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2003/03/23 平新

 

見られる事には慣れてた。
いつだって、有名な両親のお陰で小さい頃から人目に晒されてきた。

 

 

 

・・・だから演じてきた。

『工藤新一』という、ひとりの名探偵を演じてきた。

 

 

 

 

彼は冷静沈着で、どんな場面に陥っても戸惑う事無く唯一つの真実までの道筋を示してきた。
最初は煙たがっていた警察の人間でさえ、今では公務員でもない彼に助けを求める事も少なくなかった。

 

それに彼は、頭脳だけでなく容姿も両親の良い所を受け継いでいて。
背もそんなに高いほうでは無いのに、抜群のバランスがその風貌を際立たせていた。

 

 

 

 

 

『彼』は、『俺』で。

『俺』は『工藤新一』。

 

 

 

 

・・・俺は、いつからか『工藤新一』を『演じる』ようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「犯人は、貴方しか有り得ないんですよ」

 

 

 

 

部屋に響く声は柔らかく。
でも、何処か冷たい雰囲気を漂わせて。

 

工藤新一。
高校生の時に開花した状況判断能力と分析力は、大学に進んだ今尚その能力を如何なく発揮している。

 

 

 

 

 

「工藤君いつも済まないね」
「良いんですよ。気分転換になります」
「事情聴取に立ち会うかい?」
「―――・・・いえ、先約が有るのでこれで失礼します」

 

 

 

 

目暮の誘いに、一瞬顎に手を当て考える『フリ』。
でも、やんわりと断る。

そして新一は笑みを浮かべその場を去った。

 

 

 

 

・・・毎日、何処かしらで起こる事件。どうしてか、必ず起こる殺人。
60億の人間が存在する地球で・・・今この瞬間も誰かの命が終り、そして生まれている。

 

殺人の動機をいくら聞いた所で解りはしない。理解出来たとしても、納得なんか出来ない。
・・・人が人を殺すのが何故罪に問われるのか。人間はいつも、自分達の為に他の動物や植物を殺しているのではないのか。

それは生きる為だと言う。でも、命を奪うのに違いはない。

 

 

 

『人が人を殺す理由』。
それは当事者にしか解らない。そして、それをいくら他人が考えても理解出来ない事が殆どだ。

 

だからそれについて、新一は最近考えるのを止めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、これからどうすっかな・・・」

 

 

 

 

少しややこしかった事件も、思ったより早く解決した。
腕時計を見ると2時過ぎ―――――・・・急におなかも空いて来た。

 

現場である被害者の家から出ようと靴を履こうとして、『あ。』と思い出したかのように洗面所へ向かう新一。
そうしてコンタクトから常備している細い黒縁の眼鏡に替えると、ショルダーから深めの帽子を取り出し被った。

 

もう学生では無いし、現場に来るのに制服や蝶ネクタイなんて格好もしない。
ただラフになり過ぎ無い様ジャケットは必ず着る事にしている。今日は少し暖かかったから、中は長袖ではなくTシャツを着てきた。

 

 

 

 

・・・それに『工藤新一』は少し有名になり過ぎていて。
でもタレントという訳では無いから、これくらいの変装で人混みは充分に歩けた。

 

 

ここは新宿。

・・・人の多さは誰もが知る所で、それ以上に『独り』になるには良い街だ。

 

 

 

 

自分が住んでいる街でも大学が有る街でも無いから、知り合いも居ない。だからこそ素の自分で居られる。

『工藤新一』が、単なる『俺』で居られる・・・・・・
行き交う人々が他人に無関心なのが、人の多い街の良い所だ。

 

 

 

 

「よし。紀伊国屋書店で新刊見て・・・何か買って、スタバで読みながら珈琲でも飲も」

 

 

 

その後、Franc francで新しい風呂グッズでも見て、今夜はゆっくりお湯に浸かろう。
思いながら外に出て、風も無く暖かな日差しの中を駅の方へと歩き始めた。

その時。

 

 

「ん?」

 

 

 

ポケットに入っていた携帯を見て、メールが来ているのに気付いた。


 

 

 

 

 

「せやから言うとんのや。こんな芸当出来る奴、あんたしか居らへんて」

 

 

甘い関西弁。
けれども声の調子は明らかに苛立ち、自分よりも頭ひとつ高い男に向かって言い放つ。

 

 

「大滝ハン。俺、ちょお用あんねんけど・・・行ってもええかな」
「ああ。いつもすまんなあ、平ちゃん」
「事件呼ぶ体質やて諦めとるけどな。ほんじゃ」

 

 

『平ちゃん』と呼ばれたのは服部平次。
この、強面だがれっきとした大阪府警の刑事である大滝の上司である、大阪府警本部長『服部平蔵』のひとり息子だ。

彼はこの西で、結構有名な『探偵』なのである。

 

 

 

 

「あああ~ 新幹線乗り遅れたらどーしてくれんねん!」

 

 

つい、本屋に寄ったのが間違いだった。
のぞみで2時間の道のり。その間何か雑誌でも、と自動ドアを開けた瞬間に奥のレンタルコーナーで叫び声が上がったのだ。

 

・・・心の中で『しまった』と思っても遅かった。

 

 

 

 

何しろ此処は大阪。庭のようなこの界隈で、自分は結構な有名人。騒ぎが大きくなってきて、客の何人かが『服部平次』に気付き始める。

そうしたら『知らんぷり』はもう出来なかった。
それで結局、平次は携帯で府警に居た大滝を呼んだのだ。

 

しかし平次は急いでいた。
東京へ、とある用事の為に出掛ける途中だった。

 

 

あと発車まで約15分。
念の為、警察が来るまでの間に東京で会う予定の友人へ『遅れるかもしれない』とのメールを送っておいたのだが、何とか大丈夫そうで一安心した。

 

 

 

「ギリギリセーフや~」

 

 

 

 

せっかく買っていた指定切符。だからこそ、ものの十数分で事件を解決して。
やっぱ俺って天才やな~ と自画自賛しつつ、結局売店で買った雑誌をぱらぱら捲る。

 

・・・すると巻頭のカラーページに知っている人物を見つけた。

 

 

 

 

 

「えらい人気やな、工藤」

 

 

 

そこに居たのは工藤新一。平次と同じ年で、訳あって高校生の時に知り合った『探偵』仲間だ。

しかしこの完璧なビジュアル。
下手なアイドルを使うより、『工藤新一』を特集した号の方が売れると言われるのも解る。

 

 

 

 

「・・・写真に性格が写らへんのは、どうなんやろな」

 

 

 

 

 

ふと、そう思った。

それは別に新一の性格が悪いと言う事では無い。いや、ある意味最強では有るのだが。
ただ・・・平次はこの手元で笑っている顔は『無理をしている』事が解るからだ。

 

 

今ではそんなに行き来する事も無くなった。
電話も、たまにするくらいで。

 

 

 

・・・大学に入ってからは、お互いがお互いの生活に忙しくなってしまったから。

 

 

 

 

 

「そーいや、もう半年は会うてへんなあ・・・」

 

 

 

 

こうしてお互い雑誌やメディアで見てるから、そんな感じはしなかったけど。
目の前で会話をするだなんて事、去年の夏くらいからしていない。

 

 

 

・・・ぼんやりと窓を見つめ、平次は目を閉じる。

 

 

 

 

 

とんでもない高校時代を過ごした工藤新一。
最強な性格と、最高な容姿を持つ完全無敵な東の名探偵。

 

誰もが彼に惹かれずにはいられない―――――・・・
そんな天性の雰囲気を兼ね備えた、不思議な存在。

 

 

 

現に、自分も。
最初は彼を追っかけて東京に乗り込んで言ったクチである。

 

 

 

 

「あ。その弁当と珈琲ええですか?」

 

 

 

 

車内販売のお姉さんを呼び止め、昼食を買う。
そうしてお腹もいっぱいになった後は、結局買って来た本もそのままに、暖かい日差しの中ぐっすりと眠りに入ってしまった。

 

 

その頃、携帯を見て歩く足を止めたのは新一。
首を傾げ、ぽつりと呟く。

 

 

 

 

 

「・・・意味解んねえ」

 

 

 

少しの間、その場に止まっていた新一。
画面を見つめて眉を寄せる。

発信者は服部平次と出ているのだが、内容が理解出来ない。

 

 

 

 

3時の約束やけど、ちょお遅れるかもしれへんから

近くで時間潰しとってくれへん?
駅着いたらまたメールするし。スマン。

 

 

 

 

 

 

「・・・俺こいつと約束なんてしてたっけ?」

 

 

 

再び歩き出す。
てくてくと携帯を握りながら考えるが、やっぱり覚えが無い。

 

 

 

 

「3時って・・・あと40分くらいか」

 

 

 

 

きっと送り先を間違えてる。勘は良いくせに相変わらず何処か抜けた所がある男だ。
新一はどうしようかと思ったが、まあ『またメールする』とか言っているから平気だろうと思い、そのまま携帯をポケットに入れた。

 

 

 

 

・・・大阪も天気良いのかな。

 

 

 

 

ふと見上げた空。
流れる雲を目で追いかけながら、新一は遠くの大阪の地を思い出した。

 

 

 

 

そう言えば関西方面には暫く行ってない・・・

 

 

 

服部平次。
それは数少ない本音を言える友人のひとりだ。

 

 

 

 

・・・友人?

 

 

 

本当にそう言ってしまって良いのだろうか。
新一は横断歩道で立ち止まる。

 

 

 

 

・・・だって、もう半年以上も会ってない。その間、別に連絡も取り合っていない。

 

 

 

 

『コナン』から『新一』に戻って会う機会が何故か格段に無くなった。
大学受験で忙しかったのもあるが、元々そんなに趣味が合う訳でも無いし、何しろ大阪と東京は住む場所が離れてる。

 

 

 

・・・メールもそう言えば久しぶりだな。『間違いメール』ってのが笑っちまうけど。

 

 

 

 

 

信号が青に変わる。
人波が動き出す。

眼鏡に反射する日の光。
そして新一は、眩しそうに太陽の方向へと歩き出した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「ええと『銀の鈴』っちゅーんは確かこん階段降りて・・・」

 

 

東京駅。何とか予定通りに着き、平次は待ち合わせ場所へと向かう。
記憶を頼りにキョロキョロと見回していると、階段の下の方で手をひらひらさせている人物が居た。

 

 

 

 

「―――・・・お前、快斗か?」
「よ。平次おひさ~♪」

 

 

 

 

平次は驚いた。
確かに、今日会う予定の友人とは黒羽快斗というこの男だ。

 

 

小学校の高学年の時に2年ほど大阪に住んでいた事があって、その時知り合い意気投合。でも、中学入学と同時に東京へ引っ越してしまったのだ。

それから電話や手紙。最近ではメールなんて便利なものがあるから、それで連絡を取り東京や大阪で会うようになっていたのだが・・・

 

 

 

・・・約1年ぶりの彼は、風貌が以前とはかなり違っていた。

 

 

 

 

 

「随分アタマ明るくなったもんやな。誰かと思うたわ」
「コーコーセイじゃ無くなったんだから、コレ位するって。けど平次は変わんねえなあ・・・あ、背、伸びてやがる。畜生」

 

 

 

 

平次の目の前で手をかざす快斗。
黒髪はオレンジに変わり、耳にはキラキラしたものが幾つか付き。背などは変わってないが、目はカラーコンタクトなのか緑色になっていた。

 

 

 

しかし何より驚いたのは・・・

 

 

 

 

「けど何だよさっきの電話。『さっきメールしたけど』って、俺、受け取ってねーけど?」
「へ?」
「誰に間違えて送ったんだよ。しっかりしろよ~ 探偵サン」
「・・・んなアホな」

 

 

 

 

言われて平次は慌てて携帯の電話帳をチェックする。
『カ行』をずっと降りていって、『黒羽快斗』の前に『工藤新一』という名前を見つけた。

 

 

 

 

「あ!!」
「ん?」
「・・・まさかなあ・・・」
「なに、誰誰??」
「ああもうウルサイ! 人の携帯覗くなっちゅーねん!!」

 

 

 

 

まとわり付いて来た快斗を押しのけ、平次はそれをポケットにしまう。
そして目の前の顔をじっくりと見た。

 

 

 

 

「何だよ?」
「なーんか似とるよなあ・・・でもお前、髪、前もっとクセ無かったか?」
「へ? ああ、何回かカラー入れてきたからさ。結構まっすぐになって来たみたいなんだよね」

 

 

 

 

快斗のそれは以前はもっと黒くてクセが強かった。
それが今は軽くパーマ掛かってる様に見えるだけなのだ。

 

 

それはまるで、そう――――――・・・

 

 

 

 

「ほー。俺やったら多分、親父にはっ倒されるな」
「平次は黒が似合ってるって。肌も黒いしさ」
「おだてても何も出えへんで~」

 

 

 

 

けらけらと笑いながら2人は歩いていく。
そしてまずは昼を食べていない快斗の為に、何処かで食事をとる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・周り中連れだってんなあ。1人で居んの俺くらいじゃん」

 

 

 

 

スターバックスは満員御礼だった。
待ってる人間の数も二桁くらいだったから、新一は他を探した。

 

 

 

別に珈琲が飲めれば何処だって良い。
味も美味いに越した事は無いが、拘っている訳でもない。

ただ、並んでまで『其処で食べたい』という執着がないのだ。
だから少し先に歩いた所の、喫茶店に入った。

 

 

 

 

しかし流石休日。
あっちもこっちもグループばかりで、自分の様に1人で珈琲飲んでる人間なんて見当たらなかった。

 

 

 

 

・・・隣はカップルかな。仲良さそうだな―――――・・・

 

 

 

 

 

 

もう冷めたカップ。
時間は、3時を過ぎ。

窓際のこの席は、暖かい日差しが気持ち良い。

 

 

・・・耳に入ってくる隣のテーブルの彼女の声。
何処となく蘭に似ていたから・・・新一は目を細めた。

 

 

 

 

 

――――・・・蘭・・・

 

 

 

 

それは、幼馴染の彼女の名前。小さい頃から一緒に居た、かけがえの無い存在。
好きで好きで、守りたい存在・・・

 

 

 

 

けれども数年前。
新一がある事件に巻き込まれ、蘭の前から姿を消した時から何かが狂ってしまった。

 

 

 

・・・何があっても守りたかった。だからそばに居ながら本当の事が話せなかった。
けれども。

 

 

離れていた時間や距離は、やっぱり少なからず2人の心に変化を生み出してしまった。

 

 

 

 

 

 

好きだ。
確かに、相手のことが大切だと思ってる。

でも。

 

 

・・・それと同じくらい、こうしてカラクリを紐解いていく事が好きでたまらない。

 

 

 

 

 

 

「――――・・・」

 

 

 

 

 

 

解ってる。

蘭は、事件に走っていく俺がまた居なくなるんじゃないかと不安なのだ。
それくらい新一は解ってる。

 

 

・・・昨日それでまたケンカをしてしまった。

 

 

 

 

 

 

そう。
本当は今日は――――・・・蘭と横浜へ出かける予定だったから。

 

 

 

 

 

 

「・・・服部の奴、ちゃんと友達と会えたのかな」

 

 

 

 

手元の携帯を眺めながら新一は呟く。
そうして画面を戻し、電話帳をスクロールしようとして―――・・・その名前のひとつ上にある名前でそれを止めた。

 

 

 

 

 

「そういや、こいつって今何処に居るんだっけ」

 

 

 

 

暫く忙しくて逢ってなかった、もう1人の探偵。
英国と日本を行き来し国際的に活躍している今、たまに戻ってきても連絡は入れど逢える事は滅多に無く。

・・・けれども本音を言い合える、数少ない友人のひとり。

 

 

