君に届け

 

 週末。
 久しぶりに平次が東京に来た。

「元気そーじゃん」
「・・・東京駅まで迎えに来てくれる言うてたやん」
「悪いな。高木さんと夕飯の約束してたんだ」

 米花駅。その改札前。

 にっこりと全然悪びれもせず微笑うのは新一。
 それがまた格別な微笑で、「ああ工藤や」と平次は実感する。

「じゃあもうメシ食うたんか。何食うたん
「ラーメン。すげえ美味かった」
「仲良くて結構なことやな・・・」

 信号が青になって平次はさっさと歩き出した。

「わざわざココまで迎えに来てやったのに不満なのかよ」
「どうせ此処までだって高木はんに送ってもらったんやろ」
「そうだよ
「・・・」
「言いたい事があるなら、はっきり言えよ」

 角を曲がるたびに段々と少なくなる人影。
 街灯と街灯の距離が遠い所では、足元さえ危ない。

 ・・・その暗闇の中で新一が睨む。

「べっつにー 何もあらへん」
「ホントかよ」
「・・・俺まだ食うてへんから、そこのコンビニ寄るで」

 平次は何か言いかけたが、結局それを飲み込んで違う言葉を出した。
 相変わらずのその態度に新一は歩く足を止める。

 気付かずにコンビニへ入っていく平次。
 新一はその背中が硝子の向こうに行ったのを確認すると、目を細めて息を付いた。

 


 

 暗い夜道。歩く新一。
 長くなってきた前髪が、風に揺れる。

 後ろを振り向いてもまだ平次は来ない。

 ・・・あいつ、ホントに俺の事好きなのか

 コナンだった頃。
 新一の姿に戻った二度目の時。確か高校二年の学園祭。

 事件が起こって平次と共に解決した時に新一が倒れ、目が覚めた時にまだその姿のままだったのが嬉しくて、平次を家に泊めた日があった。

 とにかく服部といつまでも上機嫌で喋っていて。
 でも次の日が月曜日だったから二時頃眠りにつき、服部は朝一番の新幹線で帰るべく夕方工藤邸を出ようと玄関で靴を履いていたその時。

『昨日気い付いたんやけど・・・俺、お前に惚れてるみたいや』
『は
『ほんじゃ、またな』

 満面の笑みを浮かべ平次はそのまま去った。
 新一は驚いて声も出なく、暫くそこで立ち尽くす。

 ・・・それからまた新一がコナンに戻り、再び子供の生活を余儀なくされ。

 でも相変わらず起こる事件で次に会った時、平次は何て事ない態度で『よお、ボウズ元気か』と話し掛けて来た。

 あれは冗談か
 俺は、服部にからかわれてたのか

 やがて新一の身体に戻るまで、平次はコナンと二人きりの時でもあの時の事を持ち出す事は無かった。
 何も無かったように。何も言わなかったように平次は振舞っていた。

 大学生になってお互い地元で今まで通り生活していても、平次はよく新一の所へ遊びに来た。

 相変わらずの人懐っこい笑顔で、相変わらずの関西弁で・・・
 相変わらずあの言葉は無かったかの様に。

 ・・・高木さんって聞いて判りやすいぐらい顔色変えてたくらいだから、まあ本当に俺に惚れてんだろうけど。

 でもそれなら何でなにもしてこねえんだろ・・・
 好きってそーゆう事じゃねえのか

 一緒の部屋に泊まっても平次は決して新一に触れようとはしなかった。
 それどころか、「そんな素振り」さえ見せなかった。

 目が合ってもいつもの様に笑うだけで、それは本当に「単なる友達」に対するものにしか思えない。

 けど、確かに平次は新一を見ていた。
 苦しいくらいの想いが雰囲気から読めた。

 

「ったく・・・俺の返事も聞かねえで言い逃げかよ。俺とどうにかなりたいんじゃねえのか」

 演技力は新一の方が数段上だと言うことを、平次は忘れている。
 だからきっと、まだ暫くは気付かないまま。

 ・・・新一の持つ平次へのこの感情に。

 タイミングを逃してしまい、今更新一は自分から言う事が出来ないでいる。

 家のそばの公園の前の自販機で、新一は立ち止まり缶珈琲を買う。
 ベンチに腰掛けて飲んでいると平次が走ってきた。

「工藤 先いくならそう言うてくれな焦るやろ」
「だからココで待っててやったんじゃねえか。ほら」
「へ
「俺の飲みかけだけど。まだ入ってるしまだ暖かいぜ」
「・・・おおきに」

 微笑いならが、新一は缶を平次に差し出す。
 表面上は普通だが、触れた手は少し震えていた。

 


 

「珈琲でいいよな」

 二十三時。
 風呂から上がった新一が、カップを二個持って来た。

「おおきに」
「・・・何見てんの」
「ん
「て、てめえ何勝手に物色してんだ

 ベッド脇にあぐらをかいて座っていた平次。
 その手には、一冊のアルバムが開かれている。

 新一は慌てて手のものを置くと、それをぶん取った。

「別に変な写真ないやん。隠すもんでも・・・」
「うるせえ 嫌なものは嫌なんだ
「せやったら手に取れるトコ置いとくなや」
「自分の部屋のどこに置こうが俺の勝手だっつの

 新一は真っ赤だった。
 何故なら最後の方に、とんでもない写真が貼ってあったからだ。

 それは学園祭の時。
 まだ『コナン』だった新一が、灰原哀という少女が作った試作品の解毒剤を飲んで一時的に本来の『工藤新一』の姿に戻った時の事で。

 その場所で起こった事件を解決し。
 でも直ぐ後に倒れてしまい、その場に居た平次がその身体を保健室へと運ぼうとした瞬間を、級友の女子がカメラで撮っていたのだ。

『ねえねえ、この写真の工藤くん達ちょっとアヤシイ感じしない どっちがナイトか解んないってゆうか
『はあ
『ホントだ。妬けちゃうなあ』
『蘭まで何言ってんだよ・・・』

