便利さと寂しさの等価交換

 

 三月になっても夜はまだ寒い。
 新一はスマートフォンの時計表示に目を細めると、小さく息を付いた。

「あいつ怒ってるかな・・・」

 米花駅を出て横断歩道を渡る。
 その向かいにあるコンビニへと入ると、手元のそれが振動した。

 服部平次からのラインの着信通知。動画を送ってきている。

「待ちくたびれたか

 久々に東京に来る平次。
 金曜日の今日、何なら飲みに行こうかと約束していたのだが・・・

 夕方、警視庁の目暮警部から電話が入ってしまった。

 連絡した時、既に彼は東京に着いていて。
 鍵は渡して無いから、先に家に行っていてくれとも言えない。

 すると平次は『まあ、どーにかして時間潰すわ』との返信。

 ・・・そうして今、一九時。
 新一は缶珈琲を選びながら、それを再生した。

 ん
 どこだ、ここ・・・

『あ、俺なあ、ちょお知り合いんトコ居るんやけど・・・』
『ちょっとおー平次クンなにしてんのー
『ああもう、ええから触るな取り込み中や 終わったら電話せえや、待っとるで』

 ・・・新一の周りから、喧騒が消えた。

 


 

「なんだかなあ・・・」

 今では誰もが持っているであろう携帯電話やスマートフォン。
 普及してから、もうどれくらい経っただろう。

 ・・・それまでは、確かに人々の連絡手段は限られていた。

 待ち合わせをする時も、きちんと場所と時間を指定して。
 遅れそうな時は、家に電話して伝言するぐらいしか、手段はなかったと聞く。

 今の時代の様に簡単に、予定の変更を相手に伝える術はなかったのだ。
 だからこそ、必死に約束の場所へ向かった。
 

 ・・・携帯端末なんて無かったら、きっと服部は待ってた。
 俺が帰ってくるのを、ただひたすら家の前で。

 でなければ駅前で・・・
 俺が改札口から出てくるのを、ずっと。

「なにが『平次クン』だ・・・まさかキャバクラに行ってるとはな」

 缶珈琲を買わずに新一はコンビニを出る。

 風が更に冷たい。
 新一はマフラーを口元まで引っ張ると、月を見つめた。

 


 

「工藤
「・・・おう」
「スマンスマン、遅うなって」
「別に。新刊読んでたから、暇つぶせたし」

 二〇時過ぎ。
 平次はマフラーを手に持ち、コートもふたつ程ボタンを外し、駅前のスターバックスに駆け込んできた。

 この寒いのに、額にうっすら汗が滲んでいる。

「電話せえ言うたやろ ラインは通知多すぎて気付けへんねん・・・けど何でスタバなん 家に帰っとけばええのに」
「ラテ。飲みたくなったんだよ」

 新一は平次にラインを打った。
 『駅前のスターバックスにいるから来い』と。

「事件の方は終わったんか」
「ああ。ま、確認だけだったからな」
「それやったら・・・えらい待ったやろ」
「店ん中は暖かいし。読む本もあったし、別に」
「・・・工藤」
「ん

 平次は新一の腕を掴むと、強引に店の外へ出た。
 そばにあった、コートとマフラーも一緒に。

 突然寒空に放り出されたのだから、新一はたまらない。

「何なんだ 寒いじゃねえかよ
「・・・もうちょい寒がってもらおか」
「は
「ええから走るで」
「ちょ、ちょっと・・・マジで寒いって言ってんだろ 上着寄こせ

 しかし両方持ったまま、平次は走る。
 仕方なく追いかけていくと、提無津ていむず川まで来た。

 さすがにここまで走らされると暑くなってしまう。

「・・・わ・・・わっけわかんねー・・・」
「工藤。俺の動画見たやろ」

 突然の問いかけ。
 新一は、至近距離の平次に息が止まる。

 そのまま二人は河原に腰を下ろす。

「見たから連絡したんだろうが」
「・・・なら何で怒らんの
「何でって・・・」

 珍しい平次の上目遣い。
 新一は、目を逸らし息を付いた。

「・・・今回は俺が最初に遅くなったんだ。怒らねえよ」
「いんや。それでもいつもなら怒っとる」
「そうか
「しかも家やないトコで待っとるて・・・あり得へん。今まで一度も、そないな事」

 平次は目が良い。
 だから、米花駅を出たところからスターバックス窓側の席に座っている新一が見えた。

 小説を読みながら、ちらちらと駅の方を気にしている視線が解った。
 カップに入った飲み物を両手で持ちながら、テーブルの上に置いてあるスマートフォンを気にしている姿が確認できた。
 