 

 

 

「―――・・・そろそろ行くか」

 

 

 

 

新一はその名前にメールを送ろうとしてやめる。
そして、それと同時だった。

・・・その携帯が震えたのは。

 

 

 

 

 

「え!?」

 

 

 

つい大きな声を出してしまって、隣のカップルが一瞬振り向いた。
だから新一は帽子を深くし背を向け、その表示された名前をもう一度見て確かめて・・・・・・

小さな声で、それに出た。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「何お前、いつ戻って来たんだよ」
「実は成田から直行です」
「うっわー。そりゃご苦労さん」
「・・・・元気そうで。と言いたい所ですが――――――・・・・疲れてますね。ちゃんと寝てるんですか?」

 

 

 

 

 

栗色の少しクセのかかった髪。
新一よりも白い肌をした『お前』と呼ばれた人物は、目の前の顔を覗きこんだ。

少ししゃがむ格好になる仕草。
僅かに、眉を寄せる。

 

 

 

 

「・・・・・・」
「何ですか。そんな恐い顔して」
「別に」
「ああそう言えば、僕また背が伸びたんですよ。ええと今は・・・185くらいだったかな。いやあ、ハタチ過ぎても伸びるもんなんですねえ」
「うるせえ! その覗き込む体勢が嫌味だっつーんだお前は!!」

 

 

 

 

こっちは怒鳴ってるのに何だか嬉しそうなその人物。
名を白馬探と言い、新一とは『東の双璧』と謳われている同い年の探偵だ。

ただ、あまり日本に居ない彼は新一と現場を同じくする事は殆ど無く。
それというのも殺人事件など謎解きの分野ではなく、泥棒などを対象とした『犯行予測』を主としていたからだった。

 

 

 

 

「工藤くん。食事は済んだんですか?」
「・・・ああ。さっき食った」
「食後の珈琲をご馳走しますから、少し付き合ってくれませんか。僕はこれからなので」
「しょーがねえなあ・・・・・・けど、どっか静かな所がいいな。新宿詳しい? 俺、やっぱこーゆー騒がしいトコ落ち着かねえ」

 

 

 

 

此処は新宿駅。
ひっきりなしに人が行き来する、忙しない場所。

来る事は良くあれど、長居をした事は無い街だ。

 

 

 

 

「じゃあ僕の家に行きましょう。ただ、Franc francで買い物したいんですけど」
「あ。それなら俺も行くから丁度いい」

 

 

 

 

そう言えば行こうと思ってたのを新一は思い出す。
突然の白馬の登場に、すっかり忘れていた。

空は、青。
遠くに残像の残る飛行機雲を目で追いながら、2人は少しの坂道を登って行った。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

・・・まだ2人は出逢わない。

 

 

 

 

この時はまだ『友人』だった。
ほんの少しの秘密を共有していた『仲間』でしかなかった。

 

 

 

 

「そうそう。話ましたっけ? 僕、高校時代の友人に、君と似た人を知ってるんです」
「似た人・・・?」
「ええ。背格好もそうですが雰囲気というか・・・(まと)ってる『気』が似てるんですよ」
「・・・・・・へえ。興味あるな」
「きっと気が合うと思いますよ。そうだ、ちょっと今連絡してみましょうか―――・・・・・都合良ければ、紹介出来ますし」

 

 

 

 

歩きながら探は携帯を取り出した。そして数箇所のボタンを押し・・・

 

 

 

 

「―――・・・相変わらず騒々しい出方ですね黒羽君。ええ、今日着いたんです」

 

 

 

 

その形の良い薄い口唇から『クロバ』という名を聞いた新一は、ぼんやりと聞いた事のある名前だなと思った。

会った事も無いのにどうしてだろうか―――・・・?

 

 

 

 

・・・・・・そしてもうすぐ2人は出逢う。

 

 

 

 

それは『出会い』では無く、『出逢い』になる。
これから2人は・・・自分でも知らない『自分』を知ることになる。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「誰なん?」
「高校ん時の同級生。平次は知ってんじゃねえ? ハクバっつーんだけど」
「・・・ハクバ?」
「うん。親父は警視総監つってたから」
「え!? じゃああのキザでイヤミったらしい白馬探? お前、あいつと知り合いだったんか!?」

 

 

 

 

東京駅の地下街。
中で食事するような所は何処も混んでいたので、2人は1度改札を出て地下の食堂街に入った。

『コムサコムサコムサ』
そんな名のついたカフェが快斗のお気に入りだったらしく、10分程待って通路側の席に座り、ケーキセットを頼む。

 

 

 

男2人にはちょっと小さすぎるテーブルだったので、通路に足を組み投げ出した状態に成らざるを得ない。
しかし元々見栄えの良い彼らは、その姿がまるで雑誌の表紙の様だったから行き交う人々の視線を思いっきり浴びていて、かなりの集客を呼んでいた。

 

 

 

・・・多分、その時奥の席も空いていたのに此処に案内されたのには、店員がこういう効果を狙っていたのに他ならない。

そして丁度ケーキが運ばれてきた時に、電話が鳴ったのだ。

 

 

 

 

「『キザでイヤミったらしい』か。当たってやがんな~」
「これから逢いに行くとか言うとったけど・・・ええんか? お前、今日はこれから・・・」
「滅多に帰って来れねー奴だしな。それに誰かと一緒らしくてさ。なんか会わせたいみたいなんだよね」
「・・・ほー」
「名前は言ってくんなかったけど――――・・・俺に似てるんだってさ」
「へ?」

 

 

 

 

珈琲の香りが揺れた。
平次は、その湯気の中にある1人の人物を思い浮かべる。

 

 

 

 

―――・・・快斗に似とる奴・・・?
まさかなあ・・・・・・

 

 

 

 

 

喧騒の中。一瞬平次の頭から一切の音が消えた。
ふと目の前の快斗と目が合う。

 

 

 

・・・さらりと流れる前髪。覗く、碧色の瞳。

 

 

 

 

平次と視線が合ったと解った時に、緩む口元――――・・・
そのイヤミな程魅力的な微笑は、本当にあいつに似ている・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「やだなあ。そんな熱い目で見られても、そりゃあ平次は好きだけど、その気持ちには答えらんないぜ?」
「アホ。んな視線投げとらんわ」
「・・・・じゃあ誰の事考えて俺を見てたのさ?」

 

 

 

 

 

顎に手を当て、斜めの視線で微笑う。
そんな表情も本当に・・・

 

 

 

 

 

「いや――――・・・もしかしたら、そいつ俺の知っとる奴かも」
「へえ。誰?」
「ハズレとったらアホやし。今は言わへん」
「ふーん。じゃ、そろそろ行く? ギャラリー増えてきちまって、うざってーや」

 

 

 

 

 

残っていたミルクティーを飲み干すと、快斗は席を立った。
空きの席を待っている女達の視線や目の前を通り過ぎる人間達の視線が、いい加減煩くなってきたのだ。

 

相変わらずやなあと平次は微笑う。
そして後に続き、明らかにこっちを見ていた入り口で待っている女の子達と目が合うと、ニッコリと微笑いかけた。

清算を終えた快斗がその様を見ていて、歩き出した時に息をつく。

 

 

 

 

「・・・天性のタラシだね」
「オンナの視線はオトコの活力源やんか」
「そうか? あんまジロジロ見られんのも腹立つけど・・・・だから彼女つくんねえの?」
「だからって何やねん。惚れる相手が見つかったら、何が何でも手に入れるで」
「お前、結構理想高いもんなあ――――・・・どんな女に惚れるのか想像も付かねえよ」
「それ言うならお前の相手も想像つかへんな」

 

 

 

 

お互いに微笑い合う。
そうして人込みの中を進んでいくと、新宿に向かう為に再び駅構内へと入っていった。

 

 

 

 

 


「ええ、紀伊国屋に居ますよ。1階の入った所に居ますから」

 

 

 

新宿の紀伊国屋書店。
探と新一は、此処でその彼を待っていた。

掛かってきた電話に今の場所を告げると、探は新一の所へ来る。

 

 

 

「もう着いたって?」
「今駅を出たそうです。あと、5分くらいですかね」
「あ、そ」

 

 

 

新一と待ち合わせをする時、1番良いのは本屋を待ち合わせにする事だ。
此処なら多少遅れても、彼の機嫌を損ねる事はまず無い。

 

 

 

「・・・それと。もうひとり一緒に来るみたいです」
「誰?」
「黒羽くんの友達だそうです。今日、大阪から出てきたらしいんですが」
「大阪・・・?」

 

 

 

 

探の言葉に新一の視線が泳いだ。
『大阪』と聞いて浮かぶ名前は、さっき間違いメールが届いた相手だ。

 

 

 

 

 

―――・・・服部?

 

 

 

 

 

新一はどうしてか緊張した。
元の姿に戻ってから逢う事も少なくなり、前にあったのは去年の秋頃だった筈の関西の探偵。

 

 

 

・・・来るのはあいつだ。そう確信している自分に少し驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 工藤?」
「・・・よう」

 

 

 

 

予想通りだった。目の前に現れたのは服部平次だった。
新一は軽く視線を向けたが、その後すぐ手元の雑誌に戻す。

 

 

 

「やっぱり君だったんですか。服部君」
「おう。まさかお前がこいつの知り合いやったとは知らんかったで」
「それはこっちの台詞です」

 

 

 

後ろで久方ぶりの会話を楽しむ彼等。
でも、新一は何となくその中に入って行けない。

 

 

 

 

「おう白馬。お前いつまで日本いんの?」
「暫く居ますよ。向こうはひと段落着きましたので」
「じゃ、めいっぱい遊ぼうな~・・・と、誰? 俺に逢わせたいのって」
「ああそうでした。工藤君、彼が・・・」
「工藤?」

 

 

 

探が後ろを向き、新一に視線をやる。
すると快斗はこっちに背中を向けて雑誌を読んでいる人物だと気付いて、その視界に回り込んだ。

・・・ふわりと明るい髪が、突然目の前に現れる。
驚いたのは新一だ。

 

 

 

 

「!?」
「うわ。ホントに『工藤新一』じゃん!」
「・・・な、何」
「当たり前です。なに呼び捨てにしてるんです? 失礼ですよ、黒羽君」
「あ、悪い。俺に似てるっつーからまさかと思ったけど・・・『工藤君』の方がずっと綺麗じゃん。テレビで見るよりカッコイイ」
「そ・・・そりゃどうも」
「けど何で眼鏡? 顔隠すなんて勿体無いな。度、入ってんの?」

 

 

 

次々と話し掛けられ、新一は少したじろいだ。

メディアに出ていて多少顔の知れてる自分。
だから初対面の相手からこんな風に話し掛けられる事が少なくない新一は、でもやっぱり気分の良いものでは無かったから、いつもこうして帽子を被り眼鏡をかけているのだ。

 

 

・・・まあ眼鏡は、コンタクトが元々合わない体質なのも有るのだが。

 

 

 

 

そして。
新一は目の前の人物を見て驚きを隠せなかった。

身長や体型・・・きっと靴のサイズまでも自分と同じだなのだろう。目線が高くも低くも無いのだ。

それに骨格までも似てるのだろうか?
髪の色や髪質が少し違うくらいで、それはまるで鏡を見ているのかと思うぐらい自分と似ている。

 

 

 

でも。

・・・似てるけど、やはり『違う』。

 

 

 

多分―――――・・・自分と彼を間違える人間は居ないだろう。
それは・・・

 

 

 

 

 

「アホウ。お前と違ごて工藤は有名人やからな。こーゆう格好でもせえへんと色々面倒なんや」
「2人一緒に居たら見分けつかないかとも思ったんですが・・・こうしてみると、全然違いますね」
「へ?」
「・・・?」
「そやな。俺もそう思とったんやけど、雰囲気ちゃうな」

 

 

 

 

 

そう、雰囲気。その人間の発するオーラの色が違うのだ。
すると快斗は『当然だろ』という表情をした。

 

 

 

「当たり前じゃん。兄弟じゃあるまいし、なー」
「工藤、すまんなこいつ昔っからこんな調子なんや。おえ快斗! お前初対面なんやぞ? 馴れ馴れしい口利く前にちゃんと自己紹介せえ!」
「あ。そーだよなあ、わり。俺、黒羽快斗ってんだ。宜しくな」
「・・・工藤新一。どうも」

 

 

 

 

人懐っこい笑顔。それは、彼の髪の色と比例してとても眩しく新一の目に映る。
でも、少し引っかかった。

 

・・・新一は、彼と何処かで逢った事が有る気がしたからだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

結局この日、みんなで白馬邸に泊まる事になった。

久しぶりに帰ってきた自分の為に白馬の家では結構なご馳走が用意されてるらしく、ならば皆で食べた方が美味しいだろうと探が提案し、ついでに夜通し酒でも飲もうという話になったのである。

 

 

 

 

「本当にいいのか?」
「ええ。是非」
「久しぶりだなー お前んち泊まんの」
「・・・俺は初めてやけど、想像通りでかい屋敷やな」

 

 

 

 

迎えに来た車の中。
もうすっかり日が暮れた街並みを眺めながら、目の前に現れた白馬邸に平次はカラ笑いする。

その時、隣に座っている新一が何か考え事をしているのに気付いた。

 

 

 

 

「どないした?」
「え?」
「何か気になる事でもあるんか?」
「・・・・ちょっとな」

 

 

 

 

視線の先にあったのは快斗。
新一は、あれからずっと感じていた『何か』が気になっていた。

「部屋割りはどうしましょうか。僕の部屋同様、大体が一部屋に2人は泊まれますが」
「あ。俺、平次に話あっから一緒がいい」
「話?」
「じゃあ工藤君は僕の部屋ですね。いいですか?」
「ああ」

 

 

 

 

とんでもなく豪華な夕食が終り、4人は満足な顔をして階段を上がっていた。
窓から月が覗く長い廊下。その突き当たりが探の自室だ。

 

「黒羽君たちはこっちです。部屋は使えるようになってますから」
「そうそうココ! ここの窓から見える月がさあ、すげえ綺麗なんだよね。じゃあ後でそっち行くからな」

 

 

 

探の部屋の、ひとつ手前の扉。

平次の腕をひっぱり、さっさと快斗は探の示した部屋の中に消えてゆく。
ゆっくりとその扉が閉まるのを確認すると、探は新一を自分の部屋に招き入れた。

 

「・・・ホントにお前の部屋って、『部屋』っつーかもう『家』だよな」
「そうですね。殆ど、ココだけで事足ります」
「暫く使ってなかったんだろ? なのに―――――・・・なんか、凄く綺麗にしてあるんだな」
「いつ僕が帰ってきてもいいように、みんな良くしてくれてます。掃除なんか毎日しなくて良いと言ってるんですけどね」
「愛されてんな。ま、お前見てれば解るけど」

 

 

 

 

ショルダーを肩から外し、近くのソファに新一は置く。
この家はいつも居心地良い。ばあやさんも、屋敷で働いている人達も皆良い人達ばかりで、いつも優しい空気が流れている。

 

 

・・・1年の殆どを日本と海外を行き来する白馬家の一人息子。

 

 

 

あまり両親とも会う機会が無いという事だが、放任されていてもココまで真っ直ぐ育つのはこういう環境が物を言う。

 

 

 

それに窓辺に飾られている四季の花々。
これを見れば一目瞭然だ。

 

・・・どんなに、この部屋の主が大切にされてきているかは。

 

 

 

 

 

「じゃあワインでも持ってきましょうか。選んで来ますから、ゆっくりしてて下さい」
「つまみある? 俺、なんか作っとこうか」
「大丈夫ですよ。キッチンに適当に入ってます」
「そっか」
「・・・そういや半ば無理矢理連れて来たから着替え無いんですよね。クローゼットから適当に楽なの選んで着てて下さい」
「サンキュ。そうする」

 

 

 

 

探の部屋はトイレは勿論、キッチンやシャワールーム、そしてゲストルームまで一緒になっている豪華なものだ。
それは多分、何処をどうとっても文句のつけようの無い部屋。でも。

 

・・・ひとつだけ、残念なのは。

 

 

 

 

 

「ホンマでっかい家にでっかい部屋やけど、靴のまんまっちゅーんがどーもなあ」
「そーいや平次んちって典型的な日本家屋だもんな。畳に裸足が最高?」
「当たり前やん。なんか落ち着かへんわ」

 

 

 

 

―――・・・!?

