桜思想

 

『工藤、明日こっち来えへん
「は
『うちの桜な、見所やねん。花見しようや』
「へえ・・・」

 夜。
 春休みのテレビも特別番組ばかりの頃。

 食事も終え、珈琲を飲みながら本を読んでいた新一の元に掛かってきた電話。

『蘭ちゃんも休みやろ 毛利のおっちゃんとかも誘ってこいや』
「・・・そうだな、今んとこ忙しくないし」
『決まりや。駅付く頃連絡くれ、待っとるで』
「解った」

 通話を切る。

 学校も今は春休み。
 ちょうど暇を持て余していた所だ。観光で出かけるのも悪くないだろう。

 ・・・それに。

 新一は少し考え、蘭へ電話した。

 


 

「工藤 ここやココ
「あ。いた」
「和葉ちゃん
「蘭ちゃん、久しぶりー

 新大阪駅。
 改札を抜けると、数ヶ月ぶりの顔が手を振っている。

「あれ、おっちゃんどないした」
「ガキのお守りは御免だとよ」
「ほー・・・ほんなら、二人っきりのデートな訳か」
「そ、そんなんじゃねえよ」

 照れんな照れんなと平次は新一を小突く。

 両想いのくせして何しとんねん。
 そんな平次の声が聞こえ、新一は苦笑いした。

「ちょお何しとんの平次、アンタの車、はよ回してきてや」
「へいへい・・・人使い荒いやっちゃな」
「ごめんね服部くん」
「コイツも蘭ちゃんくらい、女らしゅうしてくれると助かるんやけどなあ」
「何か言うた

 いつもの様に繰り返される平次と和葉のやり取り。
 新一はそれを見ると、どうしてか胸が痛む。

 ・・・どうしてなんだろう。

 未だに新一は解らない。
 こんな症状になってから、既に数ヶ月経っている。

 ・・・本当は、和葉ちゃんの事どう思ってるんだろう。

「アタシの顔、何かついとる
「へ
「工藤君にそんな見つめられたら、なんか照れてまうわ」
「あ、いや別に」

 視線に気付いた和葉。

 とにかく顔が整っている新一。
 それがずっとこっちを見ているのだから、気になってしょうがない。

「もー 新一ったらすぐ人ジロジロ見るクセやめなさいよね」
「なあ二、三日こっち居れるんやろ 蘭ちゃんはアタシんち泊まるんやし、工藤くんは平次、任せたで」
「和葉ちゃんの家って初めてだから、楽しみ

 二人の勢いにのまれる新一。
 その時、和葉の端末が鳴った。

「平次 ん、わかった」
「来たみたいだな」
「あ、ねえ珈琲買ってこ。喉渇いちゃった」

 こっちやでー と先導する和葉に二人はついて行く。
 そして車に乗り込むと、平次は自分の家へと車を走らせた。

 


 