 それは・・・
 いつもなら決して見せてくれない『自分を待っている新一の姿』だった。

 だから走った。
 横断歩道を駆け抜け、彼の元へ急いだ。

 ・・・あんな表情かおの新一を、通りすがりの誰にも見せたくなかった。

自惚うぬぼれんな。今日は、あそこで本を読みたい気分だっただけだ」
「そんな素直やないトコは相変わらずやけど」
「うるさい。寒い。いい加減それ返せ」
「あ、スマン」

 言葉とは裏腹に顔は赤い。
 僅かな月明かりでそれは解ったから、平次は満足げにコートとマフラーを返した。

「じゃあ帰るぞ」
「・・・なあ工藤」
「ん
「あの動画の事、なんで聞かんの

 新一は背を向けコートを羽織る。
 寒いから、マフラーもぐるぐる巻く。

 そして平次を見た。

「どうせ知り合いの店だろ お前の考えてることなんてお見通しだ」
「へ・・・」
「わざと煽るような動画送って嫉妬させようとしてんの、バレバレなんだよ」

 立つと際立つ身長差。
 出会った頃は同じくらいだったのに、数年経っただけでこんなに見上げる自分に腹が立つ。

 ・・・新一は本当に面白くない。

「やっぱお見通しか」
「だからスタバで待ってた。お前が来る時間に合わせて・・・あの席で、お前の好きそうな顔して待っててやった」
「・・・は
「全部予定通りだ。お疲れさん」

 そう。
 新一は、解っていた。

 だから思い切り演じてやった。

 そして駆け込んできた。
 予想通り、慌てて店の中へ飛び込んできた。

 ・・・数ヶ月ぶりの平次だった。

 少し伸びた髪。
 そこから覗く、自分を映す色濃い瞳。

 『なんつー表情かおして待ってんねん』と・・・息を切らして訴えている。

 突然現れた色黒のイケメンに、周りの女の子たちは色めき出す。
 また独特の関西弁と甘い声が相乗効果をもたらして。
 
 でもこの男は俺だけを見ている。
 この瞬間は、本当にたまらない。 

 ・・・この事実は、絶対に言ってやらないけど。

「あれもワザとやったんか・・・」
「当たり前だ」
「・・・適わんなあホンマ」
「服部」

 新一は川沿いを歩き出す。
 月を見ながら、水面を見ながら。

 ・・・静かに言葉を続ける。

「今度あんな動画送ってきやがったら、速攻ブロックするからな」
「え、ちょ、ちょお待てや工藤 やっぱ怒っとるやん
「怒ってない。嫌なだけだ」

 新一は平次に顔を向けた。
 その表情は、本当に怒ってはいない。

「嫌やて・・・

 ただ、寂しそうだった。

 


 

 電話は好きじゃない。
 相手と話したくて掛けても、相手にとっては都合の悪い時がある。

 もし出なかったら。
 自分と話したくないから、出ないんだと思ってしまう。

 相手には相手の『生活』がある。
 それと同様に、自分にも自分の『生活』がある。 

 知る権利も、知らせる権利もない。
 自分の知らない相手の生活は、当たり前に存在する・・・

 動画メッセージも別の意味で苦手だ。
 テキストで済むはずの連絡を、わざわざ視覚と聴覚で知らせてくるあの行動は・・・

 ・・・怒りを通り越してしまう。

「工藤」
「ん
「そないな顔するなんて思てへんかった。スマン」

 平次は先を歩く新一の腕を掴んだ。
 振り向くその表情は、やっぱり寂しげで。

 そして変わらず綺麗だった。
 だから。

「・・・服部

 その口と視界を塞いだ。

 


 