 

 

 

 

その時聞こえて来た声。
新一は正面にある大きいガラス窓を開け、バルコニーに出た。

すると案の定、隣のバルコニーに出ていたのは平次と快斗。

 

 

 

 

 

「お。工藤」
「ど~も~。白馬は?」
「・・・今、ワイン取りに行ってる」
「じゃあ俺達もそろそろそっち行くか。平次、ジャージ持ってきたろ? 着替えようぜ」

 

 

 

 

慌しく、隣の2人は部屋へと戻って行く。
新一はひんやりとした空気に帽子を取ると、その外気に髪の毛をさらした。

 

 

 

眼鏡が僅かに曇り昼間との気温の差に驚く。
いや。それよりも驚いたのは・・・・・・

 

 

 

 

『靴のまんまっちゅーんがどーもなあ。なんか落ち着かへんわ』

 

 

 

 

さっきの平次の言葉。
それはまさに、その時自分が思っていた事だったからだ。

 

 

 

 

 

 

「・・・なんだかなあ」

 

 

 

小さな以心伝心に少しおかしくて新一は笑う。
そして1度伸びをすると、再び部屋の中へ入って行き探のクローゼットに向かった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「・・・あれ? ひとりか?」
「自分で飲みたいワイン、選ぶんだと」
「へえ。結構この家に慣れてんだな」
「俺もビックリや。あんま共通点あると思えへんのに」

 

 

 

しばらくして扉をノックする音が聞こえ、新一はドアを開けた。
けれども其処に居たのは平次ひとりだった。

どうやら黒羽快斗はこの家に来慣れているらしく、ちょっとワインセラー行ってくる~ と飛び出して行ったらしい。

お互い今日初めて知った、友人の意外な交友関係。
取りあえずどうぞ? と新一は中へ案内した。

 

 

「工藤ていつも眼鏡しとったっけ?」
「ああこれ。最近ちょっとコンタクト辛くてさ・・・仕事済んだらさっさと外してんだ」
「似合うやん。『コナン』思い出すわ」

 

 

 

中央にある大きなソファ。
大きなテーブルを囲んでいるそれに、2人は向かい合わせで座っている。

 

 

 

 

「・・・あいつと仲ええんやな。知らんかった」
「白馬? ああ―――・・・最初はちょっと苦手だったんだけど、話してみたら共通点多かったんだ。今は結構付き合いあるかな」
「俺は今でも苦手やな~」
「何でだよ? あいつ良い奴だぜ」
「解っとるがな。嫌いやなくて、苦手なだけや」
「――――・・・そーなのか」

 

 

 

 

その時の平次の表情は何を示していたのか。
けど新一はさして気にも留めず『あ。』と言葉を出すと身を乗り出した。

 

 

 

 

「そーいやお前、俺に届いてたぞ。間違いメール」
「ん?」
「何か約束の時間に間に合わないとかどうとか・・・大丈夫だったのか?」
「ああ!! それ、やっぱ工藤に行っとったんか」
「しっかりしろよな」
「スマンスマン。快斗と工藤、アドレス帳やと並んどるからつい、ボタン押し間違えてしもた」
「・・・ぷっ」
「へ?」

 

 

 

突然新一が微笑う。
平次は自分がなにか変な事を言ったかという顔をしたから、『違う違う』と新一は言葉を出した。

 

 

 

 

「いや。偶然なんだか知らねえけど・・・お前と白馬もさ、アドレス帳だと並んでるんだよ。それ思い出した」
「・・・せやな。同じ『は』やもんな」
「クロバカイト・・・つったっけ? あいつ」

 

 

 

 

天井に視線を移し、新一は静かな口調で呟き出す。
平次は不思議な顔をして目の前をじっとみた。

 

 

 

 

「ああ・・・気になるん?」
「べ、別にそんなんじゃねえけど」

 

 

 

 

バツの悪そうな表情。
珍しい新一のそれから、まだ目が離せない。

でも声は出した。

 

 

 

 

「快斗はえっらい工藤ん事気に入っとったで? 後で相手したってな」
「――――・・・仲、随分良いんだな」
「へ?」
「あ、いや・・・俺、あいつと何処かで会った事ある気がしてさ。あれだけの存在感、1度見たら忘れねえと思うんだけど――――・・・」

 

 

 

 

何かぼそりと聞こえた気がしたが、その後の言葉で流されてしまう。

顎に手をあて考える新一。
しかし平次が次の言葉を出そうとしたその時、扉が開いて探と快斗が入って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません。お待たせしました」
「極上の持ってきたぜ~」

 

 

 

揃って現れる2人。
それぞれ抱えているワインを中央のテーブルに置くと、快斗は平次の隣に座った。

 

 

 

 

「平次、これすっげー美味いって」
「なんや。もう飲んで来たんか」
「へ?」
「ニオイで解るわ。みんなで飲むんやから抜け駆けはホドホドにし」
「・・・そ、そうだな、わり」

 

 

 

 

快斗は何故か焦ったように苦笑いする。
そんな2人のやり取りから視線を外し、新一は立ち上がり部屋に備え付けのキッチンへと向かった。

探がグラスの準備をしている。

 

 

 

 

「これ持って行けばいいのか?」
「良いですよ。座ってて下さい」
「――――・・・お前・・・血、じゃねえよな。どうしたそれ」

 

 

 

 

戸棚の前で振り向いた探。
その着ている真っ白なシャツに赤い斑点が落ちているから、新一はぎょっとした。

ぱっと見は血かと思ったが、色と匂いでワインだと悟る。

 

 

 

 

「目立ちますか? さっき試飲した時に零してしまって」
「いや目立つっつーか・・・脱いで来たほうがいいだろ」
「ええ。運んだらそうします」
「何言ってんだ。時間経つとシミは落ちねえんだから、ほらよこせ」
「ちょ、ちょっと工藤くん!?」

 

 

 

 

すると新一はいきなりそのシャツのボタンを外し始めた。
驚いたのは探だ。

グラスを落としそうになり、間一髪でテーブルの上に置いた。

 

 

 

 

「何だ。大声出すんじゃねえよ」
「わ、解りました、自分で脱ぎますってば!」
「あ。そ。じゃ脱いで」
「・・・相変わらず強引な人ですね君は」
「どうせ染み抜きするのはばあやさんなんだろ? 時間が経てばそれだけ苦労すんだからよ。お前もちょっと考えろ」
「・・・はい。すみません」

 

 

 

 

大人しく脱いだそれを新一は受け取ると、キッチンを出た。
ぱたぱたと部屋を出て行く後姿に平次は気付き、ふと出てきた方向へ目をやると・・・・・

白馬探が突然、上半身ハダカで現れたからぎょっとした。

 

 

 

 

「な、なんじゃい!?」
「うわ! 白馬露出狂??」
「工藤君に剥がされてしまいました。ワイン、零してたのバレまして」
「へ?」
「ああ・・・B型なのに変なトコ神経質だもんな。ってゆーか、お前がさっさと着替えりゃ良かったんだろ」

 

 

 

 

そんな会話を交わしながら、探は奥へと入って行く。
すぐにラフな格好で現れるとまたキッチンへ入り、途中だった酒の支度をし始めた。

 

 

 

 

 

 


 

アルコールには強い4人。
最初に持ってきていたボトルは早々と空け、時間を見てまだ24時前なのを確認すると探は追加を調達しに行こうと立ち上がった。

 

 

 

 

「あ。俺ワインセラー見たい。一緒に行く」
「ええな~ 俺も興味ある~」

 

 

 

すると他の探偵2人も腰を上げる。
ちょっと考え込む仕草をして、探は「じゃあ2人で適当に選んで来て下さい」と言うと再びソファに座った。

 

 

 

「何選んできてもいいのか?」
「とりあえずは。本当に高価なものは鍵の掛かってるセラーにちゃんとしまってますんで」
「うわ。ちゃっかりしとんのー」
「んじゃ、4・5本頂いてこようぜ~」
「飲めるだけの本数にしてきて下さいね」

 

 

 

涼やかな目線で釘を刺された2人は『は~い』と声だけ行儀良く返すと、やっぱり少し酔った足取りで揃って部屋を出て行った。

 

ひんやりと涼しい。

新一と平次の2人は、白馬邸地下のワインセラーに降りて来ていた。
場所は知っていたが入るのは新一も初めてだ。でも、セラーの構造自体はロスの家と大体同じだった。

 

 

 

 

「うわ。大したもんやな」
「お前は甘くない方が良いんだっけ・・・だったらこの辺かな」
「任すわ。工藤のが詳しいし」

 

 

 

平次はキョロキョロ見渡しながら先へ進む。
やっぱり、これだけ物が揃うと壮観だ。

 

 

 

「おい服部、そこ段差あるぞ!?」
「へ? どわっ」

 

 

 

新一が言った途端に平次はぐらりとバランスを崩した。
自分が思う以上に酔いは回っているらしい。でも、倒れる事なく壁に寄りかかる。

 

 

 

「危ねえなあ」
「ん~ 結構足に来とるみたいやなあ」
「笑ってる場合かよ・・・」

 

 

 

息を付き新一は選別の続きを始める。
でも、くるりと背を見せ奥へと入って行こうとしたその時だった。

 

 

 

 

「工藤―――・・・」
「!?」
「くどうの身体て・・・冷たくて気持ちええなあ・・・・・・」
「ちょっ・・・な、何してやがんだ!! 離せっつーの!!」
「―――・・・」
「おい服部!? はっと・・・り・・・?」

 

 

 

 

 

背中から感じたのは、体温。

・・・実は新一よりも酒に弱かった服部平次の体温だった。

 

はがそうとしたのだが、問いかけに答えない。
どうやら此処まで歩いて来て酔いが回ったらしく、新一にもたれ掛かったまま動かなくなってしまった。

 

 

 

 

・・・耳元から聴こえる吐息。

それで、眠ってしまったのだと悟る。

 

 

 

 

 

「ふ、ふざけんな! こんなデカイ身体運べねーぞ!? おい、起きやがれコノヤロウ!!」

 

 

 

 

意識の無い人間の身体は重い。それに、新一は今手に2本もワインを抱えていた。
はっきり言って動ける状態ではない。

 

・・・そのうち耐えられなくなって座り込む。
首にまとわりつく手は、そのままに。

 

 

 

―――・・・熱い手ぇしてんなあコイツ。
でもま、この温度ん中じゃ気もちイイかも・・・・・・

 

 

 

ワインセラーの温度は大体15度程度に保たれている。
人間にとっては、ちょっと寒い温度だ。

新一はワインを静かに脇に置くと、そのまま壁に寄りかかった。
未だ、平次はくっついたまま。

 

 

 

 

 

「あ。つむじ」

 

 

 

 

肩に乗っかっている平次の頭のてっぺん。
見えたそれに、新一は微笑う。

つついてみると、少し身じろぎしたからまた微笑った。

 

 

 

 

「おもしれ~」
「・・・ん―――・・・」
「服部? やっと起きやがったな」
「・・・・・・」
「ん?」

 

 

 

 

上げた顔の眠そうな目が新一を見た。
だが、その様子はまだ寝ぼけているらしく――――・・・

呆けた表情のまま数秒が過ぎ。

 

 

 

・・・次の瞬間、信じられない事が起こった。

 

 

 

「っ・・・?」

 

 

 

 

 

静かな空気。
人肌が気持ち良い、ひんやりとした空間。

 

 

 

 

 

 

・・・新一は口唇に感じる熱さに目を開けたまま暫く動けずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

・・・な、何だ??
今俺に、何が起こってるんだ?

 

 

 

目の前にあるのは友人の顔。

そして口唇に当たっているのは―――――・・・その友人の・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「――――・・・ぐう・・・」
「・・・っ・・・」

 

 

 

 

 

 

やがて平次の身体は新一にもたれ掛かる様に崩れる。

レンガの天井。
それに視線を投げたまま・・・新一はしばらく放心状態。

 

 

 

約数分後、冷えてきたらしい身体からの『くしゃみ』。
・・・それで平次は再び気付き、上半身を起こした。

 

 

 

 

 

「あれ・・・工藤」
「っ・・・」
「・・・俺・・・なんでこんなトコで寝とんの?」
「覚えて・・・ねえのか?」
「へ・・・何をや・・・? ・・・っつー、ちょお頭にキとんのー・・・飲み過ぎたみたいやな」

 

 

 

 

 

頭を押さえながら平次は新一から離れてゆく。

 

ふわっと消えた体温。
それでやっと新一は今まで起こった流れを理解する。

 

 

 

 

・・・その途端に新一の右足が宙を舞う。

不意打ちに食らったそれに、平次は地面に沈んだ。

 

 

 

 

 

「っだー!!? な、何すんねんや??」
「うるせえ・・・・自分の胸に聞きやがれ」
「はあ!?」
「酔い覚ますまで戻ってくんじゃねえぞ。いいな」
「ちょ、ちょお工藤?」

 

 

 

 

新一の極寒の視線。
淡々とした口調。

この室温だけじゃない冷たさが平次を包む。

 

 

そして壁際にあった2本のワインを持ち上げると・・・・
新一はそれを抱え、セラーを出て行った。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

・・・信じられない。

 

 

 

 

 

新一は早足で長い廊下を突き進む。

 

時間が経つにつれて怒りが増してくる。
口唇に残る熱さを、何度も拭いながら。

 

 

 

 

 

寝ぼけてたのは解る。
誰かと、もしかしたら・・・間違えてたのかもしれない。

けど・・・

 

 

 

 

「記憶がねえだと・・・・・・した事を、覚えてねえだと・・・? ふざけんなよ畜生・・・っ・・・!!」

 

 

 

 

 

階段を上がった途中。そこで新一は足を止める。
座り込んで乱れた息を整え・・・そのまま壁に寄りかかった。

 

 

 

・・・今日、俺は蘭と出かけている筈だった。
横浜で――――・・・すれ違っている心を何とかしようと思っていた。

それなのに。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・蘭ともまだしてねえんだぞ・・・なのに・・・何で・・・・・・何で服部にやられなきゃならねえんだよ・・・っ・・・」

 

 

 

 

 

大切すぎて、相手を考えすぎて。
だから触れ合うのも怖くてここまで来てしまった。

それが余計に蘭の不安を募らせていた事も解っていたのに。

 

 

 

・・・その不甲斐なさがこの結果を招いたのかもしれない。
そう思えて新一は自嘲気味に微笑い、ワインを抱いたまま・・・

窓から見える月を暫く眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 


「なあアイツら遅くねえ?」
「そうですねえ」
「・・・2人でどっかで酔い潰れてたりしてな~」
「工藤君が一緒ですから、それは無いと思いますけどね」

 

 

 

その頃。
探の部屋でワインと彼等を待つ2人は――――・・・大きなソファであくびしながら寝そべっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あれ?」
「何だよ」
「もう一人はどうしました?」
「知るか。いいから飲もうぜ。今夜は、とこっとん飲むんだからな!」

 

 

 

それから暫くして新一は探の自室へ戻って来た。
傍らにもうひとりの姿が見えないことに快斗も探も疑問に思うが、新一が何故か機嫌が悪くそれ以上は聞けなかった。

 

 

 

「・・・ホドホドにして下さいね」
「うるせえ。俺は絶対正気は無くさねえ」
「そーそー、飲もうぜ~」

 

 

 

ぽん! といい音を立てて栓を抜くと、新一は快斗に注ぐ。
そして快斗も新一に注ぐと、2人で「カンパーイ」と飲みだす。

・・・どうやら平次が何かしでかしたらしいと感じた探。
そっとソファを立つと、2人をちらとと見つつ部屋を抜け出して行った。

 

 

 

 

 

 


――――・・・アタマ冷やせゆーてもなあ~。
何したっちゅーねん俺が。

 

 

 

言われた通りに暫くセラーで考えていた平次。
しかし、どう考えても解らない。

 

 

 

 

 

「・・・何かしたから怒っとるんやろな」

 

 

 

 

 

考える。
一生懸命考える。

しかし、まだ酔いが残っているらしく思考がボーっとしてしょうが無い。
深く息を付いて平次は壁に寄りかかる。そして目を閉じた。

 

・・・少し寒くさえなってきたその場所で、平次は寄りかかっていた新一の体温を思い出した。
そして、その身体から発せられた言葉も。

 

 

 

 

 

「そーいや工藤、何か言うとったな――――・・・・・・」

 

 

 

 

 

そう。確かに新一は言っていた。『自分の胸に聞きやがれ』と。
そこまで言われるからには『それだけの事を自分はしでかした』と言うことに他ならない。

 

だとすると? あの状況で考えられることは・・・?