 重い衣裳を着ていた新一。
 女の蘭に運べるはずもなく、だからこそ平次が抱えて運んだ。

 あとで散々その時の事は聞かされていたが、まさか写真にまで撮られていたとは・・・

『はい。あげる
『・・・要らねえって』
『大丈夫よ。あたしがちゃんと新一のアルバムに貼っとくから

 気が付いたら、ホントに貼ってたしな・・・
 まったく。

「工藤
「・・・あ、ああ悪い、珈琲これな」
「なあ。俺その写真欲しいんやけど」
「は

 目の前に座った新一に、平次がぼそりと呟く。

「そ、その写真って
「最後ん方に貼ってあったやん。俺が写っとるやつ」

 視線を合わせず珈琲をひと口。
 その間も、アルバムは抱いたまま離さない。

 新一は真面目に困っていた。

 何故なら・・・
 あれは、自分の気持ちに初めて気付いたきっかけの・・・

「駄目か
「・・・当たり前だ。あんなのやれるか」
「なら、しゃあないな」

 苦笑する平次。
 どういうつもりで言ってるのか、新一は読めない。

 仕方なく・・・
 こっちも微笑うしかなかった。

 そうして真夜中に差し掛かる。
 何となく他愛も無い会話を続け、そろそろ寝ようかと新一が客用の布団を取りに立とうとした、その時だった。

「俺、工藤の隣で寝たいんやけど」

 ・・・平次のひと言が部屋に響いた。

 


 

『俺、工藤の隣で寝たいんやけど』

 一は耳を疑う。
 こいつは今、何て言った・・・

「・・・は
「ええやろ 俺、体温高いからぬくいで」
「この狭いベッドにどうやったら二人並べるんだ。常識で物事言え」

 新一は表情を変えず言う。
 その発声は見事で、その内の心臓がどんなに忙しなく動いているかなんて全く解らない。

「そんなに狭く見えへんけどなあ・・・あん時は一緒に枕並べて話したやんか」
「あの頃とは違うだろうが。会う度にでかくなりやがって」

 最初に会った時は同じくらいの背丈だった。
 でも、新一が『コナン』の姿にされてる間に平次はどんどん大人の身体つきになっていって。

 ようやく完全に元の『工藤新一』に戻れて、平次と会った時。
 いつの間にか自分が見上げる体勢になってしまっていた事に、少なからず新一はショックを受けた。

 そうして、それから差は一向に縮まらない。

 新一はくるりと背を向け、そのまま部屋を出る。
 扉が閉まるのを確認すると平次は息を付いた。

 


 

 隣の客間。
 クローゼットにある客用布団と降ろし、新一はその上に顔を埋める。

「・・・いざ、服部がそういう台詞吐いてきたら、俺が逃げ腰かよ」

 顔が熱い。
 多分、かなり真っ赤だろう。

 気温は寒いはずなのに、身体中から火が噴き出てる気がする。
 特に心臓が、全力疾走状態だ。

「畜生・・・何でこの俺がこんなにうろたえなきゃなんねーんだ」

 あの写真のお陰で平次に対する気持ちに気付いてから、新一は何度もこういう状況を体験してきた。
 でも、『隣に寝たい』と言う平次は初めてだ。

 ・・・あの顔が近くに来たら、俺は冷静を保てる自信が無い。
 あいつの体温なんてそばで感じたら・・・

 逢う度に同じ顔は、同じでは無くなり。
 出会った頃の少年の顔つきは、段々と大人の雰囲気を醸し出す。

 新一は顔を上げる。
 そして深呼吸すると、枕だけ持って自室へ戻った。

 


 

 やばい。
 俺、そろそろ理性が保てへんで・・・

『この狭いベッドにどうやったら二人並べるんだ 常識で物事言え』

 新一の冷たい一言。
 相変わらずのその表情に、少し平次は苦笑する。

『あの頃とは違うだろうが。会う度にでかくなりやがって』

 逢う度に怖いほど綺麗になってゆく新一は、比例して眼光の威力も衰えること無く呟いた。

 ・・・最初に会った時は同じくらいの背丈だった。
 新一は『コナン』として存在していたけど、何度か元の姿に戻る時があった。

 それは自分が今まで新聞や雑誌、テレビの中で見てきた『工藤新一』そのままだったけど。

 想像していたよりも遥かに顔立ちは整い。
 脆そうな外見とは裏腹に、凛として何者にも媚びず意思を貫き通す潔さが彼の存在感を際立たせていた。

 ・・・最初からその何もかもが、平次を捕えて離さない。

 それにずっと気付けなかった。
 ずっとずっと、こんなに焦がれる存在が居た事に。

 でも気付いた所で、それを伝えはしたけれど・・・
 あれから平次は怖くて新一に返事を聞けないままだった。

「可能性が無いワケないとは思うねんけど・・・」

 アルバム。
 貼ってあった写真。

 その新一は本当に綺麗で・・・
 事の成り行きを知らない人が見たら、まるで『眠っている姫』を童話の如く『口付けで目覚めさせようとしている場面』にしか見えなかった。

 ・・・それを大事にしていたとしか思えないさっきの新一の行動。

 どうみても困った顔で。
 どう考えても顔を真っ赤にしていた気がするあの時の新一・・・

「・・・自惚れてもええんやろか」

 少し、強引な行動を起こしてみても良いのだろうか

 ・・・あの薄い身体に触れてみて。

 もし、逃げなかったら。
 あの瞳が俺を映したら・・・

 その時扉が開いた。
 其処には布団を取りに行ったはずの新一が、ただ枕だけを持って立っていた。

 次に聞こえて来た声に、平次は耳を疑った。

「悪い。夏用の布団しか無くてさ・・・しょーがねえから、俺のベッドに入れてやる」

 新一は部屋へ入る。
 平次のそばに来ると、枕を差し出した。

「・・・その前に、フロ入って来いよ」
「ふ、風呂
「じゃねえと俺の隣で寝かせねえ」

 じろりと見上げられる視線。
 月の光に反射してそれは、また平次の鼓動を誘う。

 そう言えば新一は、どんなに遅く帰って来た時でも風呂に入ってから寝るのだと聞いた。
 髪や身体は必ず一日の埃や汗で汚れているから、そのままではとても布団に入る気にならないらしい。

