白昼夢

 

 何度、空を飛んだだろう。
 何度・・・刃を受けただろう。

 それはいつも唐突に。

 そして脈拍が上がり目が覚める・・・

 


 

「・・・さむ」

 雨戸がガタガタと震える音が聴こえる。
 部屋は闇と冷たい空気に満ち、快斗は枕元の時計に目をやった。

 午前四時。
 寝たのが三時過ぎだったから、全然眠っていないと言うことだ。

「浅いな・・・だから、変な夢見ちまうんだな」

 少し眉間にしわを寄せ、そう呟くと再び布団に潜る。
 手に、スマートフォンが当たった。

 快斗はライン通知に、ひとつのメッセージを見つける。

『どこほっつき歩いてんだ 帰ったら連絡よこせ』

「新一・・・」

 自分と、似て非なるもの。
 『日本警察の救世主』と謳われ、高校生の頃から世間を賑わせている工藤新一。

 ・・・今、大学が一緒で『仲間』として行動を共にすることが多い間柄だ。
 快斗は目を伏せる。

「お前・・・ホントはどこまで知ってんだよ」

 黒羽快斗。
 亡き父親の後を継ぎ『怪盗キッド』として世に出てからもう、何年経っただろう

 前から知っていた『工藤新一』
 いつでも冷静沈着で、自信に満ち溢れた存在。

 圧倒的な光のオーラを纏い、周り全てを魅了する不思議な空気。
 でも。

 大学構内で初めて会った時のあいつは・・・
 ごく普通の少年の表情をして、俺に笑い返してきた。

 お前の周りの情報が欲しくて、近づいた。
 警察に何かと縁のあるお前だったから、話し掛けた。

 ・・・こんな、大事な存在になるなんて思ってもいなかったんだ。

 

 結局『パンドラ』は見つからなかった。
 親父を殺した組織のことも、もうひとつの事も、まだ何も解らない。

 ・・・だから俺は『怪盗キッド』を続ける。

 春はそこまで来ているとは言え、この時間は未だ暗い闇。
 すっかり目が冴えてしまい快斗は外に出た。

「おわ、寒む」

 コートをしっかり襟元まで閉めると、ちょっと川沿いまで散歩することにした。

 


 

 ・・・あれ。
 こんな所に公園なんてあったのか。

 草むらの向こうに、ブランコが見える。
 更に行くとベンチや地球儀や鉄棒まで出てきた。

 川の流れを眺めながら、快斗はその場所へ辿り着く。

「お。懐かしいな」

 鉄棒にひょいと跨る。
 記憶よりも遥かに低いそれに、少し戸惑いながら逆上がりをしようとした、その時だった。

「・・・何しとんねん、お前」
「へ って、わわ!!
「どわ

 後方から突然声がして、驚きバランスを崩した。

 でも、落ちたと思ったのに衝撃が無い。
 というか柔らかい感触・・・

「・・・つー・・・ええから早よどけ」
「へ

 どうやら柔らかいと感じたのは、人に抱きかかえられる形になっていたからで。
 慌てて立ち上がり確かめると服部平次だった。

「服部 うっわ酒臭せえな。こんな時間まで飲んでたのかよ」
「ええやろ別に」

 苦笑しながら、近くのベンチに腰を下ろす。
 ポケットからタバコを取り出すと、快斗にも「ん」と突き出した。

「・・・俺、吸わないんだけど」
「え あ、そやったな。工藤が吸うし、つい」
「新一

 手を引っ込めライターを取り出した平次。
 会話に出た『新一』の言葉に、快斗は敏感に反応する。

 ・・・と言うのも、服部平次は自分と新一を間違える事が多いからだ。

「そんなに俺、新一と似てるか
「スマン。なんか空気っちゅーか・・・同じ波長、感じるんもんやから」
「何だそれ」

 そうか。
 と言うことは・・・

「はーん・・・新一とケンカしたな」

「解りやすいなあ。それでヤケ酒かよ」
「うっさいわ」

 からからと笑う。
 そんな快斗を、平次は不思議な眼差しで見た。

「・・・何だよ」
「頼むわ。あいつ」
「え
「お前に会うてから変わった。よお笑うようになったし、よお食うようになった」

 真剣な表情。
 いつもの平次と、雰囲気が違う。

「黙って消えたりしたら、あいつどうなるか解らんで」
「・・・どういう意味だよ」
「酔うて絡んで『最近、付き合い悪いんだよなアイツ』って俺ん首、締めようとするし」
「は それは俺、ちょっとここんトコ忙しいってちゃんと言ったぞ」
「あいつ案外コドモやぞ・・・せやからまあ、頼む」