 

 

 

 

・・・はは・・・・まさかやろ。
そらちゃうで。ちゃうに決まっとるがな・・・

 

ひとつの答えを導き出した平次。
しかしそれは、肯定したくない事だった。

 

 

・・・したくないけれど。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・工藤」

 

 

 

 

 

思い出すさっきの新一。
極寒の視線が自分を刺していたのは確かで――――・・・でも。

 

・・・それを包む雰囲気は何処となく震えていた?

 

 

 

 

 

平次は再び深く息を付く。

本当に自分はしてしまったのだろうか?
自分の、考え過ぎではないのか?

 

 

 

それに、もしかしたら新一の『罠』かもしれない。
自分の記憶が不確かなのを逆手に取って、何かされたように演技しているのかもしれない―――――・・・・・・

 

 

・・・こうやって自分が慌てたりするのを見て、楽しんでいるのではないのか・・・?

 

 

 

 

 

 

「そーや・・・何で俺が、工藤に・・・オトコにせなアカンねん。あいつの過剰な演技に惑わされただけや。そうに決まっとる」

 

 

 

 

 

平次はそうして立ち上がる。
勝手に自己完結させたそれは、後で後悔する事になるのだが・・・・・・

今の平次はそれを知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 


「やっぱり此処ですか。まったく、何をしたんです」
「へ・・・白馬?」
「工藤君の様子がおかしいんですが―――・・・理由、知りませんか?」

 

 

 

 

その時、セラーの扉が開く。
現れたのはこの家の住人。そう、白馬探。

・・・その探が、優しい表情の奥に静かな怖さを秘めて平次に問い掛けた。

 

 

 

「・・・俺が知りたいくらいやっちゅーねん。起きたら、イキナリ蹴り飛んで来たんやぞ?」
「起きたら・・・?」
「あ、ああちょお酔いがまわってしもてな。すこーし眠っとったんや」
「・・・・・・」

 

 

 

 

意味ありげにこっちを睨む目。
でも、証拠や確証は無いのだから平次はうろたえもせず扉へ近付いた。

 

 

 

「ほな、酔いも覚めたし戻るわ」
「本当に知らないんですね?」
「・・・しつこいぞ」
「なら良いんです」

 

 

 

 

念を押す探。
それは少し、平次には不思議に感じた。

一年の殆どを英国で暮らす白馬探。
それが新一と仲が良い事にも驚いたばかりなのに、この気にしようはまるで・・・・・

 

 

 

「えらい心配するやんか。そんなに工藤好きなん?」
「ええ」
「へ?」
「君は嫌いなんですか?」
「え、いや・・・好きか嫌いか言われても・・・・・・フ、フツー?」
「そうですか」

 

 

 

 

何てことない表情で探は言う。
そうして先に平次を其処から出し、セラーの電気を消した。

 

・・・少し後ろを歩く平次。
会話も無いまま、長い廊下を真っ直ぐ行くと階段に差し掛かった。

 

 

 

 

――――・・・そおか。
こいつ、殆どイギリス暮らしやったっけ・・・せやから感情表現も、直接的なんや。

 

 

 

 

新一の事が好きなのか?
という問いに、ためらいもせず『イエス』と答えた探。

でもそれは本心で、本当に新一が好きなのだろう。

 

だからこそ、心配するのだ。
・・・新一の性格を解っているから。

 

 

 

 

 

「そういや・・・快斗がお前と同級生やったって聞いてビックリしたわ」
「意外ですか?」
「ちゅーか。変なトコで繋がっとるなー思て」
「・・・そうですね。僕も君と黒羽君がこんなに仲が良いなんて思ってませんでしたし」
「ん?」
「いえ」

 

 

 

3階に着いた所での探の言葉は、平次には良く聞き取れなかった。
でもそのまま彼は部屋へ歩いて行ったし、平次も聞き返そうとはしなかった。

 

 

「おせえぞ~ なーにしてたんだよふたりで~」
「・・・何するって言うんですか彼と。黒羽君、飲み過ぎですよ」
「いいじゃんなー? それよりも一本くらい持ってきてくれれば良いのによ~ 気が利かねえなあ~」
「へ? あ・・・ああスマンな」

 

 

 

そうして2人が部屋に入った時、サラウンドで声が響いた。
良く聞いてみると快斗と新一は声質も似ているらしく、探と平次は少し驚いた顔をした。

 

――――・・・ふと見ると、さっき新一が持って来た2本が空になっている。
探は息を付きながらグラスと空の瓶を片付け始めた。

 

 

 

 

「もう遅いですから、寝ましょう」
「ええ~? まだいーじゃん、なあしんいち~?」
「快斗の言う通り。俺はまだ大丈夫だぜ~」
「・・・どこがですか。君たちは明らかに酔っ払いです。これは、家主としての命令です」

 

 

 

飲んでいる間にすっかり意気投合したらしい2人は、何時の間にか名前で呼び合っていた。
それに気付いた探は少し微笑ってしまうが、表情を直して後ろの平次に向いた。

 

 

 

「服部君。黒羽君をそちらの部屋へ運んでくれますか?」
「へ?」
「僕は工藤君を寝かせます」
「あ―――・・・そやな。了解」

 

 

 

 

すっかり酔いが覚めていた平次。
言われた通りに快斗を抱えると、『ほんじゃーな』と足で扉を開けて部屋を出て行った。

探は、やれやれと息を付きながら新一の腕を持ち上げる。
・・・するとそれを振り払ってきた。

 

 

 

 

「工藤君?」
「・・・いい。自分で、歩ける」
「そうですか」

 

 

 

さっきまでとは様子が違う新一。
酔ってはいるのだろうが思考は正常に機能しているらしく、深く息を吐くと顔を上げ探を見た。

 

 

 

 

「ごめん。心配したろ」
「・・・ええ」
「一晩眠れば大丈夫だからさ。それより、シャワー貸してくれ」
「それは止めた方が――――・・・」
「平気だ。酔い、覚ましたいだけだから」

 

 

 

 

柔らかい微笑み。

やっぱり何かあったのだと確信する探だが、新一はそれ以上何も言う事はなかった。

 

ふらつく足取りで立ち上がる。
そうして部屋の奥にあるシャワールームへと、ゆっくり消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

次の日も暑い。
3人は朝食を済ませた後、少しゆっくりして午前中のうちに白馬邸を出た。

 

 

 

 

「じゃあな白馬」
「ええ。また連絡します」
「今日は何か予定あんの?」
「父親に付き合って色々と人と会うんですよ。面倒ですけどね」
「ふーん・・・ま。夜にでもデンワするな」

 

 

 

相変わらずの涼やかな笑みで、探は正門まで彼等を送る。
そうして別れた後、3人は大通りに向かった。

 

 

 

「新一はこれからどーする?」
「家に戻る。午後からまた出掛けるし」
「そっかー ・・・んじゃ、メール教えて」
「ん。ちょっと待って」

 

 

 

 

互いにアドレスを教え合う新一と快斗。
平次はそんな2人を見つつ、何となく会話の中に入って行けないでいた。

 

 

・・・新一が、『話し掛けるんじゃねえ』という空気を放っているからだ。

 

 

 

 

 

実は、朝から一度も視線を合わせてくれない。
平次は昨晩ずっと考えた。でもやっぱり記憶に無いし、自分がまさか『そんな事をするはずがない』とも思う。

けど有耶無耶も嫌だから、こうなったら真実を聞き出そうと思い、タイミングをずっと計っているのだが・・・そんな隙を新一は与えてくれないのだ。

 

 

 

 

「じゃ、俺電車で帰るから。今度ゆっくり会おうな快斗」
「オッケー♪」
「あ・・・く、工藤?」
「サヨウナラ。」

 

 

 

ようやくこっちを見てくれたと思った平次。
しかし、向けられた冷たい視線に何も言えず消えて行く背中を見送った。

・・・夏も目前だと言うのに、木枯らしに似た風が平次の前を通り過ぎる。

 

 

 

「あーあ。完璧嫌われてやんの平次」
「き、昨日、工藤なんか言うてたか?」
「別に~」
「・・・そん顔は絶対何か聞いとるやろ」
「お前等の問題はお前等で片付けろよ。それに話し有るって言ってただろ? このあと時間いいか?」
「へ・・・ああ、そーやったな」

 

 

 

 

昨日も確かそんな事を言っていたなと平次は思い出した。
それじゃあ涼しい所にでもと、視界に入ったスターバックスに2人は入る。

 

 

 

 

・・・本当に暑い。

今からこれでは、夏はどうするんだろう・・・・・・

 

 

 

そんな事を思いつつ、平次はメニューに目を向けた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「あのヤロウ・・・ぜってー 俺が嘘言ってだましてると思ってんな」

 

 

 

 

改札を通った新一は、ホームの自販機で冷たい缶珈琲を買った。
プルトップを開けながら、未だに平次の態度を思い出しつつ不機嫌になる。

・・・今日の朝からそうだった。

 

 

 

 

「冗談じゃねえよマジで・・・ファーストキスだぞ? 時代遅れな考えかもしんねーけど、俺は結構大事に考えてたんだっつーの!! ちくしょう・・・そ、そりゃまあ、あんなの数のうちに入らねえけどよ。っつーか、入れねーけど!」

 

 

 

音に出さない声で、新一はぶつぶつと呟く。

どうにもこうにも、あの出来事が自分的に許せない。とにかく、不意打ちとは言え『この自分があの状況を阻止出来なかった事』が悔しくて信じられないのだ。

 

 

 

 

・・・落ち着け。落ち着け新一!

あれは事故だ。単なる接触事故だと思えば良いんだ。そうだ、うん。

 

 

 

 

――――・・・せ、接触・・・?

 

 

 

 

そうしてまた鮮やかに甦る夕べの場面。
熱い身体が自分に寄りかかり、近くで見る程に解る整った顔立ちが段々近付いてきて―――・・・・・・

 

不覚にも見惚れた時に目の前で角度を変えたそれは、温い感触と共に自分を壁に押し付けた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ちくしょう」

 

 

 

 

認めたくないけど、気持ちは良かった。

お互いワインの香りを漂わせて、酔いも程よく廻っていて・・・これが好きな相手とだったら、そのまま先へ雪崩れ込む状況だった。

 

 

 

 

 

・・・夢の中の誰としてたんだろう。

誰を思って、あんな――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「って、別に俺が気にすることじゃねえけど・・・・・・」

 

 

 

 

 

小さく新一は息を付く。
残っていた珈琲を一気に飲み干すと、電車がホームに入って来た。

午後は警視庁。高木さんと、約束がある。
そう自分に言い聞かせるように呟くと、車内の空いてる席に座って少しの間目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

あれから数ヶ月。
ワールドカップも終わり梅雨も終わり、すっかり世間は夏休みに入った。

 

 

 

 

 

 

「・・・っとに暑いなー 畜生・・・・・・」

 

 

 

 

ギラギラと照り付ける太陽。
足元からのアスファルトの照り返し。

 

 

新一は帽子を深めに被り、あまりの暑さに眼鏡を諦め頑張って付けてきたコンタクトによる目の乾きに耐えながら、駅への道程を懸命に歩いていた。

 

 

 

 

 

――――・・・もう少しだ・・・

 

 

 

 

 

思えば今は、日中で一番暑い時間帯。
容赦無く体力を奪って行くそれに新一は何度目かの息を付くと、最後の曲がり角を右に入って行った。

 

 

 

 

「新一♪ こっちこっち」
「お前なあ~・・・俺んち知ってんだから、家まで来いっての」
「だってこうでもしないと家から出ないじゃん。結構インドアだもんな」
「うるせえ。暑いのが嫌いなだけだ」

 

 

 

 

米花駅前に、最近スターバックスが出来た。
珈琲好きの新一にとってそれはとても嬉しい出来事で、待ち合わせ等の時には決まって此処を指定している。

あれから急速に親交が深まった新一と快斗は、時間が合う度こうして会う事が多くなっていた。
話せば話すほどに『空気が合う』というか、まるで小さい頃から一緒に育って来たような感覚が2人の間に流れていたのだ。

新一はカウンターに行って飲み物を買って来る。そうして快斗の正面に座った。

 

 

 

 

「いつからロスに行くんだっけ?」
「―――・・・明日の夕方」
「つまんないなー。夏は一緒に遊べると思ったのに」

 

 

 

大き目のサンドウィッチを頬張りながら快斗は呟く。
その表情は本当につまんなそうで、新一は少し微笑った。

 

 

 

 

「何言ってんだ。他にいくらでも遊び相手くらい居るだろ」
「白馬もイギリス戻っちまったし。平次は稽古で忙しいって言うし、その上新一は日本から居なくなるなんてさ~。俺もどっか旅行にでも行こっかなー」
「・・・・・・」

 

 

 

 

ストローで氷を遊ぶ快斗。頬杖をついて、新一の言った事には答えない。

快斗くらい人を惹き付けるオーラを持っていれば、周りにいくらでも人は集まる。
けれども、彼の会話のテンポに付いて行ける人間となると数は限られてしまうのが現実だった。

 

 

・・・同年代で同じ視点で語り合える人間が少ない。
それは新一も同じだったから、それ以上は言えないのだが。

 

 

 

 

 

「でさ。ちょっと今から泳ご♪」
「は?」
「白馬にさ、自由に使って良いって言われてただろ? あいつんち所有のプライベート・プール」
「・・・けど俺、何にも用意して来てないぞ」
「水着は俺も持ってきてねえから買ってこうぜ。後は、あいつん所に何でもあるし」

 

 

 

 

 

遊びに行こうとは言われていたが、泳ぎだとは思ってなくて少し面食らう。
でも水泳は嫌いでは無かったし、何より暑くてたまらないのが事実だったから新一は素直にOKした。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

外に出ると、ますます威力を増している太陽の光。
うげー という表情をする新一の後ろで、快斗は携帯を取り出した。

 

 

 

『よお平次。今何処?』
「・・・もう東京駅や。どないした」
『帰んの1日くらい延ばせるよな? 今から新宿駅に来い。その頃また電話すっからよ』
「は?」

 

 

 

 

