 


 

「おいしっかりせえ! 何でこないなトコで寝とるん?
「︙︙はっとり」
「気いついたか︙︙怪我はしてへんみたいやけど、大丈夫か」

 そうしてダイニングへ入ると、椅子の足下に倒れている新一を発見。
 万が一を考え揺らさず声をかけた所、無事に目を開け平次は安心する。

「え︙︙いま何時だ︙︙?
「八時、過ぎたとこ」
「あー︙︙悪い、約束の時間とっくに過ぎてんな」

 上体を起こし、キッチンに寄りかかる。
 視界が回って立ち上がれない。

 新一は、再び目を閉じた。

「外の天気知っとるやろ。行けるかアホウ」
「雨、降ってたっけ︙︙ん? 月、一緒に見てなかったか︙︙?
「は?
「いや︙︙違う。夢︙︙見てたのか、俺」

 瞼を閉じても回る頭を感じながら、新一は考える。
 何が現実でどこが夢だったのか。

 月が出ていた筈が大雨で、高台に行っている筈がこうして床で倒れてて︙︙

「なんや。夢で月、見とったん?
「︙︙そうみたいだ」
「ええな。晴れとったら、満月みたいやし」

 ︙︙じゃあ博士んトコ行った後に、こうなったのか。
 灰原に言われたことは、現実なんだな︙︙

 ゆっくり瞼を開けると平次と目が合った。

「悪い。手、貸してくれ︙︙目眩が治まらない」
「は? アカンやん。熱はどうや」
「ないと思う」
「ホンマかい」

 どれどれと、平次は手のひらを額にあてる。
 冷たい感触で視界が塞がれ、新一は少し身じろいだ。

「熱い気いもするけど、お前、平熱なんぼや」
「︙︙解んねえ」
「玄関の鍵は開いとるわ、こんなトコでぶっ倒れとるわ︙︙一人暮らしなんやから、もおちょい気いつけ」
「はは。確かに」

 ここで新一はふと思い出す。
 夢の内容を、思い出す。

 ︙︙あれ。
 夢の中でも︙︙熱、計られてた気がする︙︙︙︙

『︙︙病院じゃなくて博士んとこ行ってた。いつもより熱いだろ』
『こんなんで、よおクルマ運転して来れたな』
『もう慣れた。それにこうやってさわられない限り、他人にバレることはねえから』

「︙︙っ!

 思い出した。
 夢なのに鮮明に、感触までリアルに。

 ︙︙︙︙俺は︙︙

 服部と︙︙舌を絡めたキスをしてた。

 


 

「工藤?」
「悪い、俺やっぱ︙︙もう寝る」
「風邪の引き始めかもしれん、薬飲んで寝えや」
「ああ」

 平次に支えられ新一は立ち上がる。
 二階の自室まで誘導してもらうと、ベッドに腰を下ろした。

 一緒に持ってきた飲料水のペットボトルを、平次は机の上に置く。

「水、ここに置くで」
「︙︙サンキュ。助かった︙︙いつもの部屋、使えるようにしてあるから」
「おおきに。ほなおやすみ」

 扉の閉まる音。
 しばらくして、階段を降りる気配。

 ︙︙新一はゆっくり体を横たえた。

 相変わらず外は雨。
 風も強いらしく、窓に打ち付ける音が響いている。

 目眩が未だ続く中。
 新一は、さっきまで見てた夢を完全に思い出していた。

「現実とリンクし過ぎだっつの︙︙」

 今まで夢なんていくらでも見てきたし、あり得ない展開も面白いほどあった。 
 気にする事もないし、大抵はその後すぐ忘れることがほとんど。

 次を見て︙︙『夢』は上書きされていく。

『飯は『何を食べるか』やなくて『誰と食べるか』が大事や︙︙俺が居る間は、作れるし食わせたるからええけど』
『期待してる』
『俺が居らんでも︙︙ちゃんと食うてな』
『だから心配すんなって』

 ︙︙そういや、夢の中の服部あいつは俺の不調を知ってた。
 付き合ってる感じだったから、当然なのか?