 携帯端末が普及して今や、一人一台の時代。
 人々の連絡手段も、テキストから映像まで幅広くなった。

 特定の待ち合わせ場所も必要い。
 感情が見えないテキストメッセージより、リアルに声で伝えられる動画でのやり取りも多くなってきた。

 ・・・でも。
 その便利さが、それまでなかった感情を生むのも事実。

「年末ぶりの工藤の感触や・・・」
「そうだな」
「やっぱ大阪と東京は遠いで。耐えられへん」
「これでいいんだ。俺たちは」

 季節ごとの休みに、こうして逢う方が良い。

 毎日逢える距離にいたら止まらなくなる。
 隠し通せなくなる。

 ・・・この関係は、誰にも悟らせる訳にはいかない。

「せやけど」
「俺と違ってお前、演技力ねえし。外ではダメだって言ってんのにキスしてくるし・・・緊張感なさすぎだろ」

 コートもマフラーも敢えて黒の二人。
 それは、夜に外で逢う時に目立たず一緒にいるため。

 ・・・こうして接触してきても、遠目から見ればそうとは解らないはずだけど。

 このままだと、確実に・・・

 そう言って新一はまた微笑わらい、平次から離れる。
 この寒さは、離れがたくなって本当にやばい。

 だから早く家へ行きたかった。

「ならそんな顔すんなや」
「・・・そんな顔
「ただ諦めたみたいな目えして・・・寂しそうに微笑わらうなや。怒鳴られるよりキツいわ」
「そりゃ悪かったな」

 多分、平次は解ってない。
 どうして新一が動画のメッセージを嫌うのか。

 それが『平次から』だから嫌なことだと、解っていない。
 確信犯でやってるのだろうが、思った以上に新一に傷を与えていることに気付いていない。

「実はな、あの動画には続きがあんねん」
「続き
「あいつが勝手に撮りよったの、俺にわざわざ送って来てん。『カノジョに見せたり』て」
「・・・へえ」

 土手へ登る。
 時折通る車のヘッドライトが、眩しかった。

「俺にはよお解らんけど、あいつ・・・あ、従姉妹いとこやねんけどな。『あの動画送ったんやったら、こっちも送らなアカンで』て言うねん・・・何も喋っとらん、しょーもない動画やのに」
「見せろ。今すぐ送れ」

 どうやらあの動画に一緒に映っていたのは、従姉妹で。
 東京の大学に通っていて、週に何度かバイトをしているから、たまには飲みに来いと言われていたのを思い出したらしい。

 その時にわざとらしく撮った動画。

 彼女に構って欲しくて同じような事を頼む客も多いらしく、そんな時は決まってフォロー動画として、その客が動画を送った時の様子を自分のスマートフォンで撮っておくのだと言う。一緒に映った自分の保険として。

 そして送られてきたものは・・・新一の体温を激しく上げた。
 それから、約三分。

「・・・工藤
「服部。これ自分で見て、恥ずかしいとか思わないのか
「恥ずかしい 何でやねん」
「だってお前・・・」

 映っていたのは例の店。
 動画をラインで送信した後だろう平次が、店のソファに座っている。

 すぐに既読が付かないから、面白くないという顔だ。

 やがて表示されると表情が変わる。
 どんな返事が来るのかと、ドキドキしながらスマートフォンをガン見している・・・

 が、しばらく待っても返事が来ない。

 何度か通話ボタンを押そうとしたり、メッセージを打ち込もうとしたりするが・・・
 その度に首をぶんぶん降り、思い止まっている。

 そんな様子が三分に渡り続いていた最後の方で、やっと返答が来る。
 そのメッセージを開いた平次の表情は、至極冷静に見えたが・・・

 ・・・という所で動画は終わっていた。

「いつもの俺や。珍しくも恥ずかしくもあらへん」
「勝手に撮られてんだぞ これ見て何とも思わないのか
「せやから何やねん 最初の動画じゃ怒らんのに、これには怒るんか それこそ意味わからんやないか
「従姉妹の方がお見通しかよ・・・」

 平次にとって、新一のことを考えるのは当たり前。
 寝ている以外はいつでも、頭の片隅に存在している。

 だから新一のことを考えている自分を客観的に見せられても、何とも思わない。
 それが『自分』だからだ。

 ・・・もちろん新一を好きなことは誰にも言っていない。
 言っていないが、その感情を持っていることを異常だとは思ってない。

 だから、恥ずかしくもなく、後ろめたくもない。
 むしろ堂々としているのだ。

 これは参った・・・

 

 新一は深く息を付く。

 顔が、熱い。
 とにかくこっちが恥ずかしい。

 自分のことが好きでたまらない相手を見せられて、俺はどう反応したらいい・・・

 っていうか・・・もう、身体からだが反応してるかも・・・

 

「・・・服部」
「何や」
「帰るぞ」
「お、おう」
「帰って・・・一緒に風呂でも入るか」
「・・・へ

 三月になって、日中は気温が高い日も多くなった。
 でも夜はまだ寒い。

 走って暑くなったり、動画に気を揉んだり。
 普段離れて暮らしているからこその、不安も色々あるけど・・・

 俺たちは、これでいい。

 これでいいんだ・・・

 見上げると月が高くなっていた。
 それでも闇は強く、色濃い影を落としている。

 だからもう一度。

 

 ・・・今度は新一から、口唇を近づけた。

 


 

 携帯端末が普及して、物理的な距離は気にならなくなった。
 動画での双方向通信も、思った以上に便利な手段だ。

 ただその『便利』さは・・・『寂しさ』を生んだ。

 

 便利さは寂しさとの等価交換だ。
 それでも、使わずにはいられない。

 ・・・逢えない距離や想いを、確かにそれは繋げてくれるものだから。

 

[了]

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