東京駅。山手線ホームに降りたばかりの2時過ぎの、快斗からの電話。
その口出す隙も与えない一方的な攻撃ならぬ口撃に、平次はつい呆けた声を出した。

 

・・・次に耳に聞こえてきたのは断続音。
既に会話が切れたことを告げるそれに、またしても快斗のペースにハマッている事を悟り息を付く。

 

 

 

 

ホンマ自分勝手やな~

 

でも昨日も会ったのに、今更何なのだろう。
しかも新宿なんて快斗の家とも違う方向だ。

とにかくまだ改札を出てなくて良かったと思いつつ、平次は乗り換えの為に階段を降りて行った。

 

 

 

 

 

 

平次は母親の使いで昨日東京に来た。
夜は快斗を誘いカラオケで盛り上がった後、代官山の親戚の所に一泊したのだ。

・・・新一には東京に来ている事を言っていない。
というか、言えなかった。

実はあの時別れて以来、会う事はおろか電話も出来ないしメールも出せてないのだ。

 

 

 

 

『新一は?』という快斗の問いに『工藤がカラオケ来るわけないやろ』と誤魔化した平次。
未だ仲直りが出来ない自分達を快斗は察したらしく、『あっそ・・・』とだけ言うとそれきり新一の話題を出すことは無かった。

 

 

 

 

 

「新宿やと・・・中央快速ん方がええんかな」

 

 

 

 

話せない期間が長くなる分、罪悪感は段々重くなってくる。

 

・・・・・・そう言えばあの時喉が渇いていた。
蹴られて新一が怒って出て行った後、寒すぎるくらいの冷気の中で、自分の口唇は確かに熱を持っていた。

 

 

 

 

 

 

「―――・・・」

 

 

 

 

・・・どうして『あれは新一の演技かもしれない』と思ってしまったんだろう。
そんな事をして、一体彼に何の得が有ると言うのだ。

 

とにかく記憶が無いんは事実やし―――・・・
どっちにしても一回ちゃんと謝らなアカンよなあ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

ま、工藤もハタチは過ぎとるんやし、まさかキスが初めてっちゅー事はないよな・・・・・・一応、蘭ちゃん居てるんやし。

 

 

 

いくらそっち方面にうといと言っても、毛利蘭というガールフレンドが新一には居る。
まあ正直に謝れば、もう一度くらい蹴られるかもしれないが笑って許してくれるだろうと平次は思った。

 

 

茹だるような湿度の中、人ゴミをすり抜け長いエスカレーターに乗る。
そうして風を感じとれる地上ホームに出ると、丁度来ていた電車に乗り込んだ。

 


 

 

 

 

 

 

 

「新一。確かさ、宿泊施設も付いてる筈だから泊まってこうな♪」
「ええ?」
「いーじゃん~ 暫く会えないんだしさ~ また夜は飲もうぜ、な?」
「・・・しょうがねえな」

 

 

 

 

白馬の別宅がある新宿まで来た新一と快斗は、とりあえず高島屋で目的の物を購入した。

携帯の時計を見ると3時を過ぎている。
この時間から泳いでいたら、どうせすぐ夜になるだろう。

 

 

 

・・・飛行機は明日の夕方。
用意なんて殆ど無いし、朝帰ってからでも充分間に合う。

それにここの所ろくに運動もしてないし、飲みにも遊びにも行ってない。

 

 

 

だから深く考えずOKした。
それが予想もしない結果になるとは――――・・・勿論この時新一は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

新宿のとある高層マンション。
その最上階全てを使って、白馬の家の別宅は有る。

 

 

 

 

「なんつーか・・・あいつの家はホントにすげえな」
「そりゃ新一んトコもでしょ~? 俺から見りゃどっちも別世界。平次もそーだし、まったく探偵ってのはそーゆー人種が多いのかね~」
「ん?」
「あ、コレ鍵。来る前に本宅で貰って来といた」

 

 

 

 

最後の方は小さく言うと、快斗は新一の前にひとつのカードを差し出した。

待ち合わせの前に白馬の家に電話して取ってきたカードキー。
それを扉に付いている差し込み口に通し、2人は中へ入って行く。

 

 

 

 

「うっわ。すげ~」
「俺は前に来た事あっからさ。まあ殆どただっぴろいリビングで、あとはゲストルームかな。トイレとシャワーは勿論別だけど、クローゼットとベッドが付いてる。あと風呂場はデカイぜ~? キッチンも結構本格的でさ、ちょっとしたパーティーが出来るって。んで、このリビングの窓硝子の向こうがプールなんだよ」
「室内なのか」
「そ。だから冬でも泳げる」

 

 

 

 

その噂のプールも結構本格的な広さだ。
ざっと見た所このリビングくらいの面積くらいは有るだろうと新一は思った。

 

見渡す部屋の中は何処もオフホワイトで統一されている。
リビングの真ん中に少し段差が有り、低くなっているその場所にゆったりとしたソファが置かれていた。

 

 

 

 

「で。キッチンも冷蔵庫もデカイんだけどさ、中身がなーんもねえんだよ。どーせ明日までだし、夜は外食でいいよな」
「そうだな」
「―――・・・っと、電話だ。ちょっとごめん」

 

 

 

 

その時快斗の携帯が鳴った。
ボタンを押しながら窓の方へと移動して行ったので、新一はひとりこの家の探検を始めた。

 

それぞれの個室。
そしてキッチンにトイレにバスルーム。

何処もかしこも皆手入れが行き届いているのにも感心していてリビングに戻って来た時、快斗も電話が終わったらしくソファに戻っ来た。

 

 

 

 

「新一、喉渇かない? 俺ちょっとコンビニで飲みもん買ってくるから」
「あ。だったら一緒に行くよ」
「いいって新一は。外暑いし、あんま出たくねえだろ?」
「・・・まあ、そうだけど」
「先に泳いでてよ。荷物は好きな部屋のどっかに入れてさ」

 

 

 

 

そう言うと快斗は部屋を出て行く。
残された新一は、今の快斗の様子を不思議に思いながらも一番右端の部屋に入ると荷物を置き着替えを始めた。

 

 

 

 

 

「いたいた、平次~!」
「・・・何やジブン!! 遅いにも程があるやんか! 説明せえや!!」
「まあまあちょっと待ってよ~」

 

 

 

 

新宿駅から少し歩いた所のコンビニ。そこに快斗が走りこんで来た。
バイク雑誌をぱらぱら捲っていた平次は、不機嫌な顔を向ける。

あの電話を受けて来て。それでもう一度連絡が入ったかと思ったら『コンビニで時間潰してろ』と来た。
その後直ぐ来るのかと思ってたら、これが来ない。

 

 

 

・・・さすがに30分以上も此処に居たら、店員に不信な目で見られ始めてしまったのでいい加減こっちから連絡しようと携帯に手を伸ばした時に、快斗がやっと現れたのだ。

 

 

 

 

「今日、白馬んちのプール付きの別宅に泊まり込みで遊ぼうと思ってさ。平次水着持ってねえよな? 途中で買ってくぞ」
「は?」
「こんなもんでいっかな~。じゃ俺レジ行ってくっから」

 

 

 

 

カゴに適当に飲み物を入れ快斗はレジに向かう。
相変わらずのゴーイングマイウェイさに平次は息を付くと、雑誌棚からさっきの雑誌を持ってきて『ついでに一緒に買うてや』と快斗のカゴに放り込んだ。

 

其処から約10分。
人気が少なくなった坂を登った所にある見るからに高級なその外観のマンションに入った時、快斗の携帯が鳴った。

液晶を見るとどうやら海外かららしく、『もしもーし』と不穏そうに出たのだが突然表情が変わった。

 

 

 

 

「あのさ、平次先に行っててくんねえ? 最上階全部あいつんちだから、これ、カードキー。それと、荷物も持ってっといて」
「? ・・・解った」
「――――・・・ごめんごめん、お前、そっち今何時だよ? 平気なのか?」

 

 

 

 

すると快斗は小さな声で話しながら、また外へと出て行く。

平次は少し「?」と思ったが、まあ他人の電話を聞く趣味も無いし、とにかく暑いから早く涼しい所へ行こうと目の前のエレベーターのボタンを押すと、直ぐに開いた扉に入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっじゃまっしまーす・・・」

 

 

 

カードキーを差して平次は中に入る。

誰も居ないと思っても、ついそう口に出してしまうのが自分のクセだが・・・
ふと視線を落とした先に見えた一足の靴に疑問の表情を浮かべた。

 

 

 

快斗はまだ下で電話しとる筈・・・
するとこれは誰のや?

思いつつそっと中の方へ進んでいくが、現れた広いリビングからも誰の気配も無かった。

 

 

 

 

 

 

「・・・?」

 

 

 

 

不思議な感にとらわれ荷物をソファに降ろすと、ふと水の音が耳に響いた。
顔を上げて目の前を見ると―――――・・・

 

 

 

 

 

 

「く・・・くどう・・・・・・?」

 

 

 

 

・・・硝子の向こうの室内プールの縁に新一が腰掛けていた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

平次は瞬間、息を呑む。

 

未だ降り注ぐ日の光が水面と新一を照らしている。
濡れた髪は肌に張り付き、身体を伝う雫も光を反射していた。

 

 

 

―――・・・ひと泳ぎして疲れているのか、顔を少し天井に向けて目を閉じ。
薄く口唇を開けたまま、両足を水の中で動かしている。

 

 

 

 

 

 

・・・どくん。

 

 

 

 

 

 

 

「へ・・・?」

 

 

 

 

平次はふと我に返り、心臓を押さえた。
今感じた動悸に戸惑いながらも、尚も激しくそれは高鳴る。

 

 

 

 

な・・・なんや、何やコレ・・・?

ちょ・・・ちょお待てや?

 

 

 

 

 

ぶんぶんと頭を振る。
すると中から声がして、平次は再び顔を上げた。

 

 

 

――――・・・驚いた事に新一が手を振っているではないか。

 

 

 

 

 

 

 

何でや? あいつは、俺ん事まだ怒っとるんやないんか??

それとも―――・・・
もう許してくれたっちゅー事か?

 

 

 

 

 

手招きする新一に、平次は不可思議な表情のままプールへの入り口へと歩いて行きガラス戸を引いた。
途端にその声がハッキリと耳に届く。

 

 

 

 

 

 

 

「結構時間掛かったな。暑かったろ? 早くお前も着替えて来いよ」

 

 

 

 

 

 

・・・その極上の微笑。

水に濡れて尚艶やかなその表情が、光に反射して眩しくて・・・平次は目を細めた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・どくん、どくん。

 

 

 

 

 

またや・・・

平次は入り口に手を掛けたまま胸に手を当てる。

 

 

 

 

 

 

 

変や。
どないしたんや俺・・・?

あいつの、あんな顔・・・・・・久々に見ただけやのに・・・・・・

 

 

 

 

 

 

寒いくらい冷房が効いているはずなのに、平次は身体中が熱かった。
そんな様子の平次に新一も変と思ったのか、再び水の中に入ると泳いで入り口の方まで近付いて来る。

ここら辺は、立つと丁度胸の辺りに水面が来る。其処で、また平次に声を掛けた。

 

 

 

 

 

「どうした?」
「・・・い・・・いやその、やな」
「!?」

 

 

 

 

 

しかし平次の発した声を聞いた途端、新一の表情が変わった。

 

 

 

 

 

 

「工藤・・・?」
「お・・・お前、服部――――・・・!?」
「・・・へ?」
「何でテメエが居るんだよ!!? 快斗はどうした? 快斗だと思ってたのに・・・・・・何だよこれ!!」
「―――・・・」

 

 

 

 

 

 

真っ赤になってそう言うと、新一は身を翻し水に潜ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・快斗の奴、余計な気ぃ回しやがって・・・・・・っ・・・

 

 

 

 

 

 

水の中。

対角線を潜水で進み、新一は息継ぎもせずに入口から一番遠いその場所に顔を出した。

 

 

眩しい西日。
頭上から注がれる熱さの中で、何度も深呼吸をする。

 

 

 

 

 

そりゃ―――・・・いい加減俺も仲直りしなきゃとは思ってたけど、でも・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

視界が良く見えてなかった。
泳ぐから、コンタクトを外していた。

 

 

・・・・・・部屋の中に人影が見えた。
自分の他は、どう考えても快斗しか居ないはずだった。だから、声を掛けた。

 

 

 

 

 

でも段々近付く影の雰囲気が違うなあと思った。
すると、声が聞こえた。

 

それは紛れも無く間違え様もなく服部平次。
しかし、突然の状況に―――・・・ついあんな事を口走ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「何でこうなんだろ俺―――・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

無意識な行動には腹も立ったが、もう子供じゃないんだし、ある程度過ぎた時間は新一の中の怒りを鎮火させた。
でもあれ以来、平次は電話はおろかメールのひとつも寄越して来なかった。

 

 

 

・・・あんなに突っぱねたのだから当然だ。

 

 

 

 

 

 

だから、自分から素直に『もう怒ってねえよ』とでも言えば良かったのだ。
直接話すのが無理でも、メールという手段が今は有るのだから、それでも。

 

 

 

 

・・・・しかしそれが出来る様な性格の新一では無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「工藤―――・・・」
「?」

 

 

 

 

 

その時、頭上から声がした。
顔を伏せていた自分のすぐ上からそれは聞こえ、新一は無意識に身体を強張らせた。

・・・何時の間にここまで来たんだろうか。
その気配にも気付けない自分に動揺していると、西日を背にしたらしい平次の足が視界に入った。

 

 

 

 

 

「ちょお話してもええか・・・・・・?」
「―――・・・」
「すぐ済むさかい、頼むわ」

 

 

 

 

 

新一は俯いたまま言葉を出さない。
だから平次はそれを了解と受け取り、静かに口を開き始めた。

 

「―――・・・あん時の事やねんけど・・・・・・やっぱ記憶無いんや。スマン」
「・・・」
「寝ぼけとって、つい・・・何かしたんなら、謝る。せやから・・・・・・」
「・・・・・・」
「あ・・・あのー・・・・・・工藤?」
「話、終ったか?」
「へ?」
「――――・・・じゃ俺、もうひと泳ぎしてくっから」

 

 

 

 

 

 

新一の反応を待っていた平次。
しかし、ちらと目線をくれたかと思うと―――・・・その姿は水の中へ消えていってしまった。

 

 

 

 

 

何故か動けない。

それは、新一に話をろくに聞いてもらえなかったからでは無く・・・・・・

 

 

・・・ほんの一瞬向けられた視線が、あまりにも目に焼き付いてしまったからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


どうしたってんだ俺は?
何で、こんなに腹が立ってんだ?

 

 

 

 

・・・・・・何でこんなに胸が苦しいんだ・・・・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

許そうと思ってた。
あんな事くらい、とっくにどうでもいい筈だった。

なのに・・・

 

 

 

 

 

 

新一はプールの中央で足をついた。
揺れる水面に薄く映る自分が嫌で、手でかき消す。

 

 

 

・・・顔を、伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

―――・・・記憶に無い。
あのキスを、あいつは覚えて無い。

 

 

 

 

 

 

謝る?
寝ぼけてて、ついやったかも?