 だから、それを平次に強要するのも当然だった。

「・・・そやな。ほんなら遠慮なく」
「後で寝間着持ってくから」
「おおきに・・・あ
「どうした

 部屋を出ようとした平次。
 その時、声を出す。

「下着。替えあらへん」
「・・・お前、俺んち泊まるって解ってんだから何で持ってこねえんだよ。さっきコンビニも寄っただろうが」
「忘れとった。工藤。新しいのあったらくれへんか
「解った解った。一緒に持ってくから早く行け」

 そうしてやっと去った平次。
 新一は階段を降りる足音を確認すると、大きく息を吐いてその場に崩れた。

 


 

 だ・・・駄目だ俺・・・何が『夏用の布団』だ
 そんな言い訳普通するか

 顔に手を当てる。かなり熱い。
 汗もかいてる気がする。

 心臓なんて、飛び出そうな勢いだ・・・

 決心した筈だった。
 あの直前までは、言おうと思ってたのだ。『どうして俺の隣で寝たいわけ』と、単刀直入に。

 あくまでも主導権は自分であるが為に。

「ホントどうした俺・・・」

 新一は改めて頭を整理する。
 平次の気持ちを受け入れる意思を示せば、次に起こると考えられるのは肌と肌の接触だ。

「俺が、服部と・・・

 自然に指が自分の口唇に触れた。
 乾いたそれはまるで何かを求めているかのように、熱い。

「ちょ、ちょっと待て俺 なんで想像してんだ つーか何で想像出来んだよ・・・信じらんねえ」

 目を閉じても駄目だった。
 それどころか、余計にリアルに浮かぶ。

 このままじゃ身体がもたない。
 心臓にも悪い。

 自分と平次のキスシーンが想像出来てしまうなんて、普通じゃ考えられない状況だ。

 しかもその想像は頭の中でキスの先へと発展してきたから・・・
 いい加減に新一は立ち上がり、クローゼットから平次の着替えを取り部屋を出た。

 


 

「服部、ここ置いとくぞ」

 バスルーム。その隣の、脱衣スペース。
 新一はでも水音がしないのに「」と思った。

「服部 居ねえのか
「おー 工藤、スマンな」

 その時、背後から現れた平次。

 既に上がってトイレに行っていたらしいが・・・
 その姿が一糸纏わぬ姿だったから、新一はつい目を見開き手に持っていた衣服を落としてしまった。

「どないした」
「・・・き、着替え持ってきた」
「そら解るけど、何固まっとんねん」

 平次は全く隠そうともせず落ちた服を拾う。
 尚も新一は止まったままだったから、その顔を覗きこんだ。

「工藤
「そ、そんなカッコでうろうろすんな
「どわっ

 次の瞬間、新一は平次を押しのける。
 そしてその足音は、もの凄い勢いでリビングの方へ行ってしまった。

 


 

 今のは、何だったんだろう。

 ・・・あんなに顔を真っ赤にした新一を、未だかつて平次は見たことが無い。

「恥ずかしいのはこっちやっちゅーに」

 そう。実はかなり恥ずかしかった。
 でもあの場面でアソコを隠したりしたら、余計に恥ずかしいから平気なフリをした。

 まあ男同士だし・・・
 とは言っても友達の裸なんて普通、あんまり見たいもんでも無いだろう。

 大きさの興味はあるとしてもだ。
 しかし。

「ホーンマ・・・正直やのー 俺って」

 じっと下を見る。象徴が、存在を主張している。

 平次は息を付く。
 少し考えそこに散らばっている衣服をカゴに入れると、自分のそれを静めるべくまた風呂場へ入っていった。

 


 