 舌で体温︙︙計らせてたくらいだし。

「︙︙」

 いつ細胞が壊れるか解らない状況は、現実と同じで。
 死が怖くない感情も同じ。

 違うのは、服部との関係。
 夢なんだから考えてもしょうがないけど︙︙何がどうして、そうなったのか。

 自分の夢ながら今更気になった。

「ま。いっか︙︙」 

 とにかく今日は疲れた。
 着替えるのも面倒だし、このまま眠ろう。

 明日になれば次の夢でこのことを忘れてる。
 そう、新一は思った。

 


 

 そして次の朝。
 昨日の嵐が嘘のように晴れ、眩しい光で目が覚めた。

「治ってる︙︙」

 目眩もなく。
 重かった頭も、軽い。

 まあ全身の重だるさは通常運転。
 着替えて部屋を出ると、下から良いにおいがしてきたから階段を降りて行った。

「お。起きたか」
「︙︙味噌汁だ」
「冷蔵庫、なんも入ってへんから適当に買うてきたで。気分どや」
「大丈夫。目眩も治まった」

 ダイニングに入ると平次が朝食を作っていた。
 新一は、キッチンカウンター正面の椅子に座る。

「しばらく天気もええみたいやし、そしたら調子もマシか?」
「え?」
「低気圧来ると具合悪なるん、厄介やな。まあ俺が居る間は飯作れるし食わせたるから、まかしとき」
「︙︙なんで知ってる」

 言ってない。
 俺は服部に、季節病のことも他の不調のことも。

「何でて︙︙そんなん見てたら解るやろ」
「解るのか?」
「当たり前や。妙な薬でちっさくされとった時から無茶しとって、元に戻ったんはええけど一向に本調子にならんのやし」
!
「何年見てきとる思てんねん」

 何を今更。という表情で平次は新一を見る。

 そしてほい。と渡されるご飯と味噌汁。
 卵焼きと焼きじゃけも出てきて、二人は並んで座った。

 イタダキマスと口に出し箸を取りながら︙︙新一は思い出す。

 ︙︙昨日は、夢を見なかった。
 だからなのか、憶えてた。

 いま服部が言った台詞セリフ
 それを、あの夢でも言われたことを。

「考え事は食うてからにせえ。味噌汁が冷める」

 横からの圧に、新一は箸を進める。
 そう言えば、朝からきちんと食べるのは久ぶりだった。

 ︙︙こんなにご飯を美味しいと思ったのも、久しぶり。

「何を食べるかじゃなくて、誰と食べるか︙︙だったっけ」
「ん?」
「服部と一緒に住んだら、少しは料理する気になるかな」
「お。ええで」
「え?」
「実はな︙︙今回、ちょお頼み事もあって来とんねん」

 ふと口に出た言葉に、思いも寄らぬ返事。
 新一は平次に向き目を見開いた。

 


 

 ︙︙工藤新一は、死に対する恐怖がないせいか行動に躊躇ちゅうちょがない。

 犯人を追いかけるのに全力。
 真実を求めるのも、全力。

 普通の人間は『このまま行ったら怪我するかもしれない』『死ぬかもしれない』と考え出遅れることが多いのに、新一にはそれがない。

 自分を勘定に入れない正義感は、『コナン』の頃からとてつもなく危険だった。

 ︙︙元の姿に戻れたんも奇跡やけど、よお今まで生きて来れたなっちゅうのが素直な感想や。

 日本に限らず、シンガポールやロンドンなどで頭脳戦以外に空中戦を繰り広げ、あり得ない状況から生還し続けて︙︙こうして無事に元の姿には戻った。
 けれども。

 今までしてきた無茶の代償からは、やはり逃れられなかったらしい。

 年に数回しか会わないから、体の増減が解る。
 表情の変化が解る。

 二十歳を過ぎて酒を勧められても、うまくはぐらかす。
 小さくされてた時と同じ様に動いてるように見せて、明らかな無茶がなくなった。

 今は︙︙母親譲りの演技力で、なんとか誤魔化せている。

 