解ってる。

 

 

 

それくらい、そんなのは、俺にとってだって、どうでもいい事だった。
そう。

 

 

『バーカ。いつまでもんな事気にしてねーよ』
そう言って、笑って許してやるはずだったんだ。さっきまで、そう思ってたんだよ、俺は。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・なのに・・・何で・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てやコラ工藤!!」
「!?」

 

 

 

その時後ろから大声がした。
新一が反射的にその声に向くと、大きな水しぶきが大きな音と共に見えた。

 

 

 

 

「・・・」

 

 

 

呆けてると水の中をこちらに進んでくる影があった。
それが、目の前に姿を現す。

新一はそれが誰だか解っていたから、驚きもせずただその影を見上げた。

 

 

 

 

 

 

「―――・・・服のまんま飛び込んでんじゃねーよ。バカかてめえは」
「工藤。怒っとるんなら殴っても蹴ってもええから、せやから・・・」
「・・・だから?」
「無視だけは、堪忍や」
「!」

 

 

 

 

その声はとても小さく。
視線の先に、深い碧の目が見えた。

静かな空間で――――・・・平次の髪から落ちた雫だけが、僅かな波紋と音色を聞かせている。

 

 

 

 

 

 

 

どうしよう・・・駄目だ、俺。

 

 

 

新一は眩暈に似た感覚を知る。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・どうかしてる―――・・・
こんなの、変だ・・・・・・こんな・・・・・・

 

 

 

 

 

 

何故か平次の瞳から逃れられない。
蛇に睨まれた蛙の如く、身体が動かせない。

 

 

 

 

俺は―――・・・どうしちまったんだ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「工藤・・・?」

 

 

 

 

すると様子を不思議に思った平次が新一の名を呼んだ。
その声はダイレクトに耳に響き、身体中を熱い衝撃が包む。

 

・・・新一は、自分の口が勝手に動くのを・・・他人事の様に遠くで感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――・・・そうだな。じゃあどうしようかな」
「・・・」
「俺と同じ思い、してもらおうかな・・・・・」
「へ?」

 

 

 

 

 

 

髪も肌も濡れ、薄く色付く口唇だけがいやに艶かしい新一。
それに見惚れてしまっているうちに、平次の視界は塞がれた。

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

・・・・・・生暖かい感触を口唇に感じる。

 

そうして平次は、塞がれたのは視界だけじゃない事を悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・どうだ? 蹴るより殴るより効くだろ」
「な・・・何すん・・・」
「俺のそばに来たお前が悪い」

 

 

 

静寂の空間。
僅かな水音と、互いの息遣い。

ほんの一瞬の接触の後、真っ赤な顔をして何とか言葉を出した平次。
しかし新一は無表情のまま目の前の男を睨んだ。

 

 

 

 

「―――・・・っ」
「・・・・そんな顔したって駄目だ」
「ちょ・・・っ、工藤・・・!?」

 

 

 

 

淡々と言葉を紡ぎながら新一は薄い布の上から平次の胸を撫でた。
視線は決して目の前の瞳から離さず、両手をそのまま肩に滑らし首を抱く。

 

 

・・・水の中からの感触。
雫が次々と滴り落ちるのを、目で追う。

 

 

 

 

そのゆっくりとした動きに―――・・・

平次は背筋がぞくりと震えた。

 

 

 

 

 

 

 

「今度は服部の番だからな・・・・・・」

 

 

 

 

 

・・・そう至近距離で微笑う新一は、今まで見たこと無い程の艶かしさで。
言葉の意味が解らないまま、平次の口唇に再びそれは重なった。

 

 

 

 

 

 

「・・・っ・・!」
「―――――・・・」

 

 

 

 

 

 

目を閉じる事が出来ない。
平次は、与えられるそれを振りほどけない。

 

これは新一からの『罰』だ。
それ程、新一は怒っている―――――・・・

 

 

 

 

・・・・・・こんなに震える程に。

 

 

 

 

 

 

 

 

工藤・・・・・・

 

 

 

 

触れてくる口唇は酷く冷たく。
時折伝ってくる薬っぽい雫が2人の口唇を濡らす。

 

 

 

 

今度は俺の番て・・・・・・?

 

 

 

 

 

 

 

思い返す今の言葉。
やがて離れる新一。

 

 

 

 

・・・口の端だけを上げ微笑うその表情に、平次は暫く動けずそのまま立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから直ぐ新一は水面から上がり、休憩用の椅子に掛けてあったバスタオルを羽織ると出口へ向った。
すると丁度ガラス戸が開き、快斗が現れる。

 

 

 

 

「あれ? 新一上がるの?」
「・・・快斗」
「うわちゃー・・・怒ってる?」
「お前、仕組んだな」

 

 

 

顔に落ちる雫を拭いながら新一は快斗を睨む。
・・・でも『睨む』と言うよりもそれは、視力が悪い人間特有の仕草である『相手を確かめる為に目を細める』もので。

だから、表情とは裏腹に口調は穏やかだった。

 

 

 

 

「ごめん・・・ホントは俺が引き合わせるつもりだったんだけどさ、直前に電話来て・・・平次、先に行かせた」
「―――・・・俺さ、水に入るからコンタクトしてねーんだ・・・・・・さっきお前だと思って話し掛けてたら服部だった。 も、サイアク」
「そ、それで・・・・・・平次は?」
「泳いでるぜ? 何か知らねーけど、物凄い勢いでクロールしっぱなし」
「・・・・・・はぁ?」

 

 

 

 

言われて硝子越しにプールを見ると、水しぶきを上げながら影が動いていた。
暫く覗いていると、水の真ん中で止まる。

快斗に気付いたのか、こっちを向いて平次は手を上げた。

 

 

 

 

「はは。元気だなー アイツ」
「・・・じゃ俺上がるな。ま、ゆっくり泳いでこいよ」
「えー! 一緒に泳ごうぜ? 今日逃したら暫く逢えないんだし!」
「――――・・・解ったよ。じゃ、少し休んだらな」

 

 

 

 

そう言うと新一は快斗の脇を抜ける。
扉が閉まった音を背中で聞いていると、ソファの上に温くなったペットボトルが入った袋を見つけた。

 

 

 

 

 

「何だこりゃ・・・」

 

 

とりあえず新一はカフェオレの他を冷蔵庫にしまうと、冷凍庫に氷は出来ていたらしいのでそれをグラスに入れ、ボトルと共にソファに持っていった。

・・・液体を注ぐと氷の割れる音が響く。

 

 

 

 

ホントあいつら、仲良いな。

 

 

 

 

 

硝子の向こうで喋ってる2人が解る。
・・・見えない視界でその表情が解らないのが、少し嫌だと新一は思った。

 

 

 

自嘲気味の微笑。
騒ぐ鼓動。

・・・口唇は他人の体温を知り、渇きを増す・・・・・・

 

 

 

 

 

畜生。

まいったなあ・・・・・・

 

 

 

 

 

空はすっかり暗く。
手元のグラスも、もう光に反射しない。

 

 

 

 

 

・・・・・・今度はお前の番だからな服部。

 

 

 

 

 

 

 

お前が、考える番だ。

 

 

見えない平次を見つめる。
そうして新一は珈琲を飲み干すと、グラスは其処に置いたまま再びプールへと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今度は服部の番だからな・・・・・・』

 

 

 

 

 

あれから平次はくたくたになるまで、泳いだ。
クロールもバタフライも、何往復もした。

そうして一息付いて人の気配を感じ、顔を上げると――――・・・快斗が見えた。

 

 

 

 

 

 

「・・・快斗」

 

 

 

 

少し苦笑いして快斗は水に飛び込む。
そのまま浮き上がらずに真っ直ぐ此方に向って来て、平次の目の前に姿を現した。

ぷはー と顔に掛かる雫を拭うと・・・恐る恐るといった表情で覗き込んでくる。

 

 

 

 

「逆効果だったんだ?」
「・・・やっぱお前の仕業か」
「悪かったって~ 黙って引き合わすつもりじゃ無かったんだぜ? ・・・・・・けど電話きちまって、俺もどーしよーかと思ったんだけど」

 

 

 

 

何故か照れた様な顔を快斗はする。
そんな彼も解らないが、とにかく解らないのは工藤新一だ。

・・・平次は視線を逸らした。

 

 

 

 

「変な気ぃ廻すな、ボケ」
「―――・・・やっぱ新一怒ってんだよな・・・・・・あああ~ 今もなんか機嫌悪くてさ~~ どーしよ平次~」
「知るか! 大体お前な、俺と工藤の事に構いすぎやぞ!? ほっとけっちゅーの!」
「は? 平次はどーでもいいよ。俺は新一が心配なんだよ!」
「何やと!?」
「とにかく仲直りしてくれよ~。新一さ、明日ロスに行っちまうから、このチャンス逃したら余計気まずいだろ?」
「・・・え」

 

 

 

 

快斗の言葉に平次は目を見開いた。

 

 

 

 

 

「な? 新一、またこっち来るから」
「・・・」
「後で3人でメシも食いに行くんだからさ。気まずい雰囲気嫌だぜ俺?」

 

 

 

 

そして快斗は泳ぎ出す。
平次はその姿を視界に入れながら、頭の中では似て非なる人物を思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・何が、俺の番なんや?

 

 

 

 

 

また平次は考える。

 

 

 

 

 

・・・俺に、どうして欲しいんや・・・・・・?

 

 

 

 

 

思い出す、ほんの少し前の新一。
『俺と同じ思い、してもらおうかな・・・・・・』そう言って顔を近付け、キスをしてきた新一。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・工藤」

 

 

 

 

 

だから平次は口に出してみた。
その、名前を声に出してみた。

出会ってから幾度となく、数え切れない程に口にしてきたその名。
口唇がその言葉を形取る度、何故か甘い焦燥を感じたその名―――――・・・

 

・・・そして平次は苦笑いの表情を浮かべる。

 

 

 

 

 

冷たかった口唇。
震えていた、口唇。

言葉とは裏腹に遠慮がちだったあのキスは・・・・・・
眩暈がしそうな程の衝撃を自分に与えた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・そーか」

 

 

平次は自覚した。
この気持ちが、想いが、湧き上がってくる熱さが何なのかを理解した。

 

 

どうして冷たかった口唇が、あんなにも『熱い』と感じたのか――――・・・やっと解った。

 

 

 

 

 

俺は、工藤に・・・・・・そういう意味で惚れとったんや。
せやから・・・

・・・意識無い時・・・・・・キス、してしもたんやきっと―――――・・・

 

 

 

 

 

心の中に、そういう気持ちがあったから。
きっとずっと前から、あったから。

 

 

・・・・だから。

 

 

 

 

 

 

「あ、新一こっちこっち!!」
「!?」
「おい快斗、お前飲みもん買って来たんなら、冷蔵庫入れとかなきゃ駄目だろが」
「へ?」

 

 

 

 

 

その時戻って来た新一を、平次はもう既に普通の友達として見れなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

・・・恋愛とは不思議なもので。

それを『恋』と自覚してしまった途端に、全ての景色が変わり始める。

 

 

 

 

 

「お、俺、そろそろ疲れたし、上がるわ」
「え~?? 今から3人で競争しよーぜ?」
「2人でやれや。スマンな」

 

 

 

 

平次は新一が入ってきた途端に目を逸らした。
もう、視界に簡単に入れる事は出来なかった。

只でさえ彼は今ハダカ同然の姿。
それを目の前にして、平静で居られる自信は無かった。

 

 

 

 

 

ア、アカン・・・・・・ホンマやばいで・・・・・・

工藤てあんな、綺麗やったっけ・・・・・・?

 

 

 

 

 

平次は信じられない。
こんな自分が、信じられない。

つい、今だ。
新一を好きだと自覚したのは、ほんの何十秒前の事だ。

 

 

 

 

なのに・・・・・・
自分と同じ体つきのはずの相手の身体を、『キレイ』だと思ってしまっている。

さっきまでは、普通に見ていたはずなのに、だ。

 

 

 

 

 

 

「おい服部」
「・・・へ」

 

 

水から上がり立ち去ろうとする時、すれ違いに新一が平次を呼んだ。
それはとても小さな声で。

無視するのもおかしいから、振り向かず声だけ返した。

 

 

 

 

・・・心臓は最高潮に高鳴る。
しかし、その時。

 

 

 

 

 

「あー!! ちょっと平次、メシは行くんだろーな?」
「うわっ、何やねん快斗!?」
「部屋行って寝ちまうなよ? んな事してたら、俺様のキスで起こしてやるからな~」
「絶対起きとるから心配すなっ!!」

 

 

 

 

・・・死角から快斗が飛びついてきて、平次はバランスを崩してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

「あ。すまん工藤、何やったっけ?」
「え? 新一、何かコイツに用だった? ごめん、邪魔した」
「―――・・・いや。大したことじゃねえから」
「工藤?」

 

 

 

 

 

何を言いかけたのか。
新一はでも、続きの言葉を出そうとはせずそのまま水に飛び込んだ。

 

・・・少し目を細めて自分を見ていたその表情。

 

 

 

 

 

睨んでいるようにも見えて、哀しそうにも見えたその視線は、一体―――・・・・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

「新一待てってば! あ、とにかく平次、30分くらいしたら俺達も上がるからさ、じゃあな!」
「・・・ああ」

 

 

 

 

 

先に飛び込んだ新一に、快斗が焦って後を追う。

平次はその水しぶきを足に受けながら――――・・・さっきの快斗の行動にホッとしたような、残念だったような・・・複雑な気持を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

―――・・・・・・俺は臆病になってる?

 

 

 

 

 

 

 

どうしてだ?

蘭を好きな時はこんな事は無かった。
切ない気持は有っても、恐いと思う事なんて無かった。

 

 

 

 

 

 

大体、この俺が何かを怖がるなんて―――・・・そんな事・・・・・・

 

 

 

 

 

 

新一は揺れる水面を見つめながら顔をしかめた。
そこに映る自分自身がとてつもなく情けなく思えた。

 

・・・蘭の事は好きだ。
嫌いな訳がない。ずっと昔から大切で守りたい存在だ。

それは変わらない。多分、これからもずっと。

 

 

 

 

 

 

――――――・・・じゃあこの気持は何だ・・・・・・?

 

 

 

 

 

 

 

服部を『そういう意味で』好きだと気付いた。
でも、蘭も『そういう意味』で好きで・・・・・・

だけど俺の服部を好きだって気持は、明らかに蘭とは違う・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「・・・今頃になって足、震えてるし」

 

 

 

 

 

さっき仕掛けた『キス』。浴びせた『謎』。
『お前が考える番だからな―――・・・』その意味を、服部は解っただろうか?

 

 

 

 

 

 

「快斗が乱入してきたぐらいで動揺するなんて・・・・・・こんなの、まるっきり『素』じゃねーかよ俺・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

どんな時でも、例え友人達と居る時でも。
自分は『工藤新一』という人間を『演じて』きた。

 

・・・人々が求めるだろう『彼』を、予想して期待を裏切らない様に。

 

 

 

 

 

 

だから、違う。

こんなのは―――・・・アイツが追いかけてきた『工藤』じゃない。

 

 

 

 

 

 

わざわざ大阪から東京まで探しに来させた『工藤新一』は・・・・・・・・・次の展開が解らないくらいで、不安な顔なんてしたりしないのに――――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

そして俺はアイツを呼び止めた。
『答え』を、早く知りたかったから。

・・・・・・どんな結果を聞いても、俺は対応出来る自信があった。
どんな返答にも適切で的確な言葉を、出す自信が。

 

 

 

 

 

確かに、あの時は。

―――・・・あの瞬間までは。

 

 

 

 

 

今はもう、服部を視界に入れるだけで身体中が心臓みたいだ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「何だよもう・・・さっきまで平気だったよな・・・・? 俺、まだちゃんとアイツの前で、平気なフリ出来てたよな・・・・」
「ちょっと新一ってば~!! 泳ぐのはえーよ!」
「!?」

 

 

 

 

揺れる水面。
さざめく音。

ふいに背中から肩を掴まれ、新一は自分でも信じられないくらい過剰に反応した。
それに快斗も目を見開き驚く。

 

 

 

 

「し、新一・・・?」
「・・・快斗か。ごめん、ボーッとしてた」
「―――・・・平次かと思ったのか?」
「違うって。考え事してたら、気配解んなかっただけだ」
「・・・・・そうか」

 

 

 

 

でも直ぐに、新一は『新一』の顔に戻った。
数瞬間前に見せた表情は何処かへ消え、いつもの優雅で綺麗な笑みを浮かべて。

・・・だから快斗は、そう答えると少し哀しげに微笑った。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2人は適当に泳いだ後、くたくたになってリビングへ入って来た。
水の中では浮遊力で感じなかったが、重力の場所に出ると途端に身体がダルくなる。

 

 

 

 

「あ~ なんかもー 疲れた~」
「今日は良く寝れそうだな」
「ちょっと! これからメシ食って酒なんだから、寝んなよな?」
「・・・・・・けどあそこ、もう熟睡って感じだぞ」
「あー!! ったく~ 平次の奴、部屋じゃなきゃいいと思ってんな」

 

 

 

 

歩いて来て、2人は同時に目を見張る。

リビングの中央に配置されている、大きなソファ。
其処の、大の男ひとりが横になっても余裕のある場所で平次が寝ていたのだ。

 

疲れているのか、閉じられている瞼は簡単に開きそうもない。

 

 

 

 

 

「・・・・・・」
「まあ俺達が着替えて来るまで寝かせとくか~。新一、んじゃ後でな」
「あ、ああ」

 

 

 

 

 

・・・そうして快斗は部屋に消えた。
でも新一は少しの間、その寝顔から目が離せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・何でお前は俺の前に現れた?