 バカかあいつは
 何で素っ裸で歩き回ってるんだ

 新一はソファに倒れこむ。
 ばくばくと鳴る鼓動は忙しなく、口から飛び出そうだ。

 褐色の肌が。
 思ったよりも遥かに滑らかな肌が、鎖骨が腹筋が・・・

 目に焼き付いて離れない。

「・・・本当に全身があの色なんだなあいつ」

 綺麗な身体だった。
 スポーツをしているだけあって、無駄な肉は何処にも見当たらない。

 腰のラインから太股にかけてがまた綺麗で・・・
 足も長くて。

 身体は固まっていたのに、見るところはちゃんと見ていた自分が本当にイヤラシイと思った。

 同じ人間なのに。同じ男なのに。
 でもやっぱり自分とは違う身体。

「・・・工藤 お前そこで何しとん」
「へ

 その時、平次がリビングに入ってくる。

 新一は身体を起こした。
 そして・・・湯上りで濡れた髪の平次に息を飲んだ。

「お、遅かったな」
「湯冷めしてもうたから、入り直したんや」

 やっとの事で声を出す。
 ・・・ふと濡れる鎖骨に視線が行き、新一はさっきまでの妄想が頭を駆け巡りまた心臓を跳ねらせた。

「珈琲もう一杯飲むか
「そんな飲んどったら寝られへんやん。もう一時廻っとるし」

 そう語る口唇も微かに濡れている。
 髪の毛から水滴がぽつりぽつり落ちる度に、頬や唇や首筋等を滑ってゆく。

 ・・・ほんの数時間前までは全然平気だったのに。
 目の前の男の一挙一動が、自分の心を騒がして止まなくて・・・

 目眩 めまいしそうだった。

 この手に、触れたい。
 ・・・触れられたい。

 この身体に・・・

「工藤

 止まったまま動かない新一。
 顔色も少し青い気がしたから、平次は心配そうに手を伸ばした。

「具合でも悪いんか
「触るな

瞬時に跳ね返される手。
そしていきなりの叫び声に平次は驚く。

「あ、いや、そうじゃなくて・・・そ、そうだよな、寝る前にあんまり飲んだら・・・ね、眠れなくなるよな・・・っていうか・・・」
「・・・」
「俺・・・なに、言ってんだろ」

 目の前に居るのは、本当に工藤新一なのだろうか。
 東の名探偵と謳われ、数々の事件を解決してきた日本の救世主なのだろうか

 顔色が悪そうなのに、首まで真っ赤で。
 今その口唇から出ている言葉は、消え入りそうなほど小さい。

 ・・・明らかに、自身が発した言葉に戸惑っていた。

「工藤・・・」
「お、お前髪乾かしてから来いよな・・・先に、部屋戻ってるから」

 新一は目を逸らしたままソファを降りた。
 極力声は普通に出すよう、努めて背中を向ける。

 そして、そのままリビングを出ていった。

 


 

 自分が信じらんねえ・・・

 ・・・服部は変な顔してこっち見てるし、自分で自分が何言ってんだか解んねえし。
 いざ視界にアイツが入ると、思考回路がストップしちまうなんて。

 新一は悔しかった。
 今まで、感情をコントロール出来ないなんて事は無かったからだ。

 それに幼なじみの毛利蘭に抱いていた『感情』はもっと穏やかだった筈・・・

 

「・・・どうしてあの日俺に逢いに来たんだ服部」

 

 思い出す数年前の出来事。
 メディアに突然出なくなった新一の真実を知るために、わざわざ大阪から上京してきた西の服部平次。

 あれが全ての始まりだった。

 

「お前に出逢わなければ良かった・・・」

 

 そうすれば、こんな苦しい感情を持て余さずに済んだ。
 こんな自分を知らずに済んだ。

 ・・・可愛い幼馴染みと普通に楽しい生活を送れた。

 でも。
 そうしたら、一生友達としても知り合う事すら無かった事も事実。

 新一は暗い部屋で窓をじっとみていた。
 月明かりが差し込むベッドには、枕が二つ並んでいる。

 ・・・温もりを知っても辛いけど、でも知らずにこの想いを抱えている方がもっと辛いのかもしれない。

 頭を振る。
 また思考が振り出しに戻っている。

 いつまで経っても決断出来ない自分が本当に腹立たしい。
 だから深く、息を付いた。

 その時、扉の向こう側。
 少しだけ開いていた隙間から聞こえてきた新一の言葉に・・・

 立ち尽くす平次が居た。

 


 

『お前に出逢わなければ良かった・・・』

 

 平次がドアノブに手を掛けた時だった。
 少しの隙間から聞こえてきた声に、血の気が引いた。

 好意を持ってくれてると思ったのは、やはり自惚れだったのか
 『友達』で『仲間』だから、今まで何も言わず一緒に居てくれただけなのか

 俺は、あの日からお前を苦しめてただけやったんか・・・

 あの泣きそうな表情も。
 らしくない言動も。

 きっと、どうやったら俺を傷つけずに済むだろうかと考えての・・・

 出していた手を平次は引っ込める。
 奥へと歩を進め、隣の客室の扉を開けた。

 一緒の布団に入るわけにはいかない。
 あんな言葉を聞いた後で、図々しく隣に寝られるわけがない。

 だから、やっぱり別の布団に・・・
 そう考え、目の前に畳んである敷布団一式を抱えた。

「ん

 平次は疑問を抱く。
 何故ならそれは・・・

「これ、ちゃんと冬用やんか・・・」

 さっき確か新一は『夏用しかない』と言っていたはず。
 だから、『しょうがなく』平次が隣に来ることを許したのではなかったか。

 ・・・ホンマは手を跳ね除ける程嫌やったのに。
 俺ん為に我慢してたんか

「最低やな俺」

 平次は自嘲気味に微笑う。

 解っていた筈だ。『工藤新一』とはどういう人間なのかを。
 一見冷たく見られがちだが、本当は誰よりも人との繋がりに敏感だと言うことを。

 『真実』を明らかにするという事は、必ずしも良い結果をもたらすとは限らない。
 加えてその『真実』が、感謝されるとも限らない。

 しかしそれを導き出す事が『探偵』としてのサガだ。
 ・・・そして元々有名人同士の子供として生まれた新一は、心の表情を悟られないすべを自然と身に付けている。

 平次は抱えた布団を持ち直す。
 そうして足で扉を開けると、それを新一の部屋に運びこんだ。

 


 