「うわあ・・・」
「・・・すげ。お前んち、こんないっぱい桜の樹、あったんだ」
「ええやろ。部屋からも見えんねんで こん時期、毎晩桜見ながら眠るんや」

 それは、庭いっぱいの満開桜。
 広い服部邸の中庭の周りを、それらが埋め尽くしている。

 ・・・こんな見事なものは新一の家にもない。

 二人は縁側に座り、しばし見惚れた。

「うちのは、まだ蕾だったな」
「東京の本番はこれからやろ」
「蘭ちゃん、近くで見るとまたちゃうねんで 行かへん
「ホント いくいく

 さすがに女の子達は、夢中な様子。
 和葉と蘭は元気に駆けていった。

「女はホンマに好きやなー。こーゆうん」
「全く」
「工藤は 家にもあるくらいやから、好きなん
「別に生まれる前から庭にあっただけだし・・・」

 風もなく。
 穏やかな陽だまりの中。

「まあでも、好きかな」

 そう呟き綺麗に笑う新一。
 ・・・平次はどうしてかドキリとする。

「そ、そうなんや」
 どうした変な顔して」
「・・・確かに変かもしれん、俺」
「は

 平次の表情が止まる。
 そんな姿に新一が首を傾げた所に、母親がお茶と和菓子を持って来た。

 やっぱり花見には付き物だ。
 少し苦い飲み物が、お菓子の甘さによく合う。

「工藤はん、ホンマお母さん似やなあ」
「そうですか
「うちの人も、昔写真集めてはりましたえ」
「へ それホンマか

 母親の言葉に、平次が驚く。
 どっからどう見ても堅苦しい父親が、芸能人に興味があったとは。

 しかも。
 それがよりによって工藤新一の実の母親・・・

「光栄です。母も喜びます」
「あのオヤジがなあ・・・」
「なになに 面白い話なん
「ねえ新一、すっごいの 桜並木、あっちまでずっと続いてるの

 和葉と蘭が戻って来る。
 笑いを堪える平次に、何事かと興味を示す二人。

 でも、やっぱり『花より団子』。
 お茶と和菓子を目の前にし、すっかり興味は移っていった。

 


 

 夜の二十三時過ぎ。
 風呂も終わって、用意してくれた寝間着の着物を新一は羽織る。

「なんか旅館に泊まりに来てる気分だ」
「メシも美味かったやろ
「ああ、久々に食べ過ぎたかも」

 

 振り向く肌が、ほんのり紅い。
 さっき日本酒をご馳走になったのだ。

 平次の部屋。
 新一は気持ち良さげに座布団に腰を下ろし、息を付く。

 夕飯を食べ終わって蘭は和葉の家へ行った。
 だから、ここには平次と新一の二人のみ。

「・・・綺麗だ」
「ん
「ホント良く見えるな、桜」

 そのまま仰向けになる新一。
 視界に映ったのは、窓から見える一面の夜桜。

 うっとりと瞳を細める。

「ガラス越しだと魅力半減やで。ちょお待ち」

 平次は窓を開けた。
 ざわざわと音がして、樹は揺れながら時折花びらを舞い落としている。

「へえ・・・」
「な。ええ眺めやろ」
「服部、そのまま動くな」
「へ
「そのまま・・・桜の方見てろ」
「・・・何やねんな」

 強い口調で言われる。
 訳も解らず、でも言われるまま平次は窓に向いた。

 ひらひらと舞う花びら。
 腕を組みながら、それを見つめる。

 空には、月。

 

 ・・・とくん。

 色素の濃い肌が適度に布から見えている。
 どう考えても、慣れているのだろう着こなし。

 新一の胸は再び鳴る。

「畜生。やっぱカッコイイなお前」
「ああ
「・・・ちょっと酔った。このまま寝る」
「ちょお待て、寝るなら布団で寝ろや。あっちに用意しとるし、風邪ひくで
「もう動けねえ・・・」

 この感情は何だろう
 この切なさは、何だろう

 この鼓動の速さは・・・
 何なんだろう。

 そのまま横になり、視界から平次を無くす。
 しかし目を閉じてなお鮮やかに甦る今の残像。

 ・・・酔ってるだけだ、きっと。

 身体が熱い。
 顔が、火照る。

 寒いはずの空気が、どうしてか気持ち良かった。

 


 

「何やその無防備なカッコ・・・」

 吐息が聴こえてくる。
 どうやら結局、新一はそのまま眠ってしまった。

 肌をさらけ出したままの格好。
 特に足に殆ど布がなく、左肩は肌が見えている。

 平次は、布団をかぶせた。
 その時。

「ん・・・」

 新一が寝返りをうつ。
 ・・・瞼の閉じられた顔が、平次に向いた。

「ホンマ綺麗な顔やなあ・・・」

 つい声に出して平次は呟く。

 何故か目が離せない。
 その新一が、掛け布団に擦り寄った。

「せ、せや、窓閉めんと」

 慌てて平次は立ち上がり、窓を閉める。
 ・・・新一の上に、ひとかけらの花びらが舞い落ちた。

 


 

 相変わらず、桜は風に泳ぎ月が照らす。

 

 満開の桜。
 漆黒の夜空に綺麗に映える、宵桜。

 桜には、人を酔わす魔力がある。

 

 ・・・やがてふたりの心を惑わす、魔力が。

 

[了]

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