 

どうして―――・・・・・・俺をあの時探しに来たんだ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新一は平次の寝顔をじっと見つめた。

 

 

 

 

 

相変わらず整った顔。
男っぽい、焼けた肌。

どれもこれも、自分とは正反対――――・・・

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・畜生」

 

 

 

 

 

胸が張り裂けそうなこの気持は、一体どうしたら治まってくれると言うのだ。
こんなのが、これから一生続くのか?

 

拳をぎゅっと握り締め新一は苦しそうに目を細める。
視界に入る口唇が先程の自分の行為を思い起こさせ、どうにもならない想いを募らせた。

 

 

 

 

 

 

・・・駄目だ。

本当に、本気で――――・・・コイツに惚れてるのか俺は?

 

 

これ以上そばにいたら、駄目だ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

目を背け、荷物を置いた部屋に新一は入る。

 

さっきまでの強気は何処へ消えたのだろう?
服部に自分からキスした事が、今となってはもう信じられない。

 

 

・・・たった数十分前の自分に、もう戻れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――・・・はっとり・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

着替えるのも忘れ、新一はベッドの上に蹲った。
暑い筈なのに身体は震えが止まらなかった。

その時。

 

 

 

 

 

 

「新一~!! もう用意出来たか?」

 

 

 

 

 

・・・快斗の呼ぶ声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 


「何や・・・やっと行けるんか?」
「あ、起きたな。あと新一待ち」
「・・・そーか」

 

 

 

 

その声で平次が目を覚ました。
目をこすりながら起き上がり、冷蔵庫から冷珈琲を取り出し眠気覚ましに飲む。

・・・するとドアが開いて新一が現れたのだが、部屋着の姿で暗い顔をしていたから快斗は驚いた。

 

 

 

 

「ちょ、どーしたんだよ?」
「悪い。なんか気持悪くて―――・・・俺寝てるから、2人で行ってこいよ」
「え!?」
「・・・寝てれば大丈夫。暑さにやられると、よくこうなるんだ」
「おえ工藤、熱は?」
「な・・・ない。少し吐き気するくらいだから」

 

 

 

 

2人が血相を変えてくる。
言われてみると蒼い新一の顔色に、目を見合わせた。

・・・そして。

 

 

 

 

「あのねえ・・・新一が具合悪いのに、のん気にメシ食いに行ける訳ねえだろうが」
「せや。俺、コンビニ行って何か買うてくるわ。快斗、何でもええよな」
「魚類以外な」
「解っとるがな。ほんなら工藤、薬も買うてくるし、大人しく寝とれ」
「―――・・・ごめん」

 

 

 

 

そう言うと平次は財布を片手に部屋を出て行った。
快斗は新一の額に手をやり、確かに熱は無い事に少し安堵の息を付く。

 

 

 

 

「・・・とにかくソファで横になってろ」
「ホントごめんな」
「いいって。俺は別に外食したかった訳じゃないし、新一と出来るだけ一緒に居たいだけだから」
「・・・快斗」

 

 

 

 

何故か哀しげな表情。
でも新一は、その言葉の意味がもっと深い所にある事を知る由も無い。

 

 

 

 

「話、しても平気?」
「ん・・・?」
「・・・・平次の事なんだけどさ」

 

 

 

 

言われた通りにソファに仰向けになった新一。
持ってきてくれた毛布を掛け、少し大きく呼吸を繰り返していた時に快斗が聞いてくる。

・・・出てきた『平次』の言葉に身体が緊張した。

 

 

 

 

「あいつが・・・どうかしたか」
「嫌いじゃないよな?」
「・・・え」
「白馬んトコから帰ってきてから平次、変なんだよ――――・・・あの夜ケンカしたってのは聞いてるけど、そんなに後引きずる様な事だったのか?」

 

 

 

 

新一のすぐそばで快斗は座り込んでいた。
小さく呟くそれは、本当に平次が心配なんだなと解る。

それが益々――――・・・新一を哀しくさせた。

 

 

 

 

「・・・・・・嫌いじゃねえよ」
「本当か?」
「お前に嘘なんか付かない。悪いのは、俺だ」
「え・・・?」
「・・・・俺なんだ」
「新一・・・」

 

 

 

 

蛍光灯が眩しいのか、新一は視界を己の腕で隠していた。
何となくそれ以上聞いてはいけない気がして―――・・・快斗は話題を変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 工藤どないした」
「後ろ」
「・・・お帰り、悪かったな」

 

 

 

 

平次が帰ってきた。
その時視界に快斗しか見えなかったので聞くと、新一はすぐ後ろのキッチンで水を飲んでいたらしい。

・・・青い顔をして力無い微笑。
やっぱり、具合が悪そうだ。

 

 

 

 

「新一、ホント寝た方がいいって」
「平気だ。ちょっと腹に何か入れれば」
「んな青い顔して『平気』言うなアホ! ええから部屋行って大人しく寝ろ!!」
「ほら、晩飯だってホントはあんま食いたくねーんだろ? 平次の言う通り、いいからもう寝ろよ」
「・・・・・解った」

 

 

 

 

2人に強く心配され、新一は何も言えなくなってしまう。
本当にそんな気分は悪くなかったのだが、これ以上気にさせてもいけないと思い、部屋に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

小さくドアの閉まる音がする。
快斗は、テーブルの上に置かれたビニール袋の中を覗いた。

 

 

 

「平次どれ食べるんだ?」
「ん~ 好きなヤツ選んでええで」
「・・・あれ。胃薬に風邪薬に・・・・頭痛薬?」
「適当に買うて来た」
「それにしても大丈夫かな新一・・・・・・明日、長いフライトなのに」

 

 

 

 

明日新一は、ロスへ向かう。
普通の状態でもあの狭い空間に半日以上の拘束はキツイのに、大丈夫だろうか。

・・・快斗は顔を曇らせて適当な物を取ると、キッチン備え付けのテーブルに座った。

 

 

 

 

「工藤もコドモや無い。自分の状態くらい判断出来るやろ。駄目やったら乗らんやろし」
「・・・俺、思うんだけどさ」
「何や」

 

 

 

 

言いながら平次もキッチンに来る。
冷蔵庫からさっき買って置いたペットボトルを出し、コップに注いだ。

・・・・・・快斗は静かな声を出す。

 

 

 

 

「原因は、平次だぜ」
「・・・へ?」
「お前らの間に何があったかは知らねえし、無理に聞こうとも思わねえけど・・・・新一、精神的なダメージが酷い。俺じゃどうにも出来ない」
「せやからて、何で俺やねん」
「俺も同じ状態になった事がある。だから、多分、『俺』じゃ駄目だ」
「・・・どういう意味や」

 

 

 

 

平次には快斗の言ってる事が解らなかった。
温められているプラスチック容器のふたを開け、パスタをくるくると巻いてる手元をじっと見る。

視線を感じ、彼は微笑った。

 

 

 

 

「――――・・・手に届く位置にいる『幸せ』って言うのはさ、離れてみないと気が付かないんだよね」
「・・・・?」
「なあ平次。俺ら、明日も『生きてる』保障なんて何処にも無いんだぜ? 後悔なんて、行動起こしてからだって出来るんだ。何もしないでグダグダ考えて・・・・取り返し付かなくなっても知らねえからな」
「お前・・・・」

 

 

 

 

快斗は何処まで知っているのか。
それとも、過去に彼に何かあったのか。

・・・兎にも角にも真っ直ぐに平次を睨んで紡ぐその言葉には、いつもの人懐っこさは何処にも感じられなかった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻ってから平次は再び考えた。
新一に言われた言葉の意味を。そして、行動の真意を。

都合良くとってしまうのは簡単だ。
でも、今までの経験と違いこれは相手が『同性』だ。

 

・・・新一相手では、勝手が違うのだ。

 

 

 

 

 

今まで『友達』として『仲間』として付き合ってきて、それが突然『恋愛感情』に発展しただなんて――――――・・・どう考えても、おかしな道筋で。
決して自分はそういう趣味の持ち主では無いと思ってきたし、今でもそう思っているのに。

 

 

 

しかしこれは『恋』だ。

間違い無く彼に対して・・・・・・そういう意味での『好意』を持っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・いまそばに居る事の幸せ、か」

 

 

 

 

 

快斗の言葉を思い出す。
彼は新一の体調不良の原因が、自分にあると言った。

それが本当だったら――――――・・・

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 

その時遠くで音がした。それは、ドアの閉まる音。
不思議に思って平次が部屋を出る。

すると、快斗の居る筈の部屋の扉が開いたままだった。
でも中に彼は居ない。

 

・・・玄関の方から流れてくる温い風。
足りない、靴。

 

だから平次は、彼が外へ出て行ったのだと悟った。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・快斗?」

 

 

 

 

こんな夜中に、自分たちに何も言わず何処へ行ったのだろう。
消えた先を見つめながら呟く。

刻は23時過ぎ。
平次は深く息を付くと、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

 

 

 

 

・・・明かり?

 

 

 

 

 

ふと、微かな光を感じる。
その先が新一の寝ている部屋だと解り、動きを止めた。

 

起きて、居るのだろうか?
それともただ、常夜灯を付けて眠っているだけなのだろうか・・・?

 

 

 

・・・明日になれば暫く逢えない。
自分は大阪へ帰るし、新一も海外へと行ってしまう。

 

ならば―――・・・

 

 

 

 

 

 

平次は水をゴクリと飲み込む。
そうしてそのままグラスとボトルを持ち、光の方向へと向かった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・眠れない。

 

新一はベッドの中で何度も寝返りを打ちながら、息を付く。

 

 

 

 

横になってから30分。
普通ならすぐ眠りにつける筈なのに、今日は一向に眠くなる気配が見えない。

 

 

 

 

 

 

「畜生・・・・・・情けねえなホント・・・」

 

 

 

 

まだ少し胸がムカムカする。でも、こうして寝ていれば大丈夫な筈。
一晩寝れば、大抵は。

だから眠りたいのに。早く、明日になって欲しいのに、寝付けない。
でもそう思えば思うほどに目は冴えてしまう様だった。

 

 

 

 

 

―――・・・水、飲んで来ようかな。

 

 

 

 

 

 

喉が渇いた。確か、ミネラルウォーターも買ってきてあった筈。
だから新一は枕元の常夜灯を付け、ゆっくりとベッドを降りた。

 

 

 

 

 

 

「・・・工藤!?」
「服部―――・・・何してんだ」

 

 

 

 

 

 

平次が今まさにノブに手を掛けようとした時だった。
そのドアは奥に引かれ、中から新一が現れたのだ。

 

 

 

 

「そらこっちの台詞や。まだ起きとるん?」
「眠れなくてさ・・・・・・喉も渇いたし、水でも飲もうと思って」
「水?」

 

 

 

 

すると平次は手のボトルを見せた。

 

 

 

 

 

「なら丁度ええ。今、様子見に行こ思てたんや。これ水」
「・・・あ」
「グラスもあるし、そっち行ってもええ?」
「い、いいけど」

 

 

 

 

強引な平次に少し戸惑う。
けれどもさっさと部屋に行ってしまったので、軽く深呼吸して新一も元の部屋へ戻った。

 

 

 

 

 

 

「気分・・・どや?」
「ああ、飲んだらスッキリした」
「そら良かった」

 

 

 

水を飲ませた後、平次はさっさと新一を寝かせた。
そうして意味ありげに微笑う。

 

 

 

 

 

「・・・何だよ」
「工藤て似合うな。病弱そうなツラ」
「バカにしてんのか――――――・・・もういいから、お前は戻れ」

 

 

 

 

 

新一は背中を向け、目を閉じる。

 

 

・・・どうしてこんな展開になってしまったんだろう。
それに、何でか快斗の気配がしない。

こういう時、あいつが居てくれれば間も持つと言うのに。
そんな事を脳細胞を総動員して考える。

 

 

 

 

 

「なあ」
「今度は何だよ・・・」
「・・・お前、俺にどないして欲しいんや」
「え・・・?」

 

 

 

 

突然の問いかけだった。
その言葉に、新一は固まる。

 

 

 

 

「快斗に言われたんや―――・・・お前の不調原因、俺やて。それホンマか・・・?」
「・・・関係ねえよ」
「なら説明してくれや・・・あん時、『俺と同じ思いしてもらおうかな』て言うた意味。そんで・・・そん後の、キスの意味」
「!?」
「なあ・・・・・・『お前の思い』て、どんな思いや・・・?」

 

 

 

 

 

・・・新一は何も答えられなかった。

 

 

 

 

 

 

言ってしまえば、それは告白になる。
でも言ってどうする?