「工藤。やっぱ俺、こっちで寝るわ」
「え
「何かごっつ冷えこんで来とるしなあ。確かに俺、そっちやとキツイ思うねん」
「・・・だから言っただろ」

 遅いと思ってたら、平次が布団を抱えて部屋に入って来た。

 ベッド脇に座りこんでいた新一。
 目の前に、どさっと布団が降ろされる。

「ちゃんと冬用やんか。間違えるなんてオカシイで」
「ほ、ほんとだ」
「枕くれへん
「・・・ああ」

 新一は平次を見ていた。
 手早く客用布団を整えていく様子を、ただじっと見ていた。

 ・・・服部、何してんだ
 何で布団なんか持ってきて、敷いてんだよ

 解んねえ・・・
 お前の考えてる事が、全然解んねえよ。

 平次がその視線に気付いた。
 それはいつも新一が向けてくるものと、明らかに違っていた。

「工藤・・・

 上目遣い。それは見慣れてる。
 しかし表情がまるで違った。

 ・・・な、何でそんな目えしとんのや
 そんな目で俺を見んな・・・我慢、出来へんくなるやろ・・・

 二人は向き合っていた。
 新一がベッドを背にし座り込んだ状態で、平次が枕を抱えたまま立ち膝で。

 ・・・少し開かれた口唇から視線が離せなかった。

「本気でそこで寝る気か
「そうや」

 静かに響く音。
 平次は、言葉を返す。

 ・・・新一は、視線を落として言った。

「なら、好きにしろ」

 目の前に在るのは細い肩。
 寒いけど、その瞬間だけは震えもない身体。

 ・・・そしてゆっくり立ち上がり背を向けると、新一は軋む音と共にベッドに乗り布団に潜った。

 


 

 寒い夜だった。

 そう言えば、昨日は東京に今年初めての雪が降ったんだっけ・・・
 新一はカーテンの隙間から零れてくる、僅かな月の光を見て思う。

 ・・・何してんだ俺。

 眠れない。
 当たり前だ、こんな状態で寝れる訳がない。

 自覚して、覚悟してこの部屋で平次を待っていたのに・・・
 どうしてか入って来た瞬間から、あの男は新一を避け始めた。

 ・・・やっぱ手を振り払っちまったからか? 
 あれで、あいつ・・・

 布団の中で身体を丸くするのは、寒さからでは無い。

 不安。戸惑い。
 ・・・これまでの自分の行動を思い返して新一は固く目を閉じた。

 その時ふと、思い出す。

 そうだ、風呂・・・

 新一はそっと起き上がりベッドを下りる。
 ゆっくり音を立てないように上着を羽織ると、静かに扉を開け部屋を出て行った。

 


 

 寝返りをうつ影。
 平次が、視線をベッドから扉へ移す。

 ・・・工藤

 やっぱり眠れずにいた平次が、無くなった新一の気配に目を細めた。
 空気が急激に冷えた気がして身体を縮ませる。

 ・・・目を閉じても浮かぶのは、新一の表情ばかり。

 この手が感触を求めてる。
 あの頬に、髪に腕に口唇に触れたくて震えている。

 こんな自分は初めてだった。

 信用できる人間以外、入れないと言っていたこの空間。

 そんな新一の部屋は余計なものなど見当たらなく。
 生活感がまるで無い殺風景な空間は、数年前から本当に変わらない。

 ベッドと、机。
 その上にデスクトップのパソコンがあって、持ち運び用にノートタイプが一台あるだけ。

 あまり本がないのが不思議だと思ったが、それらは階下したの父親の書斎に全てあるのだと言っていた。

「そうや、確かあん時・・・」

 平次はまた思い出す。
 新一への想いを自覚した日。告白する前の晩だ。

 風呂に入った後、見つからない新一を捜していた時に書斎の扉が開いていて。
 覗くと、窓際の奥の隅に小さくなり眠っているのを見つけた。

 あの姿を見た時の衝撃。

 ・・・あれからだ。
 平次が新一を、ただの友達として見れなくなってしまったのは。

「今あんなん見たらヤバイやろな」

 諦めようとしてるのに、思考は言う事を聞いてくれずに暴走する。

 

 ・・・やっぱ好きや。

 平次は枕を握り締め目を固く閉じる。

 ・・・こんなん嫌や。

 やっぱ、何もせんで諦められへん。

 

 さっき降りて行った新一。
 何処へ何しに行ったのかは解らないが、もし・・・

 もしも、新一があの時と同じ様に、同じ場所に居たら。

 叶わぬ想いなら、二度と逢えない方が良いのだ。逢わない方が良い。
 だから、こうなったらもう嫌われた方が・・・

 平次はゆっくり起き上がる。
 そうして何も羽織らず、薄い寝間着のまま静かに部屋を出て、階段を降りて行った。

 


 

「危ねえ。思い出して良かった」

 自分以外の人間が最後になった時は、つい後始末を忘れそうになる。

 風呂場を片付けた新一は、目が冴えてしまった。
 時計を見たら二時を廻っている。

「・・・ベッドに戻りたくねえなあ」

 二階へ上がる階段。
 それを見つめながら、新一はぽつり呟く。

 あいつの気配の中で、あいつの吐息を聞いてたら・・・
 とてもじゃないが寝ていられない。

 その時、新一は冷たい空気を感じて身体を震わせた。

 ・・・書斎の窓でも開いてんのか

 この廊下の奥にある書斎。
 それは、父親である工藤優作がこの家で仕事をしていた部屋。

 そういえば日中、空気の入れ替えの為に開けたのを思い出す。
 新一はぺたぺたと足早にその場所へ入っていった。

「やっぱり」

 わずかに開いていた場所から、冷たい風が吹き込んでいる。
 息を付いて閉めると、電気を点けなくとも案外明るい部屋に昔を思い出した。

 そういや・・・
 よく、ここで本読んでるうちに寝ちゃったっけ。

 他のどの部屋よりも大きな窓。
 月明かりが良く差し込むこの場所は、新一が小さい頃とても好きな場所だった。

 出窓になっているから、小さな新一はここ良く座っていたのだ。

 ・・・さすがに、今じゃ座れないけど。

「懐かしいなあ・・・」

 あの頃見た風景が脳裏に甦る。
 父さんが難しい顔をしてワープロを打ってるのを見てるのが、好きだった。

 小さい頃は大きく見えた書斎。
 一七〇を越えた身長からの景色は、もうあの頃とは違うけれど・・・

 ・・・この紙の積み重なった独特の『匂い』は変わらなくて、新一は安心する。

「そういや『コナン』から『新一』に戻ってから、あんまりココに来なくなったな」

 新一は出窓の下に座り込む。
 正面の扉をじっと見つめ、目を伏せた。

 ・・・あれ、やっぱり眠くなってきたかも。

 月明かりと寒さが心地よい。
 そのままずるりと身体を横にすると、新一は目を閉じた。

 


