S.N.A.H.

 

「・・・いま何時だと思ってやがんだ」
「朝イチで行く言うたやんか。今日もええ天気やな~」

 

 

5月になったばかりの土曜日。
服部平次は満面の笑顔で、工藤邸の扉を開けていた。

・・・新一は寝起きで不機嫌丸出しに睨む。

 

 

現在朝の10時。
ベッドに入ったのは4時過ぎだったから、まだまだ眠くてしょうがない。

 

 

「勝手に入ってろ。俺はもう少し寝る」
「何や。夕べ遅かったんか」
「大学の奴らにコンパ付き合わされてさ。5件ハシゴ」
「ほー。そらお疲れさん」
「昼過ぎには復活すっから、好きにしててくれ」

 

 

ひらひらと手を振り新一は2階へと上がって行く。
平次は『そんなら昼飯でも作って待っとるわ』とリビングへ入ると、勝手知ったる何とやらで冷蔵庫を開けビールを取り出した。

 

 

 


 

 

 

自室に入り、天気が良いからカーテンを開ける新一。

明るくても暗くても眠い時は眠れる。
大きくあくびをすると風を入れる為に窓を開け、ベッドに潜り込んだ。

 

と、その時。
何かがひらりと本棚から風に乗って、新一の頭に舞い落ちる。

取るとそれは写真。

 

 

「・・・・こんなの撮ってたんだっけ」

 

 

眩しそうに目を細めた。
けれども太陽のせいではなく、そこに『新一ではない新一』が写っていたからだ。

 

 

数年前のこの時期。
汐留に出来た43階建ての高層ビルで、あの怪盗キッドが『工藤新一』として現れた時に撮った写真。

久しぶりに戻って来た記念だからと、高校の同級生だった鈴木園子が持っていたデジカメで写したものだ。

 

 

・・・蘭の右側に嫌みったらしい笑顔をふりまく『俺』と、その左側に拗ねた顔した『江戸川コナン』が一緒に存在する写真。

 

 

 

不思議だった。

本当の『工藤新一』は『江戸川コナン』としているのだから、あれはニセモノ。
あれは『怪盗キッド』の変装。

 

 

なのに・・・・

いくら顔をつねっても引っ張ってもマスクとおぼしき物を付けていなかった。

 

 

 

そんなに精巧な特殊技術があるのだろうか?
母親に後で聞いても『変装なんだから顔には何かしら付けているはずよ』と言われてしまい、ますます謎は深まるばかり。

そうなると考えられるのはただ一つ。
彼は、この自分と姿形が酷似している、という事だ。

 

 

 

『怪盗キッド』の正体は、自分と同じ顔をしている人間―――――――――・・・・・・?

 

・・・・そんな事があるんだろうか。

 

 

 

「そういやアイツ最近見ねえな・・・・・」

 

 

『工藤新一』として現れた次の日。
彼は今度、新庄功という俳優として飛行機に乗り込んで来た。

 

しかしその機内で起こった殺人事件の余波により、コックピットで異常事態が発生してしまった。
でもキッドがいてくれたお陰で無事に乗客を助ける事が出来た。

 

 

あいつは、ただのコソ泥とは違う―――――――・・・・・
その理由は何なんだろうか。

 

 

気持ちの良い風が頬を撫でる。
そうして写真を手にしたまま、新一は目を閉じた。

 

 

 


 

 

 

同じ様で同じではないそれらは、決して混じり合う事はない。
水平線で重なっているように見えても、それは幻。

 

 

・・・・『探偵』と『怪盗』のように、それは永遠の幻。

 

 

 

「服部」
「お。起きたんか」
「明日、室蘭に行くぞ」
「は?」

 

 

午後も2時を廻った時、新一がリビングへ入って来た。

ソファで寝っ転がりながらテレビを見ていた平次。
しかし、突然の言葉に飛び起きる。

 

 

「飛行機は明日の10時15分。函館から上って行こうぜ」
「何や、いきなり」
「言っただろ? 白鳥大橋の夜景、今度お前にも見せてやるって」
「・・・そら聞いたけど」
「よし。とりあえず昼メシあるか? ハラ減っちまった」

 

 

満面の笑顔で言われては反論出来る筈もない。
平次は起き上がると、キッチンを指差した。

 

 

「そば茹でといた。すぐ食えるで」
「お前は食ったの?」
「おう。いつ起きるか解らへんヤツ、待ってられへんし」
「そりゃそうか」

 

 

ぺたぺたと素足でテーブルに向かう新一。
平次はその後に続き、珈琲でも入れようと戸棚からカップを取り出した。

 

 

 


 

 

 

「結構、混んどるな」
「この時期はしょーがねえだろ。ほらチケット」

 

 

ANA853便、10時15分発函館行き。
二人は空港で発券を済ませると、待ち合わせロビーの椅子に腰を下ろした。

 

 

「喉渇いたし何か買うてくるわ。工藤も要るか?」
「頼む」

 

 

新一に荷物を預け、平次は後方の売店へと向かう。
色々な弁当を眺めていたその時、背後から声を掛けられた。

 

 

「服部君じゃないですか」
「へ?」
「お久しぶりです。どこか旅行へ?」

 

 