 

真面目に言ったって―――・・・叶う想いじゃない。
だから。

 

 

 

 

 

「馬鹿じゃねえの? 意味なんかねえよ」
「え・・・?」
「具合悪いのは暑さのせいだ。それにあれは、男にキスされるのがどんな気分か―――・・・お前に解らせてやりたかっただけだ。気色悪かっただろ? お前は白馬の家で、あれを俺にしたんだ・・・記憶にねえみたいだけど」
「・・・工藤」
「気が済んだら出てけ・・・・・・眠くなってきたから、俺は寝る」

 

 

 

 

 

・・・・・そう精一杯、悪態を付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冗談やない。こんなんで気ぃ済むか」
「・・・?」
「気色悪いやて? そら、普通はそうや―――――・・・せやけど俺は・・・・・・」
「ちょ、服部・・・っ!?」

 

 

 

 

 

平次の声が急に低くなる。
それと同時にベッドが軋み、別の体重が乗った事を示した。

 

新一は慌てて振り向く。
・・・至近距離に来ていたその顔は、今まで見た事の無い表情をしていた。

そして。

 

 

 

 

 

 

「・・・あれで工藤が頭から離れんようになってしもたんやで?」
「!」

 

 

 

 

 

 

 

囁かれるその言葉と共に、平次は新一の開きかけた口唇を塞いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは本当に空気の様な口付け。

ふわりと接触しただけの、一瞬の出来事。

 

 

 

 

 

 

「今度は酔うてへんからな」
「―――・・・っ・・・」
「キスされて気ぃ付く事もあんねんな・・・・・・まさか工藤に惚れてたとは、自分でもビックリや」
「・・・服部」
「――――・・・そんな顔してええの? 俺、都合良い様に取ってまうで?」
「・・・・・・」
「『俺と同じ想い』て事は・・・・・・工藤も・・・」

 

 

 

 

 

それ以上平次は言えなかった。そうは確信しつつも、言葉に出来なかった。
でも腕の中に新一は居る。逃げもせず、嫌な顔せずただ目を見開いて自分を見ている。

 

薄暗い部屋。明かりは常夜灯のみ。
すると新一は布団から手を出し、平次の頬に触った。

 

 

 

 

 

「俺も・・・・多分気付いちまったんだ、あの時」
「へ・・・」
「記憶無いって言われて腹立った。どうしてあんなに苛立つのか解らなかった―――・・・・・・だから自覚した時はショックで眩暈がした」
「・・・工藤」
「でもやっぱり解らない。これが恋愛感情なのか・・・・・・単なる勘違いなのか。ただ・・・」
「ただ?」
「―――――・・・お前のキスは、俺を狂わせる」

 

 

 

 

 

 

触った手のひらは震えて。
その消え入りそうな声が平次に耳に届いた。

 

 

 

 

 

「・・・せやったら試そか」
「試す?」
「どうせ工藤がロスに行っとる1ヵ月は待つ事になるやんか――――・・・そん間、メールも電話も無しでおるんや。そんで、また逢うた時同じ気持ちでおったら・・・・・・」

 

 

 

 

 

向けてくる上目遣いが驚く様に平次を覗き込んだ。
その威力に、言葉が止まる。

どうして今まで平気だったのか解らない。何年も友達で、確かに男にしては綺麗だなとは思っていたけれど。

 

 

・・・・・・こんなに甘い気持ちになるなんて。

本当に、不思議だと平次は思った。

 

 

 

 

 

 

「そうだな・・・ひと月くらい離れていれば、冷静に考えられる」
「どっちかの片想いに終わっても恨みっこなしやで」
「お前こそ、逆上して俺を襲うなよ」
「か~。お前ホンマに自意識過剰やな・・・・どっちかっちゅーと、悶々悩みそうなん工藤やんか」
「何だと?」

 

 

 

 

そうして2人は笑う。
いつもの調子が戻って来た事を、それぞれ感じたからだ。

 

 

 

 

 

「そういえば・・・快斗の気配ねえけど」
「ああ、さっき外出てったらしいんや・・・・こんな夜中に何処行っとるんやら」
「・・・・そうか」

 

 

 

 

 

少しほっとする新一。それも無理は無い。
この状態を快斗に気付かれたらどうしようと、内心気が気では無かったのだ。

・・・平次は微笑う。

 

 

 

 

「何や。そんな気にしとったんか」
「べ、別に」
「まあ快斗にも感謝せんとな~。俺らを無理矢理逢わせてくれたん、あいつやし」
「・・・そうだな」

 

 

 

 

どちらとも無く口唇が触れ合った。
軽いそれは、啄ばむ様に。

 

ほんの数時間前までは、堪らない想いで狂いそうだったのに・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・今は別の意味で狂いそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう新一は思いながら、背中に回した手を強くして行った。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

午前零時を過ぎても下がらない気温。
その時、気配を殺して入ってくる影があった。

しかし玄関からの長い廊下を歩き、リビングに入ってきた時―――――・・・

 

 

 

 

「おー。やっと帰ったか」
「こんな夜中に何処行ってたんだ? 快斗」
「!?」

 

 

 

・・・ソファの死角から声が聞こえ、快斗と呼ばれた青年は飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は25時に差し掛かる。
そんな時間に、平次と新一が揃って真っ暗の中に潜んで居たのだ。

驚くなと言う方が無理だろう。

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと2人とも何!? つーか新一、起きてて平気なのか!?」
「寝たら良くなった。心配かけたな」
「・・・んで? コソコソ何処行っとったんや」
「暑くて寝れなくてさ。コンビニに暇つぶしだよ・・・それにほら、新一に土産もあるぜ~」

 

 

 

 

そういうと快斗は手元の袋を見せた。
するとスープやら水、その他もろもろ新一の好きそうなモノばかり入っている。

 

 

 

 

「へ~ サンキュ。いやさ、白馬から突然電話あって――――・・・お前の携帯に電話しても出ねえからって」
「え? 何か言ってたか」
「さあ――――・・・急いでる風だったけど」
「あ。ホントだ着信ありになってる・・・・・・マナーモードにしてたから気付かなかった」

 

 

 

 

ポケットに入れておいて気付かなかった? そう2人は思ったが口には出さない。
快斗はそのまま新一の隣に座り、しげしげと綺麗なその顔を覗き込んだ。

 

 

 

「・・・・・・どうした?」
「うん。顔色良くなったな」
「お陰さまで」
「平次と飲んでたんだ・・・・・・俺が居ない間に仲直りしたなんて、えらい急展開じゃんか」
「そうか? まあ服部が額こすり付けて謝ってきたからな」
「お前な~ 快斗が信じるやろが」

 

 

 

 

新一と快斗の向かいに座っていた平次が、ビールの缶を飲みながらツッコミを入れる。

 

そのやり取りを見ていた快斗。
明らかに数時間前と違う雰囲気を感じ、首をかしげた。

と、その時。

 

 

 

 

「・・・あ。」
「ん?」
「いや――――・・・ナルホドねえ・・・・・・」
「はあ・・・?」
「あ、平次そのビールまだ有んの? 俺も飲も~っと」

 

 

 

 

何かに気付いたのか、快斗は新一を見て意味ありげに呟く。
そうしてニヤリと微笑うと、『冷蔵庫ん中にまだあるで~』という平次の言葉に従い、それを取りに行った。

 

 

 

 

それから1時間くらいすると、アルコールも効いて眠たくなってくる。
『じゃあなー』と大きな欠伸をしながら部屋へ戻った新一を確かめると、快斗はリビングの電気を消し、キッチンで水を飲んでいた平次の腕を掴んだ。

好奇心いっぱいの目で、その顔を覗き込む。

 

 

 

「・・・何やねん」
「平次ってさー・・・・・・やっぱ好きだったんだな。新一の事」

 

 

 

 

小声での問いかけ。しかし、それは平次にとってかなりの衝撃だった。
思いっきり驚いた顔で快斗を見る。

 

 

 

 

「な・・・何アホな事」
「違うのか? じゃあ新一の鎖骨んトコのキスマーク、誰が付けたのさ」
「・・っ・・・!?」

 

 

 

 

浅黒い肌が面白いくらい体温を上げた。
その反応に満足した快斗は、にんまりと微笑う。

 

 

 

 

 

「『仲直り』したんだろ・・・? って事は・・・・・・」
「してへん! 最後まではしてへん!! 出来るワケないやろ!?」
「マジで? 平次がソコまでで止めるなんて想像出来ねえな」
「く、工藤相手やと・・・その、何や調子狂うんや」

 

 

 

 

こんな平次を見るのは初めてだった。
真っ赤で照れまくって、快斗から目を逸らしている。

明かりの無い空間。けれども大きな硝子窓から差し込んでくる月の光が、綺麗なコントラストを生んでいる。
快斗は少し歩き出した。

 

 

 

 

「・・・でも良かったじゃん。新一もお前の事好きみたいだし」
「おえ快斗――――・・・」
「ん?」
「気色悪いと思わへんのか? 俺と工藤が・・・その、そーゆー事になっとんの・・・・・・」

 

 

 

 

すると平次が後ろから聞いてきた。まあ当然の疑問だろう。

・・・快斗はゆっくりと振り向く。

 

 

 

 

「そーだな。普通はそうなんだろーけど・・・・・・俺は新一も平次も好きだからさ、お前らが幸せなら良いんだ」
「・・・・・・快斗」

 

 

 

 

 

寂しそうな笑顔だった。
言葉とは違い、何処か遠くを見るような視線が平次は気になった。

しかしその時。

 

 

 

 

「――――・・・何してんだ。お前らまだ寝ねえのか?」
「あ、新一。ちょっと月が綺麗だったからさ、眺めてただけ~」
「本当だ・・・・・・満月か?」
「今日は月齢14.9ってトコかな。さーて今度こそ寝よっと! じゃなー新一~ 平次もオヤスミ~」
「お、おう」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・物音がしたからだろう。

 

新一が部屋から顔を出してきて、会話は途切れ―――――・・・
3人はそのまま部屋へ戻り眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

見られる事には慣れてた。
いつだって、有名な両親のお陰で小さい頃から人目に晒されてきた。

 

 

 

 

・・・だから演じてきた。

 

『工藤新一』という、ひとりの名探偵を演じてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・うっわ。やっぱ暑・・・」
「工藤!!」
「ん?」

 

 

 

 

9月の終わり。約2ヶ月ぶりの日本。
当初の予定よりもひと月遅れての帰国。

 

半日を拘束されたフライトから解放され空港ターミナルに入った途端、覚えのある声が聞こえてきた。

服部平次だ。

 

 

 

 

 

 

 

「早く着いたみたいやな。丁度良かったわ」
「・・・本当に来たのか」
「せやかて言うたやん。迎えに行ったるって」
「そりゃ・・・そうだけど」

 

 

 

 

離れている間、一切の連絡を取らなかった2人。
したのはただ1度。帰国する前の晩に、平次に送った搭乗を知らせるメールだけだ。

顔を伏せる新一。
すると、平次はスッと目の前に缶珈琲を差し出した。

 

 

 

 

 

 

「ほい。日本はこの通り、まだまだ暑いさかりやで」
「・・・サンキュ」

 

 

 

 

 

受け取るとひんやり冷たい。
これまた2ヵ月ぶりの缶珈琲に、新一はつい笑みをこぼした。

一瞬、平次の表情が止まる。

 

 

 

 

 

「・・・・・・ちゅう事で、さっさと車に行こか」
「車?」
「快斗が貸してくれたんや。『新一疲れてんだろーから、電車よりこっちでしょ』って言うてた」
「へえ。気が利くじゃん」

 

 

 

 

言うなり平次はさっさと歩き出す。
何故かそれから振り返らず、だから新一はとにかくその背中に付いて行った。

時刻は15時。
引っ切り無しに人々が行き交う、見慣れた日本の光景。

外は、日差しもまだ高く照りつけていた。

 

 

 

 

 

 

「親父さん達、元気やったか?」
「まあ。相変わらず」
「・・・そうか」

 

 

 

乗り込んでエンジンを掛けるが、車内の熱気は簡単には治まらない。
新一は手元の缶を開け、一気に飲んだ。

・・・未だ平次はこっちを見ようとしない。

 

 

 

 

 

「なあ」
「・・・何や」
「やっぱ気の迷いだって気付いたとか?」
「そ、そんなワケないやろ」
「じゃあどうしてこっちを見ねえんだ」
「え――――・・・うわ!」

 

 

 

 

 

だから新一は手を伸ばし、頭をぐいと引き寄せた。
まだシートベルトをして無かったから、それは簡単に出来た。

 

 

 

 

驚き見開く瞳。
それを捕らえたまま―――――・・・噛み付くように口唇を奪う。

 

・・・触れた箇所が体温よりも熱い。

 

 

 

 

 

ゆっくり離し、新一はじっと自分が映る瞳を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「嬉しかった。お前が此処まで来てくれて・・・・・2ヵ月も前の約束守って、大阪からわざわざ此処まで」
「・・・工藤」
「それに髪の色も変えて服も雰囲気変えて、帽子にサングラスだったのにお前は直ぐに気付いた。空港に見送りに来てくれたロスの友達は、全然俺を見つけられなかったのに」
「外見がどんなに変わったかて工藤は工藤や―――――・・・解らんワケ無いやろ」

 

 

 

 

 

そう。新一は最後に逢った2ヶ月前と全く違う姿で現れた。
漆黒だった髪を明るくし、耳にはピアスが光り、さらに黒の綿帽子を深く被って薄茶の細いサングラス。

 

・・・そして真っ赤なシャツと涼しげなジーンズで空港内を歩いて来たのだ。

 

 

 

 

確かに驚いた。
あまりにも違う雰囲気だったし、目を隠していても前よりずっと綺麗になっていたから。

 

そして声を掛け―――――・・・サングラスを外し微笑まれたその時、激しい衝撃が自分を襲った。

 

 

 

 

 

この2ヶ月。気持ちは全く冷静にならなかった。
考えれば考えるだけ、深みにはまっていった。

だから眩しくて、まともに正視出来ない。こうしてる今も。

 

 

 

 

 

・・・・しかしその行動が、新一には逆の意味で伝わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか―――――・・・解った」
「へ・・・」
「もういい。俺、電車で帰る」
「え!? ちょ、工藤、ちゃうってスマン!! そうやなくて・・・なんちゅーかその、」
「・・・何だよ」

 

 

 

 

出て行こうとした新一の腕を、平次は掴む。
そうして今度はちゃんとその顔を見た。

・・・戸惑っている表情。
自分が先走りしていたのを恥じてるような、そんな上目遣い。

 

 

 

 

とてつもなく痛い想いが自分に突き刺さり―――――・・・眩暈を感じた。

 

 

 

 

 

 

「逢う前までは不安やった―――――・・・もう工藤は何とも思うてへんかったら、どないしよ思てたし・・・それに当のお前はさらっと現れよって、涼しいカオしてキスしてきよったから・・・・からかわれてんちゃうかと思うたんや」
「・・・バッカじゃねえの? 俺がどんだけ心臓ばっくばくさせてたと思ってんだよ」

 

 

 

 

 

新一も必死だった。
空港に現れた平次を見た時、不覚にも少し見惚れてしまったのだ。

 

 

更に日焼けた肌。少し長くなった髪。
背もまた伸びたのか、目線が少し上に変わっていて。

 

 

 

・・・・途端に感じた甘い焦燥に、平次への想いを再確認させられた。

 

 

 

 

 

 

けれど、その後目を合わせてくれようとしなかった。
勝手に先へ歩き、どんどん前へ進んでゆく。

 

 

 

・・・嫌な予感がしたから、車に着いてから思い切って行動に出てみたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

駄目なら仕方ない。
こればっかりは、どうにもならない。

『約束』してたから。
再会した時、恋愛感情で相手を迎えるのか。それとも情に流された勘違いだと知るのか。

 

 

 

 

・・・・・・現実には新一は離れて3日もしないうちに、募る想いに悩まされた。

 

 

 

 

 

 

 

そうしてキスを仕掛けた後の平次の表情。
やっぱり自分を向いてくれない状況に、途端に血の気が引いた。

 

だから逃げ出そうとした。
思い知らされた事実から、平次から離れようとした。

 

 

 

 

・・・しかし返ってきた言葉は。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それに、工藤があんまし綺麗になっとるから――――・・・・・・その、正視出来んくて・・・・・・」
「は?」
「あのまんまやと、挙動不審に思われるのがオチやし、せ、せやから・・・・・・さっさと車に行きたかったんや」

 

 

 

 

 

さっきまでと違い今度は真っ直ぐに、新一の目を見て平次が呟く。
新一は一気に体温を上げた。

体勢を向き直し平次の頬に手を伸ばす。
そうして、また少し互いの瞳を見つめ合い・・・・・・

 

 

口唇を、重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・っ」

 

 

 

 

 

何度も何度も。ついばむ様に、確かめる様に。
自分の中の真実を、刻み込む様に。

冷えてきた車内で、その部分だけ太陽の熱よりも熱く。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり―――――・・・お前とのキスは、気が狂いそうだ」
「・・・工藤」

 

 

 

 

 

 

それで充分だった。
今のキスで、互いの気持ちがそれぞれに有る事が解ったから。

 

だから、2人は微笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見られる事には慣れてた。だから演じてきた。
『工藤新一』という、ひとりの名探偵を演じてきた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・でもこれからは、あいつの前ではただの『工藤新一』で居られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fin

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