 

 階段を降り、リビングの横を通り抜け奥への廊下を歩く。
 突き当たりの扉。工藤邸の書斎だ。

 平次はノブに手を掛け、深呼吸。

 ここに来るまで、何処にも新一の気配は無かった。
 この時間起き出して行く可能性のある場所と言うのはトイレかキッチンくらいだと思うのだが、いなかった。

 あの時は開いていたこの扉・・・
 騒ぎ出した心臓を押さえながら、静かにノックしてみる。

「・・・」

 返事は無い。
 とすると、次にとる方法はコレだ。

 おっじゃまっしまーす・・・

 ゆっくりと扉を開け中を覗く。
 ひんやりとした空気が瞬間平次を包み、身体を震わせた。

「・・・居った」

 奥の、窓際。
 月の光が丁度差し込む場所。

 そこに、丸くなって眠っている新一を見つけた。

 近づく。
 音を立てないように、そっと。

 平次は逸る鼓動を抑えながら困る。

 この場所にいたら、そうしたら自分は今度こそと思っていたのに・・・
 実際にそういう場面になると、どうしてこんなに躊躇するのだろう

 ・・・口唇が、薄く開いている。

 長い睫が深い影を落とし、青白く浮かび上がる肌に程よいコントラストを与えていた。

「こんなトコで寝とったら風邪ひくで・・・

 ぽつりと小さな声で平次は呟く。
 起こせばいいのにそれが出来ずにいるのは・・・

 もう少しこの状態を見ていたいからだ。
 狂おしい感情を自分に植え付けた、当の本人を。

 だがその時は長くは続かなかった。

「・・・っくしょい

「あ・・・やべ、寝ちまった・・・え

 新一が目を覚ました。
 ぼやけた眼差しの先にある、黒い影に気付く。

 ・・・それが平次だと判明するのは直ぐだった。

「は、はっとり
「何こんなトコで寝とんねん・・・凍死してまうぞ」
「・・・お前の方が寒そうに見えるけど」
「鍛え方がちゃうわ。それに俺は結構体温高いから平気やし」

 一生懸命、平次は普通に声を出す。

 悟られないように。
 もう、無理な気遣いをさせないように・・・

 新一に対してもう何の思いも無いフリをする。

「へえ」
「せやから、早う上行って寝るで」
「・・・」

 でも、新一は立とうともせず座り込んだまま。
 平次は息を付いて再びその名を呼ぶ。

 やっぱり、恋しくて堪らないその名を呼ぶ・・・

「工藤
「・・・寒い」
「せーやーかーら・・・」
「・・・暖めろよ」
「へ
「体温、高いんだろ

 目の前で自分を睨む新一はとても綺麗で寒そうで。
 だから。

 ・・・平次は、その口唇が語る言葉を理解するのに暫く掛かってしまった。

 


 

『暖めろよ。体温、高いんだろ

 新一は震えていた。
 自分の口唇から、白い息が漏れてるのが解る。

 新一は、攻めに出た。

 このまま逃げていたら、ずっとこのまま二人は平行線だ。
 俺がつまらない意地を張ってる限り・・・

 こいつはこれ以上、距離を縮めようとはしないだろう。

 今夜を逃したら、また東京と大阪に離れる。
 今度はいつ逢えるか解らない。

 ・・・今度逢う時は、もう俺を好きじゃないかもしれない。

 俺だって、明日も同じ気持ちでいる保証はないのだ。

 だから新一は攻めに出た。
 今この瞬間の気持ちに正直になることに、決めた。

 


 

「工藤・・・寝惚けとらんと、早よ立ち
「俺は正気だ」

 新一はゆっくり右手を伸ばした。
 寝間着の裾に触れ、平次はびくんと反応する。

 すると耐え切れなくなったのか、目の前の細い両肩を掴んで来た。


「そんなに・・・そんなに俺あおって楽しいんか」
「違う」
「何がちゃうんや せっかく人が諦めよ思とんのに、決心鈍らすような事すんなや」
「服部・・・違う・・・俺・・・」

 ・・・書斎の空気が、止まった。
 それは空間のときさえも。

 平次は自分に何が起こっているのか一瞬解らなかった。
 それは、視界が突然闇に塞がれたからだ。

 ・・・でも。

「く・・・どう」
「・・・諦めるなんて言うんじゃねえよ。俺だって・・・俺だって、お前が・・・」

 やがて見えてきた瞳と、確かに感触の残る口唇の暖かさ。
 そして消えそうな声と震えている身体を両手から感じて・・・

 ・・・平次は今の出来事が『新一からのキス』だったと理解した。

 


 

 目の前にいるのは誰だろう

 この、見たこともない表情で・・・
 その瞳の中に自分を映しているのは、本当に『工藤新一』なのだろうか

 『事実』は理解出来たが、未だ状況が把握出来ない。

「・・・え・・・と、その・・・」

 固まっている平次。
 それは、突然舞い込んできた幸運な状況に、脳がまだ追いついていないだけなのだが。

 ・・・新一にはそれが『本当に困ってる』様に見えてしまった。
 だから自分が凄くバカな行動をしたように思え、恥ずかしくなり目を逸らす。

「悪い・・・今の、忘れてくれ」

 掴んだ肩がまだ震えていた。
 呟いた声は、音にならずに空気の振動で伝わる。

 やがて思考が追いついた平次は、ゆっくりと言葉を出す。

「・・・何で忘れなアカンの
「っ・・・」
「ずっと、俺ん為に友達してくれとると思とった。工藤は優しいから、俺が告白した後も何も聞かんかった事にして・・・友達続けてくれとると思とった」