それは白馬探。
警視総監を父に持つ、自分達と同様に探偵をしている青年だ。

しかし、平次は彼が苦手だったから不機嫌な顔をする。

 

 

「・・・まあな。それよりお前は何や? こん時期は海外やて聞いてたけど」
「そのつもりだったんですけどね。急に北海道に行く事になりまして」
「北海道?」
「知り合いの所有する宝石が『ビッグジュエル』の一つだと解ったんです。それを東京の美術館で展示する為に、お借りする事になりまして、札幌まで」

 

 

ビッグジュエル。
それは怪盗キッドという泥棒が狙っている宝石だ。

所有していれば必ずキッドが現れる。
だからこそ話題作りもあり、白馬所有の美術館で一定期間、展示するのだ。

 

 

「そら大変やな。せやけどそこまで喋ってええんか? 俺はキッドの変装かもしれへんで」
「君は本物ですよ」
「・・・何で断言出来るん?」
「少なくとも君よりはキッドを知っているという事です。その『浜焼き鯖寿司』、美味しいですよね」

 

 

機内食は出ないから何か食べるものをと思い、いつも関西空港で買っている『みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司』を手に取っていた。

すると、それが二つだからか探が不思議そうな表情で聞いてくる。

 

 

「もしかして、あのポニーテールの子と一緒ですか」
「お前に関係ないやろ」
「確かに。ではそろそろ搭乗時間なので、僕はこれで」

 

 

平次の同行者など興味はない探。
腕時計を見た後で背を向ける彼に、平次は安堵の息を付いた。

 

 

 


 

 

 

飲み物と弁当を二つ買って新一の元に戻る。
少し眠っていたらしい頬に、冷たい紙パックを当てた。

 

 

「っ!?」
「すぐ寝んなや、アホウ」
「夕べも眠んの遅かったし、今日も早起きだし・・・・睡眠時間が足りてねーんだよ」
「8時で早い言うな。それより珍しい奴に会うたで」
「誰だよ」
「白馬や。ビッグジュエルっつー 宝石受け取りに札幌まで行くんやて」
「・・・へえ」

 

 

新一は興味を示したらしい。

さっきまでの眠気は何処へやら。
目を輝かせて平次の話に聞き入るが、気が付くと自分達の乗る便の搭乗手続きが始まっていたから慌てて席を立った。

 

 

 


 

 

 

函館空港。
天気はすこぶる良好で、眼前に広がる青空に出て行こうとする平次を新一は止める。

 

 

「待てっつうの。車借りるんだから、こっち」
「へ?」

 

 

首根っこを捕まれ向いた先はカウンター。
レンタカーの受付らしく、新一は手荷物を平次に渡すと手続きを始めた。

 

 

「何借りるん?」
「ロードスター。明日帰るまで雨も降らねえみたいだし、オープンで行こうぜ」
「そんなんまでレンタであるんか」
「あったんだよ。俺も驚いた」

 

 

新一がインターネットで予約していたのはマツダのロードスター。
何にしようかと探してたら、これを見つけたから速攻で申し込んだらしい。

手続きが終わると車のキィを渡された。

 

 

「んじゃ行こうぜ」
「一泊くらいやないと使えんな、こん車」
「荷物乗せる車じゃねえしな。ま、男二人旅だからこそだ」

 

 

スポーツカータイプは狭い。
トランクは一応付いているが、多くは乗せられないから旅行には向いてないだろう。

何より座り心地が良いとは言えない。
でも選んでしまうのは、やっぱりこういう車が好きなのだからしょうがない。

 

 

「今日は俺が運転する。明日はお前な」
「安全運転で頼むで~ 旅行中に捕まりとーない」
「・・・・」

 

 

無言で睨まれ平次はそっぽ向く。
すると急発進されたから、慌ててシートベルトを締めた。


 

 

 

「ったく。旅先でハラ壊してんじゃねえよ」
「・・・スマン」
「そんなんで夜の美味い海の幸が食えんのか? せっかく北海道に来てるってのに」
「どーやろ・・・」

 

 

走り出して3時間ほど経った頃だろうか。
洞爺湖周辺で休憩して車に乗り込んだ途端、平次が腹痛を訴えて来たのだ。

そうしてトイレから帰ってきた彼。
新一はショルダーから正露丸を取り出し、渡した。

 

 

「水。そこにあるから」
「おおきに」
「とにかくあと少しだ。ヤバくなったら我慢しないで言えよ」
「・・・工藤」
「ん?」

 

 

ギアに手を掛けた時、名を呼ばれる。
しかし次の言葉を待っても何も返ってこないから、新一は『用もないのに呼ぶんじゃねえ』と睨み、そのまま発進させた。

時既に16時。
夕暮れ近い空が、ほんのり赤く視界を染めている。

 

・・・平次は運転する新一の横顔に見惚れた。

 

 

 

「だから何だ」
「何も?」
「だったらこっち見るな。運転すんのに気が散る」
「慣れとるやろ? そん綺麗なカオ、見られる事くらい」
「は?」

 

 

聞こえてきた声へと向く新一。
すると、平次は視線を外さずじっとこっちを見ている。

新一は呆気にとられ『そんなら気の済むまで見やがれ』と吐き捨て、更にスピードを上げた。