 例の薬のせいで、体質変わったんもあるやろうけど︙︙

 ︙︙夕べ、ココでコイツを見つけた時はマジで心臓が止まるかと思うた。

 

 扉を開けて、視界に入ったのは倒れている新一。

 冷たい床に冷たい体。
 薄く開いた口から漏れる息を確認し、まずは安堵する。

 それから︙︙青白い頬を叩きながら名を呼んだ。

 

「それで何だよ。頼みって」

 時は朝の九時。
 二人とも午後から稼働予定で、今は朝食も終わり平次が珈琲をいれた所だ。

 場所は同じく、キッチンカウンター。

「俺、東京来る度ココ泊まらせてもろてるやろ」
「おう」
「来月から、長期の案件あんねんけど︙︙ええかな」
「へえ、どれくらい?」
「二年」
「二年!?

 新一が珍しく大声を出す。
 予想してたリアクションだから、平次はそのまま続ける。

「通っとる学部な、三年から校舎変わんねん。四月までは移行期間でオンラインでも対応しとって」
「それで卒業までってことか。俺はいいけど」
「おおきに。そう言うてくれる思て、有希子さんたちには話付けといた」
「ぬかりねえなあ」

 からからと笑う新一。
 珈琲の温かさも加わり、表情が緩んでる。

 本当に今日は調子が良いらしい。

「来てくれたらホント助かる。この家、部屋余り過ぎだし広すぎて掃除マジきついから」
「まかせとき」

 この家は工藤優作のもの。
 だから、まずは外堀から攻めるため彼らに連絡を取った。

 面識もあったし『コナン』時からの関係も知られていたから、交渉はすんなり成立。
 家賃の代わりに提示された条件は︙︙

 ︙︙工藤邸の共同管理と『工藤新一』の身体管理だった。

 

 新一の不調は、やはり実の両親には気付かれていた。
 彼らは日本に戻ることも考えていたが、先月新一がロサンゼルスに来た際に口止めをされてしまったらしい。

 そんな時、平次からの連絡があり有希子は逆提案。
 新一の身体管理︙︙つまりは食事や精神面で、彼をサポートする役目を依頼したのだ。

 この広い工藤邸にひとり暮らしの現在。
 確かに自炊しないどころか、気がつくと食べることすら忘れていると聞く。

 ︙︙毛利蘭に頼まないのだろうか、とも思ったけど。
 彼女に一番知られたくないのだろう、とも思う。

 そういや最近︙︙蘭ちゃんの話きかへんな。

「︙︙」
「おい、服部」
「へ?
「どうしたボーッとして」
「いや。あ、珈琲おかわりあるで」

 並んで、隣。
 陽光の中の新一。

 ︙︙髪色に反比例して薄茶色の瞳。

「もらう」
「ん」
「お前、珈琲いれるのホントうまいよな」
「そらおおきに」

 前回、平次が工藤邸に泊まった時に買ってあった珈琲豆。

 彼が帰った後、新一は自分で豆をいて入れてみたが︙︙
 何度やってもこの味にならなかった。

 でも。

 ︙︙来月からしばらく、これが飲めるのか。

 

 そう思うと、また自然に笑みがこぼれた。

 


 

 それは満月の夜。
 雨が降って雲で見えなくとも、必ず存在する月の夜。

 十月二十日はハンターズムーン。

 冬の到来を前に行われる、狩猟を意味する名を持つその満月は︙︙
 『望む人生を手に入れる節目』の時とも言われていた。

 

 ︙︙そして数年後、新一は思い出す。

 

 あの満月の夜。
 あれが、二人の始まりだったと。

 

[了]

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