 平次は淡々と語る。
 新一の表情は、髪の毛に隠れていて見えない。

 ・・・だからその頬を包んでこっちを向かせ、ハッキリと言った。

 

「好きや。せやから、本当の気持ちが聞きたい」

 

 色素の濃い瞳。
 それに映る、新一自身。

 心地よいその声と二度目になる告白に・・・
 新一は息をするのも忘れ、暫く固まってしまう。

 そうして約数十秒。
 新一はとうとう心に閉じ込めてあった想いを、吐き出した。

 

「・・・好きだ」

 

 新一はもう目を逸らさない。
 ・・・掠れたような声で、ひとつひとつ言葉に出してゆく。

 

「だから・・・これからもずっと、俺を好きでいろ。俺以外、好きになるな」

 

 射るような目が脳裏に焼きつく。
 たまらなく、どうしようもない焦燥が胸を騒がす。

 平次は手を頬から離し、そろそろと新一を抱きしめた。

 ・・・びくんと強張らせる身体に少し微笑う。

「めっちゃ嬉しいわ・・・」
「・・・そうか」
「何か・・・もう、夢みたいや」

 抱きしめていたから、お互い顔は見えてなかったけど。
 鼓膜に伝わる言葉は、少し間があったけど・・・

 ・・・背中に廻されていた新一の腕が抱きしめ返して来たから。
 だから。

 だから平次は安心して、今度は自分からその口唇を塞いでいった。

 


 

 ・・・それは予想していたよりも熱く。
 遥かに、気持ちのいいもの。

 新一は知らなかった。
 何度も吸われては離れ、やがて舌が絡んでくるこんなキスは。

 段々、身体の芯が疼いてくる・・・

 新一は更に腕の力を強くする。

 やっと辿り着いた場所。
 この想いに気付いた時から、焦がれていたぬくもり。

 しかし。
 次の瞬間、がばっと平次が身体を離した。

 驚いた新一。
 突然舞い込んできた冷気に、目を見開く。

「ど・・・どうした」
「ちょ、ちょおタンマ・・・」
「え

 平次は顔を背けたまま何故か震えている。
 そして。

「・・・っくしょい

 ・・・書斎中に響いたのは、平次から発せられた大きな『くしゃみ』だった。

 


 

「鍛え方が違うんじゃ無かったのか
「・・・スマン」
「ま・・・風邪引かれても困るし。部屋に戻るか」

 一気に思考が正常に戻る。
 あの後の気恥ずかしい雰囲気に耐えられなくなった二人は、書斎を後にして部屋に戻った。

 月の光。
 変わらずそれはベッドに降り注ぎ、幻想的な色合いを醸し出している。

 扉が閉じたのを確認して新一は布団に潜った。

 ・・・背中で平次の様子を伺いながら。

「・・・」

 気配は近づいて来ない。
 そのうちに敷いてあった客用布団の捲れる音がしたから、慌てて布団から顔を出した。

 すると。

「うわ
「・・・やっぱ振り向いたな」

「書斎の板の上やと痛くて寒そうやし・・・此処ならシーツでぬくいし平気やろ
「・・・っ・・・まさか、お前わざと」

 確かにあそこは窓の下。
 少し風が入り込む、寒くて板張りの書斎。

 ・・・あんな所でいくら良い雰囲気になったからと言って、平次はあれ以上進む事が出来なかった。

 抱きしめて解った、思ったより細くて薄い身体。
 本当に冷え切っていたらしく・・・触れた口唇は氷の様に冷たかった。

「・・・隣に入ってもええ
「い、いいけど」

 自分の為にここへ向かわせたと知り、新一は体温が上がってしまう。
 人からの好意というか想いを与えられた時、どういう表情をしたらいいのか解らない。

 相手が『想いの通じた』平次なら尚の事。
 特に今まで誰かと付き合った経験の無い新一は戸惑うばかりだった。

 ・・・『いい』という許可が聞こえたと同時に平次は素早く入り込み、新一を組み敷く。

 眼前に再び平次。
 薄暗闇の中で、鋭い眼差しだけが月明かりに反射していて・・・

 少し身体が震えた。

「・・・いつもと全然ちゃうから、調子狂うわ」
「え
「綺麗とは思とったけど・・・まさか、こない可愛ええとは知らんかった」
「か・・・可愛い

 言葉の途中で覆い被さりその口唇を塞ぐ。

 今まで想像するしかなかった、この感触を味わう為に。
 もっともっと自分を刻み付けるために。

 ・・・やがて微かな掠れた声が漏れてくる。

「せや。可愛ええ」
「マジな・・・顔して、言うんじゃねえ」

 激しいキスが生んだ息切れを押し込め、新一は何とか声を出す。
 それでも熱く火照る身体の興奮は抑えられず・・・

 それが表情に出てしまい、平次の最後の理性を断ち切った。

「・・・今日いきなりは止めよ思とったけど」

「でも・・・俺、明日帰らなアカンし・・・今度まで待って、工藤の気持ち変わってしもたら・・・嫌やし」
「・・・おい

 本当は迷っていた。

 もしかしたら新一は雰囲気に流されてるだけかもしれない。
 与えられる行為に、身体が反応しているだけかもしれない。

 考え出したらキリが無い。
 でも、その度に『好き』と気付かされるだけ。

「・・・しい」
「え、何だって
「欲しいって言ったんや・・・」

 だから。
 平次は口唇を今度は首に這わせると・・・

 右手を新一の中心へと滑らせて行った。

 


