櫻薫る午後

 

 五月に入って街は桜が満開。
 雨や風が強い日も多かったけど、こうして今日も綺麗な花びらが舞っている。

 一日で気温が最も上昇する午後二時。
 工藤新一は、照りつける太陽に手をかざしながら図書館を出てきた。

「工藤
「おう服部。遅かったじゃねえか」
「これでもバイクふっ飛ばして来たんやで 最高記録やぞ」
「電話してから三十分だ。俺が遅いって言ったら、遅いんだよ」
「へいへい」

 そのとき走り寄ってくる影。
 服部平次だ。

 彼は同じ大学に通う三年生で、高校生の時からの探偵仲間。
 土日はいつも剣道の稽古だが、大会が終わったばかりとの事で今日は突然オフになったらしい。

 ︙︙というのを聞いていたのを思い出し、新一は図書館に入る前に連絡してみたのだ。
 結果。彼はこうしてここにいる。

 まあ、どんな理由があるにせよ。
 新一は平次に逢いたいから呼びつける。

 それを知っているから、平次は微笑った。

「何だ」
「べっつにー」
「︙︙何でもねえのにニヤニヤすんのかテメエは」
「んな怒らんでもええやん。桜が綺麗やなあと思っとるだけやで
「だから呼んだんだよ」
「へ
「缶珈琲でも飲みながら、花見しようと思ってさ」

 新一が視線で指し示した先は、ある大きな桜の樹だった。
 晴天の空に淡いピンクの満開な桜の枝が、木で作られたテーブルセットを覆い尽くしている。

 適度に風もあるから、それはそれは綺麗な桜吹雪も舞っていた。
 そのひとつが︙︙

 新一の頭にもひらひらと。

「ほわー︙︙こら絶景やな」
「おい。俺じゃねえ、桜を見ろっての」
「見とるがな。あ、そしたら俺が珈琲買うてくるし、工藤はそこ座って待っとって」
「え あ︙︙ああ」

 そう言うと平次は急に走り出して図書館の中に入ってしまう。
 新一は『』と思いながらも樹の方へ歩き出した。

 平次は自分を見たまま視線を外さなかった。
 なのに『桜』を見てると言った。

 ︙︙意味不明だと思いながらも言われた通り桜を背にして椅子に座る。

 すると枝が目の前に降りてきて、まるで包まれている状態になるから新一は思わず微笑った。

 


 

「︙︙あれ。こっから外の桜、見えるんや」

 図書館の中にロビーがあり、その脇に設置してある自動販売機で平次は缶珈琲を買った。
 ふと硝子窓に目をやると、さっきの桜の樹とおぼしき枝が見える。

 近寄ってみると新一の後ろ姿が見えた。

 今日の彼はパーカーに帽子。そしてジーンズという普通のスタイルだ。
 それは細くなくては似合わないスタイルだと平次は思っていて、だからこそ今逢ったとき見惚れてしまった。

 新一は、大学の時は必ずジャケットを着用している。
 何でも平日の昼に警視庁に応援要請を受ける事も多く、その場合直行する事になるのでフランクな格好では行けないと言うのだ。

 そんなのを今まで気にした事もない平次は『別にかまへんやん』と思うのだが、そこが新一のプライドでもあるらしい。

 だから、こうしたラフな格好の新一は︙︙
 滅多に見られるものじゃないから平次にとって嬉しい事だった。

「そーや︙︙携帯にカメラ付いとるんやし、こーゆー時に使わな!」

 充電池がもたなくなり、先月新しい携帯に変えた平次。
 初めての『カメラ付き』を活用しようと、そそくさと缶珈琲を抱え外へと出て行った。

 


 

 表から行ったらバレてしまう。
 だから、さっきとは反対側から桜の樹を平次は目指す。

 ︙︙音を立てない様に近付く。

 すると、突然風が強く吹いて新一の帽子を飛ばした。

「うわ

 何とかテーブルの上で捕まえたそれを、ぱんぱんと叩いて被り直そうとする新一。
 その瞬間に平次は叫んだ。

「工藤
「︙︙え

 背後から呼ばれた声。
 新一は、不思議そうな表情で振り向く。

 すると『カシャ』という音と『いただき』という声が耳に響いた。

「はっとり
「桜吹雪の見返り工藤。待ち受けに設定」
「何だと
「ええトコで風が吹いて助かったで。帽子んまんまやと、顔が見えへんからな」
「ふ、ふざけんな 俺は写真に撮られんの嫌いだって言ってっだろ 消せ
「いやや。『素』の工藤なんて、滅多に見られるモンやない」
「︙︙っ」

 不意打ちの事に新一は動揺を隠せない。
 取りあえずさっさと帽子を被り、元の場所に座った。

 ︙︙向けられた背中が怒っている。

 平次は買ってきた缶珈琲を新一の前に差し出し、向かいに座った。

「何で怒るん 俺は好きな奴の写真が欲しいだけやぞ」
「︙︙」

 目を伏せたままの新一。
 でも渡した缶珈琲のプルトップを空けたから、少し平次は安心する。

 本気で怒っていたらそのまま帰っているだろうから。

「見るか
「︙︙見てどーすんだよ」
「なーんか『きょとーん』とした顔しとって、俺はごっつ気に入ったんやけどなあ︙︙工藤に嫌われたないし、ホンマにイヤやったら消すわ」
「服部︙︙」

 そう言って平次は携帯画面を新一に見せた。

 相変わらず照りつける太陽。
 降り続ける、桜の花びら。

 その中で目を大きく見開いている新一が、大きく画面に映し出されている。
 それはテレビや雑誌では見せた事のない素の『工藤新一』。

 ︙︙新一は体温を上げた。

「どや
「ちょ︙︙勝手に人の帽子とんじゃねえ
「お。真っ赤やんけ」
「返せっての 返さねえとマジでコレ消すぞいいのか
「︙︙へ

 つい言ってしまった言葉に新一は自分の口を押さえる。

 平次もつられて顔を赤くしつつ、奪い取った帽子を新一の頭に返した。
 同時に携帯も渡される。

「ええの︙︙
「その代わり、他の誰にも見せるんじゃねえぞ。解ったな」
「言われんでも見せへんて。勿体ない」
「︙︙イマイチ信用出来ねえな」
「そんな目ぇで見んといて? ココやと図書館ん中から丸見えやから、キス出来ひんねん」

 顔を赤くしたまま上目遣いしていた新一。
 平次にそう言われ、慌てて後ろを向く。

 ほんの数メートル先に、確かに図書館ロビーの硝子窓。
 他の木々や桜の枝などで人物を見分ける事は出来ないだろうが、何かをしていたら解るくらいには明瞭だ。

 ︙︙この空間に他に人影が見あたらないからと思ってしていた言動。
 それが『見られていたかもしれない』と解り、新一は一気に缶珈琲を空けると缶を捨て、早足でその場を去って行った。

 平次は慌てて追い掛ける。

「そんな急いで行かんでもええやんか」
「うるせえ
「そんなにキスして欲しかったん
「んな事言ってねえだろうが 所構わず欲情するお前と一緒にすんな

 桜サクラ、空泳ぐ花びら。
 そうしてまた一枚、新一の上に舞い降りる。

 ︙︙そんな春の薫りただよう暖かな午後。

 数週間ぶりの一緒の休日。
 何だかんだ言っても、今からは久しぶりの二人だけの休日の午後。

 

[了]

 

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