 上手くはぐらかされたのか、違うのか。
 平次はくるりと背を向け歩き出す。

 雲ひとつない空。
 それはまだ暗く。

 でも太陽はもうすぐその顔を覗かせようとしていた。

 

 ・・・新一。
 お前にとって、俺はちゃんと「る意味」があるのか・・・

 俺は、まだお前に言ってない事が・・・

 

「・・・服部」
「ん
「その・・・」
「何じゃ。ハッキリ言えや」

 クセのある髪をかきあげる仕草。
 快斗は、初めて『怪盗キッド』が西の探偵に会った頃を思い出した。

「・・・タバコ。俺にもやっぱくれ」
「はあ 体力落ちる言うて止めたんは誰や」
「別に、一本くらいいだろ」
「アカンアカン 百害あって一利なしや」
「吸ってる奴に言われても説得力ねえんだけど」

 ちぇ。
 快斗は口を尖がらせる。

 時々ひやりとする風が髪を揺らし、足を速めた。

 快斗は、タバコを『吸えない』のではなく『吸わない』
 空を逃走中にバランスを崩しかけ命を落としそうになった時から、吸うのを止めていた。

 ・・・あれ

「待て・・・俺、お前にそんな話したか

 快斗は、ふと今の言葉に疑問を持つ。
 悠々とタバコを咥える平次を覗き込み睨んだ。

「憶えとらんのか まあなあ、お前ごっつ酔っ払っとって、俺は家ん中連れ込まれてまたビール飲みだして飲まされて・・・絡み酒も程ほどにしいや」
「・・・い、いつ
「いつって・・・いつやったっけなあ。今年に入ってすぐくらいやと思うけど」

 考える平次。
 快斗は、慌てた。

 それもそのはず。
 何しろ、そんな記憶はないからだ。

 ・・・うそ・・・まさか俺、変なこと口走ってねえだろうな

 しかし快斗は今更聞けない。

「なあ」
「何やねん、さっきから」
「・・・黙って消えたら、お前はどう思う

 目が、合った。
 見つめ合うのではなく、ただ本当に『目が合う』。

 さっき、こいつは確かに言った。
 そうしたら・・・新一がどうなるか解らないと。

 それは多分『知っている』ことが前提。
 服部。じゃあ、お前は

 そして平次は表情を変えずこう言った。

「黒羽。それはルール違反や」

 快斗は、一瞬にして体温が上がる。
 とてつもなく恥ずかしかった。

 ・・・平次の目が、一瞬にして冷酷な色に変わっていた。

 

 平次は今朝まで新一と飲んでいた。
 快斗の事が、会話に何度か出た。

 自分も同じく『仲間』としてつるんでいる筈なのに、自分の知らない『黒羽快斗』がいて・・・少し、面白くなかった。

 ・・・お前は、工藤にあんな表情させるほど想われとんのに。
 あいつにとってお前は・・・俺とは別の『特別な場所』に居るのに・・・

 俺に、それを聞くんやな。

「ごめん。俺、どうかしてた・・・」

 快斗は背を向ける。

 不覚。
 まったくの不覚だ。

 もう、なんだって俺は・・・こんな情けない姿をあいつに・・・

「ちょお待て」

 その快斗の腕を平次は掴んだ。
 落ちそうになっていたタバコの火を消し、携帯灰皿へ仕舞う。

「何だよ
「まったく・・・顔だけやなくて、性格までお前ら二人ときたら」
「うるせえな ほっとけよもう
「誰かて他人に『自分の全部』なんて見せへん。恋人、夫婦、兄弟、親子、友達・・・みんな秘密があるのが普通や」
「・・・」

 掴まれる力が痛い。
 仕方なく目線を向けると、先程までの冷たい表情はなくなっていた。

 『友人』としての顔に戻っていることに快斗は少し安堵する。

「『それ』を話すか話さないかは自由やし、『話せる相手』も人それぞれ違うやろし・・・話したくなったら、話せば良いことや」
「・・・服部」
「それに」

 平次は腕を放した。
 そして。

 そのまま手のひらを、快斗の頭にポンと置いた。

「お前が何者なにもんでも・・・俺らは何も変わらん」

 