 

 ちょ・・・っと、うわ・・・っ・・・つ、冷た・・・っ・・・

 下着と寝間着を膝まで下ろされ、纏わりつく冷気と共に平次の手が新一の中心を軽く包む。

 最初は冷たいだけのそれ。
 でも、微妙な刺激を与えられるうちに段々と熱を帯びてくる。

「っ・・・は・・・っとり・・・」
「・・・何や
「ん・・・っ・・・」

 自分以外の人間が、触っているという事実。
 その相手が欲してやまなかった相手だからこそ、沸き上がる感情は溢れ出てしまう。

 声になるのを一生懸命押し殺そうとする新一。
 その表情が余計に、平次を煽る。

「工藤・・・声、聞かせてや」
「い・・・やだ・・・」

 伝わる温度は溶けそうに熱く。
 その大きく骨っぽい手のひらは、確かにさっき自分の頬を包んでいたもの。

 ・・・益々、新一は体温を上げる。

「なら・・・我慢出来んようしたる」

 低く耳元に囁く。
 そして平次は、新一の足に引っかかっていた邪魔な下着類を手早く取り去った。

 ・・・驚く身体を押さえつけ、その間に自分を割り込ませる。
 そして口元が向かった先は。

「なっ・・・は、服部・・・

 既に固くなりかけた、新一自身。

 


 

 耳に伝わるこの音は、何の音だ・・・

 いやらしく響くこの・・・
 粘膜特有の・・・まとわりつくような音は・・・

 そして、この妙な甘ったるい声を出しているのは・・・
 本当に・・・俺、なのか

 

「・・・ん・・・っ・・・」

 気が変になりそうだ。
 足の感覚が、麻痺してる。

 寒いはずなのに・・・
 ・・・身体の芯が、もの凄く熱くてどうしたらいいのか解らない。

 あいつの舌や指が俺のを掻き回している・・・

 ドロドロとした訳の解らないものが・・・
 肌に纏わりついている・・・

 ・・・それが何故か異常なまでに気持ち良くて。
 自分で口を抑えても、漏れる声は部屋に淫らに響いてしまう。

 これは・・・

 ・・・自分ひとりでは、決して味わえやしない。

「・・・そろそろやな」
「んっ・・・しゃべ、んな・・・っ・・・」

 小刻みに震える身体。
 舌を動かす度に敏感に反応する肌が楽しくて、平次はつい動きを止めた。

 すると、途端に新一の表情が変わる。
 解放寸前の所で止められ、行き場の無い火照りがくすぶったまま懇願の目で平次を見た。

 その姿に、ぞくりとする。

「好きや」
「・・・は・・っとり・・」
「好きで好きで、気い狂いそうや・・・」
「っ・・・」

 再び新一を口に含み刺激を与える。

 ・・・少し強く吸っただけだったが、待ちかねたようにそれは跳ね、熱さを解き放った。

 


 

 瞼 まぶたにかかる、平次の前髪。
 思ったよりも長いまつげが不安げに新一を見下ろしている。

 ・・・新一は深く呼吸をした。

「なんて顔してんだ・・・」
「す、すまん」
「・・・何で謝る。悪いことしたと、思ってんのか

 新一は余韻の残る表情で平次を見る。
 そして、その手は目の前の滑らかな色素の濃い肌を撫で・・・

 ・・・親指でその口唇もなぞった。

「・・・工藤」
「これでお終いじゃねえだろ・・・ お前は・・・その、まだ、だし・・・」
「せ、せやけど」
「欲しいだろ 俺が」

 その瞳は鋭く。
 真っ直ぐに平次をとらえ、両手で頬を包んだ。

 

「・・・今を逃したら、気が変わるかもしれねえぞ」

 その言葉が引き金。
 平次は、再び新一に覆い被さっていった。

 


 
 

「今夜も冷えそうやな・・・」
「・・・そうだな」

 そうして、次の日になり、闇が再び支配する時間。
 二人は米花駅までの徒歩約二十分の道のりを、ゆっくりと歩いていた。

 楽しい時ほど早く過ぎるとは良く言ったもので。
 本当に、あっという間に平次が帰る時間になってしまった。

「二月の連休にまた来てもええ
「来なくていい」
「へ
「俺が・・・行くから」

 車も通らず。人通りもなく。
 自分達の歩く靴音だけが、響くその道で。

 ・・・新一は、視線を合わさずそう呟く。

「ほ、ホンマ
「ああ。色々案内してくれるって言ってただろ 宜しくな」
「それだけか
「・・・何がだよ」

 平次は新一の目の前に立った。
 二人の足は、止まる。

 風が、冷たく髪を揺らした。

「これからもずっと、工藤が好きや。工藤以外、好きにならへん」
「・・・っ」
「根拠もない自信やけど・・・多分、一生・・・こん気持ちは変わらへん」
「・・・服部」
「覚悟しとき。俺、けっこー嫉妬深いで

 人通りがないとは言え、ここは往来で誰が見てるか解らない場所。
 小声とは言え、誰が聞いてるか解らない公共の場。

 でも闇は更に深くなっていたから。
 ・・・だから平次は街灯のないその場所で、目の前の口唇を塞いだ。

 


 

 昨日より今日。
 今日の朝より、今この瞬間。

 ・・・どうしたら、好きという気持ちの大きさを表すことが出来るんだろう

 

 やっと進展した二人の関係。
 届いた、君への想い。

 それは・・・

 

 これから始まる、君への物語。

 

 

[了]

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