 ・・・やっぱり。

 快斗は、また視線を逸らす。
 まだ戸惑いがその中には残ってる。

 確信。
 確かな、答え。

 ・・・解ってたんだな。

 俺が。
 黒羽快斗が・・・『怪盗キッド』だと、いう事を。

 

「ホントかなわねえなあ・・・」

 微笑わらう。
 新一と同じ顔だけど、違う表情で。

 何か吹っ切れたように見上げる。
 それで、平次も悟った。

「ん
「これから新一に連絡する。お前も一緒に来い」
「・・・どこに」
「俺の家」

 

 そして案内してやる。例の部屋に。

 俺がどうして『怪盗キッド』になったのか。
 何故『パンドラ』を探していたのか。

 ・・・ひとつ残らず全て、お前らに話す。

 

「解った」
「あ。夜明けだ・・・」

 その時、地平線の向こうから太陽が顔を出した。
 快斗は目を細める。

 それでも変わらず、空気は冷たく澄んでいた。

 

 ・・・やっぱり似とる。

 平次は逆光でシルエットになった快斗を見て立ち止まる。
 髪質の違いはあるものの、こうやって身体のラインだけ見てると、本当に二人は・・・

 ホンマに関係ないんか・・・

 遠い先祖で繋がってるとか。
 そういう血の繋がりが、本当にないんだろうか。

 ・・・いやむしろ本当に、両親のどちらかが血縁関係にあると思う方が普通かもしれない。

「黒羽」
「ん
「ほんなら、珈琲飲みに駅前のスタバでもいこか」
「お。いいねえ、新一そこに呼ぼう」

 吹っ切れた表情で快斗は隣に戻る。
 そこで平次は、ふと気付いた。

 大学へ進んで、何かと一緒に行動することが多くなった三人。
 身長もほぼ同じだった筈。

 でも今、自分とこうして会話するとき・・・快斗は上目遣いになっている。

 成長期を越え二十歳も過ぎれば、いくら似てても体格など違いは出てくるものだ。
 なのに新一と快斗は、出会った頃と変わらない。

 ・・・まあ。
 背比べで勝ったところで、口では一度も勝てたことはないのだが。

「あっついの飲んで、酔い冷まさな・・・」
「もしかして、新一も二日酔いってことか
「せやろな」
「マジか・・・」

 立ち止まり、快斗は新一にラインする。
 するとすぐに返事が来た。

「え
「どないした」
「・・・いるって。そのスタバ」
「へ

 平次もそれには驚いたようだ。
 出されたラインの画面には、今飲んでいる珈琲カップの写真と共に『早く来い』のスタンプが表示されている。

 ・・・二人は顔を見合わせて笑った。

 


 

 何度、空を飛んだだろう。
 何度・・・刃を受けただろう。

 それはいつも唐突だった。
 でももう、そんな夢は見ない。

 

「いつから知ってた
「ん
「キッドが、俺だって」
「そりゃ・・・大学で初めて話したときから」
「へ

 あれからひと月。
 桜満開な工藤邸の庭で、快斗は新一に問いかける。

「会ってすぐ解ったよ・・・つーか、中森警部とか何で解んねえのか不思議なくらいだ」
「そ、そうなの いや俺、これでもかなりキッドん時は気配変えてんだけど」
「ああそうか。俺は『コナン』の時に何度もお前と会ってるから、その雰囲気を感じたのかも」

 いや。
 だから『怪盗キッド』の時は、『黒羽快斗』とは別の気配を作ってるんですけど・・・

 ていうかやっぱり最初っから新一にはバレてたのか。
 これまで悶々と悩んできた月日がバカらしくなり、快斗は息をついた。

 あの日。
 スターバックスで珈琲を飲んだ後、二人はそのまま快斗の家へ向かった。

 ・・・そうして今、何も変わらず一緒にいる。

 

「ケハイじゃなくてフンイキか。ほんと名探偵は怖いねえ」
「快斗」
「ん
「無茶だけはするなよ」

 強い風が吹いた。
 桜の花びらが、二人を包んだ。

「・・・新一」
「どうしてか、お前が悩んでる時は俺の調子も悪いんだ。変な夢も見ちまうし・・・でも、あの日からそれが消えた。お前もそうじゃないか

 あの日。
 平次と新一で朝まで飲んでいた日よりも、ずっと前から。

 新一は身体の調子が悪かった。

 だから連絡した。もう聞き出そうと決めていた。
 そうしたら平次が先に会っていたことに驚いたが・・・

 会うと決めてたから、駅前のスターバックスで待っていた。 

「そうだけど・・・何で」
「こっちが知りたい」
「・・・俺たち何かあんじゃねえの
「だったら面白いな」

 二人は顔を見合わせて笑う。
 相変わらず強い風が、互いの髪の毛を乱した。

 ・・・すると余計に似ていることが解る。

「あ。白馬来たって」
「服部も一緒みたいだぞ」
「この風だと外はだめだな。花見は中でしようぜ」
「おう」

 二人は互いのスマートフォンの着信を見る。
 偶然同じ時間に着いたようだ。

 今日は桜が満開して初めての週末。
 イギリスから戻ったばかりの白馬探と共に、平次も呼んでの飲み会。

 ・・・白馬は、高校生の頃から知っていたらしい。
 そんな事も、あの日に聞いていた。

「工藤君、お久しぶりです。これワイン良かったら」
「お。サンキュ」
「ほい黒羽。シーフード以外にしといたで」
「ありがとさん」

 来る途中でピザを買ってこいという新一の命令を受けた平次。
 快斗がいるから解ってるよな と念を押されていた。

 魚だけは今もどうしても食べられないらしい。

「今日はまたえらい風やで」
「服部。ビール冷蔵庫にあるから持ってきてくれ」
「おう」
「・・・君は霧が晴れたようだね。良かった」
「ま。何も解決はしてねえけどな」

 

 父親の死の真相。
 謎の組織。

 その組織に命じられたのが、ビッグジュエル『命の石パンドラ』。
 それには不老不死を手に入れられる秘密があった。

 『ボレー彗星近づく時、命の石を満月に捧げよ。さすれば涙を流さん』

 一万年に一度やってくるボレー彗星。

 快斗が高校三年の年。
 地球に接近した満月の夜にそれをかざすと、不思議な現象が起こる筈だった。

 ・・・でもパンドラは見つからず。

 そして、その年の最後の満月が過ぎたあと・・・
 『怪盗キッド』はしばらく出没しなくなり、『謎の組織』も存在を表さなくなっていた。

 

 数年前に新一が関わっていた『黒の組織』は、表向き壊滅している。
 でも、背後の闇は消えてはいなかった。

 しばらくすると再び奴らが『パンドラ』の獲得に動き出していると、噂を聞いた。
 彗星接近と同じ影響を、創り出すのに成功したと。

 そうなるとやはり『パンドラ』を探しだし、破壊しなければならない。
 だから、快斗は再び動き出した。

 ・・・新一からは、日本の公安はもちろんも再捜査に入ったと聞く。

 

 快斗が追っていた『謎の組織』とは同じなのか別なのか。
 『あの方』と呼ばれていた更に上の存在は、同一人物なのか。

 『パンドラ』と不老不死。
 それと新一が飲まされ幼児化した、開発途中だったという薬は、何らかの関係があるのか。

 父親の死の真相に、それは関わっていないのか。

 

 自分たちがこうして関わっていることは、はたして偶然なのか

 『似ている』その理由が、もしかしたら一連の中にあるのか

 

 ・・・いくら考えても今はまだ何も解らない。

 

「じゃあ始めるか」

 外は、相変わらずの強い風。
 雲の流れも速く、時折影が通り過ぎてゆく。

 でも・・・太陽の光は暖かい。

 時間はまだ昼を過ぎたばかり。
 久々に四人そろった彼らは、硝子越しの桜を楽しみながら時を過ごした。

 


 

 工藤新一と黒羽快斗。
 同じ時代に、同い年、同じ姿で存在している彼ら。

 探偵と怪盗として関わる二人は、決して混じり合うことはないはずだった。

 

 ・・・それでも出会ってしまったあの春の日。

 あの時も、こんな桜舞う暖かな午後だった。

 

 

[了]

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